【第4話】テラへ……

【第三章】テラへ……


 俺たちのGランク傭兵としての活動がいよいよ始まった。

 とは言え、最初に受けていた未登録船舶の調査は対象の船舶を見つけることができずに失敗に終わってしてしまったが。

 ピカミィさんの話ではその依頼に成功した傭兵は今まで居ないそうで、特に罰則を言い渡されることはなかった。

 そんな依頼を出すなよ――と思わなくもないが、依頼主はそれでも懲りずに再度、ギルドに依頼を出しているらしい。

 世の中には変な依頼があるものだ。

 ――と、そんな感想を抱きつつも気を取り直し、俺たちは新しい依頼を順調にこなしていった。

 やがてギルドに実力を認められ、俺たちは無事Fランクへの昇進を果たした。

 そんなある日のこと。


「ジャック様。ピカミィから入電」


 続けざまに依頼をこなしたあと、アルヴィース号のメンテナンスをしていた俺たちの下へ、傭兵ギルド職員のピカミィさんから連絡が入った。


「メインモニターに回して」

「ん」


 頷いたマーニが管制卓を操作すると、通信をブリッジの中央にあるメインモニターにピカミィさんの姿が映し出された。


『ジャックさん、こんにちわ! 今、お時間よろしいですか?』

「ええ、大丈夫です。今日はどういったご用件で?」

『長らくお待たせしていましたが、ガンバン一家の駆逐艦と奴隷の引き渡しの準備が整ったのでそのご報告です!』

「おおっ、それは嬉しい報せですね」

『いやぁほんとお待たせしてすみませんでした。何やらギルドの上の方が引き渡しに難癖をつけてきたらしく……説得やら根回しやらで時間が掛かったみたいです』

「難癖、ですか?」

『ジャックさんがGランクと知って、そんな奴らにガンバンが負けるのはおかしい、とか何とか。私も詳しくは聞かされていないんですけどね』

「でも連絡をくれたってことはその辺りは解決したってことですか」

『はい! ギルドだけじゃなく、チャールス正規軍の中佐さんも証言してくださったので何とかなりました!』

「ああ、あの中佐さんが――」


 廃棄ステーションで会話をした初老の男性のことを思いだす。


『中佐さん、ジャックさんのことを気に入ったみたいで。しきりにすごい手腕だと感心されていましたよ!』

「それは有り難いですね」


 傭兵ギルドのピカミィさんだけじゃなく、正規軍に知己ができるのは今後のことを考えても歓迎すべきことだろう。

 人脈は力だ。


「俺たちからも協力に感謝する旨、伝えておきますよ」

『そうしてあげてください……という訳で! ジャックさん、明日の夕方、第一ポートまでご足労頂けますか?』

「第一ポートというと大型艦艇用の港ですね」

『そうです。そこで艦と奴隷の引き渡しをする予定です。あ、念のため、以前お渡しした証明書のデータをご持参くださいね!』

「了解です。今日と明日は艦のメンテをしようと思っていたので丁度良かったです」

『艦のメンテナンスは傭兵の基本ですもんね。では明日の夕方、第一ポートでお待ちしております!』


 元気いっぱいな声を残してピカミィさんからの通信が終了した。


「ギルドの上の方の横車か。何か気付かれたのかな?」

「否。ないと思う」

「もしジャック様が何か知ってると確信してるなら、直接、何か仕掛けてくるだろうしねー」

「なら万が一を考えての干渉って線が一番しっくりくるか」

「だねー。でもジャック様ー。アーサー様への連絡はいつするつもりなのー?」

「それは駆逐艦を受け取ったあとかな。通信ユニットを魔改造してから連絡をつけるつもりでいる」

「ん。マーニは賛成。盗聴防止は必須」

「面倒なことに巻き込まれるのは面倒だしねー」

「そういうこと。あとは……リリア。明日の夜はご馳走をたくさん作っておいて欲しいんだけど頼めるかな」

「ご馳走ですか? それは大丈夫ですけど……もしかして新しい奴隷さんたちの分ですか?」

「ああ。まずは歓迎会をしないとね」

「分かりました。私、張り切って準備しますね!」

「リリア、ソールも手伝うよー!」

「あはっ、お願いしますソールさん!」

「食糧の買い出しは二人に任せる。ソール、リリアのことは頼んだぞ?」

「りょーかいでぇ~す!」

「マーニは俺の手伝いを頼む。通信ユニットの魔改造のために準備しておきたい」

「ん。マーニに任せる」

「頼むよ」


 今日の予定が決まったことで皆は慌ただしく行動を開始した。


 食糧の買い出しに向かうリリアたちを送り出したあと――。

 ブリッジに残った俺とマーニは通信ユニットの防諜能力や出力をアップするための設計に取り組んでいた。


「通信ユニットとアルヴィース号の統合管理AIマスターコントローラーをリンクさせて、ファイアウォールを強化して――」

「でもやり過ぎると送受信に支障が出る。重力通信波への干渉を防ぐ方向で考えたほうがいい」

「となると――」


 マーニと二人でアイデアを交換しながら改造案をピックアップしていく。

 そして――。


「ん。通信プログラムの基本構造アーキテクチャはこれで良いと思う」

「なら早速、ソフトウェアの準備に取りかかろうか。マーニ、手伝って」

「ん」


 俺たちは通信ユニットを動かす運用プログラムに手を加えていく。

 その最中――。


「ジャック様。テラにはいつ向かう?」


 モニターとにらめっこしていたマーニが不意に口を開いた。


「テラへ? そうだな……すぐに行きたい気持ちはあるけど、今はやらなければならないことが多いからなぁ」


 新しく手に入れた艦の改造。

 それに新しく仲間になる奴隷たちの教育と訓練。

 足場をしっかりと固めなければ長距離航行は厳しい。


小型宇宙艦ボートと違って、駆逐艦ほどの大型艦艇になると運用するだけで人出が必要になる。いくら統合管理AIが殆どやってくれるとは言え、奴隷たちにも最低限の訓練は施してやらないと」

「そう。……」

「何かあるのか?」

「え?」

「マーニもソールも妙にテラに拘っているように思えたからさ。女神が人類発祥の惑星を気にするのは当然かもしれないけど。少し不自然に思えたから質問してみた」

「……」

「やっぱりまだ言えない?」

「ん。……でも」


 言葉を続けようとしたマーニの表情には明らかに迷いが浮かんでいた。


「無理に聞き出すつもりはないから、言いたくなければ言わないで良いんだぞ?」

「ん……」

「でもいつか言える時が来たら教えてくれ。俺は全力で二人の力になる。その準備は整ってるぞ」

「ん。ありがとう。……ふふっ」

「なんだよ? 急に笑って」

「相変わらず、ジャック様はお人好し」

「あー、それ、この前、ソールも言いたそうにしてたな」

「お姉ちゃんが?」

「ああ。ガンバン一家と戦う前に今の話をちょろっとした時にな。相変わらずだって言いたげに苦笑してたよ」

「ん。まぁ相変わらずだと思っているのは本当のことだから」

「そんなにお人好しかなぁ? 自覚無いんだけど」

「ジャック様はそれでいい。……それがいい」

「そうか? でもマーニたちがそれで良いのなら、まぁ良いか」

「ん……♪」


 クスクスッと笑ったマーニが、


「それよりジャック様。今はマーニと二人きり」

「うん? まぁそうだけど、どうかしたのか?」

「……はぁ。やっぱりダメだこの元童貞」

「い、いきなり罵倒されたっ!?」

「女が二人きりだと知らせているのに、何を耳の遠い鈍感系主人公を気取っているのだか」

「え? はっ? ……ああっ!」


 二人きりだから甘えたいとか、そういうことを言いたかったのか!


