【第5話】世界を革命する力

【第四章】世界を革命する力


 四人の奴隷に事情を説明して協力を要請したのが知れ渡ると、他の奴隷たちも俺のことをそれなりに認めてくれるようになった。

 生活班、衛生班、糧食班、整備班など、各々のステータスに合った班に分かれてもらってそれぞれに必要な教育と訓練を施す。

 それと同時に駆逐艦の魔改造を行いながら、資金稼ぎのために初代アルヴィース号を駆ってギルドの依頼をこなしていく。

 正直、目が回るほどの忙しさだ。

 最初は一ヶ月後にはテラへ向かう予定で居たのだが、それはさすがに見積もりが甘すぎた。

 結局、更に二ヶ月、同じような日々が続き――駆逐艦を手に入れてから三ヶ月が経過した頃、ようやく出港の目処がつくに到った俺たちはカリーンステーションをあとにした。

 宇宙を駆るのは艦首に天秤と交叉する剣の艦首旗が描かれた艦。

 新生アルヴィース号だ。


「総員に告げる。本艦はこれよりソル星系第一宙域本星『テラ』に進路を向ける。各員の奮励努力を願う」


 艦長席に備え付けられたマイクを通し、新生アルヴィース号の乗員たちに向けて宣言する。


「現在地であるソル星系第七辺境宙域からいくつもの宙域を突破する長旅となる。だが安心して欲しい。各宙域に到着する都度、休息の時間を取る。諸君らに疲れが溜まらないように留意するつもりだ」


 ソル星系は第一から第四宙域が銀河連邦直轄であり、『古き貴き家門ハイ・ファミリア』と呼ばれる貴族たちが統治している宙域だ。

 中央宙域と呼ぶこともあり、第五宙域から辺境宙域と呼称される宇宙の辺境とは一線を画す宙域となっている。

 第七辺境宙域からソル星系第一宙域を目指すには、まずは第六辺境宙域、第五辺境宙域を長駆する必要がある。


「辺境宙域は治安が良いとは言いづらい宙域だ。途中で海賊との交戦が発生することもあるだろう。だが安心して欲しい。このアルヴィース号には襲い来る敵に対して万全な備えを持っている。諸君らはブリッジの指示に従って訓練通りに行動してくれ」


 チラッとソールを見ると親指を立てて準備完了を告げていた。


「さて諸君。本艦は世の中に出してはならない多数の秘密を抱えている。その内の一つを諸君らに披露するとしよう。各員、作業の手を止めて近くのモニターに注目するように」


 指示が浸透するまでしばらくの間、無言で待つ。

 その間にもマーニたちがワープの準備を進めていた。


「わ、ワープって……駆逐艦にはそんな装置、搭載できないはずニャ」

「そうだよね。どうするつもりなんだろう?」


 首を傾げるエルとミミの横で、考え込んでいたドナが何かに気付いたようにマーニを見た。


「もしかして、魔法でワープするってことでしょうか?」

「ん。転移魔法」

「転移魔法……そんなものがあるんですね。すごい!」

「ジャック様はなんでもできるすごい人。みんな忠誠を尽くすと良い」

「そうですね……ここ三ヶ月でご主人様のお人柄はそれなりに理解はできました。まだ理解できないことも多いですが」

「ん。まぁゆっくり理解していけばいい」

「ええ。そうさせてもらいます」

「とはいえ、仕事はしっかりする。ドナ、転移先の座標を割り出して。やり方は教えたはず」

「はい。なんとかやってみます!」


 マーニの指示を受けてドナが管制卓にかじりつく。

 その横ではソールがエルに指示を出していた。


「ほらほら、早くマギインターフェースを出して出してー」

「ううっ、ちょっと待ってよぅ!」


 ソールに急かされてエルは焦りながら管制卓を操作する。


「マ、マギインターフェース展開完了しました!」

「じゃあ次は通常動力であるエレメントジェネ-レータにマナジェネレータを接続して起動だよ、ほら早く早くー」

「ううっ、次から次へと矢継ぎ早に言われたってすぐには対応できないってー!」

「マナジェネレータの起動はアルヴィース号のキモだから、スムーズに移行できるようにすることー。ほら練習練習ー!」

「ううっ、分かってるってばぁ!」

「情報を刷り込みインストールされたからって、それは『知識として知っている』だけの状態なんだから、情報を理解し、経験しなくちゃスキルは身につかないよー。『知っている』と『できる』には大きな差があるんだから、どんどん経験を積んでいかないとー。ほらがんばれがんばれー!」

「うう、言われなくても頑張ってるもん! えと、マナジェネレータ接続完了しました! はぁ、はぁ、どうで? やったよソールさん!」

「あははっ、うんうん、良くできましたー! 魔力転換、準備完了だよジャック様ー!」

「了解。俺が魔法を発動するまでしばらく待機しておいて」

「ほーい!」

「さて……リリアのほうはどう?」

「は、はい! ミミさん、周辺の状況はどうなってますか?」

「ニャー……ニャー……ええと、周辺に艦影なし! なのニャ!」

「ロングレンジはどうですか?」

「ニャ? 遠距離探査はやってないニャ」

「じゃあすぐにしてください」

「了解ニャ!」

「アルヴィース号の秘密を守るために観測員は常にレーダーの確認が必要になります。近距離、遠距離問わず、常に索敵して周囲の状況をご主人様に正確に伝えるのが私たち観測担当の役目です。がんばりましょうね!」

