【第3話】旅立ち

【第二章】旅立ち


 いよいよ旅立ちの日がやってきた。

 物資の最終チェックをリリアに任せ、俺はソールたちと共に艦橋で出航準備に勤しんでいた。


統合管制AIマスターコントローラーの自己診断プログラム精査完了。エレメントリキッド注入準備完了。エレメントジェネレータ稼働スタンバイ」

「船内エアシステムの正常動作を確認。それと火器官制と魔法管制システムオールグリーンだよー」

「よし。リリアに任せている物資の最終チェックが終わり次第、出航するからそのつもりで居てくれ」

「了解」

「ジャック様ー、出航前にご両親に挨拶とかしなくて良いのー?」

「晩餐会で別れの挨拶はしたから大丈夫。父上からも母上からも激励の言葉はもらったんだ。それで充分だよ」

「ふーん。案外、淡泊なんだねー」

「二人とも湿っぽいのは好きじゃないしな。それに未練がましくしていたらそれこそ二人に怒られる」

「でもパパさんはジャック様が出航したあと号泣しそうだけどー?」

「それは……多分そうなるだろうなぁ」


 激情家の父上のことだ。

 見送るまでは平気な顔をしているが、後で母上の胸に抱かれながら号泣することだろう。


「ジャック様はパパウエのそういう可愛い一面を見倣うべき」

「えー……可愛いっていうのかそれ? 大の男がめそめそ泣いてるんだぞ?」

「息子の門出を祝って涙を堪えて見送るってカッコイイパパさんじゃん」

「で、後で女の胸で泣く。これがギャップ萌えというやつ」

「童貞ジャック様にはわかんないかなー、この可愛さが」

「いや分からんわ。あと童貞童貞うっさいわ」


 童貞の何が悪いって言うんだ。


「まぁそれも出航したら少しは変わると期待したい」

「だねー。出航したらいよいよリリアとズッコンバッコンだし!」

「言い方よ」


 それはその――確かに楽しみにしている一面もあるにはあるけど!


「っていうか、独立して早々にそういうことをするの、ガッツいているように見られて嫌なんだけど」

「はぁ……これだから童貞は」


 心底呆れたといったマーニの溜息が童貞の胸に刺さる。


「だってさー。きっとリリアもドキドキしながらジャック様とエッチするのを楽しみに待ってるはずだよー?」

「そんな女心に気付かず、がっつくのが恥ずかしいとか。ハッ」

「鼻で笑うな」

「これが笑わずにいられようか。男なら自分から抱くぞと宣言するぐらいの格好良さを見せて欲しい」

「カッコイイのかそれ……?」

「とにかく! 出航して落ち着いたらジャック様はリリアのこと、ちゃんと抱いてあげるんだよ!」

「余計なお世話だ、……ったく」


 ソールたちのお節介を聞き流し、俺は出航準備のために各種機関のチェックに集中する。


(だけど……男として格好良くしろっていう二人の言葉は、聞かないとならない忠告だよな……)


 ウジウジしていても何も始まらないのだ。


(独立してからリリアを抱くというのは、二年も前に決心したことじゃないか。覚悟を決めろジャック・ドレイク!)


