【第29話】諍い
ムードもなければ情緒のへったくれもない記憶の並列化が完了し、メイド服に着替えたノートは早速、艦長室の端末をいじり回していた。
「ふむふむ……ノートはこの世界の『理』にそぐわない『魔術』や『シャンの呪縛』とやら云う『理外のもの』の解析を行えば良いのですね」
「ああ、頼めるかな?」
「情報解析はノートの得意分野です。お任せあれ♪ うまく解析できた暁にはジャック様との熱ーい一夜を期待していますね♪」
「か、考えとく……」
「はい、考えておいてください♪ それにしてもお姉様方。現界されたのならさっさとノートを呼んでくだされば良かったのに」
「それはできなかった」
「そうそう。これ以上、ジャック様と一緒に過ごす時間が減ったらイヤだったしー」
「なんて自らの欲望に忠実な……さすがノートのお姉様方」
「そこ感心するとこか?」
「昔からずっとジャック様のことをお慕いしていたお姉様方ですもの。受肉してジャック様と触れ合えることになった以上、自分の感情を優先してしまうのを責めることなどできませんからね」
「そういうものなの?」
ノートの言葉を受けて二人のほうに視線を向けると、ソールたちは慌てたようにそっぽを向いた。
どうやら柄にも無く照れているらしい。
「とにかく委細承知しました。ノートにお任せあれ! です!」
「ん。お願い。これでジャック様にも時間的余裕ができる」
「そうだな。これでマーニの小型艦建造の手伝いができそうだ」
「ソールはエルの操艦指導と、あとはガンドたちと戦闘訓練を続けるってことで良いんだよねー?」
「ああ。リリアには引き続き、クルーたちの面倒を見て貰いたいんだけど……構わないかな?」
「はいっ、精いっぱい頑張ります!」
「ありがとう。それじゃ、ドナたちの報告を待っている間、それぞれの仕事を頑張ろう!」
召喚に応え、現界したノートを仲間たちに紹介するため、俺はアルヴィース号艦内をノートを引き連れて行脚していた。
ちなみにソールはガンドたちに訓練を付けに行き、マーニは小型艦の設計をするために自室に籠もり、リリアもリリアで、クルーに声を掛けられた後、仕事があるようで俺から離れている。
そんな中、道行くクルーたちに声を掛け、新しい仲間となったノートを紹介していると、クルーたちはノートの姿を見て同じような反応を示した。
特に男のクルーが。
「みんなノートに見惚れてるな」
「ふふーん♪ ノート、星の女神ですからー♪」
俺の賛辞を受け取りながら、ノートは嬉しそうに胸を張った。
(サラサラで艶のある金髪を横で括り、いつも楽しげな表情を浮かべる美少女なんだから、そりゃ男たちも見惚れるってものか)
元気いっぱいの美少女の笑顔を向けられて落ちない男はいないんだから、小悪魔というか何というか。
「それにお姉様たちよりもおっぱいが大きいですし?」
「そうだなー。……って何言わせんだ」
「クスクスッ、ご主人様ならいつでもノートのおっぱい、揉んでも良いんですよー?」
「はいはい」
「んもー! ジャック様、全然信じてなーい!」
プンプンッ、と擬音エフェクトが出ていそうなほど不満そうに頬を膨らませるノートに苦笑していると、食堂の喧噪が耳に飛び込んできた。
「なんだ?」
「何だか言い争ってるみたいですね?」
「喧嘩か。まったく忙しいときだってのに……。行くぞノート」
「はーい!」
ノートを引き連れて食堂に入ると、多くのクルーたちが円になって二人の女性を取り囲んでいた。
一人は長い髪を片耳に引っかけ、妖艶な雰囲気を漂わせている女性。
空間騎兵隊所属のナルマだ。
ナルマは眉を逆立て、厳しい表情で目の前の少女を睨み付けていた。
少女のほうは――。
「……メアリーか」
敵愾心剥き出しのクルーたちに囲まれながら、俯くこともなく、真っ直ぐにナルマを見返す少女の名はメアリー・ピスセス。
アルヴィース号に侵入を試みたところを捉えられ、捕虜となった『古き貴き家門』の貴族令嬢だ。
「一体、何があったんだ?」
二人の周囲を取り囲んでいたクルーに事の発端を尋ねる。
「それが――」
尋ねられたクルーが、どう言ったものかと思案しながら口を開こうとしたそのとき。
「だからぁ! アタシらを奴隷扱いするクソ貴族の作った汚ねえ飯をアタシが食わなくちゃなんねーんだよって言ってんだよ!」
