【第32話】それぞれの思惑

 討伐艦隊旗艦『アレイオス』艦橋――。

 艦橋中央に据え置かれた巨大モニターには、反逆者討伐艦隊の士官たちの顔が表示されている。

 そんな中、討伐艦隊の司令官であるラーズ・サジタリウスは、艦隊旗艦『アレイオス』の艦長席に座りながら仏頂面を浮かべていた。


「で? 一ヶ月もの間、第七辺境宙域を散々探し回っておいて、いまだにジャック・ドレイクは発見できていないと?」


 内心の苛つきを押し殺し、ラーズは低い声で確認する。

 確認する相手は討伐艦隊の総参謀長を務めるトーマス・タウルスだ。

 トーマスはムスッとした顔で、


『はっ……』


 ラーズの確認に手短に答えを返した。


「ハァ~……なんという無能どもなのだ貴様らは。すでに一ヶ月が過ぎているんだぞ? 『古き貴き家門』の精鋭たるべく教育を受けた士官学校出身の者たちがなんという体たらくだ!」


 艦長席の肘掛けを殴りつけたラーズが怒気を孕んだ声を上げた。


「敵はたかが一隻の駆逐艦ではないか! なぜ見つけることができんのだ? 貴様ら、サボタージュでもしているのかっ!?」


 傲然たる態度で士官たちを愚弄するラーズの姿を、司令官というより蛮族の王――そんなことを考えながらフランシスは醒めた目で見つめていた。


(外様である俺が口を挟むつもりはないが……いやはやこれは酷いな)


 そもそも広大な宇宙で何の指標もなくたった一隻の艦を探すことなど不可能に近い。

 普通ならば何らかの指標――相手の行動パターンの分析など、様々なプロファイリングをした後、多くの艦を動員して捜索するのが基本だ。

 それを理解せずに激高する上官と、その怒声を浴びないように立ち回る士官たち。

 これでは建設的な意見など出るはずもない。


(だがこの艦隊の構成員の殆どがまだひよっこであることを考えれば、仕方ないことなのかもしれんな……)


 建設的でも、効率的でも、ましてや効果的でもない、作戦会議とは名ばかりの現状に辟易したフランシスだったが、沈黙を守る老将の態度が気に入らないのか、ラーズが口角から泡を飛ばす勢いで盛大に噛みついた。


「おい、フランシス・ドレイク! 貴様、何を一人で我関せずな表情を浮かべている! 貴様は賊の親だろうが! 貴様が率先して子の罪を償おうと動かないのはどういうことだ!」

「いやはや。確かに司令官殿の仰ることは理解するが、今の私は身内より賊を出してしまった武装集団の長でしかない。その私が司令官の手綱を無視して好き勝手に動いてしまうのは、軍という組織としてよろしくないのではありませんかな」

「ぐぬっ……そ、そんなことは分かっている! ならばこの俺が直々に命じてやろう! 貴様も索敵任務に着いて賊を探せ!」

(だから賊の身内を単独で動かすような命令を出すなと言っておるのだ。全く……この子供は何も分かっておらん)


 賊であるジャック・ドレイクはフランシスの第三子。息子なのだ。

 身内から賊を出した罪をそそぐ、という名目でラーズの討伐艦隊に潜り込んだとは言え、賊の身内に対して自由に動けと取れるような命令を出すなど非常識極まりない。

 だがそれをしろと司令官は言う。

 フランシスは困ってしまった。


(監視も何もない状態で単独で動けば、事があったときには簡単に罪をなすりつけられることになる。それは避けねばならんが……)


 かと言って自ら監視をつけろというのも馬鹿馬鹿しい。

 基本を無視する子供に対してなぜ教育を施さねばならないのか――それも好感を抱いていない相手に対して、というのがフランシスの本音だった。

 そんなフランシスの考えを察したのか、それともこのままではマズイと判断したのか。

 ラーズとフランシスの会話に割って入るように、一人の少女が声を上げた。


「司令。フランシス殿を私の下につけてはどうでしょう?」

「ふむ? アンジェリカの下か」

「ええ。反逆者の身内に自由な裁量を与えるのは危ういでしょう。私の下につけてもらえば監視できる」

「ふむ……分かった。ならば許可してやろう。但し、ジジィの旗艦は本隊が預かっておく。人質代わりだ」

「……御意」


 従順な素振りで頷いたフランシスの内心は、


(わざわざ言う必要のない言葉を敢えて言うのは、俺への脅しなのだろうな。やることが幼稚極まくて気力が萎えるわ、馬鹿らしい……)