「やっと察した。ジャック様は鈍感すぎ」

「い、いやいや慣れてないだけ! そう! まだまだ俺は女性の扱いに慣れていないだけだから!」

「はぁ……察してもらえないと女は傷つく。ジャック様、覚えておく」

「わ、分かった。ちゃんと覚えておく」

「ん。……」


 小さく頷くと、マーニは作業の手を止めて俺に向かって両腕を広げてみせた。

 そんなマーニに近付き、小さな身体をそっと抱き締める。


「このままベッドまでエスコートして欲しい……」


 耳元で囁くマーニの言葉に無言で頷いた俺は、その小さな身体をお姫様抱っこしてベッドのある艦長室へと向かった――。



---

 翌日――。

 俺たちは万全の準備を整えて第一ポートへと向かった。

 大型艦艇用の第一ポートには様々な艦が停泊していた。

 宇宙船にはいくつものサイズが存在する。

 アルヴィース号程度の大きさを持つ小型宇宙艦の『ボート』。

 ボート型の宇宙艦は長距離航海には向かず、通常は近傍の目的地に移動するときに使用する。

 大きくても十人乗り程度で、自動車で言えば軽自動車のようなものだ。

 その上がカッター型。二十人程度が搭乗する大型バンのようなもの。

 シャトル型。日本的に言えば路線バスぐらいのイメージだ。

 その上にブリッグ型という高速シャトルがあり、シップ型、ロングシップ型、ギャラック型、ガレオン型などが続く。

 一般的な宇宙艦は搭乗できる人数によって呼称が変化していく形だ。

 次に輸送艦。

 他の艦艇に比べて積載量が多く、カーゴ型と呼ばれる小型輸送船からコンテナ艦やタンカー型と呼称される大型輸送艦まで様々なタイプが存在する。

 だが今回、ガンバン一家からぶんどった艦は、そういった一般的な宇宙艦のカテゴリには入らならい。

 所有権を移譲される駆逐艦は、銀河連邦に所属する国が防衛や戦闘に使うごく一般的な量産型の軍用駆逐艦だ。

 軍用艦は一般的な艦に比べて遥かに大型で、軍用艦として一番小さいサイズの駆逐艦でも搭乗人数は三百人以上が普通だ。

 他にも巡洋艦、高速巡洋艦、戦艦などがあり、一番大型の艦は空母では搭乗人数は二千五百人にも上る。

 リリアたちを連れて訪問した第一ポートは、カリーンステーションで唯一の大型艦艇専用の港で、ガンバン一家からの鹵獲品である駆逐艦の他にも様々な大型艦艇がその巨体を横たえていた。


「ああ、ジャックさん! お待ちしておりました!」


 ギルドからの連絡があり、指定された場所へ赴いた俺たちを、ギルド職員のピカミィさんが歓迎してくれた。


「すみません、お待たせしました!」

「私もつい先ほど到着したばかりですから! あ、こちらは銀河連邦からギルドに出向してくださっている奴隷管理官のジリーさんです」

「ジリー・デイツと言います」

「後ほどこちらのジリーさんには奴隷の首輪の所有権書き換えを行ってもらう予定になっています」

「よろしくお願いします」

「それが私の仕事ですので。……しかしジャックさんも大変ですな。こんなゴミを押しつけられて」

「どういうことです?」

「だってそうでしょう? 奴隷なんてものは人に似ているだけの亜人種が多数だ。主人が居なければ生きていくことさえできない弱者でしかない。宇宙世紀となった今の時代に字も読めず、学もなく、主人の慈悲に縋り付くことでしか生きていけない哀れな生き物。奴隷などゴミと言う他ない。違いますか?」

「さあ。そういうことは深く考えたことはありませんね」

「なんだ。有能な方だという噂を聞いておりましたが、所詮は傭兵でしたか」


 ジリーは呆れた口調で言い捨てながら肩を竦めた。


「いやこれは失礼。銀河連邦の職員は常日頃からこのどうしようもない社会を何とかしたいと考える進歩的知識人の集まりですので、ついつい、相手の知識レベルを高く見積もってしまいがちでね。ふふっ、ご安心を。これ以上、あなたに難しい話はしませんから」

「そうしてもらえると嬉しいです」


 微笑を浮かべて言ったのは大人の対応というやつだ。

 当然、嬉しいから微笑みを浮かべた訳じゃない。

 こういう輩と議論しても生産的な結果には繋がらないこと知っているからだ。


(自分のことを頭が良いと思い込んでるバカは、まともに相手をしないに限る――)


 どうやらそれはピカミィさんも同様らしく、怒りでこめかみをピクピクと震わせながらも表面上は穏やかな微笑を浮かべて無言を貫いていた。

 大人っていうのは大変だ。


「ジリーさんのご高説はまたの機会にどこか遠くでして頂くとして。今日の本題をさっさと進めてしまいましょう!」


 怒りや苛立ちを吐き出すように大声を出したピカミィさんが、携帯タブレットを差し出してきた。


「こちらが本日、ギルドからジャックさんに受け渡す物品のリストになります。確認後、サインもしくは印章シギルの押印をお願いしますね」

「ええ。じゃあ確認させて頂きます」


 手渡されたタブレットを確認する。

 今回、俺に移譲されるのは、駆逐艦一隻とそれに付随する各種燃料弾薬。

 兵士が搭乗する空間機動用兵装四機。

 エレメントダストで駆動する宇宙用偵察ドローンや工作ドローンなどが百二十機。

 レアメタル三十トン。

 これは三千万クレジットほどの価値を持つ。

 他にも細々としたものがリスト化されているが、最大の関心事は最後に記載されている項目だ。

 奴隷、二百七十七個。

 ”人”ではなく”個”。

 まるで物資のように記載されたその数値を見て胸が痛くなる。


「……奴隷たちは今どこに?」

「サインを頂いた後、すぐに所有権の変更ができるように駆逐艦の格納庫に集まってもらっていますよ」

「そうですか。分かりました」


 ピカミィさんの説明を受け、俺は携帯端末を指定された場所にかざしてデジタル印章を押した。


「こちらは全てOK、ということで」

「ええ。印章を確認しました。……へぇ、これがジャックさんの印章なんですねえ。カッコイイじゃないですか」


 印章とは個人識別証のようなもので、所属する家や組織、または個人を証明する『判子』のようなものだ。

 公的組織に所属する際には必ず必要で、俺の印章も傭兵ギルドに登録した時点でデータベース化されている。

 ちなみに俺の印章は『天秤の上で交叉する剣と杖』だ。

 大賢者であり、大錬金術師として過ごしていた前世の紋様と同じ、個人的に思い入れの深い印章を使っている。


「それではこれにて引き渡しは完了です! 次は例のステーションの所有権放棄に対する謝礼ですが――」

「ええ。いくらになりました?」

「一千百万クレジット、という形になりました。その……あまり大きな金額にならず……。私の力が及ばず申し訳ありません……」

「いえいえ。充分、大きな金額ですよ」


 元々、一千万クレジット程度だろうなと予測していたのだ。

 予想から百万クレジットオーバーしているのは、ピカミィさんが頑張ってくれたお陰だろう。


「俺のほうは特に問題ありません」

「ううっ、すみません……! ご納得頂けて良かったですぅぅ」


 涙目になりながらピカミィさんは感謝の言葉を口にする。

 いい人だな、ほんと。


「謝礼のほうは明日中には振り込まれると思いますので!」

「助かります」

「いえいえ、こちらこそですよ! と、いう訳で! 全ての事務処理が完了したので次は奴隷たちの引き渡しに移れればと!」

「了解です。よろしくお願いします」

「お願いされました! では駆逐艦の格納庫に向かいましょう!」


---

 ピカミィさんの先導に従って駆逐艦の格納庫に移動する。

 駆逐艦とは言え、軍艦として使われている艦の格納庫はさすがに大きく、百メートル四方の空間にはたくさんのコンテナが積み上げられていた。

 そんな格納庫の中央に一塊の集団が居た。

 人に似て、しかし人にあらず。

 角が生えていたり、耳が長かったり、背が低かったりと様々な特徴を持つ亜人種の奴隷たちがそこに居た。


「こちらにガンバン一家が所有していた奴隷全員を集めています」


 ピカミィさんの報告に頷きを返しながら奴隷たちに視線を向けると、三百人近くの奴隷たちが怯えた視線を俺に向けた。

 絶望、恐怖、諦観――負の感情を湛えた瞳が新しい主人である俺に期待などないように虚ろな瞳を向けてくる。


(ガンバンがどんな扱いをしていたか良く分かるな……)


