【第44話】復讐に傾く天の秤


「ったく、次から次へと!」

『なんかあったんすか、姐さん」

「アルヴィース号の頭を抑えてたフネがあったろ? その艦から強襲揚陸艇が出たからこっちで抑えろってよ」

『うへっ、マジっすか。アタシらだけじゃ手が足りませんぜ』

「わーってるよ! けどやるしかねえ。ちぃーとばかし命を賭けることになるがおまえら構わんよな?」

『ギニュは別にいいっすよー』

『アタシもいつでも付き合いますぜ』

「おう。頼むわ」

『って言ってる間にお客さん来たっすよ。揚陸艇が二隻、空間騎兵が十。どうやら向こうさんもギニュたちに気付いたみたいっす』

「うっし、戦闘態勢だ。ナルマ隊、前に出て頭を抑えろ。ギニュ隊は後方から援護。アタイの隊は軽空母の相手をしておく。おうおまえら! 後ろのやつら、しっかり抑えとけよ! アタイはナルマたちと前に出るからな!」

『お任せください、姐さん!』


 ガンドの指示に野太い声が返ってくる。


『いやぁ、ざっくりとした指示っすなぁ。さすが姐さん』

『そんな指示でもちゃんと結果を残すんだから、姐さんの副官、結構パネェっすね』

「おう。任せておけばあいつが何とかしてくれんだよ。羨ましいか?」

『……この人、ほんと厭味効かねっす』

『だっておまえ、姐さんだぞ? そんなデリケートな訳ねーだろ』

『確かに』

「うるせーぞおまえら! ピーチクパーチク騒いでる暇あったら、敵のやつらをさっさと撃ち落としやがれ!」

『へーい。ギニュ隊、後方から遠距離射撃ー。ウチらはとにかく揚陸艇から空間騎兵を離すっすよー』

『アタイらは突撃、粉砕、大喝采ってなぁ! 気合いいれて行けよおまえらぁ!』


 威勢の良い言葉と共に、まずナルマ隊の駆る戦闘機兵が噴射光を放ちながら先行した。

 その後にガンドが続き、ギニュ隊が背後から遠距離攻撃を仕掛けて敵の動きを牽制する。

 一糸乱れぬとは言えないまでも、ソールの施した訓練の成果が誰の目にも明らかなほど統制の取れた戦闘機動だ。

 それは敵も同じように感じ取ったらしく、ガンドたちの動きに即応して空間騎兵が迎撃のためにフォーメーションを整える。


「はっ! そんなロートル機体で何が出来るってんだ!」


 一般的に軍に配備されている空間騎兵はお世辞にもハイスペックを持って居る訳ではない。

 搭乗者の生命保護を優先した設計のため、装甲は厚くとも鈍重で反応の悪いパワードスーツの延長のようなものだ。

 だがジャックが設計した戦闘機兵は違う。

 宇宙空間での高速機動戦闘を意識し、機体全身に推進と姿勢制御のためのバーニアを備えている。

 その数は従来の空間騎兵の十倍を数え、宇宙空間でも生身で対人戦闘をするように戦える、機動性を重視した機体設計なのだ。

 空間騎兵と戦闘機兵が戦えば、戦闘機兵が圧勝する性能差を持っているのだから、挑発的なガンドの言葉もあながち暴言とは言えないだろう。

 ガンドは獰猛な笑みを浮かべながらスロットルを開く。


『ちょっ、姐さん前に出すぎ出すぎ! 先鋒はうちらの隊でしょうが!』

「うっせえ、おまえが遅いのが悪い!」

『めちゃくちゃだよこの人ぉ!』


 ナルマの悲鳴にも似た抗議を背中に聞きながら、ガンドは速度をあげて敵集団へ突っ込んだ。

 通常の空間騎兵では考えられない速度で突っ込んできたガンドに対し、揚陸艇を守る集団は落ち着いて対応する。

 突撃するガンド機を正面から迎え撃つ迎撃しながら、僚機を左右に展開させて半包囲を試みる。

 だがガンドもバカではない。

 天宙方向へと急上昇したかと思うと、天底方向に向けて急下降し、簡単には包囲させない。

 戦闘機兵の圧倒的な機動力が為せる業といえる。

 前後左右、そして上下に動いて敵を揺さぶる内に、追いついてきたナルマ隊が一斉に攻撃を仕掛けた。

 乱戦の始まりだ。

 ビーム兵器やミサイル等の質量兵器を駆使し、互いに相手を戦闘不能にするために手を尽くす。

 宇宙の闇を背景に火線が交叉し、バーニアからの噴射光がぶつかり合っては距離を取る。

 やがて一つ、また一つと宇宙空間に小さな花火が上がる。

