【第27話】次の一手
「転移完了。第七辺境宙域への到着を確認しました」
ブリッジにドナの声が響く。
「よし。アルヴィース号、ステルス状態に移行」
「了解」
展開したマナインターフェースに手を添えたドナが、覚えたばかりの隠蔽魔法を発動する。
「アルヴィース号、ステルス状態への移行を確認しました。ドナさん、すごいです。覚えたばかりの魔法を完璧に使いこなしてますね」
「先生が良かったからですよ、リリア先生」
「わ、私なんてそんな……。私はただ、マーニさんたちに教えてもらったように、ドナさんにお教えしただけですし」
「いやいや全然違うよー。マーニさんとかソールさんの教え方、感覚的でいつも分かりづらいしー」
エルの混ぜっ返しを聞いたソールが不満そうに唇を尖らせた。
「えー。魔法なんて決められた手順を踏めば良いだけなんだから、バーンとやってドーンッてすれば良いだけじゃーん」
「ん。できない人が悪い」
「もー! そんなこと言われたって、エルたちの頭じゃ理解できないんだってばー!」
「っていうか、リリアさんはよくまぁ、こんな教えられ方で理解できたとミミは思うニャ」
「それは、あの……最初はご主人様に色々と教えてもらいましたし、私も精いっぱい頑張ろうって思って……」
「なるほど。リリアさんはご主人様から教えられて素地があったということですね」
「ご主人様がエルたちに魔法を教えてよー!」
「俺か? 時間があれば教えてあげられるけど、残念ながらなかなか時間が取れなくてなぁ……」
俺は艦長という責任のある立場にいる。
やらなければならない仕事は山積みで、元奴隷のクルーたちの教育についてはリリアたちに丸投げの状態だ。
マーニにはアルヴィース号のハード・ソフト両面の改修や管理を任せているし、ソールにはクルーたちの技術面の講師役、そして戦闘部隊の訓練などを任せている。
魔法や生活関連はリリアが先生役をしてくれているが、ぶっちゃけ、教育係が少なすぎる。
「せめて日常生活での常識やらなんやらを教える先生役が居てくれると良いんだけど、条件に一致する人材がいなくてなぁ」
「条件ってどんな条件があるのニャ?」
「時間の確保が容易で、日常生活を送ったことがあって、教養があるってのが条件……んっ? 待てよ?」
その条件に当てはまる人材がアルヴィース号にいるな……。
「いや、でもさすがに無理か?」
「ご主人様、誰か条件に合う人、思いついたのー?」
「ああ。メアリーやアミャーミャなら条件に合うと思ってな」
「ええっ!? あのお貴族のお嬢さんたちを先生役にするのーっ!? さすがにそれは無理だとエルは思うんだけどー」
「暴動が起こってもミミは知らないのニャ」
「……やっぱそういう反応になるよなぁ」
自分たちを奴隷へと追いやった権力者の一族に勉強を教えられるなんて、元奴隷のクルーたちにとっては屈辱以外の何物でもないだろう。
それは分かっているのだが――。
「まぁ今すぐにやるつもりはないけどさ。いつか、あの二人へのわだかまりが解けたら考えてみても良いかもな」
「そんなに簡単に解けたら世の中もっと平和なのニャ」
「それも分かってるよ」
ミミの言葉は否定しようもない事実だ。
だけど事実だからといって放置していい問題でもない。
「で、ジャック様。あの二人の様子は?」
マーニの質問に対し、俺は首を横に振るしか無かった。
「正直、芳しくないな。食堂を利用するクルーの大半は、毎回、色々と厭味を投げつけてみるみたいだ」
「それはまぁ当然でしょう」
「ドナまでそんなこと言うのかよー……」
「こればかりは仕方の無いことだと思います」
「だよねー。エルとかは別に何も言ってないけどさー。他の人たちが厭味を言っちゃう気持ちも少しは分かっちゃうし……」