「がんばるニャ! ええと、遠距離レーダーにも機影が無いことを確認したニャ!」

「とても早い報告、ありがとうございますミミさん!」

「ニャー! ミミ、頑張ったニャ♪」


 リリアに褒められてミミは嬉しそうに喉を鳴らした。


「ご主人様。転移に障害無し、です!」

「了解。ありがとうリリア」


 各所からの報告を受け、俺はマギインターフェースに手を置いた。


「俺のほうは準備完了だ。マーニ、カウントダウン」

「ん。転移魔法発動まで、10、9、8、7――」


 マーニの淡々とした声がブリッジに響く。


「3、2、1……0――」

「転移!」


 魔法の発動と共にマギインターフェースに魔法陣が描かれ、それと同じ図柄の魔法陣が新生アルヴィース号を包み込んだ。

 一瞬、ブリッジから見える宇宙が白く光り――すぐに光が収まると、窓の外には何の変哲もない宇宙空間が広がっていた。


「状況報告」


 俺の指示に従ってクルーが管制卓を操作する。


「現在位置判明。ソル星系第六辺境宙域第三惑星圏。惑星ギルム近傍への到着を確認しました」

「周辺宙域に艦影なし、です!」

「マナジェネレーターの正常稼働を確認ー。新生アルヴィース号でも無事、転移魔法の発動が確認できたねー」

「ああ。艦の全長が少しネックだったがなんとか成功したようだ。魔力変換効率はどうだ?」

「誤差の範囲だよー」

「よし。とりあえずは新生アルヴィース号の改造は成功ってことかな」

「あとは戦闘面を確認したほうが良い」

「それはそうだが……良さげなところってあるかな?」

「ギルムは第六惑星圏の本星。治安はそこそこ良い。第五宙域方面に移動すればホロリスステーションがある。適度に治安が悪いから稼ぐにはうってつけ」

「じゃあ艦首をホロリスステーションへ。そこでしばらく資金稼ぎと乗組員の慣熟訓練を行おう」

「了解ー! アルヴィース号、通常航行にてホロリスへ出発ー! ……ってほらほらみんなー。なにボーゼンとしてるのー? 行くよー」

「え、あっ、だ、だって……」

「こ、これがワープって言うのニャッ!? 一瞬過ぎて何がなんだか分からないのニャ!」

「まさかこんなに簡単に転移してしまうなんて。魔法、凄すぎます……」

「くふふっ、まだまだこんなものじゃない」

「ひ、ひぃ! これ以上、まだ何かあるのぉ!?」


 マーニがニヤリと笑ったのを見てエルが怯えて身を震わせる。


「まー、あとは戦闘用の魔法がいくつかと、生活系でいくつかってところかなー」

「ん。でもそれはおいおい。楽しみにする」

「楽しみ……ですか。なんだか度肝を抜かれて素直に楽しめないような気もしてしまいますが」

「ううっ、何が起こるのか怖すぎて考えたくないニャー……」

「ふふっ、そんなに怖がらなくても大丈夫ですよ。だってアルヴィース号はご主人様のフネなんですから♪」

「ニャ? どういうことニャ?」

「ご主人様の艦だからどんなことが起きたって不思議じゃないってことです♪」

「いや、そんなに嬉しそうに言われても……」

「慣れていない私たちには驚きの連続過ぎて……」

「それも大丈夫です! きっとすぐに慣れますから♪」

「慣れるのかニャー……? ミミは不安ニャ……」



---

 ホロリスステーションに移動した俺たちは、そこを拠点として周囲の海賊たちを捕縛する依頼をこなす。

 最初は魔法について驚いてばかりだった乗組員たちも、説明と教育によって徐々に適応していった。

 それからたっぷり一ヶ月を資金稼ぎと訓練や教育、そしてアルヴィース号の改修に割いた後、俺たちは第五宙域に転移した。

 第五宙域でもやることは同じだ。

 資金稼ぎと訓練に教育、そしてアルヴィース号の改修に明け暮れた。

 こうして時間は光の矢のように早く過ぎ去って行き――気が付けばドレイク家の本拠地『マザードック』を出立してから半年が経過していた。

 だが時間を掛けた甲斐もあった。

 奴隷たちと過ごした時間も長くなって、俺はそれなりに主人として認められるようになった。

 奴隷たちもまた、アルヴィース号の乗組員としての自負を持つようになってくれていた。

 艦の整備も万全、装備も万端。乗組員の訓練や教育も上々。

 となれば、あとは目的地であるテラに向けて出航するだけだ。

 第五辺境宙域の本星『アイリス』で補給物資をしこたま積み込んだ俺たちは、いよいよ惑星テラに向けて第四惑星宙域へと艦首を向けた。

 だが――。

 第四惑星宙域への入域しようとしたそのとき、アルヴィース号は『古き貴き家門』の任務部隊に包囲されてしまった。



『これより先は銀河連邦直轄宙域に当たる。許可を持たぬものを通す訳にはいかぬ。すぐに艦首を巡らして後退せよ!』


 包囲する艦隊からの高圧的な通信に、ブリッジで状況を窺っていたガンドが怒声を上げた。


「なんだぁこいつら! 何の権限でアタイらを退かそうとしてんだよ? おいご主人よぉ! 喧嘩売られてんぞ! やったろうじゃねーか!」

「いやいやなんでそんなに血の気多いの、ってオーガ族じゃ仕方ないか」

「ああん? 種族なんて関係あるかよ! 喧嘩を売られたんだから、買わなきゃ損だろうがよ!」

「そりゃアルヴィース号なら簡単に蹴散らすことはできるけどな。でも権力を笠に着て威張り散らすヤツを蹴散らしたところで、余計な面倒を背負うことになるだけだ。少しは落ち着け」

「ご主人が舐められてんだぞ? これが落ち着いていられるかよ」

「……ガンド」

「な、なんだよ?」

「ガンドに主人と認めてもらえて俺は嬉しい! 感動した!」

「バ、バカ言ってんじゃねーよ! べ、別にアンタを認めた訳じゃないんだからな! ただ、その、なんだ……言葉のアヤってやつだ!」

「うんうん、そうかそうか。それでも嬉しいぞガンド!」

「チッ……やりづれぇ……」


 満面の笑顔を浮かべる俺の姿に苦々しげに舌打ちをしたガンドの横で、レーダーを確認していたリリアが報告の声をあげた。


「艦首旗を確認! 『古き貴き家門ハイ・ファミリア』の一つ『サジタリウス家』の領邦艦隊です!」

「へぇ……こいつらが『古き貴き家門』の私兵か……」


 巡洋艦四、高速駆逐艦八。

 規模を考えれば領域守備を任務とする部隊だろう。


「『古き貴き家門』。宇宙世紀初めから銀河連邦を影ながら支配する十二家の総称。つまり実質的な宇宙の支配者とも言える」

「……ソール、こいつら嫌い。ねぇジャック様! 殺っちゃおうよ!」

「おまえもかソール。ガンドじゃないんだからもうちょっと落ち着こうな」

「むー……」


 不満そうに唸ったソールは口を閉ざし、モニターに映る艦隊を睨み付けていた。

 その様子が少し気になるが、今はそれどころじゃない。


「今は『古き貴き家門』の連中とは事を構えたくない。ここは素直に従おう。ソール、後退してくれ」

「いや!」

「はっ? え?」

「絶対いや!」


 俺の指示を頑なに拒否するソールに困惑しながら、


「あー、じゃあエル。頼む」


 ソールに操艦を伝授されているエルに代わりを頼んだ。


「ふええっ!? あ、えーっと……りょ、了解です?」


 良いのかな? とでも言うようにソールの表情を窺っていたエルだったが、俺の指示に従ってアルヴィース号を後退させた。


「サジタリウス戦隊、艦首動かず。どうやらアルヴィース号が退去するまで動かないつもりのようです」

「ありがとうリリア。……厳重過ぎる警戒に思えるな」

「許可のない者の侵入を拒むのは当然だと思います」

「それはドナの言う通りなんだけど。うーん……そもそも許可なんてどうやって貰えば良いんだ? ドナ、分かる?」

「無茶を言わないでください。奴隷如きに分かることじゃないです」


 肩を竦めるドナをフォローするように、マーニが疑問に答えてくれた。


「第四惑星宙域からは銀河連邦が発行する通行許可証が必要。その通行許可証は一部の貴族と一部の民間業者にのみ発行されている」

「つまり通行許可証を持たない俺はテラには行けない……ってことか」

「正攻法では、そう」

「……なるほど」


 納得はしたが、新しい疑問が頭に浮かぶ。

『マーニはなぜ、その情報を今まで俺に教えてくれていなかったのか』

 という疑問だ。

 常に俺の欲する情報を集め、教えてくれていたマーニのその行動は、あまりにもマーニらしくない。


(俺に言えない『事情』に関係するってことか?)


