【第33話(2)】錯綜する過去(後編)
「メアリーさんとアミャーミャさんが矛盾に気がつかない理由ですけど。どうやら例の呪縛が関係しているみたいです」
「というと?」
「特定のワードに反応して例の呪縛の効果が発動しているのを確認しましたの。それも痕跡が残らないほど刹那の間です。ノートでなきゃ見逃しちゃうほどの刹那の間だけ、魔素がおかしな挙動を取るのを見つけましたの」
「魔素が? おかしなってどういうことだ?」
「ジャック様もご存じの通り、魔法や魔力系のスキルが発動するとき、使用して減った体内魔力を回復するために魔素は人体に吸収されますよね? でも例の呪縛が発動したあと、魔力を使っているにも関わらず、魔素の吸収が起きなかったのですよ」
「つまり例の呪縛は体内魔力を使うタイプではないってことか?」
「それだけじゃなく、どうやら外部魔力も使ってないみたいです」
「なにそれ? つまり例の呪縛は魔力を使っていない?」
呪縛や呪い、呪詛、その他のいわゆるデバフ効果を持つステータスや、
特殊な効果の発動には絶対に魔力が必要なのだ。
それがルミドガルド世界の『理』なのだが――。
「それがそうでもなくてですね。調べてみると、どこか別のところから魔力を持ってきてるようなんです」
「ますます訳が分からなくなってきたな。別のところってどこだ?」
「うーん、そこまではまだ分析しきれてませんけど。これは推測ですが『魔術』の発動の時に使用している魔力と同じところからかもです」
体内魔力を使わず、かといって外部魔力を使うこともない。
それなのに呪縛は発動し、影響を二人に影響を与えている。
それはルミドガルドの『理』では考えられないことだ。
「とにかくですね。特定のワードに反応して例の呪縛が発動すると、矛盾を矛盾とも思わずに、さも当然のように受け止めて疑問を持たせないように精神を操作するみたいなのです」
「それって……」
「はい。簡単に言うとメアリーさんとアミャーミャさん、何かしら洗脳された状態ってことですね」
「せせせせ洗脳っ!? このわたくしがっ!?」
ノートの説明を聞いて、アミャーミャが驚愕の声を上げた。
「そ、そ、そんなことあり得ませんわ! というか、さっきから訳の分からないことをお二人でお話になって。置いてけぼりにしないでくださいませんことっ!?」
「そうですね。聞き捨てならない単語も聞こえてきましたし、詳しい説明を求めます」
「そう思うのも当然か。……分かった」
メアリーの要請に頷きを返し、俺は二人に掌を向けた。
「『
体内魔力を使って『分析』魔法を行使し、空中に出現したステータスボードを二人に見えるように可視化する。
「これは?」
「二人のステータスボード。ステータスっていうのは、その人の能力を数値化したものや、その人の状態が表示される。『分析』は対象のステータスを見抜き、表示する魔法だよ」
「つ、つまり、これがわたくしの能力ということですの?」
「あくまで目安だけどね」
【個体名】メアリー・ビスセス(ジャック直属奴隷メイド)
【種 族】人族
【年 齢】17歳
【生命力】81
【魔 力】34
【筋 力】22
【敏 捷】41
【耐久力】24
【知 力】36
【判断力】48
【幸運値】26
【スキル】魔力操作LV1 精神耐性LV1 高速思考LV1(+1)
応急処置LV2 薬学LV1
魔力感知LV0
料理LV3、洗濯LV2、掃除LV3、裁縫LV3
【補 足】シャンの呪縛
【個体名】アミャーミャ・アクエリアス(ジャック直属奴隷メイド)
【種 族】人族
【年 齢】17歳
【生命力】30
【魔 力】17
【筋 力】13
【敏 捷】10
【耐久力】13
【知 力】18
【判断力】9
【幸運値】123
【スキル】魔力操作LV0 魔力探知LV3 味覚LV4
応急処置LV0 魔力感知LV0
【補 足】シャンの呪縛
「おっ。前回『分析』したときよりも数値が変動してる。食堂の仕事のお陰かな?」
「な、な、なんですのこの、『ジャック直属奴隷メイド』というのは! わたくしはアミャーミャ・アクエリアス! アクエリアス伯爵家の貴族令嬢ですわよ!」
「まぁ今は俺直属の奴隷メイドって扱いだし」
「むむむーっ! それになんですのこの判断力が9というのは! メアリー様と比べてあまりにも低すぎませんことっ!?」
「それはそうなんだけど……それもまぁ仕方ないかな?」
「ムキーッ! このアミャーミャ・アクエリアスを侮辱するとは、貴方、いつか酷い目に遭わせて差し上げますからね!」
「おーい、そこのクルクル頭ー。あんま調子のんなー?」
大騒ぎするアミャーミャに向けてソールが雑に拳銃を構えて忠告する。
「あ、は、はいぃぃぃぃ! じょ、冗談ですわ冗談! おしゃれで小粋な貴族ジョークですわぁ!」
