【第28話】星の女神

 エルに呪詛の言葉を投げつけられた後、俺はマーニたちを伴って艦長室へ場所を移した。


「ソール。あまりエルを追い詰めるなよ?」

「気をつけてるってー。だけどドレイク一家と艦隊戦することを考えれば、エルにはもっと操艦技術を磨いて貰わないといけないしねー」

「小型艦を量産した後は、マーニとソールお姉ちゃんの二人で戦術データリンクの運用をしなければならない。アルヴィース号の操艦に手が回る可能性は低い」

「それはそうだけど……元大賢者の俺や女神の二人と違って、ドナたちは知識をインストールされただけの一般人なんだから。あまり多くを求めすぎてもマズイだろ」

「ドナに仕事タスクを山のように積み上げたジャック様が言って良い言葉じゃない」

「ぐぬっ……じ、自覚はあるから。ちょっとドナの仕事配分をミスっただけだから……っ!」

「まぁドナたちのためにも、早く人手を増やさないとねー。……それでソールたちを連れてきたんでしょ?」

「ああ、そうだ。艦長室で女神召喚をしようと思ってね」

「マーニは組んずほぐれつを予想していた。アテが外れた」

「いや昼間っからそんなことしないよっ!?」


 いくら俺でも今の状況が遊んでられる状況じゃないってこと、ちゃんと理解してるからねっ!?


「そーいやリリアは呼ばないのー?」

「リリアには機械人形オートマタの素体を取りに行って貰ってるよ。もう少ししたら持ってきてくれると思うけど……」


 ソールの疑問に答えたとき、艦長室のインターホンが鳴った。


「はぁ、はぁ、ご主人様! ご所望の物をお持ちしました!」

「ありがとうリリア。助かるよ」

「え、えへへ……♪ お役に立ててなによりです」


 俺の感謝の言葉を受けてリリアは頬を赤く染めながらはにかんだ。


「相変わらずリリアはカワイイねぇー……」

「ふ、ふぇっ!? 突然どうしたんですかソールさん……っ!?」

「リリアとの付き合いも長くなったけど、昔から変わらずジャック様一筋なのが見て分かるから、なんだかカワイイなーって」

「そ、そそそ、そんなことありませんよぅ! ソールさんだってマーニさんだってご主人様一筋じゃないですか!」

「それはそう。だけどスレてないリリアは貴重。カワイイ」

「わかるー。リリアってほんとカワイイよねー! もう食べちゃいたくなるよー」

「時々、ジャック様を交えて性的に食べてるけど足りない」

「あぅぅ……は、恥ずかしい、です……あまりそんな風に言わないでくださいぃぃぃ……」


 女神二人から賞賛の言葉を浴びせられて、リリアはどうして良いのか分からずに両手で顔を覆い隠した。

 仲間たちの仲良しの様子を横目に見ながら、俺はリリアから受け取った機械人形の素体を中心に魔法陣を描いていく。


「なあ。マーニたちのときは精霊召喚の魔法陣を使ったけど、今回もそれで良いのか?」

「ん。それで大丈夫。女神召喚に応えるだけの力が残っている女神は、この時代にはもう居ない」

「精霊召喚の魔法陣ぐらいの弱めの召喚陣のほうが、召喚ゲートを通り抜けるときに必要な力が少なくて済むからねー」

「そこに霊素エーテルを流し込んで女神を誘き寄せる」

「誘き寄せるって。霊素は撒き餌かよ」

「似たようなもの。ジャック様の霊素の匂いに引き寄せられて、縁を持つ女神がゲートを通って顕現するはず」

「今回はソールとマーニの霊素も混ぜるから、ある程度、誰が来るか予想は付きやすいねー」

「予想? 誰が来るのか二人には分かるのか?」

「ジャック様と縁を持ち、マーニとソールお姉ちゃんとも縁を持つ女神は少ない。呼ばれるのは多分、マーニたちの妹」

「二人の妹? ……ああ! ノートか!」


 ノート――。

 それは星を司る女神で、太陽の女神ソール、月の女神マーニの妹に当たる女神だ。


「ん。ノートは星を司る。そして星々に宿る思念体の総元締めでもある」

「その思念体をプロセッサ代わりに並列思考できるから、分析にはもってこいの権能なんだよねー」

「なるほど。ってか、あの子、そんな権能を持ってたんだな」

「そうだよー。ジャック様知らなかったの?」

「ノートのことをか? 最初に出会ったのは、勇者ナイアのために万の星々の煌めきを集めて作られた『神霊の指輪』を授けてもらうため、試練を受けに行ったときだったかな……」


 俺の前世であるジーク・モルガン時代、勇者や聖女たちと共に世界の平和のために冒険していた頃の話だ。


「あの頃は俺たち勇者パーティも忙しかったからなぁ。正直、あまり覚えてないんだよ」

「えーひどーい! あの子、ジャック様に一目惚れして、冒険の間もずーっと空からジャック様たちのことを見守ってたのにー」

「そうなの? それは悪いことしたなぁ……っていうか、そういうことはジーク・モルガン時代に聞きたかったんだけど!」


 その頃の俺は女性と縁がなさ過ぎて絶望していたんだから!