 そうであればこれ以上マーニに質問したところで何も教えてはくれないだろう。


「……よし。正攻法で無理なら別の手を考えるまでだ」

「戦闘か! よっしゃ! アタイに任せな!」

「いやいや、そんな危ないことはしないってば」

「なんだよそれ! もっと本気になれよご主人よぉ!」

「血の気が多いなぁ……火の粉は払うけど喧嘩はしない。それが今の俺の基本方針なの。だから今回も戦闘は無し!」

「チッ。つまらん……」


 おい。

 今、つまらんって言ったな?


「つまるもつまらないもないっての。艦には三百人もの仲間が乗ってるんだからできる限り安全に、だ」

「わーったよ」

「よし。リリア」

「は、はいっ!」

「周辺に艦影の無い宙域を探してくれ」

「あ……もしかして?」

「ああ。転移魔法で一気にテラまで飛ぶつもり。長距離転移は初めての試みだけど、新生アルヴィース号はジェネレータも大型になってるし、多分大丈夫だろう」

「了解しました!」

「頼む。それじゃ各員、転移魔法に備えて準備してくれ。マーニとソールも今は協力してくれよ?」

「ん」

「……(コクッ)」


 手短に答えたマーニと、頷くだけのソール。

 全く。

 何を隠しているのか知らないが二人とも、らしくない。



---

 リリアの誘導に従って艦影のない宙域に移動し、乗組員たちは手慣れるようになった転移魔法の準備を進める。

 その間もマーニとソールは無言を貫き、ブリッジには重苦しい雰囲気が漂っていた。

 そんな中、順調に準備を整えた俺たちは、号令一下、アルヴィース号をテラへと転移させたのだが――。


「なんだよこれ……」


 メインモニターに映る惑星『テラ』の姿。

 本来ならば大地と海、緑と青に染まった美しい姿をしているはずのテラは、全土を黒い靄に包まれた暗黒の惑星となっていた。


「あれが汚染物質だっていうのか?」


 メインモニターを通して見ても唖然としてしまうほどのどす黒い靄。

 その靄を見て首を捻る俺にマーニが淡々とした口調で説明してくれた。


「そう。テラは汚染されて上陸が禁止されている死の星。それがこの時代の常識」

「それは……そうですね。私たち奴隷でもそれは知っています」

「その情報はどこから?」

「それはそのときの主人であったり、奴隷商人たちからですが……」

「つまり自分の目で見た訳じゃないってことだよな」

「それはそうです。奴隷がテラに上陸することなどありませんし、テラに来たのも初めてのことですから」


 ドナの言葉は真実だろう。

 自由を持たない奴隷たちが、自らの意志でテラに来ることなど有り得るはずがない。

 だけど――。


「……ジャック様。考えるよりも”見る”ほうが早いよ。エル、マナジェネレータを起動して」

「え、あ、えっと……」


 艦長ではないソールの指示に従って良いのかと迷うエルに、


「ソールの指示に従って」


 俺は頷きを返して許可を出した。


「了解です。えっと……はい、マナジェネレータ起動しました」

「ジャック様、分析魔法を使うからその目でしっかり見ておいて」

「分かった」

分析アナライズ


 ソールがマギインターフェースを分析魔法を発動させると、艦のメインモニターに黒い靄の分析結果が表示された。


『惑星テラ』

 人類発祥の惑星。

 惑星全体が『神の否定』により侵食されている。


「『神の否定』だってっ!? 原初の呪詛じゃないか!?」


 『神の否定』――。

 それは原初にして最強の呪いだ。

 人類を生み、育て、支えた女神の存在を否定する呪詛。

 女神の存在を根底に据えた『理』で成り立つこの世界において、世界の成り立ちそのものを否定する凶悪な呪詛だ。

 呪詛の存在に気付いて声を上げた俺に、マーニとソールの二人が口々に説明を始めた。


「そう。この世界――ルミドガルドを否定するのと同じ意味を持つ『神の否定』。その呪詛は四千年前に一部の者によってテラ全土にばら撒かれた」

「一部の者?」

「ん。『古き貴き家門』の先祖に該当する」

「なるほど。なんとなく胡散臭さは感じていたが……『古き貴き家門』の先祖が『神の否定』なんて凶悪な呪詛を惑星ほしにかけたのか。だが何のために?」

「それは分からないよ。でもこの呪詛によって呪縛されたユーミルお姉様は『創世の女神』としての『存在』を封印されちゃったんだ。人類は世界の『理』の礎を意味消失させてしまったんだよ」