 ざっと見たところ男性は少なめで、奴隷の八割が女性の奴隷だ。


「性別が偏ってるみたいですけど……」

「あー……男性の奴隷は戦場で盾として使われたり、激戦の中で真っ先に斬り込む役をさせられるので、どうしても生存率は低くなってしまうんですよ」

「なるほど。それで女性が多いんですね」

「そうですね。生き残っているという意味では女性が多いです。ですが生き残ったからと言って安心できるかと言われると――」

「まぁ……そうですよね」


 戦闘で役に立たないから最低限の食事しか与えられず、性のはけ口として乱暴に扱われる――それが女性奴隷のもっとも一般的な使い方だ。

 戦闘で早々に死を強要される男と違い、女性は自殺もできず、強制的に生かされて地獄が続く。

 どちらがマシか、なんて誰にも分かるはずがない。


「ではそろそろ手続きをしても?」

「ええ、頼みます」

「はい、頼まれました。ではジリーさん」

「ええ」


 ピカミィさんに促されたジリーが、片手で持っていたアタッシュケースを開けた。


「あれは?」

「さぁ? 私も良くは知らないんですよね」


 興味深げな俺たちの視線に気付いたのか、ジリーは得意げな顔でアタッシュケースの中身を説明し始めた。


「ふふふっ、あなた方のような一般人が知らないのも無理はありません。これは奴隷の首輪にアクセスできる特別な装置でしてね。銀河連邦でも限られた者しか使用できない奴隷管理の機材なのですよ」


 そう言うとジリーはアタッシュケースと一体になった端末を操作した。


「所有権の書き換えはすぐに終わりますが、最後に主人となる者の声紋が必要でしてね。まずはこちらを」


 ジリーが差し出してきた一枚の紙を受け取った。


「こちらは銀河連邦法を遵守する宣誓文です。この宣誓文を読み上げてもらい、その声紋を首輪に記録します」

「宣誓ですか」

「なあに大したことは書かれていません。何があっても首輪を外さない、奴隷に反抗させない。主人として奴隷を躾けるなどごく当然の宣誓です。形式ですよ、形式」

「……なるほど」


 ジリーの説明を聞いて湯が沸き立ちそうなほどの怒りを覚える。

 だが、思わず口を突いてでそうになった激怒の言葉をグッと飲み込み、渡された紙に目を通した。

 書かれていたのはジリーの言う通り何の変哲もない宣誓の文章に見えたが――。


(これ、二重ふたえ言葉じゃないか!?)


 二重言葉とは一つの文章に二つの意味を持たせる特殊な文体のことで、前世では神官が女神に奉納する祝詞のりとに使用していた。

 人が読める文字で神に伝わる発音を表し、神へ感謝を捧げる言葉を書く――それが神官の仕事の一つだった。

 二重言葉は神官の中でもエリートにしか教授されない特殊な書き方だ。

 そしてその二重言葉で書かれた宣誓文は、共通語として誰もが普通に読める内容の他にもう一つ全く違う意味を含んでいた。


(隷属の象徴ニィドリムの名に於いて我に隷属せよ、って書かれているな。これは宣誓というより呪詛に近いんじゃないか?)


 魔法の存在が人々の記憶から消失してしまっているとは言え、人には多かれ少なかれ魔力がある。

 魔力を持った者がこの構文を読み上げれば、多少なりとも呪詛が影響力を持つようになってしまうだろう。


(奴隷制度のカラクリが少し見えてきたが……ニィドリムってなんだ?)


 そんな神の名は俺の記憶にはない。


(何かあるのか……)


 気にはなるが、今、考えたところで答えは出ないだろう。

 その名を記憶の片隅に追いやりながら、俺は改めて制約の文章が書かれた紙に視線を落とした。

 正直、この宣誓文をそのまま読み上げたくはない。


(ソール。すまん。認識阻害の魔法でジリーの聴覚を誤魔化してくれ)

(ほえ? 別に良いけど、どうかしたー?)

(後で説明する)

(ん、分かったー)


 小さく頷いたソールがモゴモゴと口を動かすと、魔法が発動してジリーの頭部を包み込んだ。


「えー、俺は俺なりに奴隷と向き合って奴隷を幸せにしたいと思います」

「んえっ!?」


 俺の宣誓を聞いて、隣にいたピカミィさんが驚きに目を丸くしながら突拍子のない声を上げた。

 だが――。


「ふふっ、はい。OKです。正確に声紋を記録しました。これでこのゴミどもはジャックさんのものですよ」

「そうですか。ご苦労様でした」

「いえ、これも仕事なので。ではピカミィさん、私はこれで失礼しますよ」

「えあっ!? あ、ええと、はい?」


 どうなってるんだ? とでも言うように首を傾げるピカミィさんを怪訝な表情で見つめ返すと、ジリーは苛立った口調で問い質した。


「なんです? 私の仕事に不備があったとでも言いたいのですか?」

「えっ、あっ、い、いいえ、全然大丈夫です! ええもう、完璧でしたよ! さすがジリーさんですね! お疲れ様でした!」

「ふむ。まぁ当然でしょう。私は銀河連邦に所属するエリート職員ですからね。ではこれで失礼しますよ。こう見えて私はとても忙しいので」


 ピカミィさんのお世辞に気をよくしたのだろうか。

 ジリーは鼻をクンと上向かせ、肩で風を切るように立ち去っていった。



---

「ええと……今のは何なんですかぁ? ジャックさんがいきなり変なことを言いだして、私、びっくりしちゃいましたよぉ」

「普通に宣誓しただけですよ? ちょっと文章をアレンジしましたけど」

「アレンジって。そんな問題じゃないと思いますけどぉ……」


 眉をハの字に垂れさせて困った顔で肩を落としたピカミィさんだったが、すぐに立ち直って顔をあげた。


「まあ、私には良く分かりませんでしたけど、個人的にジャックさんの宣誓はイエスでしたね!」


 親指を上げてそう言ったピカミィさんは満面の笑顔を浮かべていた。

 ほんと、いい人だ、ピカミィさんは。


「それで、今後についてなのですが……第一ポートの使用許可はギルドのほうで取っていますが、使用料については明日よりジャックさんのご負担になりますのでご注意くださいね」

「了解しました。マーニ、手配しておいて」

「ん」


 俺の指示に答えたマーニが、港の使用手続きを進めるために携帯端末を操作した。


「完了」

「ありがとう。助かるよマーニ」

「ん」

「ははー……手際が良いですねー。マーニさんギルドに就職しません? 今ならもれなくお仕事たくさんついてきますよ?」

「その台詞で人は勧誘できないと思う。それにマーニはジャック様のモノ。勧誘は拒否する」

「うう、ですよねー。はぁ~……どこかに事務作業に通じたハイスペックな新人は居ませんかねぇ~」


 勧誘を断られてがっくりと肩を落としたピカミィさんだったが、すぐに顔をあげて立ち直った。


「まぁ人生、そんなに簡単にはいかないですね! ジャックさんを見倣って私も私なりに頑張るしかないかー!」

「ははっ、応援してますよ」

「ううっ、ありがとうございますジャックさん! 私、頑張ります! そうと決まればギルドに戻って書類整理に精を出そうと思います! ではジャックさん! これにて失礼しますねー!」