「ミミたちはご主人様の意図を直接聞いてるからニャー」
「ちゃんとみんなに説明したんだけどな」
「だからこそ厭味を言うだけで済んでいる、とも思います」
「それは……そうかもしれないんだけどさぁ」
俺直属の奴隷、という立ち位置があるからこそ、クルーの大半はメアリーたちに直接的な報復はしていない。
だけどその立場がなかったら――。
「うーん……もっと何か手を打った方が良いかな」
「そういうのは止めておいたほうが良いとソールは思うけどねー……」
「同意。本人たち次第」
「……だな。まぁオバちゃんも色々とフォローしてくれてるみたいだし、しばらく様子を見るか」
「それは良いけどさー。ジャック様、例の件についてはどうするつもりなのー?」
ソールの言う例の件――それはメアリーやアミャーミャ、そして他の『古き貴き家門』の者たちに与えられていた『シャンの呪縛』という意味不明な呪いのことだ。
「空いた時間を使って少しずつ解析してるところ。だけどなー……全く糸口が掴めないんだよなぁ」
「ジャック様でもー?」
「うん、俺でもすぐには無理そうだ」
『
その俺でさえ『シャンの呪縛』という呪いについては、効果も、発動条件も、どのように呪ったのかも全く分からない状態なのだ。
『理』という根底の上で全ての事象が発生するルミドガルド世界において、そんなことは本来あり得ないことなのだが――。
「解析しないことには解呪もできない。どうにかしたいとは思ってるんだけど他の事に比べたら優先順位は低いからな」
今の俺の優先順位は、
一つ、奴隷たちが安心して住める国を作ること。
二つ、そのために辺境宙域を目指すこと。
三つ、創世の女神ユーミルを復活させること。
この三つを優先する必要があるから、『古き貴き家門』たちが持つ魔術の力や呪縛の解析については二の次、三の次にならざるを得ない。
「はぁ~……やっぱりどう考えても人手が足りない」
「ん。その分析は的を射ている。というワケでマーニから提案」
「おっ? 何か良い手があるのか?」
「ある。ジャック様がもう一人、女神を召喚すれば良い」
「ちょっ!?」
「?? 女神ってなんのことー?」
「あれかニャ? ご主人様の愛人のことかニャ?」
「ああ、ご主人様直属のメイド隊はそういう役目も担っていますからね」
「夜の女神的なー?」
「い、いや、あ、うん、うんうん、そうそう! そういうこと!」
「はぁー……ご主人様は一体何人の女の子を侍らせれば気が済むのニャ? そういうの、良くないとミミは思うニャ」
「そうだよご主人様ー。リリアさんが可哀想だよー!」
「えぅあっ!? わ、私は別に……! ご主人様ほど素晴らしい男性なら、女の子ならみんな好きになるでしょうし……それはそれで嬉しいって思っちゃいますから……」
「そんなのダメだよリリアさんー! もっと自分に素直にならないと!」
「大勢の中の一人じゃリリアさんも悲しいニャ?」
「それは、えと……だ、大丈夫です! 私は全然大丈夫ですから!」
エルとミミに煽られながらも、リリアは必死に首を横に振り、自分は大丈夫だと主張する。
……それはそれですごく悲しい。
「と、とにかくだ! その辺りの話は後で部屋でするから、マーニとソールの二人は後で部屋に来てくれ」
「わーい、ジャック様のお声が掛かったー。今日はエッチだー!」
「シャワーを浴びてから推参する」
「お、おまえらなぁ……!」
無駄に状況を
「お二人との夜のアポが決まったところで。ご主人様。アルヴィース号はこれからどう動くつもりですか?」
俺たちのやりとりを聞き流したドナが、次の方針を尋ねてくる。
「まずは討伐艦隊とやらの動向の調査だな。どこに布陣し、どのように俺たちを探しているのかを調べる必要があるんだけど、一つ、懸念がある」
「懸念、ですか。一体どんな?」
