【第33話(1)】錯綜する過去(前編)

 メアリーとナルマの決闘が終わってしばらくした後、俺は契約通り、メアリーとアミャーミャ、二人の『古き貴き家門』の貴族たちと話し合いの場を設けた。

 『魔術』と『魔法』についての情報交換が主な議題だ。

 メアリーとアミャーミャ、そして俺とソールとノート。

 その五人が部屋に集まり、それぞれの持つ知識を交換する予定だ。

 ちなみにマーニは例の小型艦設計に大忙しのため、今はそちらを優先してもらっている。


「まずは……そうだな。この情報交換は基本的に一問一答形式でいこうと思っているんだけど、そちらに問題はない?」

「そう、ですね……ええ。ひとまずはそれで行きましょう」


 俺の提案に頷いたメアリーの表情は、以前、尋問したときにに比べて随分と穏やかだった。

 その隣にいるアミャーミャの表情に少し固さが見えるが、それも仕方の無いことだろう。

 俺たちとメアリーたちとでは身分も、立場も、考え方も、何もかも正反対と言えるほど違うのだ。

 だからこそ、この話し合いの場で多少なりとも相互理解を進めることができれば――俺はそう考えていた。


「よし。初手はメアリーに譲るよ。何でも質問してくれ」

「……分かりました。では最初の質問は『魔法』について。『魔法』は奴隷たちが暴走させる『異能』と同じだと貴方は言っていましたが、その証拠があるのなら聞かせてもらいたいですね」

「証拠、ね。ナルマが使いこなしていた『身体強化』の魔法が、その証拠にはならない?」

「一つの証拠にはなり得るでしょう。ですが一例のみで全てを判断するようなことはしたくありませんから」


 物事を判断するにあたり、複数の情報を得て判断する――それは貴族としても軍人としても当然の姿勢と言える。

 決闘のときは頭に血が上っているようだったが、時間を置いたことでメアリーの聡明さが戻ってきているのであればこちらとしても有り難い。


「そうだな。証拠を見せるのは簡単だけど、それより先にメアリーの思い違いを訂正しておこうか」

「思い違い、ですか?」

「ああ。『異能』は『魔法』と同じだが、『異能』が『魔法』というワケじゃない。逆なんだ」

「んんん? どういうことですの?」


 俺の言葉を聞いてアミャーミャが小首を傾げる。


「つまり『魔法』がこの時代で『異能』と呼ばれているだけってこと。その視点の違いを訂正しておかなければ、これから情報交換をする中で、意味を取り違えることになる」

「……つまり『異能』などという能力はない?」

「ああ。この時代で『異能』と呼ばれている能力は全て『魔法』なんだ。いつのまにか『魔法』という名称は御伽噺の中だけの話になり、『魔法』が『異能』という言葉に置き換わってしまっているんだよ」


 『異能』とは奴隷たちが暴走させて周囲に被害を及ぼす、制御不可能な未知の力。

 制御不可能な力を持つから、『異能』の才能を持つ者は生まれながらに管理し、奴隷として全てを制限し、社会の平穏を守る必要がある――。

 それが『古き貴き家門』の主張であり、その主張を下に銀河連邦政府が法として施行した。

 『異能』を持つものは奴隷として扱わなくてはならない――それがこの銀河の常識となった。

 だが『異能』の定義が根底から揺らげば――。


「では……では! 制御できないと言われていた『異能』が『魔法』であるというのであれば、もしかして……っ!?」

「ああ。『異能』つまり『魔法』は制御できる。そしてその証拠が、決闘のときにナルマが使った『身体強化』の魔法だ」

「ええと、『異能』が『魔法』で、『魔法』なら制御ができて……あら? あらあらあら? 貴方の仰ることが本当なのであれば、奴隷制度の意味はなくなりますわよね?」

「……っ!」


 俺の話を聞いてキョトンと首を傾げていたアミャーミャが漏らしたその一言に、メアリーは大きく息を飲んだ。


「その通り。そこに気付くとは。アミャーミャは案外頭が良いんだね」

「なんですのその無礼な言い方は! ハッ!? もしかしてこのわたくしを騙そうとしていたというのですかっ!?」

「いや、騙してない騙してない。そもそも契約の魔法を使って嘘がつけない状態なんだから」

「はっ!? それは確かにそうですわね……」

「ただアミャーミャは少し思い違いをしているから訂正しとく。『魔法』は『異能者』だけが使える力じゃない。アミャーミャだって魔法を学べば使えるようになる、このルミドガルド世界の普遍的な力だ」