 元気いっぱいに声を上げたピカミィさんは、書類や端末が入った鞄を担ぐと走り去っていった。


「元気だなぁ」

「あははっ、やっぱりピカミィさん、良い人ですね」

「ん。なかなか癒やされる」

「だねー。ソールもピカミィは好きかなー」


 お仕事のためにギルドに戻ったピカミィさんを見送った後、俺は改めて奴隷たちに向き直る。


「――」


 怯えの見えるいくつもの瞳が俺に向けられる。

 奴隷たちは痩せ細り、あちこち怪我をしている者も居た。


「ソール。まずは傷付いている者の手当を。リリアは食事の準備を頼む。マーニは備品を配ってやってくれ」

「りょうかいで~す! じゃあ怪我をしている方はこっちに来てー!」

「ご飯はあとで配るからもう少し待っていてくださいね」

「今からマーニが服、下着を配る。ひとまず一人三着ずつある。全員分あるから喧嘩しないように」


 俺の指示を受けて仲間たちが動き始めてくれたのだが――。


「――」


 奴隷たちは微動だにせず、どうすれば良いのか分からないとでも言うように茫然とした表情を浮かべていた。


「おーい、みんなちゃんと理解してるかー? 怪我をしているやつが居ればソール……この子のところへ」


 ソールを指しながら言うと、奴隷の幾人かがのろのろとした動作で動き始めた。


「怪我をしていないやつは、この子……マーニから服を受け取るように。それが終わったらみんなでメシを食おう」

「――っ!?」


 俺の言葉を聞いた奴隷たちの間に、ザワッとした空気が流れるのが伝わってきた。

 その雰囲気に気付かないふりをしながら俺は言葉を続けた。


「みんなが腹一杯になるぐらいは用意しているから安心しろ。今は言われた通りに動いてくれ」


 そう言うと、奴隷たちはようやく行動を始めてくれた。


(主人の言葉にしか従わない、か。今までどんな扱いをされていたんだか)


 同情も憐憫もある。

 それは否定できない。

 だがそれ以上に俺の心の中を占めるのはある種の怒りだった。


(どうしてこんな世界になっちまったんだよ!)


 相争う人たちを根気よく説得し、皆が手を取り合える環境を構築し、世界の平和を実現した五千年前。

 もちろん平和が永遠に続くなんてことを信じてはいなかった。

 だが今の時代はあまりにもおかしなことが多すぎる。

 まるで常識が崩れ去ってしまったような――根本からルールが変わってしまったような感じがしてならない。


(誰がこんな風に世界をねじ曲げたんだ?)


 何か切っ掛けがあったのではないか?

 ――そう考えたところで五千年前の世界から転生した俺に分かることなど、書物やライブラリに記載されている事柄だけ。

 『歴史』として記されているその事柄の真偽を確かめる術は今の俺にはない。


「もどかしいな」


 こんな狂った時代をぶち壊して自分が正しいと思う世界に組み替えてやりたい。

 そんな気持ちが溢れ出してくるのを止めることができない。

 でもそれはただの妄想でしかない。

 そんなことは自分でも分かっている。

 分かっているけれど、そんな妄想に囚われてしまうほど頭も腹も煮えくり返るのを止めることができないのだ。

 だが――。

 怒りに表情が厳しくなった俺を遠巻きに見つめ、ビクビクと震える奴隷たちの姿を見て俺は我に返った。


「ふぅ……ダメだダメだ。考えすぎちゃダメだ」


 今、目の前にある事柄を一つ一つ解決するんだ。

 昔からやってきたことじゃないか。


(早急に何かを変えようとしたところで変わるものなんてないんだ。時間を掛けてやっていかないと)


 改めてそう思い直しながら、奴隷たちのお世話をしてくれている仲間たちを手伝いに向かった――。




 怪我をしている者には薬と手当を。

 それ以外の者には清潔で綺麗な服を。

 手配していた物資を手渡し――皆で食事を終えた頃には、時計は深夜を示していた。



---

「みんな、少し俺の話を聞いてくれ」


 食事を終えてぼんやりとその場に座り込んだ奴隷たちに、俺は自分の考えを伝えるために声を掛けた。


「おまえたちは今日から俺の所有する奴隷となる。そんなおまえたちに俺がしてやれることを伝えたい」


 こいつは何を言い出すのだ? と猜疑の瞳を向ける奴隷たちの視線を受け止めながら俺はゆっくりと言葉を続ける。


「俺がしてやれることは多くはない。まずは仕事だ。俺はこの駆逐艦に乗って惑星テラに向かうつもりだ。おまえたちには艦の運航の手伝いをしてもらいたい。しかし分からないことも多いだろう。でも安心していい。俺と、俺の仲間たちが艦の運航についての必要な知識と技術を教える」


 教えるという単語に反応し、奴隷の間に困惑した雰囲気が生まれた。

 それも仕方のないことだろう。

 奴隷は生まれながらに奴隷として扱われることがほとんどで、教育など受けたことのない者たちばかりなのだ。

 何をどうすれば良いのか、困惑するのは当然のことだろう。

 その困惑を受け止めながら俺は言葉を続けた。


「基本的な就労時間だが皆には一日八時間の労働を義務づけることになる。八時間、三交代制で艦の運航を行うからそのつもりでいてくれ」


 八時間という具体的な時間が指定されて奴隷たちのざわめきが大きくなる。

 そのざわめきを制止しながら、俺は更に説明を続けていく。


「月の給料は一人五万クレジット。能力によって上積みがあるが今はこれが精いっぱいだ。すまんがしばらくは納得してくれ。もちろんしっかり稼げるようになればみんなに還元するつもりだ」

「あ、あの……」


 ざわつきが止まらなくなった奴隷たちの中から一人の少女――長い耳を持つエルフの少女――が前に進み出てきて掠れた声をあげた。


「ん? どうした? 質問か?」

「……(コクッ)」


 おずおずと頷いた奴隷の少女が疑問の言葉を口に出した。


「きゅうりょう、って何ですか……?」

「給料ってのは皆の働きに報いるお金のことだよ。自分で稼いだお金は自由に使って良い」

「でも、私たちは奴隷で……」

「うん。立場的にはそうだね。だけど少なくとも俺はみんなのことをただの奴隷として扱うつもりはない」

「なら……ならあんたはアタイたちをどう扱うつもりなんだ!」


 少女の後ろから現れたのはガタイの良い女奴隷だった。

 ガタイの良い奴隷は警戒するような視線を俺に向けていた。


「そうだな……端的に言えば仲間。俺はおまえたちを仲間だと思ってる」


 そう言った俺の言葉は、だが奴隷たちには少しも響かないようだった。


「とは言え、そんな言葉がおまえたちにとって価値のないことだというのは分かっている。だって人はウソを付くんだから。そうだろう?」

「そうだ! アタイたちは今まで何度も口先だけの綺麗事を聞いてきた。何度も騙されてきた! 何が仲間だ! どうせおまえもアタイたちを奴隷として使い捨てにするつもりだろうが!」

「そうだそうだ! そんな言葉が信じられるか!」


 奴隷たちの不信の叫びが浴びせられる。

 うん、いい傾向だ。

 内心を抑えず自らが欲する言葉を口にできるのなら、この奴隷たちはきっと成長していけるだろう。


「そうだ! だから俺の言葉なんて信じなくていい!」

「はぁ……?」

「人はウソを付く。人は騙す。それが分かっているからおまえたちは俺の言葉は信じられないんだろう。そんなの当然。それで良いんだ。だからこそ、おまえたちは俺の背中を見ろ。俺の行動を見ろ。俺を信じられるかどうかをおまえたちがその目で見て判断しろ」


 一人一人の奴隷たちと目を合わせながら言葉を続ける。


「俺の行動が。俺の姿勢が。信じられないと判断したのならば申し出てくれ。そのときは幾ばくかの慰労金を渡して送り出してやる。だけどもし俺を信用してくれるのならその力を俺に貸して欲しい」