 呆れ、嘲り、怒り――そういった負の感情を通り越して、ただただ疲労感に苛まれていた。


「ではフランシス殿。よろしく頼む」

「はっ」

「ではアンジェリカは第七宙域の天底方面を中心に索敵しろ。トーマスは天頂方面だ。次こそ朗報を期待しているぞ?」

「……はっ」


 ラーズの大上段な言い方に思う所があるのだろう。

 トーマスは絞り出すようの声で応え、通信を切断した。


「ふんっ、貴様が無能だから厳しい言葉を投げられるのだろうが。何を不機嫌な顔をしているのだか。全く……トーマスのやつめ、まだまだ学生気分が抜けんと見える」

「――」

「なんだ? アンジェリカ。何か言いたいことでもあるのか?」

「……いいえ、特には。では司令。私は早速、フランシス殿と打ち合わせをしようと思いますので、これにて」

「うむ。だが貴様も手が空いたときには『アレイシス』に顔を出せ。貴様は一応、俺の副官なのだからな」

「……はっ」


 ラーズの誘いに対してアンジェリカは無表情のまま応え――それを切っ掛けとして士官たちが通信を切断した。


「やれやれ。揃いも揃って無能どもめ。これでは俺が逆賊討伐の手柄を立てられんではないか。おい、ガリフ」

「はっ!」

「サジタリウスの私兵を集めた貴様の部隊も出ろ」

「……宜しいのですか?」

「なんだ? 俺がサジタリウスの兵を使うのはよろしくないことだとでも言うのか?」

「いえ。しかしながら坊ちゃんのご学友の皆様が動いている以上、坊ちゃん直属の部下が出しゃばりすぎるのはどうかと思いまして」

「構わん。無能な奴らに足を引っ張られて時間を浪費するなど愚の骨頂だ。貴様がジャック・ドレイクを見つけてこい」

「御意」

「それと坊ちゃんは止めろ。何度も言わすな」

「はっ!」




 反逆者討伐艦隊旗艦『アレイオス』での会議を終えたアンジェリカは、『アルフォンス』艦橋でフランシスと通信を交わしていた。


「フランシス殿。先ほどの貴公を侮辱するような発言、失礼した。ご寛恕頂けると嬉しい」

「ふははははっ、何を仰るか。貴公は武人として言うべきことを言ったまで。感心こそすれ、意趣を持つようなことはせん。このフランシス、老いたりとはいえ、いまだ現役の武人でありますゆえ、特に気にしておりませんよ」

「お言葉かたじけない」

「しかしまぁ、なんというか……アンジェリカ殿も真面目ですな」

「は……? 私が、ですか?」

「うむ。『古き貴き家門』に所属する十二家門の筆頭であるライブラ家のご令嬢とは思えないほどだ。反逆者を出した貴族家の当主が相手なのだから、もそっと偉そうにしても良いのでは?」

「偉そうなどと。爵位の違いはあれど、私など戦場ではまだまだ小娘でしかありません。私の重ねた時間よりも長く戦場に立たれていた老雄に対し、口さがない言葉を投げつけるなど恥も良いところ。このアンジェリカ、まだ年若ではありますが、誇りというものを知っていますから」

「ふむ……やはり真面目ですな」

「ダメ……でしょうか?」

「いいや。僭越ながら好ましく思っておりますよ」


 フランシスの慈しみに満ちた視線を受けて、アンジェリカは照れくさそうに微笑みを浮かべた。

 身内ではない人生の大先輩に褒められたことを嬉しく思いながら、アンジェリカは姿勢を正して話題を変えた。


「ところでフランシス殿。貴公のご子息の捜索について、改めていくつか尋ねたいことがあります。正直に答えて下さると嬉しい」

「うむ。いくらでも好きに質問してくだされ」

「感謝する。聞きたいことは資料には記載されていないところです。まずはご子息の性格をお尋ねしたい。彼の者は貴家を独立するまでどのように過ごしていたのか。また親としてどのように見えていたのか。それをお教え願いたい」

「ふむ。愚息の性格を分析して行動パターンを予測するのですな」

「その通りです。ですからできるだけ正確に、正直に答えて頂きたい」

「畏まった。あくまで私から見た姿でしかないが――」


 アンジェリカに要請に応え、フランシスは息子であるジャックのことを滔々と語り始めた。


「ジャック・ドレイク。ドレイク家の三男にしてこのフランシスの五人目の子として生を受け、現在、十五歳……いや十六になったか? まぁまだケツの青い――失礼。男子としてはまだまだ発展途上と言える男ですな」