「それはつまり……わたくしも『魔法』が使える……?」

「可能だよ。アミャーミャ、『魔法』を使ってみたくない?」

「使ってみたいですわっ! あ……」


 目をキラキラと輝かせて即座に反応したアミャーミャは、だが自分の隣で真剣に考え込むような表情を見せる友人を慮るように口を閉じた。


「そ、そ、そんな甘言に乗るほどわたくしバカではございませんわ!」

「そっかそっかー。でも気が変わったら言ってくれ。いつでも魔法を教えてあげるから」

「ぐぬぬっ……そ、そんなの結構ですわ! フンッ!」


 プイッと横を向いたアミャーミャの横で、ずっと何かを考え込んでいたメアリーが頭を上げた。


「私は教えてもらいたいですね」

「メメメメメアリー様っ!?」

「いくら言葉で言われても信用しきれませんから」

「そ、それはそうかもしれませんが。ううっ……で、ではわたくしにも教えてもらいますわよ! 良いですわねっ!?」

「もちろん。生活魔法なら、そんなに時間は掛からないと思う。ノート。二人に、そうだな……『水生成』を教えてあげてくれる?」

「承りました♪」


 俺の依頼に頷きを返したノートは二人に近付くと、魔法の使い方を丁寧に教えていく。

 一時間ほど経過した頃には、二人はあと少しで魔法が発動しそうだ、という段階まできていた。


「むっ、むっ、むむむーっ!」


 人差し指の先に視線を集中させながら、貴族令嬢にあるまじき唸り声を上げるアミャーミャと目を瞑って静かに集中するメアリー。

 対象的な二人の様子を眺めていると、やがてメアリーの指先に小さな水の塊が現出した。


「でき、た……」

「うん、成功だ。おめでとう。これで君も魔法使いの一員だ」

「魔法、使い?」

「『魔法』を使うことのできる者のことだよ。……まぁ生活魔法程度じゃ、まだまだ魔法使いとは言えないけどさ。それでも魔法を使いこなすことができたんだ。おまけで魔法使いと言っても良いんじゃないかな」