「力を貸す? あんたはアタイたち奴隷の力を集めて、いったい何をするつもりだってんだ?」

「俺の夢は……全ての奴隷の解放だ」

「何言ってんだ、そんなことできるわけが――」

「難しいのは分かっている。戦う力もなく、金もない今の俺にできることなど高が知れているだろう。でも、だからって足を止めていては何かを為す事なんぞできはしない。違うか?」

「それは――」


 ガタイの良い女奴隷は俺の問い掛けに答えられずに俯いた。


「まずは一歩、踏み出す。そのためにおまえたちの力が必要だ。だから俺を信じることができたならその時は俺に力を貸せ」


 俺の言葉を聞いて奴隷たちは黙り込み、格納庫が沈黙に包まれた。


(すぐに賛同を得られるとは思っていないから、今はこれで良い)


 奴隷として生き続けていく中で失ってしまった矜持きょうじ

 まずはそういった『人』としての誇りを取り戻し、教育を施し、成功体験を積ませることが必要だ。


「俺が与えられるものは、仕事、給金、教育、そしてある程度の自由。対しておまえたちに求めるのは勤労、勉強、協力、そして秘密の厳守だ」

「秘密の厳守だぁ? アタイたちを悪事に荷担させようってのか……!」

「悪事を働くつもりはない。でも俺には秘密にしなくちゃならないことが多くてな。秘密の厳守は絶対だ。これは強制させてもらう」

「ちっ……」

「他はそれなりに好条件を揃えているつもりだが、多少の不便は我慢してくれ」


 魔導科学のことが奴隷たちの口から世間に広がるのはまずいし、それ以上に魔導科学を知ってしまった奴隷たちを守るためにも秘密の厳守は必要なことだ。


「ひとまずは以上だ。部屋の割り振りをするから今日はその部屋でゆっくりと休め。ただし明日からはしっかり働いて貰うからそのつもりで。リリア、ソール、あとは頼んでもいいか?」

「はい! お任せくださいご主人様!」

「りょーかいでぇ~す!」

「マーニは俺と一緒にブリッジへ。まずはアルヴィース号の統合管理AIマスターコントローラーの移植から始めよう」

「ん。マーニに任せる」

「よし。一ヶ月後には出港できるように皆で力を合わせて頑張ろう!」



---

 それから数日。

 俺たちは奴隷たちのステータスの確認や、秘密を口に出すことができなくなる魔法『秘匿の制約』を奴隷たちに施すなど、足場を固める作業を進めた。


「奴隷たちを組織的に動かすためにもリーダーが必要だな」

「だねー。だれか良い子が居るかなー?」

「ん。奴隷たちのステータスをリストにした。それから選ぶ」


 そう言うとマーニが艦長席のモニターにデータを転送してくれた。


「ありがとう。どれどれ……」


 リストに表示されているのは名前やレベル、ステータスやスキル、そして種族だ。


「なかなかバラエティに富んだ面々だな」


 人間は言うに及ばず大鬼族、小鬼族、アールヴ、黒アールヴ、獣人、蜥蜴人――。


「銀河連邦準拠の種族名だと、俺が知る種族の名前じゃないな」


 俺が知っている呼称は、オーガ、ゴブリン、エルフ、ダークエルフ、獣人、ドラゴニュートだ。

 それが微妙にねじ曲げられているのが気になる。


「本質が歪んでいるってことか? それとも――」


 世界の『理』がおかしくなっているということなのか。


「……」


 頭に浮かんだ疑問に思索を深めていると、ソールが待ちきれないとでも言うように確認してきた。


「ジャック様ー、良い子はいたー?」

「あ、ああ。何人か、良さそうなやつが居たよ。まずオーガの女性。これは格納庫で俺に突っかかってきたガタイの良い女性だ」


【個体名】ガンド

【種 族】オーガ族

【年 齢】29歳

【生命力】430

【魔 力】50

【筋 力】77

【敏 捷】21

【耐久力】93

【知 力】17

【判断力】21

【幸運値】14

【スキル】近接戦闘LV3、身体強化LV3、不屈、統率LV2

【補 足】拘束具によってスキル封印中


「統率レベルが2っていうのがいいねー」

「ああ。奴隷たちのリーダーを任せるにはもってこいだ」

「筋力と耐久力の数値が高く、近接戦闘のレベルも高い。これなら空間騎兵を任せるにはもってこい」

「だな。戦闘部隊の小隊長を任せるつもりで考えてる」

「ん。それが良い」


 モニターに表示されたステータスを見て、リリアが不思議そうに声を漏らした。


「ふぁぁ、分析魔法アナライズってすごいですねぇ……皆さんの強さが数値で表示されるなんて」

「ステータスの生命力と魔力の平均数値は300。能力の平均値は50前後。スキルレベルは最高が10になってる。ちなみに俺の今のステータスはこんな感じ」


【個体名】ジャック・ドレイク

【種 族】人間

【年 齢】15歳

【生命力】630

【魔 力】990000

【筋 力】53

【敏 捷】89

【耐久力】50

【知 力】∞

【判断力】77

【幸運値】255(+α)

【スキル】大量につき別枠表示

【補 足】称号多数、神の加護複数所持


「こ、これがジャック様のステータス! すごいです!」

「ふふふっ。これでも前世に比べてまだまだ低い数値なんだけどね」

「チート自慢カッコ悪い」

「そうだよー。それにジャック様、全盛期にはほど遠くてヨワヨワじゃんかー。こんなんじゃソールには勝てないよー?」

「ぐぬっ……仕方ないだろ! まだ十五歳だぞ俺?」


 女神と比べられたら負けるのは当然だろ!


「まぁこれからに期待」

「だねー。せめてソールとガチンコで戦えるようになってくれないと、本気で訓練できないしー」

「いやいやソールにもマーニにも必要ないだろ、訓練なんて」

「でも訓練しないと運動不足になるしー。ソール太っちゃうよぉ」

「仕方ない。ジャック様とのエッチに精を出して運動不足を解消する」

「あ、それ、良い考えだねー! ガチンコじゃなくてチンコで勝負かー! という訳でジャック様、今晩エッチしよーねー♪」

「勝手に決めるな勝手に。そんな暇あるか」

「ブーブー」

「仕方ない。ジャック様とエッチするためにさっさと仕事を終わらせて、言い逃れできないようにする。お姉ちゃんも手伝って」

「分かったよぅ……」


 不満を零すソールに苦笑しながら、他にピックアップした奴隷たちのステータスを表示する。


「あとはブリッジ要員だけど――」

「駆逐艦の運航には最低でも十人の艦橋スタッフが必要。マーニたちの他にあと七人は欲しいところ」

「七人……は厳しいな。見所のありそうな子は三人ほどだ」

「むぅ。もうしばらくはマーニたちが頑張るしかない」

「苦労を掛けるな」

「ん。仕方ないから平気」

「んで、ジャック様ー。誰か良い子はいたー?」

「通常の艦では役に立ちそうにないが魔導科学で改造した新生アルヴィース号に必要そうな能力の持ち主なら居たよ」


 ソールに答えを返し、いくつかのステータスをハイライトする。


【個体名】エル

【種 族】エルフ族

【年 齢】120歳

【生命力】48

【魔 力】37

【筋 力】11

【敏 捷】28

【耐久力】11

【知 力】29

【判断力】24

【幸運値】27

【スキル】高速思考LV2、高速詠唱LV1、魔力操作LV1

【補 足】拘束具によってスキル封印中


【個体名】ドナ

【種 族】人間

【年 齢】16歳

【生命力】75

【魔 力】11

【筋 力】11

【敏 捷】11

【耐久力】10

【知 力】37

【判断力】39

【幸運値】11

【スキル】高速思考LV1、精神耐性LV3

【補 足】拘束具によってスキル封印中


【個体名】ミミ

【種 族】猫人族

【年 齢】19歳

【生命力】64

【魔 力】21

【筋 力】28

【敏 捷】44

【耐久力】27

【知 力】17

【判断力】21

【幸運値】75

【スキル】探知LV2、魔力操作LV1、身体強化LV1

【補 足】拘束具によってスキル封印中


「首輪のせいでスキルはまだ封印中だけど、ブリッジ要員として即戦力になりそうなのはこの三人だな」

「ん……ステータスを見れば鍛え甲斐のある子たちなのが分かる」

「だけど全員女の子なんだねー? ジャック様のエッチー」

「いや別に他意は無いぞ? 対応するスキルを持っている子が少なかっただけで、たまたまだからな?」


 ホントだぞ?