 ――それはガンド率いる戦闘機兵が被弾する光だった。


「ちっ、どうなってやがる。機体の性能はこっちが上だってのに……!」


 前線をナルマ隊の部下に任せて距離を取ったガンドが、戦場の状況を確認しようとレーダーに目を向ける。

 この戦場で何が起こっているのか――レーダーを駆使し、戦場を俯瞰しながら苦戦の原因を下がっていると、一機の敵に目が止まった。

 その空間騎兵は押し込んでくる戦闘機兵に狼狽えることもなく、仲間に対して的確な指示を出していた。

 戦闘機兵たちの動きを先回りして読み切り、常に二機の空間騎兵で対応できるように部隊を指揮する――。

 部隊を率いるためにソールに厳しくしごかれたガンドには、その敵がやっていることの凄さ――この場合は厄介さだ――が身に染みて分かった。


『うっしゃー! 揚陸艇、一隻ゲットだぜ! 姐さん、見てましたか! 二隻の内の一隻はアタシが仕留めましたよ!』

「んなことぁどうでもいい! それよりナルマ! あいつだ! あの敵を集中して狙え!」

『ああんっ!? あいつってどいつですっ!?』

「肩に天秤のパーソナルマークを描いてる機体だ! あいつがこの部隊の中心だ! あいつはヤバイ!」

『ヤバイって何がっ!?』

「うるせーっ! 良いからヤレってんだよ!」

『チッ! わーりましたよっ! やりゃ良いんでしょやりゃあ!』


 ガンドの雑な指示に舌打ちを返したナルマは、僚機と共に指示された敵機に向けて速度を上げた。


『ただの旧型に何ビビッてんのかしんねーけどさぁ! アタシに勝てると思ってんのかぁ!』


 近接用のビームソードに持ち替えたナルマ機と僚機たちが、三方から同時に敵機に肉薄する。

 鈍重な空間騎兵では回避などできない一撃だ。


『殺ったぁ!』


 通信に流れる、勝利の確信に満ちたナルマの声。

 だが次の瞬間、それは驚愕の声に変わった。


『なにぃ!?』


 三方向からの必中の一撃――必ず敵を墜とすと確信していたナルマの目に映る敵の動き。

 標的の敵は三方からの攻撃を完全に見切り、最小限の動きで攻撃を回避したのだ。

 虚を衝かれたナルマ機に手を伸ばして拘束すると、天秤マークはコクピットのある腹部に殴打を繰り出した。


『どれだけ早くとも動けなければ意味はない! 我らがたかが賊に負けることなど、ありはしないのです!』

『なっ、女ぁ!?』


 接触回線を通じて聞こえてくる敵パイロットの声。

 予想外の声に驚くナルマに応えようともせず、敵は激しい殴打によってナルマ機を突き飛ばした。

 衝撃で後方へと吹っ飛ぶナルマ機は、後ろから援護に駆けつけていたガンド機と接触した。


「ちょ、ナルマ、てめぇ邪魔すんなぁ!」

『ンなこと言ってもしゃーないでしょうが!』


 予想外の接触に混乱するガンドたち。

 その一瞬の隙を突いて敵部隊は前線を押し上げる。

 ガンドたちを尻目に空間騎兵隊は速度を上げた。


「ちっ、抜かれる……っ! おいナルマ! いつまでひっついてんだ! さっさと離れろ!」

『わーってますよ! くっ、この……っ!』


 二人を見兼ねて、後方で遠距離支援に徹していたギニュ隊がガンドたちに接近してきた。


『ったく、何やってんすか二人ともー!』

『アタシのせいじゃねーよ! 姐さんがしゃしゃり出てくるから悪い!』

「ああんっ? アタイは苦戦してるてめぇを助けてやろうとしただけだろうが!」

『あーはいはい、喧嘩はそこまでにするっすよー』

「わーってるよ! そんなことより! 揚陸艇に抜かれちまった。おまえのほうで止めてくれ!」

『へいへーい。了解っすーって、ちょっ!? なになになにっすかーっ!?』

「どうしたっ!?」

『いや、こいつ、くっ……なんかヤバイっす! キャアッ!』


 ギニュの悲鳴と共に宇宙空間に大きな爆発の光が輝いた。


「ギニュ! おい! 返事しろギニュ!」

『くっ……クソ野郎どもがぁ!』

「待て、ナルマ! 先走るなっ! ……チッ、聞いてねえ!」


 怒りに駆られて敵部隊に接近するナルマ機をガンドが追う。