「まぁ仕方ない。あの頃のジャック様はユーミルお姉様との約束を守るために余裕が無かったし。マーニたちも何度もフラれた」

「だねー」

「だって女神に好かれるなんて考えたことも無かったし……!」

「童貞を拗らせすぎた男の末路」

「異性に好かれることなんてあるはずがない、ってあの頃のジャック様は考えてたっぽいしねー。まぁしょうがないよー」

「分析が的確過ぎてぐぅの音も出ねえよ……」

「だ、大丈夫ですよご主人様! 私はご主人様の前世のこと、ちゃんとは分かっていませんけど……でも今のご主人様は魅力的で、カッコ良くて、あの、あの、私、大好きですから!」


 落ち込む俺をリリアは顔を赤く染めながら必死に励ましてくれる。

 ああ、もう、俺って幸せ者だなぁ。


「ありがとう。俺もリリアのことが大好きだ」

「あぅ、えへへ……はいっ♪」

「すーぐ二人でイチャイチャするー。ソールも入れろーっ!」

「マーニも参加する」

「ぐえっ! ちょ、い、いきなり抱きついてくるなって! 今、魔法陣を描いてる最中なんだから!」

「ダメ。ジャック様は主人としてメイドを可愛がる義務を持つ」

「そうだそうだー! ジャック様成分を満喫させろー!」

「くんかくんか」

「だぁーっ! 脇に顔を埋めるな! あと匂いを嗅ぐな!」

「クスクスッ、ご主人様、楽しそうです……♪」


 いつのまにか離れていたリリアが、じゃれ合う俺たちの姿を見て微笑みを浮かべた。


「楽しいし、嬉しいけどさ。今はやることがあるから……ほーら、ソール、マーニ、離れてくれ。このままじゃ魔法陣を描けないから」

「むーっ……ほーい。分かったよぅ」

「むぅ。後で濃厚なグルーミングを所望」

「はいはい、分かった分かった」


 懐く二人を引っぺがした後、俺は指先に霊素と魔力を籠めて床に魔法陣を描いていった。


「よし、完成」

「ふむ……相変わらずジャック様の描く魔法陣は綺麗」

「そうか?」

「ルミドガルド世界の根底にある『ことわり』に沿った、すっごく綺麗な魔法陣だねー。さすがジャック様ー」

「女神の二人に褒められるのは嬉しいな」

「あの……魔法陣の綺麗さってどこで判断するんですか?」

「魔法陣って魔力を籠めながら描くでしょ? だけど魔力を籠めすぎると線が太くなっちゃったり、形がいびつになっちゃうんだよねー」

「ジャック様の描く魔法陣は線の細さが均一で歪みがない。それに詠唱文と図形の配置や割合が完璧。『理』に定められた法則に完璧に適っていて美しい、とマーニたちは感じる」

「なるほどぉ……さすがご主人様です!」

「ありがとう。ただ俺の場合は『全てを識る者アルヴィース』のスキルあってこそだけどね」


 創世の女神ユーミルから授けられた、創世の女神専用のユニークスキル、『全てを識る者』。

 それはルミドガルドの『理』と『規定プロトコル』を理解し、使いこなせるチートスキル。

 つまり『理』を利用して何でもできるスキル――なのだが、残念ながら人の身でしかない俺はこのスキルを完璧を使いこなすことはできない。

 それでも充分すぎるほどのチートスキルではあるのだが……。


(だけど最近は『全てを識る者』でも分からないことが多くなってきたんだよなぁ……)


 『理』の全てを理解しえる俺が分からないこと――つまり『理外』の出来事が増えている。

 その状況が何をもたらすのかさえ予想できないでいる。


(大賢者ジーク・モルガンにも分からないことがある、か……なんとも皮肉な話だ)