「これは面接が必要」

「だねー。抜け駆けしてジャック様に迫ろうとする危険分子は排除しておかないとー! ねー、リリア」

「はい! えっ、あっ、えっと……その……」

「まあ面接はマーニたちに任せるから選別と教育は頼むな」

「ん。マーニたちに任せる」

「あとは……奴隷の首輪の件だけど。今、リストアップした四人には先行して教えようと思う」

「……マーニはあまり賛成はできない」

「ソールも同じくー。正確に理解できるか怪しいしー」

「それはそうなんだけど。だけど奴隷とは何か、奴隷の首輪とは何かを教えておかなければ奴隷たちに未来はない」


 できるだけの手助けはする。

 だけどこの世界で生きていくためには、自分の足で立ち上がり、地面を蹴って前に進まなければならない。


「理解できないからといって、そのままにしておく訳にもいかないだろ」

「それは分かる。……ん。マーニは判断をジャック様に任せる」

「仕方ない、かー。いいよ。ソールもマーニと同じにするよー」

「すまんな」

「何かあった場合はマーニたちがフォローする」

「だね。好きにしていいよ、ジャック様ー」

「ありがとう」


 賛成できないからといって強行に反対する訳じゃなく、あくまで俺の考えを尊重してくれる二人に心からの感謝を覚える。


「そんな訳でリリア」

「あ、はいっ!」

「リリアには奴隷たちの世話役をお願いしたい。やってくれるか?」

「お世話役、ですか? ええと……それって一体、何をすれば?」

「別に難しいことじゃない。奴隷たちに寄り添い、質問があれば答え、困ったことがあれば相談に乗る。そんな風に触れ合ってくれるだけでいい」

「なるほど……私にどこまでできるか分かりませんけど、ご主人様のお願いですから、私、精いっぱい頑張ります!」

「よろしく頼むよ。奴隷たちには今、自分たちと同じ目線に立ってくれる人が必要だろうから」


 形式上とは言えリリアは今も俺の奴隷という扱いだ。

 奴隷のリリアが俺と奴隷との間を繋いでくれれば、奴隷たちもある程度は安心できるだろう――そういう狙いがあった。


「何かあればマーニたちがフォローするから安心する」

「そうだよー。がんばれリリアー!」

「はいっ!」



---

 軍用の駆逐艦には様々なスペースが存在する。

 大人数が同時に食事を取れる大食堂。

 医療室に工作室などの実務を行うスペースもあれば、トレーニングできる訓練施設なんかも存在する。

 搭乗員のメンタルケアを目的とした公園スペースではホログラムによって森林公園のような風光明媚な景色を楽しめるようになっており、充実した乗艦生活を送ることができる。

 そんな充実した施設の中の一つ――士官たちが集い、作戦を議論するための作戦会議室に幾人かの奴隷を呼び出した。


「改めて名乗る。俺の名はジャック・ドレイク。ソル系第七辺境宙域惑星ダラムを本拠地にする貴族フランシス・ドレイクの三男坊だ。もっとも今は独立して、ただのジャック・ドレイクでしかないけどな」

「ひぇ……き、貴族……っ!?」


 リリアと同じような尖った耳を持ち、給料のことを質問してきた少女――エルフのエルが貴族と聞いて怯えたように声を震わせた。


「俺自身は貴族の三男坊ってだけだし家を継ぐつもりはないから、そこまで偉い存在じゃないぞ?」

「でも貴族、なんですよね……?」

「それはまぁそうだけど。だけど安心してくれ。身分をかさに掛けてどうこうするつもりは無いから」

「フンッ。そんな言葉、信用できるか」


 ガタイの良い女性――オーガ族のガンドがふてぶてしい表情で吐き捨てる。


「まぁそうだよな。口だけじゃ信じて貰えないなら行動で示すしかない」


 ガンドに肩を竦めて応えながら横に立っているリリアたちを紹介した。


「この子たちは俺の奴隷であり仲間だ。この子はリリア」

「リリアです! えっと、皆さんのお世話役を仰せつかりました! 頑張りますのでよろしくお願いします!」

「で、こっちがソール」

「よろよろー!」

「最後に、こっちの子がマーニ」

「ん」

「三人は俺のメイド兼ブリッジ要員として働いて貰っている」

「へっ、つまりあんたのお気に入りって訳か」

「そうだ。この子たちは俺の大切な人たちだからいじめるなよ?」

「ふんっ……」


 ガンドは鼻で笑ってそっぽを向いた。


「なかなか反抗的な態度だなガンド」

「ああん? てめぇ、なんでアタイの名を知ってんだぁ?」

「おまえだけじゃないぞ。エル、ドナ、ミミ。おまえたちのことは全部調べさせてもらった」

「ひぃ……っ!」

「ううっ、怖いニャ……貴族に調べられるなんてロクなことにならないニャ」


 エルの隣で猫人族特有のネコミミをヘタッと伏せながら、ミミがブルブルと身を震わせた。

 そんな中、一人の少女が口を開いた。


「どうしてわざわざ調べたんですか? 私たちのような奴隷は使い捨ての道具でしかないでしょうに」


 真っ直ぐな瞳で俺をジッと見つめる少女の名はドナ。

 他の亜人たちと違ってこの子は普通の人間だ。

 ドナは周囲の空気に飲まれることもなく淡々と質問を繰り出してきた。


「もしかして私たちに何かをさせるつもりですか?」

「聡いね。そう、俺はおまえたちに仕事を任せたい」

「仕事だぁ? そんなの命令すりゃ良いじゃねーか。アタイたちは奴隷でアンタは主人なんだ。このクソッタレの首輪がある限り、アタイたちはアンタには逆らえないんだからよぉ!」

「確かにそうだな。だが俺は指示はするが命令はしない」

「はぁ? 何言ってんだアンタ」


 呆れ顔で言い捨てるガンドに俺は言葉を付け加えた。


「確かに命令すればおまえたちは逆らうことができない。だけど俺はおまえたちに楽をさせるつもりはない」

「なんだとぉ……!」

「命令に従うだけ。言われた通りにするだけ。それで本当に奴隷から脱却できると思ってるのか?」

「それは――」

「おまえたちが自分で考えて行動しなければ、本当の意味で奴隷からの脱却なんてできるはずがない。俺はそう考えている」

「なるほど。ご主人様は私たちに選択肢を与えてくれているんですね」


 俺が何を伝えたいのか――その意図を察したドナが得心がいったように頷いた。


「そうだ。できるなら自分の意志で選んで欲しい。自分で選んで拒否するのなら構わない。罰も与えないと約束する」

「約束? ふんっ、そんなの信用できるかよ……と言いたいところだが、自分で選んで良いって言うならひとまず話は聞いてやる」


 腕を組んでふんぞり返ったガンドに苦笑しながら説明を再開した。


「まずはガンド。おまえには今後編成する予定の戦闘小隊のリーダーを任せたい」

「……はっ!? アタイがリーダーっ!?」

「そうだ。ついでに奴隷たちのまとめ役も頼む。奴隷たちの要望をまとめて世話役であるリリアと相談してくれ」

「なっ!? ちょ、待ちなよ! どうしてアタイがそんなこと――!」

「どうしてってガンドは元々、皆の上に立っていたんじゃないのか?」


 格納庫で一番最初に俺に噛みついてきたのはガンドだ。


「あれは自分が上に立つことによって奴隷たちの心を代弁しつつ、主人の不興を一心に被る覚悟があったからだろう?」

「……ふんっ」

「そういう者にこそリーダーは相応しい。だからガンド。おまえに任せたいんだ。……やってくれるか?」

「……アタイにとってあいつらは家族のようなものなんだ。アンタがアタイにリーダーを任せるって言うのならやってやる。もしアンタが無茶な命令をするのなら、どれだけ首輪に痛めつけられようが、その喉笛を噛みちぎってやるから覚悟しとけ」