「その後から今までの間に人類は信仰を忘却して世界の『理』を歪めていった」

「ソールたちの他にも居た多くの女神が消滅してしまったんだ……」

「ジャック様。今ならまだギリギリ間に合う」

「でも……でも! ソールたちからジャック様にお願いすることはお姉様に禁止されているから! だから……だからジャック様!」

「皆まで言わなくて良い! 分かった。分かっているから!」


 涙声で言外に助けを求める二人に頷きを返す。


「ユーミルを助ける。それはヒトである俺にしかできないことだ」


 女神であるマーニたちにとって『神の否定』が渦巻く惑星でユーミルを探すことはできない。

 惑星を包み込むまで大きくなってしまった呪詛なのだ。

 呪詛に触れた途端、自身の存在が否定されて、ソールたちの『存在』はこの世界から消滅することになるだろう。

 信仰の薄れた状態でこの時代まで二人が『存在』を維持できていたことは、まさに奇跡の結果と言える。


「よくぞ俺の下に来てくれたな。二人が受肉できて本当に良かった」

「ん。ジャック様が居てくれなければあと百年も保たなかったと思う」

「ジャック様が転生してくれて本当に良かったよぉー……!」


 女神であるソールたちの願いはある種の神託だ。

 『理』を基礎としたこの世界では大きな強制力を持つ。

 だがソールたちはユーミルから俺に神託を出して行動を強制しないようにと言われていた。

 だから今までずっと沈黙を貫いてきたのだろう。

 だが、今、テラの状況を理解し、俺自身が自分で行動することに決めた以上、ソールたちの言葉は神託としての意味を成さなくなる。

 つまり俺が、俺自身の意志で行動することができる、ということだ。


「今までよく頑張ったな。気付いてやれなくてすまなかった」

「ん。でも大丈夫。ジャック様はちゃんと気付いてくれた」

「うん。さすが――」

「お人好しのジャック・ドレイクってか?」

「クスクスッ……そうだねー!」

「ふふっ……確かにそう」


 泣き笑いの表情を浮かべる二人の傍で、リリア以外のクルーが唖然とした表情を浮かべていた。


「ええとー……女神様って何のこと?」

「なんだかよく分からない話で盛り上がってるニャー……」

「どうなってんだこりゃ?」

「さあ……?」


 困惑した様子を見せるクルーたちに、リリアは笑顔を浮かべながら状況を説明してくれた。


「ふふっ、大丈夫ですよ。ご主人様とマーニさん、ソールさんにとって、大切なことが解決しようとしてるってことです」

「なる、ほど? でも大切なことってなに?」

「ご主人様が説明なさらないということは、私たちはまだ知らなくても良いことなんでしょう。私たちに必要だと思ったら、きっとご主人様が説明してくれますよ」

「んー……なら待ってて良いかー」

「まぁそうだニャー。ミミたちは指示に従うだけニャ」

「そうですね」

「でもよぉ。何か釈然としないんだよなぁ……」

「ちゃんと後で説明するよ。だからガンド。それにみんな。今は俺に力を貸してくれると嬉しい」

「そりゃまあ……アタイにできることはしてやるけどよ」

「それで充分だ」


 ガンドの言葉に感謝を返して俺は艦長席から立ち上がった。


「リリア。全乗組員に通達する。マイクを頼む」

「はいっ!」


 リリアは管制卓を操作して全艦放送の準備を整えてくれた。


「全乗組員クルーに告げる。艦長のジャック・ドレイクである。本艦はこれよりテラの静止軌道上に待機する。各員、不測の事態に備え、警戒態勢を維持して欲しい」


 そこで一度口を閉じ、乗組員たちに言葉が浸透するのを待つ。


「艦長である俺、ジャック・ドレイクは所用があるため単身、テラに上陸するつもりだ。その間の指揮はマーニとソール、二人の筆頭奴隷に託すつもりで居るから皆は彼女たちの指示に従うように。これは俺からの命令である」

「お、おいっ ご主人、本気で一人で――」


 驚き、何かを言おうとするガンドを目顔で制し、俺は言葉を続けた。


「恐らく本艦は大艦隊からの攻撃に曝されることになるだろう。だが安心して欲しい。諸君らも知っての通り、このアルヴィース号はどれほどの大艦隊の攻撃であろうと跳ね返す鉄壁の防御を誇る。だが敵と認定されてしまった場合、乗組員の皆は困難な立場に追いやられるだろう。艦を降りるのであれば後ほど各セクションのリーダーに上申するように。慰労金を渡した後、快く見送るつもりだ」


 一気に捲し立て、俺は全艦放送を締めくくった――。



---

「おいご主人、どういうつもりだよ! 一人で行くなんて、アタイは聞いてないぞ!」

「言ってないからな」

「ふざけんな! そういうこと言ってじゃねえよ!」

「分かってるよ。だけどテラは今、呪詛に充ち満ちている。普通の人間がテラに上陸すれば数分で死に到ることになるだろう」

「な……。というか、なんだよジュソって。毒ガスか何かなのか?」

「呪詛っていうのは人に影響を及ぼす呪いのことだ」

「呪いだぁ? そんな胡散臭いもん、アタイに効くはずがねえ!」

「言い張るのは自由だが、呪詛はそんな簡単なものじゃないんだよ」

「呪詛、とはもしかして魔法の一種なのですか?」


 ガンドの横で俺の説明を聞いていたドナが確認するように尋ねてきた。


「そうだ。魔法よりも強制的で、強力で、対処のしようがないもの。それが呪詛だ」

「でも対処できないならご主人様だって同じじゃないのー?」

「そうニャ! そんな中に一人で行くなんて無謀過ぎるニャ!」

「俺は普通じゃないから大丈夫なんだよ」

「そうは言ってもよぉ……!」

「心配してくれてありがとう。だけど本当に俺は大丈夫だから」

「……チッ」


 どれだけ心配しても決定を覆さない俺を見て、ガンドは忌々しそうに舌打ちを零した。


「とにかく俺は大丈夫だから安心してくれ。それより心配なのは静止軌道上に待機しているアルヴィース号のほうだ」

「ん。多分、『古き貴き家門』の艦隊が押し寄せてくる」

「はっ? つまりなんだ。アタイたちは『古き貴き家門』たちに喧嘩を売ることになるってことかい?」

「結果的にはそうなるだろうねー」

「はー……なんだよそれ!」


 声を荒げて拳を掌にぶつけたガンドが、


「面白そうじゃねーか!」


 豪快に笑い声を上げた。


「うんうん。あいつら偉そうだからエル嫌いなんだよねー」

「ミミの一族の仇でもあるニャ! 喧嘩上等なのニャ!」


 テンションが上がる一同を横目に、何かを考え込んでいたドナが顔を上げて俺を見つめてきた。


「やっぱり戦争する気なのですか?」

「……今はなんとも言えない。だけどテラに居るはずの友人の状態によっては力を振るうことを躊躇するつもりはない」

「そうですか。分かりました」

「良いのか?」

「良いか悪いかと言われれば悪いということになるでしょうが、私はどちらでも構いません。ご主人様についていけば、知らないことを知ることができる。私にとってはそちらの方が大切ですから」

「そうか。なら保証しよう。俺たちについてくれば自分の中の常識と、世界の常識がひっくり返るところを見学できるぞ」

「ふふっ、それは楽しみです」


 ドナが笑ったところで俺は改めてブリッジクルーたちを見つめた。


「みんなマーニとソールの指揮の下、俺が戻るまで何とか耐えて欲しい」

「まぁやってやるさ」

「できるだけ頑張る!」

「ミミも何とか頑張るニャ!」

「やりましょう」


 口々に答えたくれたクルーたちに頷きを返したあと、俺は沈黙を保っていたリリアに向き直った。


「そんな訳だから……行ってくるよリリア」

「はい。いってらっしゃいませご主人様」


 何も聞かず、微笑みを浮かべたリリアが見送りの言葉を掛けてくれた。

 多くは聞かず、多くを言わず。

 俺を信頼して見送ってくれるリリアに感謝しながら、俺は必要なことをマーニたちに尋ねた。


「ユーミルが封印されている場所に心当たりはあるか?」

「ジャック様も良く知ってる場所」

「ジャック様のお葬式があった場所。中央聖教会大聖堂の遺跡だよ」



---

 アルヴィース号からテラ地表へと転移した途端、大気に満ちた呪詛が容赦なく俺に襲いかかってきた。

 頭の中に響き渡る何者かの声。

 その声は俺の張った結界を突き抜けてくる、怨嗟と否定に満ちた人々の声だった。


「なるほど。人々の負の感情を触媒にして神を否定し続けているのか」


 多くの人々が生きていく中で、神を呪う言葉を発することは多い。

 例えばギャンブルに負けた時。

 例えば悲惨な目に遭った時。

 不幸な目に遭った時。

 なぜ自分が、こんな目に遭わなければならないのか。

 なぜ自分だけがこんなにも不幸なのか。

 神というものが居るのなら、全てそいつのせいじゃないのか。

 むかつく。腹が立つ。神なんて死んじまえ――!