「父上の存在さ」
ドナの質問に簡潔に答えを返す。
「俺なんかとは比べものにならない戦歴を持つ父上と、その父上の下で長年任務をこなしてきたドレイク一家の力は、ドナたちが思っている以上に強力だ。不用意に偵察しようものなら、すぐに気付かれて逆にこちらの居場所を特定されることになる」
「え、でもでも、隠蔽魔法を使えば良いんじゃ?」
エルの指摘は全くもって正しい。
だがその『正しさ』が通用しない理不尽な相手も世の中にはいるのだ。
「断言する。隠蔽魔法を使っていても百パーセント発見される」
「ホントかニャー? ご主人様のパパ様はもしかして異能力者か何かなのかニャ?」
「正真正銘ただの人だよ。普段はとても陽気で頼りがいがあって、カッコイイのにちょっと下品な父上だけど、艦に乗って戦場に出た途端、歴戦の将としての力を発揮して戦場を支配する」
「それほどですか。何者なんですか、ご主人様のお父上は……」
「何者なんだろうなぁ。正直、俺にも分からん」
経験則なのか第六感なのか。
とにかく父上の読みはよく当たるのだ。
過去、勇者や賢者、聖女に剣聖――そんな人類史上、類を見ない天才や異才たちと冒険を繰り広げた俺でさえ、父上の力の底が測れない。
女神に愛された、という表現を超越した存在なのだ。
グレース姉上の豪運と同じ、人間の神秘を体現した存在と言っても大袈裟じゃないような――そんな人物こそが俺の父上フランシス・ドレイクという男だ。
「戦の天才。女神に愛され、世界に愛された存在でも言うべき人だからな。慎重に慎重を重ねた上で偵察しなきゃ、あっという間にこちらの意図を看破されると俺は踏んでる。だから踏ん切りが付かないんだ」
偵察はしなければならないが、下手に接近して父上にこちらの居場所を看破されてしまうのは避けたい。
だからどうにも八方塞がりなのだ。
「ジャック様。何でも一人でしようとするから行き詰まる。誰かを頼れば良いとマーニは提案する」
「誰かって言ってもなぁ……」
「あ、そっか。ジャック様、エラ様を頼れば良いんだよー」
「あ、なるほど。その手があった!」
ドレイク家の次女であり、二つ上の姉、エラ・ドレイクはダラム星域の主星『ダラム』で大人気の歌姫『エマ・ナイトレイ』として活躍しながら、裏社会でも勇名の情報屋『セイレーン』として活動する天才ハッカーだ。
表の仕事のほうで忙しくなってきてからは裏稼業は休業しているらしいが、趣味でネットを徘徊し、大企業や軍、銀河連邦の中枢などの端末をハッキングしては様々な情報を
『古き貴き家門』が討伐艦隊を結成したことにいち早く気付き、ハリー兄さんに連絡してきたエラ姉さんに頼めば、第七辺境宙域での討伐艦隊の動向を探ることは可能だろう。
「ハリー兄さんにエラ姉さんの連絡先を聞けば大丈夫なはず。早速連絡を取ってみよう。ミミ、秘匿回線でクリムゾン商会に連絡を――」
入れてくれ。
そう言おうとした、その時。
『フハハハハハハッ! その必要はないよー!』
突然、メインモニターに『SOUNDONLY』と表示されたかと思うと謎の声がブリッジに鳴り響いた。
「な……ハッキングっ!?」
「そんな……マーニの防壁が突破された……っ!?」
「マーニ、ネットワークチェック!」
「ん!」
突発的な事態に固まってしまった他のクルーたちをよそに、状況を把握できた俺とマーニはすぐさま端末にかじりついて、外部からのシステム侵入の対応を始めた。
だが――。
『あー、大丈夫大丈夫。焦らなくても問題ないよー』
スピーカーから暢気な声が響くと共に、『SOUNDONLY』と表示されていたメインモニターに一人の女性の姿が表示された。
きめ細やかな金髪を雑に束ね、キャミソール姿で頬杖をついた女性が、のんびりとした声で挨拶してきた。