「ああ、おまえの目で好きなだけ俺を確かめればいいさ」

「ふんっ……分かったよ」


 リーダー就任を承諾したガンドの隣ではエルが不安そうな表情を浮かべていた。

 一体、何をやらされるんだろう――そんな不安に苛まれているのが手に取るように分かる。


「エル、ドナ、ミミ。三人にはブリッジ要員を任せたい」

「ええっ!? そんなの、エルはやったことない……!」

「ミミだって同じニャ!」

「そう、ですね……私たちは今まで宇宙船の運用なんて教えられていません」

「その点は大丈夫。艦のことはマーニたちが徹底的に教育する」

「教育、ですか……」

「そう。三人には艦運用のためのノウハウを一から教える。……と言っても普通に勉強するだけじゃ何年もかかるから裏技を使うけど」

「ひぃっ……ううう、裏技? それってきっといかがわしいことでしょ! ううっ、ママ、パパ、ごめんなさい。エルは貴族に穢されてしまうみたいです……!」

「い、いやいやそんなことしないよ? ホントだよ?」

「ひぃぃぃ!」


 安心させようと微笑みを浮かべたのが逆効果になったらしい。

 エルは恐怖に頬を引き攣らせてガンドの背中に隠れてしまった。


「おい、エルを怖がらせるんじゃねーよ!」

「怖がらせるつもりはなかったんだけどなぁ……」

「仕方ないよジャック様ー。今みたいなニチャーッとした笑いを見せられたら女の子なら誰だって怯えるってー」

「おい待て。ニチャッとなんてしてたかっ!?」


 爽やかに笑ったつもりなのだがっ!?


「ジャック様の微笑は時々気持ち悪くなる」

「えっ、ウソ、俺の笑顔、キモすぎ……?」

「気をつけたほうがいい」

「ううっ、分かったよ……」


 マーニとソールの二人にやり込められる俺の姿に、エルたちが信じられない光景を見たとでも言うように口をポカンと開けていた。


「……なぁ。その二人はアンタの奴隷なんだろ? 奴隷にそんな口を利かせてアンタは平気なのかよ?」

「え? 全然平気だけど。というかガンドも大概、口が悪かったけど、俺は咎めてないだろう?」

「それは……確かに」

「理不尽な罵倒なら俺だって怒るけど、今の会話なんて気心の知れた仲間とのただの会話だろ?」

「いやアタイにはそうは見えなかったんだが……まぁ良い。アンタがまともじゃないとだけ理解しとく」

「えー……」


 それって何かおかしくなーい?


「あ、あのご主人様。説明を続けてあげたほうが――」

「あ、はは……それもそうだ。ありがとうリリア」


 本題からずれそうになった俺を窘めてくれたリリアに礼を言い、再びエルたちに向き直った。


「とにかく、だ。別に変なことはしないから安心してくれ。ただおまえたちの考え方が百八十度変わることになる」

「考え方が変わる?」

「正確には考え方というよりも在り方と言うべきかな。まぁとにかく今までの常識がガラッと変わることになる。その覚悟は持っていてくれ」

「ひぃ、こ、怖いよぅ……!」

「ニャーッ! ミミはそんな覚悟持てないニャー!」

「だいじょう――あー、リリア、二人を安心させてやって」

「ふふっ、はい!」


 大丈夫と言おうとしたが、さっき笑い方がキモイと言われたばかりなのでリリアに頼んで二人を慰めてもらった。

 ニチャッと笑ってるつもりは無いんだけどなぁ。


「で? アタイたちに何をするつもりだってんだ?」

「口で説明すると伝わりづらい。ここは実演で示そう。リリア、頼む」

「はい」


 エルたちを慰めていたリリアが四人の前に人差し指を差し出した。


「良く見ておいてくださいね」


 リリアの言葉に誘導されるように四人は人差し指を凝視する。

 そこでリリアは魔法を使った。

 人差し指にろうそくの火と同じ大きさの火が灯り、部屋の中を適温に維持するエアコンの風に当たって微かに揺れていた。

 生活魔法【灯火トーチ】。

 燃料に着火するときに使う、ごく初歩的な魔法だ。


「な……っ」

「ひえっ! ゆ、指に火がついて……ええっ!?」

「なんでニャッ!? どうしてニャッ!?」

「もしかして……あなたは発火能力者なのですか?」


 指先に火を灯す――そういったことができるのは異能者の中でも発火能力者と言われる存在しかいない。

 ドナはそれに思い至って質問したのだろう。


「ドナは物知りだな」

「……昔、発火能力を持っていた子を見たことがあるだけです」

「そうか。その子とは今も一緒なのか?」

「いえ。発火能力を暴走させたときに射殺されました」

「……すまん」

「昔のことですからお気になさらず。それよりもリリアさんは発火能力を使いこなす異能者なんですか?」


 質問にどう答えようか迷っているのか、リリアが助けを求めるように俺を見た。


「次に移ってくれる?」

「はい」


 頷いたリリアは指先に灯った火を消し、今度は指先に球形の水を生み出した。


「み、水ぅ!? 今度は水ぅ!?」

「なんでニャッ!? どうしてニャッ!?」

「どうなってんだこりゃ!?」


 火の次は水が現れたことで困惑の極みに落とされたドナ以外の三人が、茫然としたまま動きを止めた。


「発火能力以外に水を生み出す能力? でもそんな能力があるなんて、聞いたことがない――」


 目の前で起こる不思議な現象を解き明かそうと、ドナはリリアの指先を真剣な面持ちで観察していたのだが――。


「ダメですね。何がなんだか私には分かりません」


 いくら考えても答えにたどり着けないのか、ドナは肩を竦めて考えることを諦めたようだ。

 その様子を見て俺はリリアに最後の行動をお願いする。


「はい」


 小さく頷いたリリアがおもむろに首輪に指を掛け――ゆっくりと首輪を外した。


「首輪が外れた……!? どうして外せるんだよっ!?」

「うそっ、そんな、どうして……?」

「ニャーッ!? 首輪って外せるものなのニャッ!?」

「ミミ、落ち着いてください。首輪は普通、外せないはずです」

「でもリリアは外してるニャ!? もしかしてリリアは首輪を外せる人なのニャ!?」

「いいえ。私が外した訳じゃないんです。これは――」


 そこで言葉を切ったリリアが俺に視線を向けた。


「俺が外した。子供の頃にね」

「なんだと!?」

「そんな……一体どうやって……?」

「答えは簡単。魔法だよ」


 ドナの疑問に答えながら指を鳴らすと、その音を合図にガンドたちの首輪が音を立てて外れ落ちた。


「……っ!?」

「ふぁ!? うそっ、エルの首輪、外れちゃってる……!」

「ニャー!? ミミの首輪も外れてるニャ!?」


 想像もしていなかった事態に混乱する三人をよそに、ドナは外れた首輪をジッと見ながら呟きを漏らした。


「魔法……? もしかして超能力じゃない……?」

「うん。いいね。やっぱりドナは聡い。マーニに任せて徹底的に鍛えてもらおうことにしよう」

「ん。マーニに任せる」

「これはどういうことですか?」


 軽口を交わす俺たちの様子に戸惑いながら、ドナは動揺を必死に抑えながら質問してきた。


「異能者と呼ばれる存在はその能力を危険視され、生まれながらに首輪の装着を強制される。その首輪は異能者が持つ超能力を封じ、主人に逆らえば高圧電流によって懲罰が施される。でもそんなのは全部ウソなのさ」