 独立した息子のことを思い出しながら、フランシスは弾んだ声で息子を評していく。


「際だって勇猛という訳でもなければ知に傾くこともなく、総じて取り乱すということのない落ち着いた性格……と言えば聞こえはよろしいが、まぁ兄や姉たちに比べて平々凡々とした性格をしておりましたな。子供の頃から何やら妙に大人びており、時折、老成がすぎる発言をすることもあるなど、兄姉たちにあった年相応の愛嬌はありませなんだが」

「つまり可愛げがないと?」

「うむ。誠に的確な表現ですな。加えて言うなら捻くれ者でもある。我が息子ながら幼子のような愛嬌はなく、可愛げのない性格をしておりました。が、そこは親の贔屓目。子供らしくないとは言うが、それはひとえに成熟が早かったとも言える。可愛げがないという表現も、真面目で何事にも慎重な性格と言い換えることもできましょう。私にとってジャックは、心の底から愛すべき子供でありましたよ」

「なるほど。……そのような性格であれば、馬鹿正直に討伐艦隊と相対しようなどとは考えないでしょうね」

「左様。そこまで素直で可愛げのある性格ではありませんな。もしジャックが我らの前に堂々と姿を現すときがあれば、そこには必ずや策があることでしょう」

「……ご子息は戦の経験は無かったのですよね? もしくは戦略・戦術をどこかで学んだことがあったかは?」

「我がドレイク家は味方に比して敵も多く、ジャックは学園などには通うことなく家庭教師について勉学に励んでおりましたが、その教師たちも一般教養を教えるのみ。故に戦場でのことは全て独学でしょうな」

「武人である貴公が手ほどきしたのではないと?」

「我がドレイク家にはいくつかの家訓がありましてな。その一つが『己の征く道は己で決める』というもの。子らには好きなようにやらせるのが我が家の倣い。私自らが何かを教えたことなど、全くございませんなぁ」

「それはまた……自由な気風なのですね」

「親が子の生き方を既定するのは良くない。そう考えておるだけですよ。子は親のものにあらず。子には子の生き方というものがある」

「子には子の……」

「うむ。ま、貴族の考え方から外れているのは承知しておりますが。そこは成り上がりでしかないのが我が家門。好きにしておるのですよ」

「なるほど……ところでフランシス殿。この質問には必ずや嘘偽りなく答えて頂きたいのですが……ご子息はもしや異能の持ち主ではなかったか?」

「異能、とは奴隷にされておる亜人たちが持つという、あの異能という認識で間違いござらんか?」

「そうです」

「ふむ……息子が異能を使ったところは見たことがござらんな。そも出生時の検査では何の異常も発見されなかった。銀河連邦直属の病院での検査結果ゆえ、カルテが残っておるはずだが……」

「そう、ですか。……」

「ふむ? アンジェリカ殿は息子が奴隷に落とされるべき異能持ちであると疑っておいでか?」

「……フランシス殿はテラ事変については?」

「詳細については何も聞かされておりませんな。息子が銀河連邦の中枢を担う『古き貴き家門』に堂々と喧嘩を売った――失礼、叛逆したとしか聞かされておりません」

「それでもご子息を討つと決断されたのですね」

「老いたりといえど、未だドレイク家の家長を務めておりますがゆえ。家人のしたことの尻拭いをするのは当然かと」

「……本心と受け取っても?」

「然り。このフランシス・ドレイク、この世に産声を上げてのち、武略として舌を弄することはあろうとも、偽りを口にしたことはござらん」

「……信じます」


 フランシスの返答を受け止めたアンジェリカは、通信担当のクルーにデータを送信するよう指示を出した。


「これは?」

「前の戦闘――テラ事変における銀河連邦近衛軍とジャック・ドレイクとの戦闘データです。極秘データのため、口外を禁じさせて頂きます」

「承知。では拝見致しましょう」


 フランシスはアンジェリカから送られてきたデータを確認する。

 データには惑星テラをバックに、激しい砲火を浴びせられるジャックの艦が映っていた。


(圧倒的な戦力差を前に、ジャックはどのようにして銀河連邦の軍勢に打撃を与えたのか……)