 そんな怨嗟の声は、世界ではごくありふれた八つ当たりの言葉だ。

 そんな怨嗟の声を集めて触媒とし、神に『否定』を突きつける。

 それが『神の否定』という呪いの本質だった。


「ユーミルはこんな声をずっと……四千年以上、聞かされているってことか。むごいことをしやがる」


 ユーミルほど人々を愛した女神はこの世界にはいない。

 それを俺自身、良く知っている。

 愛し、慈しみをもって見守っていた人々から延々と突きつけられる『存在』を否定する言葉。

 その言葉がどれだけユーミルの心を傷付けているか――想像しただけで胸の奥が壊れそうなほどの悲しみに包まれる。


「早く助けてやらないと――」


 改めてそう決意し、俺は目的の場所へと向かう。

 向かう場所は俺の葬儀が行われた場所。

 中央聖教会の大聖堂だ。

 だが大聖堂のあった場所へと転移した俺を待っていたのは、原形を殆ど残していない石塊の散乱するただの遺跡だった。


「そりゃそうだ。あれから五千年も経過してるんだからな……」


 五千年経過した後で遺跡が残っていたこと自体、奇跡に近い。

 俺は石塊が散乱する遺跡の中央に立ち、探知魔法を使って周囲の状況を探った。


「あった――」


 遺跡の外れにあった涸れ井戸。

 その奥底から微かに感じ取れる、一際強い呪詛の気配。

 その気配を追って涸れ井戸の中へと侵入すると、涸れ井戸の底に人ひとりがなんとか通れる程度の横穴があった。

 その横穴を進んでいくと、やがて古びた石の扉に行き当たった。


「……結界を張っていても身体中が引き裂かれたみたいに痛くなってくる。どれだけ強力な呪いなんだよ」


 否定の言葉が常に頭の中に響き、前もって強い覚悟を持っていなければ瞬時に心を破壊されてしまっただろう。

 それほどまでに強力な呪詛が石扉の先から漂ってきていた。


「待っていろよ、ユーミル。今、行くからな!」


 改めて決意を口にし、覚悟を決めて石扉を押し開こうとしたとき。


「ん? なんだこれ……?」


 石扉の上にうっすらと描かれた図式に気付いた。


「封印の魔法陣か? それにしてはおかしな魔法陣だ……」


 魔法陣とは『理』の定めた公式を使って描かれた、設置型の魔法発動装置のようなものだ。

 通常、詠唱やイメージを媒介して使用する魔法と同じように、『理』の規定プロトコルに則り、公式に沿った図式を描いて魔法を発動させる。

 公式を無視する裏技的な描き方もあるが、基本的にはプログラム言語のような図を描いて『理』にアクセスして魔法という事象を発生させる。

 それが魔法陣というものだ。

 だが石扉に描かれている魔法陣は大賢者だった俺さえも知らない、別の『理』で描かれた魔法陣だった。


「魔法陣としてのていをなしていないのに、封印という事象は発生している。なんだこれは……」


 それはまるで、数字を使っているのに言葉を発しているような――そんな『あり得なさ』を感じてしまう。


「……俺の知らない方法か。興味深くはあるが後回しだな」


 魔法陣に描かれた図式を見ると、いくつかの結節点となる部分が見え隠れしていた。


「この部分に干渉すれば事象は無効化できるはず……よし、できた」


 結節点となる部分を霊素によって削除すると、案の定、石扉を封印していた力は簡単に霧散した。


「よし、行こう――」


 覚悟を決めて力を籠めて石扉を押すと思いの外すんなりと扉は開いた。

 扉の中からはまるで世界を侵食するようにじわじわと黒い靄が溢れ出してくる。

 この黒い靄は呪詛が現実に干渉して現界してしまった姿なのだろう。

 溢れ出した黒い靄を掻き分けながら石扉の奥へと進んでいく。

 やがて――。


「見つけた――」


 蓋の空いた石棺に横たわる懐かしい女性の姿。

 創世の女神ユーミル、その人だ。

 ユーミルの身体は黒い靄に覆われ、顔の一部だけがわずかに表に出た状態だ。


「ユーミル!」


 俺はすぐさま石棺に駆け寄り、横たわったユーミルを抱き締めようと手を伸ばす。

 だが――。

 伸ばした手にユーミルの感触が伝わってくることはなかった。


「ユーミルの存在が消えかかってる……!」


 自らを『己』と認識することができて初めて『自己』という存在感を得ることができる。

 『存在』という概念が『存在』するためには、『自己』という存在を自ら認識していなければならない。

 今のユーミルの状態は『自己』を確立することができず、存在が朦朧となってしまっている状態だ。

 このまま放置していては創世の女神ユーミルという『存在』は『自己』を確立できずに消失してしまうだろう。

 そうなってしまえば――。


「この世界の『理』はユーミルと共に緩やかに消失していく。それは世界の消失を意味するはず。『古き貴き家門』は世界を消失させようとしているのか?」


 そんなことをする意味はなんだ?