「う、そ……だとっ!?」

「そうだ。異能者は超能力者のことじゃない。魔法使いのことなんだ。その証拠を見せよう。……マーニ、頼む」

「ん」


 頷いたマーニは、四人の中からエルを選ぶと何やら耳打ちをした。

 訝しげな表情を浮かべたエルだったが、何度かマーニに耳打ちされた後、リリアと同じように人差し指を突き出した。


「灯火!」


 呪文と共にエルの指先に火が灯った。


「なにっ!?」

「ニャー!? エルちゃん、どうしてなのニャー!?」


 驚きの声をあげたガンドとミミの声に気を良くしたのか、エルは自慢げな笑みを浮かべる。


「ふふーんっ、エルだってこれぐらいできるんですよーだ! えへへ!」


 嬉しそうに笑いながらエルは火の灯った指先で空中に絵を描いた。


(うん。エルは魔力操作のスキル持ちだから、教えればすぐにできると思ってたけど……予想は的中したな)

「あははっ、すごーい! たのしーい!」


 弾んだ声でクルクルと周っていたエルはやがて――


「ううっ、目が回るぅぅぅぅ……」


 ヘロヘロ声を漏らしながらパタンッと床に倒れ込んだ。


「お、おい、大丈夫かエル!?」

「アウアウー……もうらめぇ……」

「な、何がどうなって……?」

「心配しなくても良い。ただの魔力切れだ」

「ま、魔力だぁ?」

「魔法使いが魔法を使うときに使うエネルギーのことを魔力と言うんだ。今のエルはその魔力が切れた状態だ。まぁ呼吸していれば時間と共に回復していくから大きな心配はないよ」

「はぁ。アタイには何がなんだか……」


 目の前で起こっている状況に頭が付いてこれないのだろう。

 ガンドはガシガシと乱暴に頭を掻きながら溜息を吐く。

 そんなガンドとは違ってずっと黙って周囲を観察していたドナが、考えがまとまったのか口を開いた。


「なんとなくアナタの考えていることが分かりました。でも奴隷たちを解放し、魔法?の力を集めて一体何をするつもりです? もしかして人類に戦争を仕掛けるつもりなんですか?」

「戦争? そんなのしないけど」

「えっ……?」

「戦争なんて金も掛かるし人も死ぬ。そんなの悲しいだろ?」

「でも、じゃあなぜ奴隷の解放なんてことを目的にしているのです?」

「生まれながらに奴隷として扱われる者が居る。その事実が許せないからその現実をぶち壊したい。ただそれだけだよ」

「それをしてアナタに何の得が……?」

「得? 得は無いかな? いや、あるか。俺が納得できるって得が」

「そんなことで?」

「詳しくは言えないが俺にとっては大切なことなんでね」


 五千年前、一生を賭して世界を平和にしたのに、五千年後の世界に理不尽が満ちているなんて。

 俺は何のために百年以上の年月を費やして頑張っていたのか。

 ガッガリする気持ちはある。

 だけどそれ以上にクソッタレな現実が目の前にあるから、そのクソッタレな現実を変えたいとそう思っているだけだ。


「無理やり奴隷たちを解放しようとは思っていない。ただ理不尽なことがまかり通る世界はクソだ。だから俺は努力が報われる世界に近づけたい。そう思っているだけ」

「努力が報われる世界――そんな世界、本当に訪れるのでしょうか?」

「分からない。でも分からないこそ実現に向けて努力する。そのために俺に力を貸して欲しいんだ」


 そう言って四人――一人は気を失っているが――に改めて向き合い、俺は奴隷たちの意志を確認した。


「どうだろう? 力を貸してくれるか?」


 俺の問い掛けに最初に答えたのはガンドだった。


「……正直、今の話がどこまで本当なのかバカなアタイには分からない。だけどアンタが悪いヤツじゃないってのだけはなんとなく分かった。アタイは仲間たちが大事にされるのであれば何だってやってやる。だから……今はアンタに従ってやるよ」

「ありがとうガンド。よろしく頼む」

「ちっ……調子狂うぜ」


 ブツクサと文句を言うガンドの横で、ドナがガンドの言葉を引き継ぐように答えてくれた。


「私もガンドさんと同じです。これからどうなるのか私には分かりませんが、アナタを信じてみようと思います」

「ありがとうドナ。ドナはマーニの下についてくれ」

「はい。どこまでできるか分かりませんが、やれるだけやります」

「頼む。……ミミはどうだ?」

「ニャー……み、ミミもさっきの話、良く分からなかったニャ。でも、みんながやるっていうなら、ミミもちゃんとやるニャ!」

「本当にそれで良いのか? 周囲に流されるんじゃなくて自分の意志で決めなければ後悔するかもしれないぞ?」

「それは……分かってるニャ。でもミミはちゃんと自分で流れに任せるって決めたのニャ!」

「そ、そうか。後ろ向きな気がするけど、ミミが自分で決めたことなら何も文句はないよ。じゃあリリア。ミミのことを頼むね」

「はいっ! よろしくですよ、ミミさん!」

「よろしくお願いするですニャ!」

「で、最後は失神しているエルだけど。確認は意識が戻ってからで――」

「もう、戻ってるから、大丈夫……話、全部聞いてたし」

「そうか。……大丈夫か?」

「ん、なんとか。……」


 気怠そうに身体を起こしたエルは、まだ怯えの残る視線を俺に向けた。


「エルもあなたに従うよ」

「本当にそれで良いのか?」

「うん。もっと魔法を使ってみたいって思ったし。それにあなたの考えが良いなって思えたから」

「そうか。ありがとうエル。あと、怖がらせてすまなかった」

「それは……まだちょっと怖いけど。でも、慣れると思う……」

「じゃあエルはソールに色々と教えてもらってくれ。ソール、頼むぞ」

「りょーかいでぇ~す! よろしくね、エルー!」

「は、はい! よろしくです!」

「よし。これで準備は整った。あとは勉強の方法だけど……マーニ、ソール、皆に刷り込みをお願いできるか?」

「ほーい。情報の刷り込みインストールをすれば良いんだよね? それぐらいなら身体の負担も少ないだろうし簡単だよー」

「ん。並列化と違って情報の刷り込みは簡単。但しすごく頭が痛くなるから覚悟するように」

「どういうことだよ? 分かるように説明しろよ」

「あははっ、やれば分かるから却下だよー!」

「みんな手を繋ぐ。早く」

「ちっ、分かったよ……」


 マーニの迫力に押し切られたのか、渋々といった表情でガンドは少女たちと手を繋いだ。

 マーニを基点として繋いだ手で円ができる。

 しっかりと円になっていることを確認したマーニが、


情報刷り込みインストール


 ニヤリと笑いながら手短に魔法を詠唱した。その途端、


「ぐぎゃあああああっ!」

「ひぎぃぃぃぃ!」

「うニャーーーーーッ!」

「ギギギッ……!」


 会議室の中に、断末魔にも似た悲鳴が木霊した――。



---

 暗闇しかない世界。

 延々と。延々と暗闇の中を漂って、自分自身の存在が溶けていく。

 なぜ?

 どうして?

 答えを見つけようとしても見つからず、いつしか思考が停止する。

 崩壊が続き、肉体は八割方消失してしまった。

 痛みがあったはずなのに、その痛みも消え失せて――。

 自我が崩れ去っていく。

 自分が消え去っていく。

 ああ。

 私は死ぬのか。

 ××も死ぬのか……。

 でも私にはもう何もできない。

 何もないのだから。

 でも。

 でも、ただ一つ。

 ただ一つだけ、気に掛かることがあった。

 無くなる自我のなかで、その記憶にしがみつく。

「ジ……ク……」



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