 女の子から向けられている好意を真っ正面から受け止められる、そんな男になるために――。




 やがて全ての準備が完了し、出航の時を迎えた。


「父上、母上、シャーロット! ジャック・ドレイク、これより人生という名の航海を始めます! 皆様、ご壮健に――!」

『ジャック! 我が愛しの三男坊よ! 無理はするなよ! 辛くなったらいつでも戻ってきて良いんだからな!』

『ふふっ、貴方ったらもう……。ジャック。健康には気をつけて。健やかに過ごしてくださいね』

『お兄ちゃーんっ! 絶対、絶対! シャルのこと、忘れちゃイヤだからねーっ!』


 三者三様の見送りの言葉。

 その言葉に目頭が熱くなってくる。

 だけどここで涙を流して家族を心配させたくない。

 だから俺は湧き上がる感情をグッと堪えて頭を上げた。

 そんな俺の背中を、いつのまにか操縦室に戻ってきていたリリアが優しくさすってくれていた。

 その心遣いに感謝しながら俺は真っ直ぐ前を向く。


「ジャック・ドレイク、行って参ります!」


 その言葉を受けてソールたちが出港シーケンスを進行する。


「全ハッチの閉鎖を確認。船内エアシステムの正常動作を確認。各種システムオールグリーンだよー」

「牽引索解除。慣性航行に移行。エアロック通過後、エレメントジェネレータ稼働準備」

「エレメントリキッド注入確認。ジェネレータ稼働準備完了ー! いつでもいけるよジャック様ー!」

「よし。アルヴィース号、発進だ!」




 船体を固定していた牽引索が音をたてて外れ、船体がぐらりと揺らぐとアルヴィース号は慣性に従ってエアロックに進入していく。

 やがてゆっくりとエアロックの扉が開いた。


「おおーっ……!」


 目の前に広がる果ての無い銀河の星々。

 視界いっぱいの星の海に向かってアルヴィース号は音も立てずに滑り出していく。

 その星の輝きはまるで俺の独立を祝ってくれているかのように煌々ときらめいていた。


「綺麗……宇宙ってこんなに綺麗なんだ――」


 窓から見える光景にリリアが感嘆の声を上げる。


「ああ、俺も初めて見る光景だ」

「あ……ご主人様は独立するまで外に出して貰えなかったですからね」

「まー、誘拐対策やらなんやらでね」


 惑星ダラムで大きな軍事力とそれなりの権力を持つドレイク家を嫌う敵対勢力は多い。

 そのためドレイク家の子供たちは、本拠地である小惑星『マザードック』から出ることなく育てられる。

 勉強は全て一流の家庭教師に教えられ、学校には通ったことがない。


「アーサー兄上は長男だから早々に社交界デビューしていたけど、俺はそういうのから逃げ回ってたしね。だから宇宙に出るのは初体験だ」

「そうですよね。私は奴隷としてあちこちたらい回しにされていましたから、何度か見たことがあるんですけど」


 窓の外を眺めるリリアの瞳はキラキラと輝いている。


「でも宇宙がこんなにも綺麗だなんて、思ってもいませんでした」

「そっか。これからは俺がリリアにずっと綺麗な宇宙を見せてあげるから、楽しみにしてて」

「はい!」


 もう二度と悲しい奴隷になんてしない――そんな決意を込めた俺の言葉を、リリアはしっかりと受け止めてくれた。


「エアロック通過確認。姿勢制御良好。エレメントジェネレータ正常稼働を確認」

「巡航速度安定ー。ジャック様ー、まずはどこに向かうつもりー?」

「そうだな。何はなくとも先立つものを調達したい」


 ドレイク家の家訓である独立は準備から始まる。

 最初に両親から託された百万クレジットの準備金をどう使うかが第一関門となっているのだ。

 一クレジット、日本円にして一円程度の価値基準だから百万クレジットはそれなりに大金と言えるが、独立準備金として考えるとそこまで多くはない。

 アーサー兄上はその百万クレジットを元手に起業し、貴族たちからの融資によって傭兵団を立ち上げた。

 ハリー兄さんも同様に百万クレジットを元手に起業し、今では辺境宙域でも有数の流通会社を経営している。

 エラ姉さんはハリー兄さんが立ち上げた起業に投資して資産を増やしてから独立した。

 そんなエラ姉さんの真似をして俺も独立準備金をハリー兄さんに投資し、その見返りで独立の準備を完了させた、という感じだ。


「独立のために貯金をはたいたから、今は懐が寂しいんだよなぁ」

「なら、グレース様みたいに一攫千金狙っちゃうー?」