「いや、そんなのは後回しだ。今はユーミルを……!」


 頭の中に浮かんだ疑問を強引に打ち消し、俺はユーミルを救う手立てを考える。


「どこかにユーミルを呪縛している何かがあるはずだ。何かが――」


 必死になって探す内に石棺の中に文字が刻まれているのを見つけた。

 強制力が含まれる魔法文字である古代ルーン文字と、ユーミルの名を合わせた呪いの二重ふたえ言葉。


 呪縛を意味するルーン文字『Nied』。

 そしてユーミルの名である『Ymir』。


 だがそれだけじゃない。


「書かれている言葉は『Rimy』。その存在が持つ『名』を反転させることで本質を反転させる呪い。ユーミルを縛っている呪いはこれか」


 この石棺に書かれている言葉は『NiedRimy』。


「ニィドリム……奴隷の首輪に書かれていた二重言葉と同じじゃないか」


 奴隷を虐げることで奴隷たちの怨嗟の声を集め、それを触媒として女神を呪縛して『神の否定』を突きつけていた――。


「クソッタレが! どうしてここまで酷いことができるんだ!」


 奴隷たちは神を否定するために虐げられていたということだ。

 その悪意に満ちた行いに反吐が出そうになるのを堪えながら、俺は体内の霊素エーテルを高めて石棺に書かれた二重言葉を消去していった。


「今、自由にしてやるからな。待ってろよ、ユーミル!」



---

 その頃、アルヴィース号では――。


「探知魔法に感ありニャ! 惑星テラの境界域に多数のエネルギー反応! 多い……すごく多いニャ!」

「ミミ、数の報告は正確に」

「ほ、報告って言われてもニャ……とにかくいっぱいニャ!」


 混乱するミミの横でレーダーを確認していたリリアが、焦燥に満ちた声を上げた。


「艦艇の数はおよそ二千と推定! でもまだまだ増えていってます!」

「二千は少ないねー。あいつらが集まってくるとしたら、三万ぐらいにはなりそうだけどー」

「ん。多分、様子見」

「だねー」

「おいおい、そんなに落ち着いてて大丈夫なのかよ! こっちはこのフネ一隻だけなんだぞ!」

「まぁ予想外のことが起きない限りは大丈夫大丈夫ー」

「ホントかよ……」

「ん。マーニたちの指示にちゃんと従ってくれれば安全は保証できる。……だから力を貸して欲しい」

「そりゃ、ご主人の命令もあるし手伝うことは手伝うけどよ……」

「エルたち、こんな大艦隊と戦闘したことなんてないよぉ……」

「海賊たちと戦うのとはワケが違うニャ!」

「そう、ですね。本当に大丈夫でしょうか……」


 口々に不安を零すブリッジクルーに対し、


「大丈夫だってー。みんな心配性だなぁー」


 ソールはいつも通りの口調で仲間たちを宥めた。


「いや、あんたらが普段通り過ぎんだよ!」

「いつも通りやれば大丈夫だと知っているから。つまり皆もいつも通りやれば安全」

「だからそれが信じられない――あぁ、もう良い! とにかく今はあんたらがアタイらの指揮官なんだからさっさと指示をくれ」

「ん。分かった」


 ガンドに頷きを返したマーニが、管制席を立って艦長席へと移った。


「ドナ、統合管制は任せる」

「え、あ、はい!」

「ソールお姉ちゃんは攻撃と防御を担当。エルは操艦を」

「ほーい」

「ええっ!? エルが操艦するのっ!?」

「大丈夫大丈夫ー。ちゃんと教えたでしょー?」

「そ、それはそうだけどぉ……」

「万が一のときはソールがフォローするから自由にやっていいよー」

「ううっ、自由にやれって言われてもぉ……」

「今は人がいない。さっさとやる」

「ううっ、分かったよぅ」


 渋々と言った調子で答えたエルが操艦準備に取りかかった。


「リリアは機関の制御をお願い」

「分かりました! 任せてください!」

「ミミは索敵」

「ニャ……が、が、頑張るニャ!」

「ん。ブリッジの配置は以上」

「おいおいおーい! アタイはどうすりゃ良いんだよっ!?」

「ガンドは乗組員を安心させて回って」

「はあっ!?」

「ジャック様がいない今、乗組員たちが不安になると艦運用に支障が出る。だからガンドに乗組員たちの鼓舞をお願いしたい」

「鼓舞ったって……アタイ、そんなのやったことねーぞ?」

「いつも通り、ガンドらしく振る舞ってくれるだけでいい」

「はぁ……わーったよ。他にも何か用があれば遠慮無く言えよ?」

「ん。そのときはお願い」

「じゃあアタイは艦内を回ってくる。……頼むぜお二人さん」

「ん。マーニとソールお姉ちゃんに任せておく」

「ガンドもよろしくねー」


 ブリッジから出て行ったガンドを見送った後、マーニは艦長席のマイクを通して全乗組員に戦闘準備を命令した。


「これよりアルヴィース号はマーニが指揮する。各員、第一種戦闘態勢。ジャック様が戻るまでこの宙域に止まって敵を迎え撃つ。各員の奮励努力を期待する。以上」


 マーニがマイクを置くのを見て、ソールがブリッジクルーに指示を出し始めた。


「リリア、マナジェネレータ起動してー」

「はい!」

「ミミ、索敵した情報をエルに報告」

「ええと、敵艦隊、侵攻を開始したニャ!」

「りょ、了解! ええと、アルヴィース号はどう動かせば良いの?」

「敵陣に突入ー!」

「ええっ!? そんなのムリムリムリムリー!」

「お姉ちゃん、勝手に決めない」

「へへー、ごめーん」

「アルヴィース号はこの場で待機。お姉ちゃんはさっさと結界魔法を展開する」

「ほーい」

「ドナ、マギインターフェースをマーニとお姉ちゃん、あとリリアの場所に展開しておいて」

「了解です。……マギインターフェース展開します」


 ドナが管制卓を操作すると、各々の場所にマギインターフェースが展開された。


「あとは敵の動きを待つ」


 そう言ってマーニは艦長席のシートに背中を預けて沈黙を貫く。

 やがて――。


「ニャッ!? 敵艦隊より入電ニャッ!」

「答えなくていい」

「む、無視するのかニャ?」

「何を言いたいのかは分かる。相手するだけ無駄」

「りょ、了解したニャ……! って、敵がアルヴィース号を包囲するように動き始めたニャ!」

「ん。定石通りの動き。予測の範囲内」

「そ、そうなのニャ?」

「今はアルヴィース号に敵を引きつけておく。ジャック様が帰ってきてから反撃を開始するつもり」

「えーっ。あいつらギッタギッタのメッコメッコにしてやりたいんだけどー」

「それはマーニも同じ気持ち。だけど今は悪手」

「むーっ」


 マーニの答えにソールは不満げに唇を尖らせる。


「とにかく今は防御に徹する。ミミ、敵の情報は逐一報告」

「ほ、報告って言ってもニャー……ああっ! 敵艦隊、エネルギー反応増大したニャ!」