 従軍しているが、討伐艦隊の中でのフランシスの立ち位置は微妙だ。

 『古き貴き家門』に弓を引いた反逆者の父。

 そして銀河連邦の正規軍ではない、辺境貴族の私兵集団。

 そのような内心が定かならぬ軍人に対し、討伐艦隊の者たちは警戒を隠さない。

 そのためなのか、必要な情報はフランシスに入らず、報告も連絡も後回しにされており、フランシスたちは艦隊の中で半ば孤立した状態だ。

 そのくせ、武人だ軍人だ貴族だ十二家門だと、根拠の無い誇りと尊厳を振りかざすのだから、フランシスにとっては子供のお遊戯以下にしか見えず、例え組織の中で孤立していようとも、もう好きにしろ、と投げやりのような状態だった。

 そんなフランシスに対して初めてテラ事変の詳細が知らされたのだ。

 アンジェリカが搭乗する艦『アルフォンス』からのデータを受け取ったフランシスは、今、初めて当時の戦闘の様子を確認した。


「ふむ……」


 ジャックが搭乗している艦『アルヴィース号』に殺到する数千の火線。

 だがその火線は艦体に届く前に霧散する。

 ――しかし、その後、映像が切り替わり、アルヴィース号が中破した姿が映像として表示された。


「この映像は編集されたものですかな?」

「ええ。残念ながら一部を編集したものをお渡ししました」

「なるほど。ではジャックの艦は近衛軍から何らかの攻撃を受けて中破した、と見ておけば良いのですな」


 アンジェリカの返答に頷きを返し、フランシスは映像に意識を戻した。

 映像はアルヴィース号の周囲に何らかの図形が出現し、その図形からエネルギー体のようなものが発射される様子を映していた。

 発射されたエネルギー体らしきものは近衛軍の艦隊を壊滅に追い込み、陣形の崩れた近衛軍の中央を悠々と立ち去るアルヴィース号の様子が映った後、映像の再生は終わった。


「ふむ……・ジャックが異能を使うのではないかという疑いは、この映像にあるような事ができたからということですか」

「そうです」

「……確かに何やら不可思議なものを展開しておりますな。だが大変申し訳ないが、これだけではジャックが異能を使うのかどうか、私には判断が付きかねますな。そもそも宇宙空間で異能を使う奴隷など、私はとんと見たことがござらんゆえ」


 お手上げだとでも言うようにフランシスは肩を竦めた。


「そもそもこの映像を見て、なぜ『古き貴き家門』の皆様方は、ジャックが異能を使っていると判断されたので?」

「それは――」


 答えづらい指摘をされてアンジェリカは言い淀む。


 『古き貴き家門』に連なる貴族たちが持つ特別な力、『魔術』。

 その存在は秘匿されており、無闇に外に出すべきではないものなのだ。

 だがジャックに関する情報が欲しいあまり、アンジェリカはフランシスに対して、一歩踏み込んだ質問した。

 その結果、『魔術』を使う者と『魔術』について何も知らぬ者の間にある常識の差が露呈してしまった。

 アンジェリカらしからぬミスと言えよう。

 答えを言い淀み、黙り込んでしまったアンジェリカだったが、その様子を見てフランシスが助け船を出した。


「何にせよ、息子が異能を使った記憶は私にはござらん。それに出生時の記録も残っておる。ゆえに息子は異能者ではなく、奴隷に落とされる謂れもない――ということに変わりはござらん」

「そ、そうですね。よしないことを聞きました」

「なんのなんの。それよりアンジェリカ殿。ジャックの思考パターンは解析できそうですかな?」

「そう、ですね……」


 フランシスの問いを受けてアンジェリカはしばし沈思する。


「ジャック・ドレイクという少年は感情で衝動的に動くことはせず、状況を分析し、物事に当たるにおいて慎重に思考する性格だと推察します」

「ふむ……」

「『古き貴き家門』……いえ、銀河連邦政府に反旗を翻したジャック・ドレイクには何らかの目的があると考えられますが、現状、彼が何の目的で動いているのかは不明。ですが目的を達成するために銀河連邦政府に叛逆した以上、彼は政府を打倒するための行動を起こすはず。だが確認できている彼の戦力は駆逐艦一隻のみで大きな戦力を保有していない。ならばどうするか?」


 アンジェリカは自分の考えを纏めながら言葉を続ける。


「賊に必要なのは戦力を整える時間と戦力を隠しておく場所。だが銀河連邦政府の統治が行き届いている第一から第七辺境宙域ではそれも難しいでしょう。彼の欲する時間と場所を確保できる場所は、宇宙広しと言えども一カ所しかない。それが未開拓宙域――」