 艦長室の床に描いた魔法陣の中央に、リリアが調達してくれたメイド姿の機械人形オートマタ素体を設置する。


「ソール、マーニ。霊素のフォローを頼む」

「ん」

「りょーかいでぇ~す!」


 霊素とは魔素マナと同じように万物より発生して世界に充満する力の源だ。


 魔素は人の身に吸収されることで魔力へと変化し、魔法の発動・発現を支える力だが、霊素は普通の人間では扱いきれない特別な力だ。


 霊素を扱えるのは、神と呼ばれる者たちの他に、神に連なる者たちのみであり、英雄、勇者、賢者、聖女や聖者などのユニーク称号を持つ者たちがそれに当たる。


 魔素よりも遥かに純度の高い力を持つ霊素を活用すれば、例えば下位精霊を召喚したとしてもそのレベルは遥かに上がり、上位精霊並みの力を持つ下位精霊を召喚できる。

 前世では霊素を使って様々な魔道具を製作したものだ――。


「そう言えば前世で俺が作った魔道具ってどうなったんだろ?」


 召喚の準備をしながら、ふと思いついた疑問を口にすると、ソールとマーニが双子姉妹らしく同じような仕草で肩を竦めた。


「不明」

「ソールたちにもまーったく分からないんだよねー」

「そっか。まぁあれから何千年も立ってるんだし、壊れて捨てられてたりしてるのかもな」


 それなりに強力な魔道具だったから心配ではあるが、今は探し出すような時間もない。


「目の前に積み上がった仕事を処理した後で余裕があればってところか。はー……なんだか今世でも俺は仕事に追われてるなぁ」

「ジャック様、底抜けのお人好しなんだもん。仕方ないよ」

「もはや運命」

「スローライフを夢見て転生したんだけどな」


 ソールたちの慰めにもなっていない言葉に嘆息を吐きながら、俺は魔法陣に向かって詠唱を始めた。


「『全てを識る者アルヴィース』の業を継ぎしジャック・ドレイクが命じる! 我が求めに従い、彼の物へ宿れ!」


 詠唱と同時に体内の霊素を高めると、俺の横で同じように霊素を高めたソールたちが魔法陣へ霊素を注ぎ込む。

 やがて魔法陣全てに霊素が行き渡ると、魔法陣は一際まばゆい煌めきを放ちながら発動した。


「よし、成功!」

「誰が来るかな♪ 誰が来るかな♪」

「ふぁぁ、召喚魔法って初めて見ましたけど、すごく綺麗です……♪」


 ソールとリリアが盛り上がるなか、俺とマーニの二人は魔法陣が放つ光を凝視していた。

 やがて魔法陣の光が消えると共に小さな光球が出現し、素体の中へと姿を消した。

 ギッ……と機械関節がきしむ音をたて、機械人形の素体が身動いだ。


「んっ、んん~……あれー? あれあれあれー? ソール姉様にマーニ姉様ぁ? どうしてこんなところにいらっしゃるんですかぁ?」

「なーんだ。やっぱりノートが来ちゃったかー」

「えーっ! なんでそんなこと言うんですかー! 愛しの妹ちゃんと数千年ぶりに再会したっていうのにー!」

「ん。久しぶりノート。元気だった?」

「いやー、全然元気じゃないですよぅー! 信仰が失われてからこっち、自分の『存在』を維持するのに精いっぱい、で……ええーーーーーっ!」


 マーニに質問に頭を振って答えたノートの視線が俺と交叉した。


「も、も、も、もしかして……貴方様は!」

「よっ。久しぶりだなノート」

「その魂の色は……わーんっ! 愛しのジーク様ぁぁぁぁぁ!!」


 俺が誰かを理解した瞬間、ノートは黄色い声を上げながら俺に抱きつこうとして――、


「へう゛っ……っ!」


 機械の身体が床に転がる甲高い音が艦長室に鳴り響いた。


「痛ぁぁぁい! もー! ノートの身体、どうなってるのぉ!?」

「あー、悪いノート。召喚の媒体として機械人形の素体を使ったから、動きづらいのかもしれない」

「機械……ほんとだ。えーーん! これじゃ愛しのジーク様の温もりも感じられませんよぉ!」

「慌てない慌てない。ソールたちが力を貸すからねー」

「ん。ノートもさっさと受肉する」

「ええっ!? 受肉って神の奇跡の一つなのに、そんなに簡単にしちゃっても良いんですかーっ!?」

「だいじょぶだいじょぶーっ!」

「ノリと勢い、大事」

「いやだいじょばないし、ノリで受肉するのはやめろ――とツッコミたいところではあるんだが、そうも言っていられない状況でね」

「なるほどぉ。じゃあお姉様たちの霊素をお借りして、と――」


 胸の前で両手を組んでノートは祈るようなポーズを取った。

 そこへソールたちの霊素が流れ込むと、艦長室は眩い光に包まれて――その光が消失する頃には、見知らぬ一人の女の子が変なポーズを取りながら立っていた。


「じゃじゃじゃじゃーん! 星の女神ノート、ただいま顕現! 星に変わってご奉仕よ!」

「……よくもそんなネタ知ってたなぁ」

「女神ですから! ってワケで、ノートがどうしてこうなったのか知りたいので情報の並列化を求めます! 特にジーク様からっ! 直接っ! 口移しでっ! ディープキスによる並列化をノートは所望っ!」