「いやいや俺がグレース姉上の真似なんかしたら破産直行だぞ」

「確かに。あの人の豪運はかなりおかしい」

「だろ?」


 グレース姉上は準備金を全て公営ギャンブルである宇宙競艇につぎ込み、倍々レースで資産を増やした。

 しかも一回も外すことなく、百パーセントの的中率で、だ。


「ははっ、まぁあの人は女神……いやこの世界に愛されてる人だから」


 幼い頃からグレース姉上の豪運逸話は山ほどあるのだが……。

 いつか語る日があるかもしれない。


「とにかく。兄姉たちと違って伝手も商才も豪運もないんだから。俺は地道にコツコツ稼いでいくよ」

「ふむ。なら提案」


 俺の言葉を受けてマーニが挙手する。


「何か良い案があるのか?」

「ダラム星系の隣。アントン星系とチャールス星系の国境付近に、カリーンという中継ステーションが存在する。そこに向かうべきと提案」

「カリーンって確か両星系の国境近くにある小規模ステーションだっけ」

「ん。チャールスとアントンは時折、小競り合いを起こしている。そういう場所には裏の人間が集まりやすい」

「なるほど。そこで情報を仕入れるってことか」

「ついでにカリーンには傭兵ギルドの支部もあるからねー。周辺の違法者アウトローを狩れば資金稼ぎもできるよー」

「それは有り難いけど、俺はまだ傭兵ギルドに登録してないぞ?」

「その辺りは抜かりない。すでにマーニがやっておいた」

「え、マジか。助かる! マーニ、ありがとう!」

「ん。マーニはジャック様の役に立てて満足」


 俺に感謝されてマーニはムフーッと鼻息を荒くする。

 その横からリリアが不思議そうに質問してきた。


「あの、ご主人様。傭兵ギルドって何ですか?」

「傭兵ギルドっていうのは宇宙艦を使った戦闘行為を含めた業務に従事する者が登録する、互助組織みたいなものだよ」


 この時代、企業や国に所属する艦艇以外は、何らかの組織への登録が義務付けられている。

 アーサー兄上が経営する民間軍事会社も所属する全ての艦船を『傭兵ギルド』に登録しているし、ハリー兄さんが経営している商社に所属する艦船は『商業ギルド』に登録済みだ。

 それともう一つ。

 マイナーではあるが活気のあるギルドが存在する。

 宇宙の果てを目指して未開拓宙域フロンティアを開拓する民間人たちが所属している『冒険者ギルド』だ。

 浪漫を求めて宇宙を征く民間人のことを『冒険者』と呼び、艦船持ちの冒険者たちは全て『冒険者ギルド』への登録を『銀河連邦法』によって義務づけられている。

 内情は『傭兵ギルド』と殆ど変わらないが、未開拓宙域で活動する場合は『冒険者ギルド』への登録は絶対にしなければならない。

 そしてギルドに所属している傭兵や冒険者は、違法者アウトローを捕縛して官憲に引き渡すことで収入を得ていた。


「アルヴィース号は『ソル星系第七辺境宙域第一惑星圏本星ダラム所属、ドレイク子爵家の所有物』として登録済みなんだけど、独立した後じゃ、その登録を変更しなくちゃならないからね。できるだけ早く傭兵ギルドに登録しようとは思ってたんだ。で、忙しくてすっかり忘れてたのをマーニがやっておいてくれたって訳」

「なるほどぉ……さすがマーニさんですね」

「ふふふっ、ブイッ」


 感心するリリアにマーニは誇らしげにピースをしてみせた。


「じゃあこれからカリーンっていうステーションに向かうのですか?」

「そうだね。カリーンなら傭兵としての仕事も多いだろうし。しばらくはカリーンで資金稼ぎと情報収集かな」

「その後はどうするー?」

「まずはテラに行こうと思う」


 ソル星系第一宙域本星『テラ』。

 それは人類発祥の地である惑星の名称だ。


「俺が五千年前にいた星だし。一度は実際に見ておきたい」

「……そう。テラに行ってどうする?」

「へっ? どうするって……」

「テラは今、大気汚染によって上陸不可能になってる死の星だよ? それでもジャック様はテラに向かうー?」


 ソールとマーニの二人が珍しく真面目な表情で俺の返事を待つ。


「そうだな。例え上陸できなくても、一度はこの目で見ておきたいな」

「そう……了解した」


 言いながら、マーニは何やらソールに目配せをしたようだ。

 そんなマーニの目配せに、


「ん。分かってる」


 何やら真剣な表情でソールが答えていた。


(なんだろ? また『言えないこと』の一つ、なのか……?)