 未開拓宙域はその名の通り、人類が居住できるかどうかも不明な開拓中の宙域だ。

 銀河連邦政府の統治も届かないその未開拓宙域は、立身出世を目指して一攫千金を狙う傭兵や、浪漫と冒険を求める冒険者、政府に管理されるのを嫌う無法者や犯罪者、そして追捕から逃れた逃亡奴隷たちが集まっている混沌とした宙域だ。

 銀河連邦の定める法や秩序の行き届かない未開拓宙域であれば、ジャック・ドレイクが政府打倒のための戦力を集めることも不可能ではないだろう――それが銀河連邦政府の中枢の判断だった。


「だが未開拓宙域に向かうには、第七辺境宙域と未開拓宙域を繋ぐ、一本しかない回廊を通らなければならない。対して私たち討伐艦隊は未開拓宙域に逃れられる前にジャック・ドレイクを捕捉したい。だからこそ討伐艦隊の本隊は回廊前に防衛線を張り、航行する艦に目を光らせている」

「うむ。ジャックが未開拓宙域に向かうためには、その防衛線を突破するしか方法がないでしょうな」

「ええ。ですからジャック・ドレイクはすでに第七辺境宙域に侵入しており、私たちの隙を窺っている可能性が高い。だけど――」

「どこに隠れているか分からない、ということですな」

「そうですね。私たちも密度の高い索敵を行っていますが、ジャック・ドレイクの影さえも見つけられていません」


 言いながら、アンジェリカは深く溜息を吐いた。


「あっはっはっはっ。やはりアンジェリカ殿は真面目ですな」

揶揄からかわないでください……」

「揶揄うというよりも心配しておるのですよ。あまり根を詰めすぎないようにしたほうが良い」


 落ち込むアンジェリカに、フランシスは慰めの言葉を掛けた。


「そもそもこの広い宇宙で、たった一隻の艦を見つけるために闇雲に動いたところで見つかるはずもない。そういう場合は視点を変えてみると良いでしょうな」

「視点、ですか……」

「そう。『古き貴き家門』の貴族、討伐艦隊の軍人としての視点を捨て、アンジェリカ殿がジャックと同じ視点に立ってみると良い」

「私に賊になれと?」

「言葉を選ばずに言うならそういうことですな。未開拓宙域に向かいたいジャックが、一つしかない回廊を塞がれた場合どうするかを考えるのです。その立場に立って」

「立場に……私、なら、討伐艦隊の動向を探れるぎりぎりの距離で、尚且つ、状況を把握しやすい天底か天頂方向に拠点を定めます」

「うむ。それが定石というものでござろうな。それで?」

「それで……そこで力を蓄えた後、討伐艦隊に隙を作るための工作を施します。そうですね……第七辺境宙域の各所に乱を起こし、討伐艦隊が分散するように仕向ける、とか」

「なるほど。それも定石でしょう。そして分散したところを見計らって本隊を強襲し、防衛線を突破する、ですか」

「ええ」

「ふむ。アンジェリカ殿らしい真面目な視点ですな」

「また真面目、ですか。もしやフランシス殿は私を侮辱しておいでか?」

「まさか。そんな考えは露ほどもござらんよ。貴族令嬢であり、士官学校にも通っていらっしゃった。正道を行く方はやはり真っ直ぐなのだと感心したまで。だが生憎とこのフランシス。曲がりくねった山道谷道を歩んできておりましてな。その性根は捻くれておる」

「フランシス殿は捻くれ者なのですか」

「それはもう、ねじ曲がり、ひん曲がり、臓腑は真っ黒で煮ても焼いても食えない狸でござるよ。そんな捻くれ者であるからこそ、捻くれ者の子供が考えることは手に取るように分かる」


 そういうとフランシスはモニターに表示された地図の一点にマーカーを付けた。


「討伐艦隊の近くの『壁』ですが、ここが何か?」

「うむ。『壁』とはアンジェリカ殿も知っての通り、宇宙の各所に点在する、その宙域の拡大を妨げる隕石群や重力異常帯の呼称だ。大小の隕石が万ほど億ほども浮遊して艦がまともに航行することができない、予測不能な重力異常のために安全に航行できないため開拓もままならず、下手に進出しようものなら無数のデブリによって艦を破壊されてしまう進入困難な領域――」

「フランシス殿、まさか貴公は……っ!?」

「うむ。ジャックは『壁」に拠点を構えていると私は見ておるのですよ」


//次回更新は、07/29(金) 18:00 を予定

//ただ、次回分の執筆が少し難航しているため延期の可能性がございます。

//申し訳ございません

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