 接近に気付いた敵の一部が、態勢を整えようともせずナルマに向かって一直線に迫ってきた。


「おいナルマ! 気をつけろ! なんか様子が変だ……!」

『うるせぇ! ギニュの仇を――!』


 制止するガンドを振り切ったナルマが、近付いてくる敵機に向かって銃撃を浴びせた。

 戦闘機兵用に製造されたビーム兵器。

 駆逐艦の主砲に匹敵する威力を持つビームを浴びせられながら、敵機は反撃や回避をすることもなく、ただ真っ直ぐにナルマへと向かってくる。


『このっ……いい加減、墜ちろってんだよーっ!』


 ナルマは苛立たしげに声を上げて撃ち続けるが、防御に徹した敵機を止めることは出来なかった。

 腕をもがれ、足が千切れ――機体を激しく損傷させながら、敵機はナルマに肉薄する。

 敵機が接近したことでモニターには高解像度で敵機の様子が表示され――その映像を見たナルマが息を飲んだ。


『な……こいつら機体に爆薬を巻き付けてやがる……っ!?』


 胴部に、肩に――機体のあちこちに爆薬を巻き付けた空間騎兵がナルマを道連れにしようと手を伸ばしてくる。


『ヒッ……っ!』


 それはまるで地獄から手招きする亡霊のようで――異様な悍ましさに息を飲んだナルマは逃げようと機体を翻した。

 だがその狼狽の隙をついて接近してきた三機の空間騎兵にナルマ機は捕まってしまう。


『くっ、離せ、この野郎……! 離せよっ! てめぇ!』

『逃がす……ものかぁ!』

『聖女様の征く道を邪魔させない……!』

『我らの命、聖女アンジェリカ様のために捧げる……っ!』

『聖女様万歳! 『古き貴き家門ハイ・ファミリア』に栄光あれ!』

『てめぇら――!』


 まるで狂信者のような言葉の後、機体に装着された高威力爆薬に一斉に爆発した。




//


『あ、あれ……アタシ、まだ生きてる……』

「はぁ、はぁ、はぁ、アタイが助けてやったんだよ。ったく、盛大に感謝しろよ?」

『姐さんっ!? でも、どうやって――』

「あいつらの自爆直前に体当たりして、おまえの拘束を解いたんだよ。んでそのままおまえを担いでトンズラをかましたのさ」

『そっか……あざっす。けど、ギニュのやつが……っ!』

『あー、呼んだっすか?』

『…………………は? おまえ、なんで生きてんだよっ!?』

『はっ? 人を勝手に殺すなっすよ! まぁ自爆特攻を食らって機体の半分ぐらいぶっ飛んじまったっすけど。ギニュはちゃんと生きてるっす』

『そっか。はは……そっか。良かった……』

『あれれ~? ナルマ、そんなにギニュのことが心配だったんすかぁ?』

『う、うるせぇ! 別にそんなんじゃねーよ!』

『あははっ、素直じゃないっすねー♪』

『うるせぇ。おまえもう一回死ね。死んでこいや!』

『いやっすよーだ』

『ああん、じゃあアタシが引導を渡してやんよっ!』

「つーか二人ともうるせぇ。乳繰り合うのは無事に戻ってからやれ』

『へーい。んで姐さんどうするっすか? ナルマが一隻殺ったとはいえ、もう一隻の揚陸艇にも抜かれちまって、ちょっとヤバイっすよ?』

「追いかけるに決まってんだろ。だが優先順位は変更だ。あの自爆野郎どもをアルヴィース号に接近させる訳にはいかねえ。まずはそっちの掃除をするぞ」

『揚陸艇のほうは良いんっすか?』

「よかないが……一隻ぐらいならご主人が何とかしてくれんだろ」

『あらら。すごい信頼感。ガンド姐さんにも春が来たってことかぁ?』

「そんなんじゃねーよ。だがよ、マーニさんとソールさんより強いって噂のご主人だぞ? 負けねーだろ」

『……まっ、姐さんがそういうならギニュらは別に良いっすけど。あ、ソールさんたちへの報告は姐さんに任せるっすからね?』

『あの二人に怒られてもしらねー』

「別に構わんぞ。但し、何か言われたらおまらのことも巻き添えにすっから覚悟しとけや」

『はーっ!? そりゃないっすよ姐さん!』

『横暴だー! ブーブーッすーっ!』


//次回更新は 11/04(金)18:00 を予定

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