 二人の様子が気になるものの、今までのこともある。

 尋ねたところで『言えない』と言われてしまえば、それ以上の追求はしたくない。


(二人が言ってくれるまで待つしかない、か……)

「それよりさー、目的地が決まったのなら転移魔法のテスト、しておいた方が良いと思うんだけどー」

「ああ、そのつもりだ。アルヴィース号に搭載しているマナジェネレータの魔力じゃ長距離転移は厳しいだろうけど、カリーンなら近からず遠すぎずで良い距離だしな」

「ん、了解。ならリリア。あなたも管制席に座って手伝う。艦の運用については一通り教えたはず」

「あ……はい! すぐに!」


 マーニに促され、リリアが空いた席に座って制御卓を操作する。


「リリア、いける?」

「大丈夫です。私だって、ソールさんとマーニさんに色々と教わりましたから……! ご主人様のお役に立てます!」

「分かった。じゃあ任せるよ」

「はいっ!」


 管制卓コンソールにかじりついたリリアの横で、マーニたちが複数のディスプレイに表示されるデータを確認しながら進捗を報告する。


「カリーンの空間座標割り出し完了。統合管制AIマスターコントローラーとマギインターフェースの接続を確認」

「動力をエレメントジェネレータからマナジェネレータに移行。……マナジェネレータ正常稼働を確認したよー」

「魔力充填を確認。ジャック様、転移魔法発動の準備を」

「了解」


 マーニの指示に従い、管制卓に備え付けてある魔法行使用のマギインターフェースに手を置いた。

 このインターフェースは魔法を行使するときに統合管制AIと連動して座標や出力を調整する装置だ。


「転移魔法構築」


 体内の魔力を高めて転移魔法を発動させると、マギインターフェースに転移魔法の魔法陣が浮き上がり、それと同時に魔法陣がアルヴィース号の周囲に出現する。


「魔法発動を確認。AIとのリンク正常。空間座標チェック……OK。転移魔法発動準備完了」

転移ワープ!」


 俺の声と共に転移魔法が発動し――アルヴィース号は瞬く間に数十光年を跳躍した。


「ワープ完了。空間座標確認――ソル系第七辺境宙域第四惑星圏アントン近傍への到着を確認」

「ふぅ。無事、転移は成功したな」

「ん。位置ずれは誤差の範囲。座標取得が困難な宇宙空間に魔法陣を描くなんて魔導科学すごい」

「科学と魔法の融合なんて、ソール考えたこともなかったよー」

「ふぁぁ、すごいです。一瞬でアントンの近くに到着しちゃいました! これが魔法の力!」

「リリア、呆けてないで周辺宙域の確認」

「あ、はいっ! えっと……レーダーに艦影なし! です!」

「ありがとうリリア。これでテストは無事完了だ」

「でも転移先に誰かいた場合を考えると、ちょっと使いにくいかなー」

「魔導科学はまだ知られる訳にはいかないこの時代には過ぎた技術。ほいほい使うのは考え物」

「確かになぁ」


 魔導科学――魔法と科学を融合させた俺独自の技術だが、科学のみが進んだこの時代にあって異端で異質……というよりも異常で異様な代物だ。

 はっきり言って今の人類にとっては『過ぎた技術』だろう。

 もしこの技術を悪用すれば――。


「って、それも今更か」


 俺自身が魔導科学によって得たアドバンテージを利用して、自分の願望を達成しようと考えているのだから。


「とにかくテストは無事に終了した。他の艤装もおいおいテストしていくとして、今はカリーンに向かおう」

「りょーかいでぇ~す! マナジェネレータ接続解除。エレメントジェネレータ再稼働を確認。通常航行でカリーンにしゅっぱーつ!」



---

 カリーンまではおよそ三日の道のりだ。

 航行の間、俺たちは船内設備のチェックや機材の微調整に精を出す。

 だがそれも二日で全てが完了し、カリーン到着までの時間にぽっかりと穴が空いてしまった。


(艦の運航はAIに任せているからやることがないんだよなー)