憎しみの籠もったナルマの声が食堂に響き渡った。
そんなナルマの罵声からメアリーを守ろうとするように、オバちゃんがお玉を片手に仁王立ちしていた。
「アホか! 食事に汚いもクソもないで! そんな贅沢なことぬかすようならアンタはもう食べんでええ!」
「うるせぇ! ババァは口出すんじゃねえ! アタシはこのクソ貴族に言ってんだ!」
「ババァちゃう! オバちゃんはオバちゃんや!」
「ババァなのには変わりねーだろうが! そもそもどうしてババァはこのクソ貴族を庇うんだよっ!? ババァだってクソ貴族どものせいで奴隷にされちまったんじゃねーのかよ!」
「そうやな。アンタの言う通り、オバちゃんは銀河連邦の偉いさんが作った法のせいでこの世にオギャアと生まれた瞬間に奴隷にされた。でもな。それはどこぞの顔が見えないお貴族さんがやったことであって、この子たちがやったことやない。そこを間違えるほどオバちゃんはアホやないで!」
「ならアタシがアホだとでも言うのかよ!」
「ああアホや! アンタは自分の中のイライラを目に付いたこの子にぶつけとるだけの子供や! いい加減、大人になり!」
「うるせぇ! 偉そうに説教すんじゃねえよ!」
激高したナルマがオバちゃんの胸ぐらを掴もうと手を伸ばし――見かねた俺はノートを連れて割って入った。
「はいはい、そこまで。ナルマ、少し落ち着け」
「なんだぁ? アタシの邪魔でもしようってかぁ!」
「そりゃ邪魔するだろ。無抵抗な相手に暴力を振るおうとする奴を見つけたんだから。それともナニか? おまえは自分が苛つくからと言って暴力を振るうことが正しい行いだとでも思ってるのか? その行動が、奴隷に対して理不尽な暴力を振るうお貴族様とやらと、どんな違いがあるんだ? 同じことじゃないのか?」
「……チッ!」
「とにかく一度落ち着け。ほれ深呼吸しろ深呼吸」
「うるせえ、しねえよ……!」
苛ついた口調で答えたナルマは、まだ腹の虫が治まらないのか厳しい表情を浮かべながらメアリーたちを睨み付けていた。
「で、何が切っ掛け?」
「切っ掛けは些細なことですわ。ナルマに料理を渡す際に、メアリーちゃんが笑ったとか何とか。せやけど誓って言うけど、メアリーちゃんは別にナルマのことを笑ったりなんかしてへん。ちょっと疲れて吐いた息が溜息っぽくなってしもうただけやねん」
「それを見たナルマが笑われたと勘違いして怒った、ってこと?」
「切っ掛けはその通りですわ。あとはもうヒートアップして次から次へとナルマがメアリーちゃんを罵倒して――」
「なるほどね」
呆れて嘆息が漏れてしまうほどの些細なことだ。
だが、その些細なことが切っ掛けで大事件が巻き起こる、なんてことも現実ではよくあることだ。
「それで? ナルマの勘違いらしいけど」
「勘違いなワケがあるかよ! アタシは確かに聞いたんだ! こいつがアタシのことを鼻で笑うところを!」
「ふむ。だから気が済まないと?」
「ああ、済まないね! ふんぞり返って奴隷を虐げることしかできない腑抜け貴族に笑われたとあっちゃ、
いきり立ったナルマの言葉に、今まで黙っていたメアリーが厳しい反応を見せた。
「腑抜け? 私が腑抜けですって?」
「ハッ! それ以外のなんて聞こえたんだぁ? むざむざ捕虜になった腑抜けで間抜けな貴族なのは間違いないだろうがっ!」
「無礼なっ!」
ナルマの挑発にメアリーは腰に手を構える。
だがそこに本来あるべきはずの愛剣は、捕虜となったときに俺に没収されている。
「くっ……」
自分が丸腰であることを思い出し、メアリーは悔しげな声を漏らす。
そんなメアリーを見て、ナルマは勝ち誇った表情を浮かべた。
二人のやりとりを聞いていて、俺は思わず溜息を零した。
(根が深い問題だな、やっぱり……)
自分たちを奴隷という境遇に突き落とした貴族に対する憎悪。
だがその憎悪を貴族相手にぶつけたとして、貴族がその憎悪を理解して『ごめんなさい』と謝ることなど決して無い。
奴隷たちに貴族を憎悪する正当な理由があったとしても、憎悪を一方的にぶつけられた貴族は『貴族の常識』で反応する。
こうして『憎悪をぶつける奴隷』と『貴族の常識で考えれば理不尽極まる憎悪をぶつけられた貴族』の溝は深まる。
その逆もまた然りだ。
改めて、奴隷問題は一朝一夕で解決するような問題ではないのだと痛感する。