「ん。お姉ちゃん、結界は?」

「展開完了してるよー。ただの光学兵器なら余裕余裕ー」

「敵艦、砲撃を開始したニャ!」


 その言葉と同時にメインモニターが白い光に覆われた。


「うわー、すごーい……こんなの見たことない……」


 迫り来る白い閃光を見て、エルが呆けたような感想を漏らす。


「着弾まで、3、2、1……結界に着弾ー」


 ソールの報告と共にメインモニターに映っていた白い光は一気に霧散し、再び暗い宇宙の様子が映し出された。


「被害報告」

「は、はい! 統合管制AIによる被弾チェック……被害ゼロです!」

「結界の強度も維持できてるよー。というか、光学兵器程度でソールの結界を破ろうとかナマイキすぎー」

「お姉ちゃん油断しない。……ミミ、敵の状況は?」

「包囲継続なのニャ! でも包囲している敵部隊の後方から、どんどん増援がやってきてるニャ!」

「数は?」

「ええと、ええと……たくさんニャ!」

「数は正確――ん、ここまできた以上、数の正確性は意味を持たない。ミミは引き続き戦場全体の状況を把握しておく」

「りょ、了解ニャ!」


 ミミが答える間もアルヴィース号のメインモニターには敵艦隊からの砲撃の光が殺到し、結界に阻まれて霧散する光景が映し出されていた。


「うーん……」


 モニターに映る光景を眺めながらソールが首を傾げる。


「お姉ちゃん、どうかした?」

「……この程度の攻撃しかできないレベルなのに、あいつらはどうして『神の否定』なんて呪詛を使うことができたのかなーって」

「それは……明確な回答はできない。マーニにも分からないから」

「だよね。ジャック様なら何か分かるのかな?」

「ジャック様は『全てを識る者アルヴィース』と呼ばれた大賢者。きっとマーニたちの疑問に答えてくれる、はず。マーニはそう信じてる」

「ジャック様を信じて待つしかない、ってことかー」

「ん。女神だって完璧じゃないし万能でもない。マーニたちは――」


 マーニが言葉を続けようとした矢先、ミミが緊迫した声を上げた。


「敵艦隊、なんか後退していくニャ!」

「ここで後退? ミミ、敵艦の動きをメインモニターに回す」

「了解ニャ!」


 マーニの指示に従ってミミが敵艦隊の動きをメインモニターに映した。

 そこにはアルヴィース号を包囲していた艦隊が後退する姿が映し出されていた。


「アルヴィース号の包囲を崩している? ドナ、別レイヤーで統合管制AIマスターコントローラーによる機動予測を映す」

「了解。少しお待ちを」


 マーニの指示を受けてドナが管制卓を操作すると、メインモニターにAIによる敵艦隊の機動予測線が映し出される。

 その予測線によって敵艦隊が方円陣に移行しようとしているのが判明した。


「方円陣って防衛用の陣形だよねー? あいつらなんでそんな陣形を取ろうとしてるんだろー?」

「分からない……」


 敵の意図を図りかねたマーニが、ジッとモニターを見つめる。

 と、そのとき――。


「え……そんなっ! こんなのって……っ!」


 ミミのフォローをしていたリリアが焦燥に満ちた声を上げた。


「リリア、どうかしたー?」

「て、敵艦隊から魔力反応が!」

「魔力ぅっ!?」

「はい! 敵艦隊全体から魔力の発生を感知しました!」

「そんな……まさか! どうしてあいつらが魔力を――!」

「お姉ちゃん落ち着く。そもそも魔力は生きとし生けるもの全てが持つ。それがこの世界の『ことわり』」

「だけど魔法文明が滅びてもう四千年以上経ってるんだよ? 魔法を行使する術を失ってるんだから魔力を使うことなんてないはずでしょー?」

「それはそう。でも『古き貴き家門』だけが魔法技術を秘匿していた可能性もある」

「それは……確かに考えられるかー……」

「今は対処。お姉ちゃん、『対魔法結界アンチマジックシェル』の発動をお願い」

「了解ー!」


 マーニからの指示を受け、ソールはマギインターフェースに手を触れさせて魔法を発動させた。

 するとアルヴィース号を覆う結界の上にもう一枚、障壁が展開された。


「これでよし。多分だけど」

「ありがと。これで少し様子を――」


 見よう。

 マーニがそう発言しようとした、そのとき。


「マーニさん! 敵艦隊が魔法陣を展開させています! 大きい……すごく大きい魔法陣を!」


 方円陣を組んでいた艦隊の艦首が光を放つと、その光が繋がって巨大な魔法陣が姿を表した。


「展開した艦隊で宇宙空間に魔法陣を描いた!? でもあんな魔法陣、マーニは見たことがない……!」

「そもそも魔法陣の公式に当てはまってないよ! あんな魔法陣で魔法が発動できるはずは――」


 ソールの言葉を遮るようにリリアが悲鳴にも似た声を上げた。


「敵艦隊、魔力増大! なにか来ます!」


 その声とほぼ同時にメインモニターが白く輝いた。


「くっ! 各員、対ショック防御! 衝撃に備える!」


 アルヴィース号に光の洪水が襲いかかり、それと同時に強烈な衝撃がアルヴィース号を包み込んだ。

 各所から爆発音が相次ぎ、ブリッジには耳をつんざくほどの警告音が鳴り響く。


「ドナ、被害確認!」

「待って下さい……被害、確認しました! 艦首装甲の一部が中破! 主砲の一部と副砲の大部分が損傷! 効果的な反撃ができない状態です!」

「乗組員の被害はっ!?」

「そちらの被害は軽微! 今のところ重傷を負ったクルーの報告はありません!」

「分かった。お姉ちゃん! 結界の張り直し!」

「もうやってる!」

「ダメです! 敵艦隊、魔力反応増大! 次が来ます!」

「そんな――! 次はもう――」


 次は防げない――マーニの絶望の声と共に光がアルヴィース号に直撃しようとした、そのとき。


七色の障壁プリズマティック・ウォール!」


 クルーたちを力づける、大きな声がブリッジに響き渡った――。



---

 俺の声がブリッジに響くと同時にアルヴィース号が七色の障壁に包まれ、敵艦隊が放った攻撃を弾き返した。

 安堵した雰囲気に包まれるブリッジで、俺は艦長席に座るマーニの肩に手を置きながら皆に帰還の言葉を告げた。


「待たせたなみんな。良く持ちこたえてくれた」

「ジャック様……っ!」

「うわーんっ! ジャック様ぁ! 待ってたよぉーっ!」


 俺の顔を見て安心したのか、マーニとソールが珍しくべそを掻く。

 そんな二人とは対照的にリリアは満面の笑顔を浮かべて俺を迎えてくれた。


「お帰りなさいませご主人様……!」

「ただいまリリア。積もる話もあるけどそれはまた後で。現在の状況を説明して」

「はい!」


 俺の要請に応え、リリアは艦長席に備え付けられた小型モニターに現在の戦況を送ってくれた。