 船長室――と言っても小型宇宙艦であるアルヴィース号の部屋は狭い――でベッドに寝っ転がりながら暇を持て余していると、


『あの、ご主人様。リリアです』


 インターホンからリリアの声が聞こえてきた。


「開いてるよ。入って」

『は、はいっ!』


 返事と共にドアが開き、メイド服姿のリリアが入室してきた。


「なにかあった?」

「あ、いえ、その……あの……」


 モジモジと身を捩るリリアに首を傾げながら、


「とりあえず座って。お茶でも淹れるよ」


 俺は備え付けのポットから紅茶を注いだ。


「あ、そんなの私がやります!」

「良いから良いから」

「あぅ……」


 恐縮するリリアを椅子に座らせて紅茶を注いだカップを渡す。


「それで……どうかした?」

「あの、えっと……」

「……?」

「あの! 私! ご主人様と! セックスしに来ました!」

「ブーッ! な、な、何を突然っ!?」


 唐突過ぎて飲んでた紅茶を噴き出しちゃったじゃないか!


「突然じゃないです! 私、私……ご主人様の側仕えになってから、ずっとずっとご主人様とセックスしたいと思ってました!」


 顔を真っ赤にしながら、リリアはトンデモナイことを口走った。


「ま、待って待って。リリア、言ってる意味、自分で分かってるっ!?」

「わ、分かってます! だ、大丈夫です! 私、冷静ですから!」


 鼻息荒く答えたリリアは、


「その……やっぱり、亜人奴隷の私ではご主人様のお情けを頂くことは無理でしょうか……?」


 一転、ショボンとした顔で項垂れた。


「亜人とか奴隷とか。そんなの全然関係無いよ。だって俺にとってリリアはリリアだから」

「じゃあ、あの……私はご主人様とセックスしたいです!」

「……」


 リリアの言葉を受けて、俺は考え込んでしまった。


(そのリリアの気持ちは、本当にリリア自身で決めたこと? マーニたちに影響されているんじゃないか?)


 ソールやマーニたちの使命――それは俺が童貞を捨てられるように環境を整えることだと二人は言っていた。

 そんな二人に唆されているんじゃないか? という疑念を持ったまま、リリアと関係を持つのはどうなんだ? という思いがある。


(俺だってリリアのことが好きだ。綺麗で、優しくて、良く気が付いて、俺のことを第一に考えてくれる。俺に幸福をくれる最高の女の子だ)


 だからこそリリアと結ばれたいと思うけれど。

 そこにソールたちの影響があったとすれば、リリアの告白を素直に受け止めることができなくなってしまう。


(……でも、本当にそれで良いのか?)


 事実として、今、俺の目の前で顔を真っ赤にして思いを伝えてくれている女の子がいるんだ。

 裏がなんだ、影響がどうだと言う前に、俺は真っ正面からその思いを誠実に受け止めるべきなんじゃないか?


(……よし)