二人の間に立ち、この件をどう裁こうかと考えている俺の横に、ノートがひょっこりと顔を出した。
「ジャック様ジャック様ジャック様ー! ノートに妙案がありますよ!」
「アン? 誰だてめぇ。見ない
「私はノート。新しいジャック様専属メイドでソールお姉様、マーニお姉様の妹だよ♪ よろしくね、サキュバスのお姉さん♪」
「げっ。あの二人の関係者かよ……って、妹がこの艦に乗ってるなんて話、今まで聞いたことなかったぞ?」
「ま、まぁまぁ! それは後で説明するから! 今はノートの妙案とやらを聞いてみよう。で、ノートの妙案って?」
「簡単ですよ。二人で正々堂々、決闘すれば良いのです♪」
さも当然とばかりな表情を浮かべてノートは言葉を続けた。
「そもそも個の存在がわかり合うことなど、精神が肉体という枷にとらわれている存在には不可能なことですよ。わかり合うっていうのは『相手の行動・思考パターンをある程度理解する』程度でしかなく、百パーセント意思疎通するなんてことは女神でも不可能なことですから」
「それは……言いたいことは分かるけど、それでどうして決闘しろって話になるんだよ?」
「勝つ、勝ちたいというのは生命の本能ですから。その本能を満たすために全力を出して戦うことで、初めて相手と自分の違いを本能的に認識するのですよ。戦わなければ相手の強さは分からず、強さが分からないから、言葉を駆使して相手よりも強いと周囲に誇示してみせるのです。マウンティングっていうのはどれだけ理性を利かせようが滲み出てしまう、生き抜こうとする生命の本能の一種なのですよ」
「……身も蓋もないこと言うなぁ」
「それが生きるということですから。綺麗な心と綺麗な身体、そして綺麗な行いだけで生きていくことなどできはしないのです。生きるためには何かを殺し、その殺した生命を食らわなければ生命は存在できない。生きることは戦いの連続なのですから。だけど戦いを通して知り得た経験は、その後の行動に影響を与えます。相手が強いと認めてしまれば、その相手にマウントを取ろうとはしなくなる。だから二人が戦えばこの問題は解決するとノートは思います♪」
「そんな乱暴な――」
「相手を知って敵わないと思えば距離を取るでしょう? その距離を取る時間が冷静に相手のことを考える時間になるんじゃないですか? その後、無視するか、知ろうとするかはその人次第になりますけど。ジャック様が目指す世界のために必要なのはその考える時間、じゃないです?」
「……そうだな」
差別意識、侮蔑意識。
理性で押し殺していても、ふとした瞬間に滲み出してしまう負の感情をお互いに抱えたままでは関係の進展が望めないのは確かだ。
(荒療治になるかもしれないが、お互いがお互いのことを知るために殴り合う必要もある、か……)
コミュニケーションに『言葉』という不完全なツールを使うしかない以上、その不完全さを補填するために何らかの行動を起こす必要がある。
(その起こすべき行動が、今回は『決闘』だったってことか)
(そういうことです。それにこのお嬢さんは例の呪縛を課せられた女の子でしょう? 今後の分析のためにも実際にこの目で魔術の行使を確認する必要もありますし、丁度良いかなーって)
(なるほど……)
念話によるノートの説明を聞いて俺も覚悟を決めた。
「ノートの提案について、二人はどうだ?」
「ハンッ、クソッタレ貴族をぶっ飛ばせるってんだ。やらない理由はアタシにはねーな」
「メアリーは?」
「ピスセス家の者として、侮辱されて黙っているつもりはありません。但し決闘というのなら公平な条件を望みます」
「当然の望みだな。了解だ。メアリーには一時的に武装を返却する。それでどうだ?」
「それならば良いでしょう。受けて立ちます」
「よし。なら二人には訓練場へ移動してもらうか。後は……ほら、周囲の野次馬ども! おまえら休憩時間はとっくに過ぎてるんじゃないのか! さっさと仕事に戻れ戻れー!」
事の推移を見守っていたクルーたちは、俺の指示を受けてブーイングを投げつけてくる。
そんなクルーたちを追い散らした後、俺はナルマたちを引き連れて訓練場へ向かった――。
//次回更新は 07/08(金)18:00を予定
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