「はわ、はわわわわわっ! わ、わたくしも! 出来ましたわーっ!」


 メアリーの隣に座っていたアミャーミャが奇声を発しながら勢い良く立ち上がった。

 その指先にはメアリーよりも小さな水の塊が浮遊していた。


「アミャーミャも成功したか。おめでとう」

「ふふんっ、わたくしに掛かればこの程度のこと、造作もありませんことよ。おーっほっほっほっほっ!」

「嬉しいのは分かったから、そろそろ魔法は解除したほうが良いぞ」

「何を仰います。せっかくこうして魔法を使えたのですから、もっと色々試して、あ――」


 高笑いをしたアミャーミャは、小さな悲鳴を発しながら電池の切れた人形のように床に崩れ落ちた。


「アミャーミャ様っ!?」

「あーもう。だから言ったのに。ノート」

「はいはーい。メアリーさん安心してくださいな。アミャーミャさんは体内の魔力が無くなってしまっただけですから」

「魔力が? 魔力欠乏症になったのですか」

「そう。『魔術』にもそういうのがあるんだ?」

「ええ。でも『魔法』を使ったときの、この……身体の内から何かが抜けていくような感覚は『魔術』にはありません。これは一体――」

「身体の内から抜けていくのは君の体内魔力だ。だけど『魔術』との違いについてはなんとも言えないかな。俺自身、『魔術』とやらに精通しているワケじゃないから」

「……次は私の番、というワケですね」

「そうしてもらえると嬉しい」

「……分かりました。では貴方からの質問に答えましょう」


 そういうとメアリーは生成した水を打ち消して姿勢を正した。


「じゃあ、そうだな……まずは『魔術』とはなんぞや? ってところに答えて欲しいんだけど。最初は嘘を教えるつもりで答えてくれ」

「嘘を?」

「ああ。そうすれば先日交わした『契約』の魔法が発動する。そのときの感覚を知っておけば、俺が今まで説明した『魔法』についての情報が嘘じゃないと分かるだろう」

「……良いでしょう。では『魔術』について説明を始めます」


 そう言ってメアリーは口を閉じた。

 まだ『魔術』の情報を開陳することに葛藤があるのだろう。

 その気持ちが分かるから、俺はメアリーが再び口を開くのを辛抱強く待った。やがて――メアリーが『魔術』について語り始めた。


「魔術とは、神が与えたもうた我ら『古き貴き家門』に連なる者だけが行使を許されている力。世界の礎となる数秘術と図形、そして触媒によって現実に変化を生ぜしめる科学にして技術です。えっ――」


 一息に言ったあと、メアリーはまるで自分の言葉に驚きの声を上げた。


「……嘘を交えようとしたのに、口から出た言葉は正しい説明だった……なるほど、嘘が吐けないというのはこういうことを言うのですね」

「ああ。『契約』の魔法は精神に作用し、嘘を吐こうとしても嘘が吐けなくなる。君が嘘を吐けなかったように俺も嘘を吐けないと、これで理解してもらえたと思う」

「そう、ですね。ひとまず貴方の言葉を信用しましょう」

「あら。まだ俺のことを疑ってる?」

「今はまだ、貴方は敵でしかありませんから」

「ま、それもそうか。じゃあしっかりとした信頼関係を君と築けるように、これからも誠意を持って対応するよ」

「そう願いたいものです」


 言葉とは裏腹に疑り深い目つきのメアリーに肩を竦めた後、俺は少女に説明の続きを求めた。


「『魔術』は先ほどの説明通り、『古き貴き家門』にのみ伝わる秘術であり、図や触媒に応じて現実に変化を生ぜしめる科学にして技術です。そして『魔術』とは『ことわり』を超越し『真理しんり』に到るための学問でもあります」

「真理ぃ~? なにそれ?」


 真理という怪しげな単語を聞いて、今度は俺が胡乱な目つきをしながらメアリーの顔を覗き込んだ。


「『真理』とは『ことわり』を超越した真実の『ことわり』であり、この世界の『ことわり』を塗り替えて世界を革命する『真実のことわり』である。私たちはそう教官たちから教えられました。何か問題でも?」

「問題はある、というか、これは俺と君との認識の違いだろうけど。『理』は確かに『ことわり』ではあるけれど、そもそも『理』とはこの世界のルールのことだ。平易な言葉で君の言葉を翻訳すると、『ルール』を超越した『真実のルール』に塗り替えて世界を革命するという意味になる。それは俺にとってはおかしな理屈なんだ」

「……良く、分かりませんね。では貴方の仰る『理』とは何なのです?」

「『ことわり』とは創世の女神が定めた、このルミドガルド世界を支えるルールであり規約プロトコルのことだ。この『ことわり』は世界を維持するための基礎にして原点。物理現象や魔法現象の原理を定めた礎となるべき世界の規則。その規則を塗り替えて世界を変革など、できるはずが――」


 無い。

 そう否定しようとした時、メアリーの説明と、頭の中にあった謎が結合を果たした。


「そうか……そのためにユーミルを封印したのか……!」


 俺の言葉に反応し、今まで黙っていたソールが声を上げた。


「あ……もしかして、ユーミルお姉様を封印することで、ルミドガルドの『理』を歪め、『真理』とかいう別の『理』によってルミドガルドの『理』を侵食しようとした……?」

「原初の呪詛である『神の否定』まで使ってユーミルの存在が消失するように仕向けていたんだ……そう考えれば辻褄は合う」


 創世の女神ユーミルが消失すればルミドガルド世界を支える『理』は薄れ、やがてルミドガルド世界は消滅する。

 だが、ユーミルの定めた世界の礎たる『理』を、違う礎としての『理』――『真理』とやら――にすり替えることができるとしたら――?