「は、はぁ!?」


 前のめりになりながら俺に詰め寄り、とんでもないことを要求してくるノートの勢いに押され、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。


「前世ではジーク様と関係性を進めることができなかったけど、これからはいつでもどこでも何度でもジーク様にアタックできますからね。貪欲に行きますよーっ!」

「ちょ、ちょちょ、ま、待て待てノート。とにかく落ち着け」

「やですー♪」

「うぉい! ソールもマーニも妹を止めてくれよ!」


 唇を突き出してグイグイと身を寄せてくるノートを押し止めながら、傍観を決め込む姉二人に抗議する。


「でも今後のことを考えれば並列化は必須だしー?」

「ん。ここは覚悟を決めてブチューッとやるのが吉」

「おまえら他人事だと思ってぇ……っ!」

「ほらほらジーク様ぁ! お姉様たちもこう仰ってますしー! 早くノートちゃんに熱ぅぅい接吻をくださいなー♪ んちゅーっ♪ むちゅーっ♪」

「ま、待てってば! 俺にだって心の準備がだなぁ!」

「あ、あのっ!」


 顔を近づけてくるノートを必死に押し止める俺を見て、何かを決意した表情でリリアが一歩、前へ踏み出した。


「ほへ? 貴女はどちら様?」

「あの、は、初めまして! わ、私はリリアって言います。ご主人様の身の回りのお世話をするメイドです……っ!」

「メイドさん? そのメイドさんがノートに何かご用?」

「あの、その……えっと……っ!」


 モジモジと指を絡ませながら言葉を探していたリリアが、やがて前を向いてノートと視線を合わせて声をあげた。


「あの! 今はジャック様です! ジャック・ドレイク様ですから! ジャック様って呼んでください!」

「えっと、ジーク様ではなく――」

「はい! ジャック様です!」

「なる、ほど? 分かりました。ジャック様と呼べば良いんですね?」

「はい!」


 ノートの返答に安堵したのか、リリアは一仕事終えたとでも言うように手の甲で額を拭った。

 うーん、違う違う。そうじゃない――。


「ジャック様。リリアの許可も出たことだし、さっさと諦める」

「そうだよー。そんなに拒んじゃノートだって可哀想でしょー!」

「いやでも、ムードってものも少しはだな……っ!」

「これだから非童貞は」

「キス程度で夢見すぎー」

「ちょ、ちょちょちょちょっ! お待ちくださいお姉様方! 今、聞いてはならない単語が聞こえてきたようなっ!?」

「もしかして非童貞って単語ー?」

「ですわですわそうですわ! ジャック様は童貞ではないんですのっ!?」

「ん。ちょっと前に非童貞にクラスチェンジした」

「そんな、ジャック様のミレニアム童貞はノートが狙ってたのにぃ……」

「狙うなよそんなものっ!」

「前世では遠くから見守ることしかできなかった愛しい人が、目を離した隙に童貞喪失してるなんて……! 今、ノートの心の中は、好きだったクラスの女子が夏休み明けに妙に垢抜けたことを不思議に思って耳をそばだてていると、海で知り合った大学生に流れで処女を捧げてしまったことを知った童貞少年のような悲しみに包まれています! なんて不幸! ジャック様の童貞を捧げられたのはどちらさんなんですっ!?」

「ソールたちじゃないよー?」

「ジャック様が童貞を捧げたのは、こちらに居るリリア」

「あぅ……」


 二人から指を刺され、リリアは顔を真っ赤にして俯いた。


「そうですか……分かりました! 貴女を星の女神ノートの終生のライバルとして認めて差し上げます! これからは負けませんからね!」

「は、はいっ!」

「と、ライバル宣言をしたところで、では早速、ジャック様の唇は星の女神ノートが頂きまーすっ! むちゅーっ♪」

「ちょ、いきな、むぐぅ――っ!?」


 こうして――。

 いきなりキスをしてきたノートに問答無用で舌を差し込まれ、散々、口の中を蹂躙されたのだった。


//次回更新は 07/01(金) 18:00を予定


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