『やふやふー。久しぶりー』
「え、エラ姉さんっ!?」
『そうだよー。ジャック、元気にしていたー?』
「元気なのは元気だよ。だけど姉さんにはアルヴィース号の通信チャンネル、まだ教えてなかったはずなんだけどっ!?」
『あー、それね。以前、ハリー兄ぃと連絡を取ったとき、ハリー兄ぃの艦の通信ユニットにチョチョッと細工しておいたんだ。んで、ハリー兄ぃがジャックに連絡を取ったときにエラちゃん特製のその細工が発動して、そっちの艦の通信ユニットに感染したってわけ』
「感染って言っちゃったよ! ウイルスを仕込んだってこと?」
『ウイルスじゃないよー? エラちゃん特製アプリだよ』
「それ一緒のことなんじゃ――」
「……あった」
俺とエラ姉さんの会話を聞いてデータをチェックしていたマーニが、がっくりと項垂れる。
「痕跡を巧妙に隠していたけど。通信ユニットの暗号化サブルーチンの中に紛れ込んでいた……」
「マジか……」
通信ユニットは俺とマーニの二人で組んだプログラムで動いている。
そのプログラムは『理』の『
この時代の人間、もっと言えば魔導科学を理解していない者には解読不可能なはずなのだが――。
『ジャックの艦に使われてるプログラム言語、すごく独特だねー。解析するのに時間掛かっちゃったよー。でも面白くて好きかな』
事もなげに言うエラ姉さんに、俺は諸手をあげて降参するほかない。
「よく解析できたね。さすが天才ハッカー『セイレーン』だ」
「く、屈辱……」
女神以上のハッキング能力を見せつけられたマーニが、珍しく悔しそうな声を漏らす。
『で、そっちの
「もしかしてさっきの会話も聞いてたってこと?」
『ま、今日は表のお仕事がお休みの日だったからねー。愛しの弟くんの様子をチェックするのは姉の務めなのだよ」
「もしかして姉さん、俺の部屋も……?」
『さすがにプライベートは覗かないよー。お盛んだなぁとは思うけど』
「マーニ、艦長室の防諜機能のチェック!」
「ん!」
『HAHAHA! ジャックってば心配性なんだからー』
「当然でしょ!」
身内に性事情を知られるとか恥ずかしいどころの話じゃないんだから!
『それよりさー、ジャックが知りたいことって討伐艦隊の動向でしょ? おおよそ掴んでるからそっちにデータを送るね』
俺たちの焦りをよそにエラ姉さんはマイペースに会話を続けた。
「ええとー……データが送られてきたニャ。受領して良いのかニャ?」
「ちょっと待つ。今、チェックプログラムを組んでいる……!」
『もー、信用ないなー』
「アルヴィース号のシステムネットワークはマーニが構築している。今度は絶対に侵入なんてさせない……っ!」
静かに闘志を燃やしたマーニが、怒濤の勢いで
「データ受信したニャ」
「チェックする……っ!」
鼻息を荒くしたマーニが、即席のプログラムを走らせながら送られてきたデータをチェックした。
「……ん。九分九厘、大丈夫」
『アハハッ、マーニは疑り深いなぁ』
「これはマーニのプライドの問題。いくらジャック様のお姉様とは言え、二度とアルヴィース号のシステムへの侵入は許さない……!」
『そっかー。それは残念だなー。ふふっ』
「受信データ、サブモニターに出すニャ!」
エラ姉さんたちのやりとりをよそに、ミミは端末を操作して送られてきたデータをモニターに映し出した。
データには第七辺境宙域の地図と討伐艦隊の配置が記されていた。
「これは……。艦隊を三つに分けてる?」
第七辺境宙域と未開拓宙域を繋ぐ回廊を塞ぐ部隊と、第七辺境宙域を回遊する二つの部隊の動きに首を捻る。
『みたいだねー。第七辺境宙域から未開拓宙域への回廊は今のところ一本しか発見されてないから、出口を蓋しながら探そうってところかな』
「気の長いことを……」