「何が起こるか健闘もつかないが――恐らく『古き貴き家門』の狙いはその辺りなのかもしれないな」

「お、お待ちになって? わたくし、今いち貴方方あなたがたのお話が理解できませんわ。創世の女神? その女神様になぜわたくしたち『古き貴き家門』が関係しているのです?」

「そもそも私たちは創世の女神なる存在を知りません。神というからには何かしらの信仰の対象だとは思いますが、そのような信仰対象に『古き貴き家門』が干渉することはないはずです。銀河連邦に所属する全ての人々には信仰の自由が基本的人権として保障されているのですから」

「そうですわ。当然、危険なカルト宗教に対して政府が何らかの手を打つことはございますけど……」

「ムッ。ユーミルお姉様のことを、そこらのカルト扱いするなっ」


 ユーミルのことを悪く言われたと思ったのか、ソールは過剰な反応を見せた。


「ひっ! べ、別にその創世の女神様がカルトであると言ったわけじゃありませんわ!」

「ウーッ……!」

「ソール、落ち着いて」


 アミャーミャを威嚇するように唸るソールの髪を撫でつけてあやしながら、俺はメアリーたちに質問する。


「今、現在の宗教じゃなく、例えば……そうだな。『古き貴き家門』に伝わる神話とか昔話に創世の女神の記述は無かった?」

「神話……いいえ、ありませんね」

「始祖様たちのお話にも創世の女神という名の神様は出てきておりませんわ。神とは唯一、わたくしたち『古き貴き家門』に『魔術』を授けてくださった『偉大なるお方』のみですわ!」

「『偉大なるお方』ね……。前回の尋問では拒否権を発動されたけど、今ならその神様の名前を教えてもらえるかな?」

「『偉大なるお方』。それが神の名です」

「固有の名は持っていない神ということ?」

「ええ」

「その『偉大なるお方』とやらに『魔術」を授けられた――?」

「そうですわ。『偉大なるお方』の実在を示す数々の文献や聖遺物なんかもございます。神とは即ち『偉大なるお方』のことなのですわ! おーっほっほっほっ!」

「へぇ、実在するんだ?」

「ええ。『偉大なるお方』は実在し、我ら『古き貴き家門』を見守り、今も我らを導いてくださっていると伝わっています」

「ふむ。……」


 神は必ず固有の名を持つ。

 なぜなら名とはその世界における立場、立ち位置を示すもので、神という存在がその世界に『存在』する上で必須のものだからだ。

 神といえど、世界でその『存在』を確立するためには、依って立つ足場が必要になる。

 それが固有の名なのだ。

 だが、その名が伝わっていないと二人の少女は答えた。

 本当に名を持たない神なのか、それとも神の名が隠されている、ということなのか。

 神の名が隠されていることの意味は主に二つある。

 一つは大いなる存在である神に畏れを抱き、塵芥の存在である己に神の災厄が降りかかるのを避けるため。

 そしてもう一つはその神の本性を隠すため。

 『古き貴き家門』に『魔術』を捧げた神の名が伝わっていないのが、果たしてどちらの意味なのか――。

 考え込む俺に、メアリーが声を掛けてきた。


「ところで、貴方の質問には答えたと考えても?」

「あ、ああ。そうだな。次はメアリーの番だ」

「分かりました。では次の質問は、貴方の言う女神とやらについて聞かせて頂きましょう」

「分かった。女神について何を聞きたいんだ?」

「決闘の後、貴方に『魔法』とは何かと問うたとき、貴方は創世の女神からの贈り物だと答えた。ですがそもそも貴方の言う女神とやらが一体何を指しているのか、私たちは何も分かっていません。ですから『女神』について貴方が知っていることを教えて頂きたい」