 頭の中を駆け巡る様々な感情をねじ伏せ、俺はリリアの顔を正面から見つめた。


「本当に良いの?」

「あ……はいっ!」


 羞恥に顔を赤くしながら、それでも俺の目を真っ直ぐに見返し、潤んだ瞳で俺の行動を待つ。

 そんなリリアの姿を見て胸の中が愛おしさでいっぱいになった。

 その愛おしさに素直に従う。

 それが今、俺が取るべき行動だ。


「これから先、俺もリリアも大変な目に遭うこともあるかもしれない。だけど俺はきっとリリアを守るよ」

「私も……私もご主人様を守ります! ご主人様のために頑張るし、ご主人様のために生きます! だから、だから私を……ご主人様のモノにしてください!」


 感極まったのかリリアは涙声で言いながら俺に抱きついてきた。

 その身体を抱き締めながら、


「抱くぞ?」


 俺はそう宣言してリリアをベッドに押し倒した。


「はい……抱いてください、ご主人様……♪」




 こうして――俺とリリアは結ばれた。

 感想としては、


「なんか温かくてヌルッとしてて全身を抱きしめられる感覚で――とにかく幸せな気持ちに包まれていたことしか覚えてない……」


 百三十何年に渡って守られてきた俺の童貞を好きな女性に捧げることができた――最高の童貞喪失体験だった。

 もちろんそれだけじゃない。

 リリアと繋がったことで改めて自分の中に浮かんだ決意があった。

 リリアを守りたい。

 リリアを笑顔にしたい。

 リリアを宇宙一幸せにしたい。

 そんな気持ちが溢れ出していたのだが――。


「これだから童貞喪失した直後の元童貞は」


 夕食時、なぜか出された赤飯を食しているとマーニが鼻を鳴らして嘲笑った。


「な、なんだよ。好きな人と結ばれた後でそう思うのは当然だろ」

「あぅ、好きな人――」


 俺の言葉に頬を赤らめて俯いたリリアを見て、言った俺自身も恥ずかしくて顔を赤くなってしまう。


「あーはいはい、ラブラブしぃラブラブしぃ~」

「フッ、入れ込みすぎですねこの元童貞」

「なんだよ! 何が悪いんだよ!」

「いや別に悪いとは言ってないけどー?」

「一発ヤッただけで老後の計画まで考えてそうで滑稽こっけい

「ぐぬっ……」


 確かに!

 考えて!

 いたけれども!


「ぶっちゃけ重いんだよねジャック様ー。そんなだからソールたちに元童貞って嘲笑ちょうしょうされるんだよ?」

「嘲笑してたのっ!? ただ揶揄からかわれているだけだと思ってたよ俺は!」

「まぁリリアは嬉しそうだから別に良いんだけどさー。あんまり将来のこととか考えすぎないほうが良いよー?」

「したあとで子孫の事まで考えてそうで怖い」

「そんな将来のことまでがっつり考えてる訳じゃないからなっ!?」

「でも?」

「……ちょっとは考えたけど」

「うわっ、怖っ! ジャック様、怖っ!」

「い、いや冗談! 考えてない! 考えてないからガチで怯えないで!」

「やれやれ。ジャック様がこんなになるまで放置されていただなんて。……やっぱりマーニたちもお姉様に遠慮せずに手を出していれば良かった」

「ほんとだよねー。ジャック様、拗らせすぎー」

「ぐぬっ……」


 百年以上の付き合いのある女神二人に言われたら反論もできない。


「と、とにかくだ! これでおまえらの使命とやらの障害はなくなったんだろ! もういい加減、俺を弄るのはやめてくれよ!」

「もう次のセックス相手を所望とか元童貞怖い」

「ほんとだよー。今はもっとちゃんとリリアを可愛がってあげなきゃー」

「ああ、もう! ああ言えばこう言う――っ!」

「あ、あの! 私は大丈夫、ですから!」


 二人のツッコミにどう言い返そうかと考えていた時、突然、リリアが大きな声を上げた。


「私は大丈夫ですから。だからご主人様は私のことは気にせず、たくさんの女性と仲を深めて下さい!」

「リリア? どうしたんだよ、急にそんなこと――」

「急じゃないです……私、昔から、ご主人様はきっと大きなことを成し遂げる方だって信じてました」


 真面目な表情のリリアが俺を真っ直ぐに見つめながら言葉を続ける。


「ご主人様の側仕えになってから、ずっとずっと、私はご主人様のことだけを見つめてきました。だからご主人様のことならなんでも分かるんです。ご主人様はきっとすごいことを成し遂げて皆を幸せにしてくれる人だって」


 溢れ出そうとする感情を抑え込むように、リリアは深呼吸をした後、再び口を開いた。


「みんなを幸せにしてくれるご主人様だから。だからきっと、ご主人様を幸せにする人も、一人じゃなくてたくさん居るだろうなって」


 ついっ、と伏せた瞳に小さな煌めきが見える。

 それは悲しみの涙なのか。それとも――。


「だから私、平気です! ご主人様を一人占めしたくない。ご主人様を慕うみんなと一緒にご主人様を愛したい。それが私の幸せなんです。だからご主人様。私のことなんて気にせず、たくさんの人たちを愛してあげてください!」