『まぁ討伐部隊の司令官は今回が指揮官として初陣だからねー。それに無駄に武闘派らしいから脳味噌が筋肉で出来ているんだと思うよ?』
「御しやすい、とも考えられるか」
『どうだろうねー。でもそこのところ、パパは上手くやってるみたい。……どう? パパとの喧嘩。勝てそう?』
「今のところは分からない、かなー」
『およ。勝てないワケじゃないんだ?』
「今のところ、七・三……いや八・二で負ける可能性が高いとは思ってるけどね」
『あのパパ相手に最大で三割、勝率を計算できるのはすごいことだよ。ジャックも独立してから成長したんだねぇ。お姉ちゃんは嬉しいぞー?』
「はははっ、ありがとう。だけど俺は父上に勝ちたい。いや、絶対に勝たなくちゃいけないんだ」
『それは奴隷たちのため?』
「いや俺自身のためだよ。俺自身の夢のために父上に勝ちたい」
『……男の子だねぇ、ジャック。誰のためでもない自分のためだって言いながら、背負わなくても良い苦労を背負って突き進んでいくのなんてパパそっくりだ』
「そりゃ俺はドレイク家の三男坊だから」
父上が積み上げてきた生き様を。
兄さん、姉さんたちが未来を切り開いてきたその背中を見て育ったのだ。
例え魂が転生者であったとしても、子供の頃から見つめていたその生き方に影響を受けないはずがない。
俺にとって父上も、兄姉たちも大切な家族であると共に、尊敬できる師でもあるのだ。
『そうだね。それじゃパパっていう巨大な壁に立ち向かう最愛の弟のためにお姉ちゃんも頑張ってひと肌脱いであげよう。あ、キャミを脱いで裸を見せてあげるってことじゃないからね?』
「そんなこと一言も言ってないでしょーがっ!?」
『あははっ、ウィットに富んだ姉ジョークだよ! とにかく討伐艦隊と父上の動向はエラお姉ちゃんが調べておいてあげる。逐次、データは送るから有効に活用してよね』
「うん。ありがとうエラ姉さん」
『いえいえ。あ、それともう一つ。ジャックにお礼言っとくね。送ってくれたメイドさんたち、本当に助かってる。さんきゅー!』
「姉さんの手助けができているようなら良かったよ」
『家事万能でスケジュール管理もできて、なおかつ護衛もしてくれる! いやー、ズボラなエラちゃんには最高の相棒だよ』
「気に入ってもらえて良かった。……そっちは大丈夫?」
『大丈夫って、『古き貴き家門』が手を出して来ないかってこと? エラちゃんの情報操作スキルを舐めてもらっちゃ困るねぃ。そもそもエラちゃんの過去はぜーんぶ偽装してるから、ドレイク家との繋がりは表向きゼロになってるんだよ』
「さすが。でも油断しないでくれると俺は嬉しいな」
『むぅ。まぁ愛する弟の忠告は素直に聞いておくよ。それじゃジャック、また何か情報が入ったら連絡するねー』
ウィンクしながらそう言うとエラ姉さんからの通信は途絶えた。
「貴重な情報を貰えたな。……やり方には言いたいこともあるけど」
突然のエラ姉さんの登場に驚きつつも、有用な情報を授けてくれたことに感謝していると、
「次は絶対、侵入させない……っ!」
自作の
マーニがほぞを噛むような表情で艦のメインプログラムを精査し、同時に鬼の首を取るような勢いで鍵盤を叩いて改良を施していた。
そんなマーニの横で、ソールが感心した声を上げる。
「なんていうか、ドレイク家ってほんと不思議だねー。パパさんは戦の天才、アーサー様はあの若さで凄まじいカリスマ性を持ってるし、グレース様の爆運は神がかりだし、ハリー様は天性の商売上手だし、エラ様はマーニ以上の電子スキルを持ってるし。……まるでジャック様の力となるために用意されたみたいだー」
「それは……言われてみると確かにそうかもな」
ソールに指摘されて改めてドレイク家の異常性を痛感する。
(もしかして……ユーミルの加護のお陰なのか?)