「俺が知る女神の全て、って認識で良いか?」

「ええ。それで構いません」

「了解した。まずは、そうだな……先ほど尋ねられた創世の女神について話そうか」」


 どう説明するか、頭の中で整理したあと、俺は口を開いた。


「創世の女神ユーミルはこのルミドガルド世界に存在する全ての神々の中心を担っている。創世の女神ユーミルは世界の根底を支える『理』を創り、その『理』という規約プロトコルによってルミドガルド世界を創世した。その『理』の一部が『魔法』だ」


 言いながら、俺は魔法で指先に火を灯してみせた。


「『魔法』とは『理』に沿って発生する現象のことを言う。魔素を体内に取り入れて魔力に変換し、その体内魔力を籠めて詠唱もしくは脳内で現象をイメージすることで発動する。これは『理』に定められたこの世界のルールでもある」


 創世の女神から人々に与えられた幸福に生き抜くための力。

 人も亜人も魔獣も関係無く、命ある者全てが使うことのできる技術。

 それが魔法だ。


「そんな『理』から創り上げられたルミドガルド世界を創世の女神ユーミルと共に支えていたのが他の女神たちだ。女神たちは世界のあらゆる事象を司る。例えば太陽の運行を司る太陽の女神。月の運行を司る月の女神。そんな多くの女神が創世の女神の定めた『理』を支え、ルミドガルド世界の『存在』を支えていた」

「過去形、ですか?」

「ああ。女神たちの力の源は人々の信心しんじんだ。だがこの現代には女神たちの支えとなる信心が殆ど残っていなかった。そのために女神たちは力の大部分を喪失し、その『存在』を維持するだけで精いっぱいになってる。結果、世界の礎たる『理』を支えることが出来なくなっている、ってのが現状だね」

「信心……確かに私たち『古き貴き家門』には『偉大なるお方』以外の神の存在は伝わっていません。ただ――」

「そもそもの話として。貴方はまるで女神様が実在しているかのように話しておられますけれど、そんなことはあり得ませんわ」

「あり得ない? そう思う理由を聞いても良いか?」

「理由は簡単です。神が実在する訳がないからですわ!」

「アミャーミャ様の仰る通りです。御伽噺ならばいざ知らず、この科学の時代に女神などという抽象的な存在が実在するとは思えません」

「でも君たち『古き貴き家門』は実在する『偉大なるお方』という神様から『魔術』を授けられたのだろう? 神が実在しないと言い切るのは矛盾してないか?」

「え……」

「あら……?」


 俺の指摘を受けてメアリーとアミャーミャが、不思議そうな表情を浮かべながら小首を傾げた。


「神様から『魔術』を授けられたはずの君たちが、女神の存在を否定するのはおかしくはないか?」

「それは……」

「言われてみると確かに……?」


 まるで今まで気が付かなかったとでも言うように二人は首を捻った。

 その態度や仕草に作為的なものは見受けられないが、アミャーミャはともかくとして聡明なメアリーが、こんな簡単な矛盾に気が付かないはずがない。


(どういうことだ……?)