 一気に捲し立てたリリアは、だが全てを伝えたという満足感があるからだろうか、すっきりとした表情で笑顔を浮かべていた。


「あーあ。ジャック様がごちゃごちゃ言ってるから、リリアにこんなこと言わせちゃってー。やっぱり元童貞は頼りないなぁ」

「お、俺のせいなのっ!?」

「そうに決まっている。本当にこれだから元童貞は。でもリリア。ナイス宣言」

「え、えへへ……私、ご主人様のことが大好きですから。ご主人様の足枷にはなりたくないなって考えたら、今、言わなくちゃって――」

「あなたの覚悟とジャック様への深い愛に、マーニは素直に敬意を表する」


 そう言うと、ソールとマーニが両脇からリリアを抱き締めた。


「リリアの勇気ある宣言のお陰でソールたちも頑張れるよー。ありがとうね、リリアー!」

「ええ。これでマーニたちも使命を果たせます。いいえ、使命だけじゃなく前世からの夢を叶えることができます」

「はい……私、頑張りました。でも次はソールさんたちの番です。私、応援してますから、頑張ってくださいね!」

「おー!」

「ん」


 リリアの言葉に頷きを返した二人が、グルッと頭を巡らせて俺を見る。


「な、なんだよ……?」

「なんでもない。とりあえずジャック様はさっさと食事を終える」

「えっ? 今、食べ始めたところなんだけど」

「それでもさっさと食べてよねー!」

「わ、分かったよ。ったく、なんでそんなに急かすんだか……」


 ソールたちに急かされながら赤飯を口に掻き込む。


「それにしても今日のお夕飯は不思議ですね。お米がこんなに美味しいとは思わなかったですし、それに赤い色がついてて……」

「これは赤飯という。米には小豆の色が付着している」

「正確には餅米とゆでた小豆を煮汁と一緒に炊くから、ご飯が赤くなってるんだけどな」

「ジャック様の懐かしの料理なんだよねー?」

「ん、まぁお祝い事とかに炊く、縁起物のようなものかな」

「お祝い事? あ……」


 なぜお祝い事を? という疑問の答えに行き当たり、リリアは顔を真っ赤に染めた。

 うーん、そういう仕草、ほんと可愛いなぁ――。


「ニヤニヤジャック様キモーイ!」

「キモイってなんだキモイって。その単語はほんと、簡単に人の心を傷付ける言葉なんだから注意して使ってくれよ? 俺のハートはガラスだぞ?」

「そんなことを言っているからお姉ちゃんにキモがられる」

「ぐぬっ……」


 くそぅ、やっぱりこの二人には口では敵わない!


「あの、マーニさん! お赤飯の作り方、私に教えて頂けませんか?」

「別に構わない。今度、レシピをまとめておく」

「ありがとうございますっ! えへへっ、じゃあ今度、お祝い事があったときは、私がお赤飯を作りますね!」

「ううっ、リリア、ほんとにいいこだー……!」

「ふふっ、そのときは任せる」

「はいっ!」


 三人が仲良くしている様子を見ていると自然と笑みが漏れてしまう。


(みんな俺にとって大切な仲間だ。その仲間たちが仲良くしているのを見ると、しみじみと幸せを感じるなぁ……)

「まーたニヤニヤしてるよー。ジャック様、そのクセ、直さないとほんと気持ち悪いよー?」

「う、うるさいな。仲間たちの仲良しなところを見て幸せを感じて、何か悪いことでもあるのかよ!」

「そんなことはない。そんなことはないが……ジャック様はごちゃごちゃ言ってないでさっさとご飯を食べ終える」

「わ、分かったよ……!」


 ううっ、やっぱりこの二人には口では敵わない――!