転生魔法が発動する直前、ユーミルが与えてくれた女神の加護。
その加護によって幸運を引き寄せたから――。
(……ま、考えすぎかな)
あのポンコツ女神がそこまで考えていたはずはない――そんな事を考えながら俺は胸に手を置いた。
女神としての『存在』が消失しかけていた創世の女神ユーミル。
この世界――ルミドガルドの世界を創世し、生きとし生けるものたちを慈しんできたユーミルは、今、俺の魂の中で俺が持つユーミルの記憶によってその『存在』の修復を行っている。
その方法でユーミルが復活できるのか、どの程度、創世の女神としての『存在』を取り戻せるのかは分からない。
だがやれることは全てやりたい。
大切な友であるユーミルのために――。
「それでご主人様。アルヴィース号はこれからどうするニャ?」
「敵の情報は得たんだし、転移魔法でビューンッと未開拓宙域に飛んじゃえば良いのにー」
「それはできない」
「ですがそれが一番安全な方法では……?」
「エルやドナの言う通りではあるんだけどね。だけど俺たちを発見出来ない間は討伐艦隊がこの宙域に居座ることになる。そうするといつかハリー兄さんたちが捕捉されるだろう」
エルが指摘するように、転移魔法を使えば討伐艦隊に見つかることなく、安全に未開拓宙域にたどり着ける。
だが、母上やシャルたちを保護して辺境宙域を目指しているハリー兄さんたちは、第七辺境宙域と開拓宙域を繋ぐ回廊を進むほかはない。
そして宙域を繋ぐ回廊は一つしかないのだ。
その回廊を討伐艦隊が塞いでいる以上、ハリー兄さんたちは第七辺境宙域を逃げ回ることしかできない。
時間が経てば経つほど、ハリー兄さんたちが捕捉され、捕まってしまう可能性は高まっていくのだ。
母上やシャルを人質に取られてしまうのは絶対に避けたい。
「回廊を塞ぐ討伐艦隊を引きつけて、ハリー兄さんたちが未開拓宙域に向かう道をこじ開ける。兄さんたちの脱出を確認した後で未開拓宙域に転移する……というのがベターかな」
「それで良いとマーニも思う。だけど戦力が足りないのに変わりはない。そこで提案。マーニに『無限収納』内の資材を自由に使う許可を」
「何をするつもりだ?」
「『無限収納』にストックしてある資材を使って小型艦を組み上げる」
「でも運用するには人手がないだろ?」
「それは大丈夫。小型艦の運用OSをアルヴィース号の統合管理AIと連結させてマーニとソールお姉ちゃんの二人で遠隔操縦するつもり」
「なるほど。小型艦をドローンとして使うってワケか」
「戦術データリンクで複数の小型艦を連結させれば、それなりの戦力になるはず。ただし組み上げのために拠点を展開する必要がある」
「第七辺境宙域で無限収納に入れた拠点を展開する、か。危険だな」
第七辺境宙域で血眼になって俺を探している討伐艦隊の目を盗みながら戦力を充実させる――。
正直言ってかなり厳しいが……。
「だけどやるしかない、か」
「ん」
「よし。やろう! ドナ、統合運用AIを使って討伐艦隊の宙域回遊のパターンを割り出してくれ」
「や、やってみます」
「あと、潜伏に適した小惑星帯のピックアップと補給スケジュールの確認、それと念のため艦内総チェックのスケジュール立案も頼む」
「ちょちょちょっ、待って下さい! さすがにその量の仕事を一人で処理するのは無理ですご主人様……!」
「あ、えーっと……ドナならできると思ったんだけど、やっぱ厳しい?」
「厳しいなんてものじゃないです。正直に言って死にます」
半分、泣きそうになりながら抗議するドナの姿を見て、他の仲間たちが声をあげた。
「そうだそうだー! ご主人様横暴だー! ブラック態勢許すまじー! やってほしかったらおやつをヨコセー!」
「おやつで解決するならすぐにでもリリアに作って貰うけど?」
「わー! バカバカなのニャ! エルは余計なこと言うななのニャ!」
「ブーブーッ!」
「ドナのほうはエルとミミの方で手伝うニャ。だけど時間が掛かると思うからそこは許して欲しいニャ」
「分かった。すまんがよろしく頼む」
「任せるのニャ。マーニさんたちに手伝ってもらえたら良いのだけど……それは無理なのかニャ?」
「マーニとソールには頼みたい事がある。それにリリアにはクルーたちのメンタルケアを頼みたいし、厳しいかな」
「それって例のお貴族様たちに関係することー?」
「そうだ」
「なら仕方ないニャ……ドナ、ミミたちも手伝うから頑張るニャ!」
「ううっ、はい……! みんなで力を合わせて頑張りましょう!」
「あ、ちなみにエルー。ドナの手伝いが終わったらお楽しみの操艦訓練、開始するからねー」
「うぇーっ!? そんなのエルだけ死亡確定だよー! ううーーっ! 鬼ー! 悪魔ー! ご主人様のスケベ野郎ーっ!」
「俺かよっ!」
//次回更新は 06/24(金) 18:00 を予定
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