 横目でソールやノートの表情を確認すると、二人も俺と同じように怪訝な表情を浮かべ――すぐに行動を起こした。

 ソールは部屋にある端末を操作し、ノートは分析に特化した自分の権能を展開する。

 突如、慌ただしく動き出したメイドたちの様子にメアリーたちは驚き、怪しむ表情で俺を問い質した。


「な、なんですの急にっ!?」

「何をするつもりです?」

「すまない。今の君たちの発言を聞いて確認したいことができた。決して二人に危害は加えないから安心してくれ」

「……分かりました。私も先ほどの自分の発言に、何か違和感を覚えましたし、分析するというのであれば如何様にも」

「そ、そうですわね。メアリー様がそう仰るのであればわたくしにも否やはございませんわ」

「ありがとう。協力、感謝する」


 許可してくれた二人に礼を言ったあと、俺は言葉を続けた。


「とにかく、だ。創世の女神と他の女神たちの関係は伝わったと思う」

「貴方は女神が実在すると信じているのですね」

「君たちが『偉大なるお方』という神様の実在を信じているのと同じようにね」

「女神とやらが実在するわけが……ですが『偉大なるお方』は実在していますし……ああ、もう! なんだか訳が分かりませんわ!」


 頭を抱えて叫ぶアミャーミャの横で、メアリーが何やら静かに考え込んでいた。


「……創世の女神。それってもしかして――」

「何か分かった?」

「……創世の女神という存在については何も分かりません。ですが、その立ち位置に良く似た存在を私は知っています」

「それは?」

「我ら『古き貴き家門』の成り立ちに関する話に、貴方の言う創世の女神と良く似た存在が登場します。『異能』を信奉者たちに与え、多くの人々を苦しめたと言う邪神です」

「ああ、確かにそうですわね。圧政によって人々を苦しめていた邪神の信奉者。その信仰対象は、メアリー様の仰る通り、その創世の女神とやらの立ち位置とそっくりですわ」

「どういうこと?」

「邪神は信奉者たちに異能力を与え、異能力を得た信奉者たちは人々に圧政を施した。その圧政に立ち向かうために人々を導いたのが、『古き貴き家門』の始祖たちである、と伝わっています」

「それは以前の尋問のときに聞いた話だね」

「ええ。貴方の話を聞いて少し考えたのですが……『異能』が『魔法』であり、『魔法』が創世の女神の贈り物であるというのであれば、『異能』を信奉者に授けた邪神は、貴方の言う創世の女神と言えるのでは?」

「そう考えると、創世の女神とやらに我ら十二家門が関わっているというのは、あながち間違いではないのかもしれませんわね」

「なるほど……」


 邪神が『異能』を信奉者たちに授け、信奉者たちは人々を苦しめた。

 苦しむ人々を助けるために『古き貴き家門』の始祖となる者たちが、人々を率いて邪神の信奉者を打倒した。

 それが『古き貴き家門』の成り立ちの物語――。

 それは前回の尋問のときに聞いた話だ。

 その物語に登場する邪神が創世の女神ユーミルであるとするのならば、そのタイミングで『古き貴き家門』の始祖たちに封印された可能性が高い。

 だが、まだいくつもの謎が残る。

 一番大きな疑問は、創世の女神という無敵に近い存在を、なぜただの人間であるはずの始祖たちが封印できたのか、ということだ。

 創世の女神を封印するなんて、『全てを識る者』という創世の女神のユニークスキルを所持する俺でさえ無理な話だ。


(人の身だから、創世の女神のユニークスキルを百パーセント使いこなせている訳じゃないけれど、それは人の身では不可能な事だ。つまりユーミルを封印したのは神に属する者? 『古き貴き家門』の始祖とやらに神が居るということか? うーん……)


「ちなみにその邪神の名前、ユーミルって名前だった?」

「いいえ、そのような名前ではありません。邪神の名は今の時代に伝わっていません」

「その邪神は実在した?」

「ええ。『偉大なるお方』と同じように、その邪神も実在したと言われています」

「女神は実在する?」

「いいえ、女神という信仰の対象が実在するはずが――あれ……?」

「何か、おかしいですわね? 大きな矛盾があるような……でもその矛盾に思い至らないような……」


 自分の発言が信じられないとでも言うように驚愕するメアリーと、友人の発言に首を捻るアミャーミャ。

 そんな二人の反応を見て俺も首を捻っていたのだが。


「判明しましたよ、ジャック様ー!」


 権能を使って事態の分析を行っていたノートが弾んだ声を上げた。


//次回、08/05(金)18:00 更新予定

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