「うーん、掌クルックルだなぁ。そういうとこ、嫌いじゃないけど」
「ななな何を仰っていますの貴方! いきなり愛の告白だなんて!」
「してないしてない。っていうか、そういうのはとりあえず置いておいてさ。ここに注目して欲しいんだ」
言いながら、ステータスボードの一部を指し示した。
「シャンの呪縛……?」
俺の指差した箇所を確認して、メアリーは首を傾げた。
「そう。さっきも言った通り、このステータスボードはその人の能力を数値化したものと、その人の状態を表示する。そして見て分かる通り、二人には同じ呪縛が施されている。これはデバフステータスの一種。呪いだ」
「ののののの呪いーっ!? わたくし、誰かに呪われていますのっ!?」
「そうだけど。何か心当たりがあるとか?」
「うぐぅ……も、もしかしてあの子が……っ!?」
「え、マジで心当たりがあるのかっ!?」
「……わたくしの部屋の掃除してくれている奴隷さんの一人が調度品を壊してしまい、わたくし、その……お尻をペンペンと折檻を――っ!!」
ヨヨヨッと泣き崩れるアミャーミャの横では、メアリーが何やら穏やかな表情で微笑みを浮かべていた。
(なるほど。これがアミャーミャ・アクエリアスの本質か)
貴族令嬢としての高飛車な振る舞いが目立つが、根は優しくて真面目な女の子なのだろう。
思わず微笑ましくなってしまうが、今はそんな状況じゃない。
笑いが漏れてしまいそうになるのをグッと堪え、俺はアミャーミャの言葉を否定した。
「その程度のことで人を呪うはずがないだろ。この呪縛はもっと強力なものだし、何よりそこらの呪いとは規模が大きく違う。この呪いは恐らく『古き貴き家門』に所属する全ての者たちに施されているはずだ」
「全て、ですか……っ!?」
「ああ。以前、君たちを救助したときに保護した貴族たち全員を調べさせてもらったんだ。あのときアルヴィース号にいた貴族たちには同じように、『シャンの呪縛』という呪いが施されていたんだよ」
「シャン……」
「何か聞き覚えがある?」
「……シャンという名は、歴史の授業で『偉大なるお方』の眷属の一人であると習いました。実在しているとは思っていませんでしたが……」
「『偉大なるお方』の実在は信じているのに、眷属の実在は信じない?」
「そう……なりますね。いえ、今は何かおかしいという気持ちはあるのですが、どうしても当たり前のように考えてしまい――」
「ああ、もう……! わたくしだけなら当然かもしれませんが、メアリー様までおかしいのはおかしいですわ! 一体、わたくしたちの頭の中はどうなっていますのっ!?」
自分の判断に自信を無くし、メアリーとアミャーミャは頭を垂れて落ち込む様子を見せた。
「そのお悩み、ノートなら解決できるかもしれませんよぉ?」
「なんですってぇ~!?」
「それは本当ですか?」
「はい本当です~。と言ってもすぐに解決! って訳にはいきませんけど。ノートの得意技は解析ですから。お二人が協力してくださるのであれば、その呪縛を解く方法を探して当ててご覧に入れますよ? ただ――」
そこまで言って、ノートはチラッと俺に視線を向けた。
「そうだな。正直、何が起こるか想像もつかない。もしかすると危険なことがあるかもしれない。それでも良ければ解呪に向けて協力できるだろう。ソールもそれで良いよな?」
「……(コクッ)」
『古き貴き家門』の貴族に対して思う所があるのだろう。
だが事態を考えれば、今、ここでメアリーたちと協力体制を結ぶことの重要性は大きい。
ソールはそれを踏まえた上で頷いてくれたのだろう。
「ありがとう。……二人はどうだ?」
「えっ、あっ、うっ……ど、どう致します? メアリー様」
「私は申し出を受けようと思います。誰かも、何かも、何のためかも分からないようなものに、自分の考え方を誘導されるのはイヤですから」
「……そうですわね。ええ。わたくしもメアリー様の判断を支持致しますわ!」
「ありがとうございます、アミャーミャ様。……ではよろしくお願いしますノートさん」
「はい、承りました♪」
「じゃあ、今回はこんなところかな」
二人に疲れが見え始めていたためにお開きを提案すると、メアリーたちは安堵した表情で賛同を示した。
「そう、ですね。ええ。ひとまずは」
「そうですわね。さすがにわたくし、疲れましたわ」
「お疲れ様。今日は食堂の仕事、休んでくれていいよ」
「気遣いは無用です。それにオバさんに迷惑を掛ける訳にはいきませんから」
「そうですわね」
「了解した。じゃあ後のことはノートに任せる。頼んだよ、ノート」
「承知致しました♪」
//次回、08/12(金)18:00 更新予定
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