「なるほど。『古き貴き家門』の艦隊が魔法を使ってきたのか」

「ん。アルヴィース号の結界とお姉ちゃんの『対魔法防御』を貫通して被弾した。かなり危険」

「それに発動した魔法陣、よく見ると公式を完全に無視した、本来なら発動するはずのない魔法陣だったんだよー……ソールにはもう何が何だかー……」

「公式を無視した魔法陣ね。なるほど」

「ジャック様、心当たりがある?」

「ああ。同じような公式無視の魔法陣によってユーミルが封印されていたよ。それが何なのかは今はまだ分からないけどな」

「そう……じゃあお姉様は?」

「うん。今は俺のここで――」


 言いながら、親指で心臓の位置を叩く。


「俺の記憶を使ってユーミルの『存在』の修復を行っている。だけどユーミルを完全に復活させるには到らないだろう」

「そんなぁ……じゃあお姉様はーっ!?」

「大丈夫だ。俺が絶対に何とかしてみせるから安心しろ、ソール」

「でも、でもぉ……!」

「……ジャック様にはアテがある?」

「いくつか試したいことがある。それがダメだったとしても絶対にユーミルを復活させてみせるさ。大賢者にして大錬金術師、ジーク・モルガンの名に賭けて、な」

「ん。信じてる……」

「絶対に、絶対に約束だよジャック様ー!」

「ああ、約束する。だけど今は目の前のことをどうにかしよう」

「ん。ジャック様に指揮権を返す」


 そう言うとマーニは艦長席を離れて持ち場へと戻っていった。

 艦長席に腰を下ろし、俺は手早く敵の詳細データを確認した。


「ジャック様、どうする?」

「戦わずに逃げるー?」


 二人からの質問に答えず、俺はしばし瞼を閉じた。


(このままやつらに背中を見せたくない)


 封印され、何千年もユーミルを苦しめていた呪詛。

 その呪詛は亜人たちを生まれながらに奴隷として扱い、彼ら彼女らの苦しみを糧にしてユーミルを縛り付けていた。

 その呪詛を施したのが『古き貴き家門』であるならば、俺はその存在を許すつもりはない。

 俺は聖人君子じゃない。

 目には目を。歯に歯を。

 非道には非道を返そうじゃないか。


「この世の中にはさ、神だ人だなんだかんだと言うけれど、真っ白な人間なんていないと思ってる。鼻つまみ者だったとしても善い事をする時はあるし、聖人君子でも悪事を働くときもある。だけどさ。物事にはなんにでも限度ってものがあるはずだ」


 俺から見て『古き貴き家門』のやったことはその限度を超えている。


「神の『ことわり』によって成立する世界で、神の愛から独り立ちするためであるのならばまだ善いが、神を殺そうとするなんて親を殺すのと同じことだ」


 親への憎しみを持つのも良い。

 親を嫌うのだって自由だろう。

 親を捨てるのだって構わない。

 だけど自分たちのルーツに連なるものを、私利私欲によって消滅させようとするなんてことを俺は許したくはない。


「だから俺は! ジャック・ドレイクは! 俺自身の考えによって『古き貴き家門ハイ・ファミリア』と敵対する道を選ぶ!」


 それが俺の決意だ。


「古き貴き家門だかなんだか知らないが、俺が全部ぶっ潰してこの時代の常識ってやつを変えてやる!」


 これは時代を変革する戦い。

 革命のための戦い。

 新しい世界を求める戦いだ。

 友を害するというのならば勇んで武器を取ってやろうじゃないか!


「ドナ、マギインターフェースを寄越せ!」

「りょ、了解!」

「マーニ、ソール! 全力全開でぶっ放す! 力を貸せ!」

「ん。いつでも」

「りょーかいでぇ~す!」


 二人の返事に頷きを返し、俺は展開されたマギインターフェースに手を置いた。


「『全てを識る者アルヴィース』を継ぎしジャック・ドレイクの名の下に。女神を愚弄した者どもに裁きの鉄槌を下す!」


 詠唱と共に俺の体内で魔力の暴風が吹き荒れる。

 その魔力を力に換えてアルヴィース号の周辺に魔法陣が出現させる。

 最初は一つ。

 次は十。

 そして百。

 やがて展開された魔法陣は千を超え、万を超えた魔法陣で宇宙空間を埋め尽くす。


「この腐った時代に革命の鉈を振り下ろす! 食らえよ親不孝ども!」


 体内で荒れ狂うほどに高まった魔力を展開した魔法陣に注ぎ込み、俺は裁きの名を奏上した。


原初の氷焔イス・アウルゲルミル!」


 詠唱が完了すると同時にアルヴィース号の周辺宙域に展開された魔法陣が一斉に発動し、青白い炎塊を放った。

 絶対零度の炎という二律背反の性質を備えた炎は、まるで翼を広げた大鷲のように宇宙空間を走り、アルヴィース号と対峙していた敵艦隊に襲い掛かる。

 その炎に少しでも触れた艦は、艦体を氷で覆われて動きを止めた。

 魔法陣は止まることなく氷焔の大鷲を放ち続ける。

 反撃を受けて大混乱に陥った敵艦隊は、パニックを起こしたように右往左往して味方同士で艦をぶつける。

 その混乱の中、敵艦隊が大きく陣形を崩したのを見逃さず、俺は矢継ぎ早にクルーに指示を飛ばした。


「ソール! 敵艦隊を突破してこの宙域を離脱するぞ! アルヴィース号の操艦は任せる!」

「りょーかいでぇ~す! マナジェネレータ、出力最大ー!」


 ソールの声と共にテラの軌道衛星上に静止していたアルヴィース号が宙を滑るように動き出す。


「マーニ! 敵旗艦に電文しろ! 眠れる惑星ほしの美女は頂いたってな!」

「ん。了解」

「アルヴィース号は戦域を離脱後、隠蔽魔法を展開して辺境域まで一気に駆け抜ける! 各員、しばらくは休めないからそのつもりでいろ!」


 俺の命令にブリッジクルーたちが大きく頷いてくれた。


「革命の時は来た! 新たな世界に向けて派手に出港しようじゃないか! リリア、艦首に旗を掲げろ!」

「はい!」


 俺の言葉に弾んだ声で答えたリリアが管制卓を操作すると、アルヴィース号は大きなホロフラッグをたなびかせた。

 旗印は『天秤の上で交叉する剣と杖』。

 ジーク・モルガンであり、ドレイク家を独立したジャック・ドレイク個人を示す旗印だ。


「ジャック・ドレイクはこれより全世界に喧嘩を売る! 目指すのは誰もが笑顔で暮らせる平和な世界だ!」


 五千年前のこの世界で俺とユーミルが目指した世界。

 その世界の実現に向けて、再び、俺は一歩を踏み出した。


「アルヴィース号、発進!」


 俺の号令と共にアルヴィース号は速度を上げた。

 艦橋から見える宇宙空間では、煌々と輝く星々が速度を上げて後方へと走っていく。

 その光景を眺めながら、必ず夢を叶えてみせると。

 俺は心に強く誓った――。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る