 それから――。

 急かされて夕食を食べ終えた俺は二人に両脇を抱えられ、船長室まで連行された。

 そこで何が繰り広げられたかというと――。


「ううっ、腰が痛い……」


 ミレニアム童貞を喪失した直後、なぜに俺は初スリーピー喪失を経験せにゃならんのか。


「まさか二人同時とは思わなかった――」

 溜息を吐く俺の横では、なぜか顔をツヤツヤさせて元気いっぱいのソールとマーニが鼻歌混じりに管制席に座っていた。


「せめて何か言ってから襲いかかってくれよ。こっちにだって心の準備ってものがあるんだからさ」

「文句言うとか元童貞のくせにナマイキだぞー、ジャック様ー」

「俺だってこんなこと言いたくないわ! けど、リリアと結ばれた直後に二人となんて、こんなの安っぽいハーレム小説みたいじゃないか!」

「ほお。ジャック様は自分がハーレムの主と言いたいと?」

「え? 違うの?」

「やれやれだよー。ほーんと元童貞はすーぐに頭の中がピンクに染まるんだからー。厄介すぎー」

「うぐっ……なんだよ。俺、別に間違ったこと言ってないだろ?」


 複数の女性と関係を持つ男のことをハーレムの主と言うんじゃないのか?


「そもそも、マーニたちを所有していると思っていること自体、元童貞の勘違いでしかない」

「そうそう。上から目線で言われても困るって言うかー」

「なんだよ? どういうことだよ?」

「ジャック様は察しが悪い」

「そーそー! ジャック様、逆だよー、逆ー!」

「逆? 何が?」

「ジャック様がリリアやマーニたちのハーレムの主なんじゃなくて、逆」

「逆……?」

「つーまーりー。リリアやソールたちがジャック様に所有されてるんじゃなくて、ジャック様がリリアやソールたちに所有されてるってこと!」

「ん。つまりジャック様はマーニたちの共有ブツということ」

「だから逆って言ったんだよー?」

「なる……ほど?」


 つまり俺はハーレム小説の主人公じゃなくて、美少女たちに飼われる耽美系小説の登場人物だった?


「なんだよそれ! どうして俺が共有されなくちゃならないんだよ!」

「その認識が必要だから」

「そーそー。将来の危機を回避するためにもね!」

「将来の危機? なにそれ? どういうこと?」

「今後、ジャック様が活躍すればその力を慕って女の子がどんどん集まってくるようになる。そのときジャック様がハーレムの主だった場合、確実に起こる問題がある」

「問題? そんなのあるのか?」

「誰がジャック様に一番愛されているか、女の子たちの間で競争が起きる可能性があるってことだよー」

「そう。主に気に入られているかどうかの競争が始まる。その競争は一つ間違えばハーレムが崩壊する危険を孕んでいる」

「だから、ジャック様がハーレムの主なんじゃなくて、ジャック様をみんなで共有するって認識が必要なんだよ」

「そうすれば誰が一番かを競うことはなくなる。誰かのモノならば欲しくなる。自分のモノなら守りたくなる。それが女の性」

「おい、さらっと全世界の女性に喧嘩売るな」

「そのつもりはない。でも歴史を見れば分かること」

「もちろん、変なことになりそうな女の子はリリアと協力して排除していくつもりだけどねー♪」

「怖いこと言うなぁ……」

「それもこれもジャック様の幸せには必要なこと。ジャック様を慕う女の子たちでジャック様を共有する。するとどうなるか」

「どうなるんだ?」

「共有物だから大切にしようってなるんだよ」

「ほんとかよ」


 とは言ったものの、女性と特別な関係になったのは前々世から数えて百数十年経過した昨日が初めてのことなのだから反論しようがない。


「分かった、というか俺には良く分からんことが分かったから、もう全部任せる」

「ん。それが賢明」

「うんうん、ソールたちにお任せだよー!」


 自分たちの方針が受け入れられたからか、ソールたちは機嫌がよさそうに笑顔を見せた。




 そんなこんなで宇宙船での生活に慣れだした頃、俺たちを乗せたアルヴィース号は無事に小規模ステーション・カリーン周辺宙域に到着した。



---

「管制より第九ポート入港の許可が出た」

「よし。管制に従って入港してくれ」

「了解」

「ジャック様ー。カリーンに上陸してからどうするのー?」

「まずはみんなで傭兵ギルドに行くつもりだ」


 マーニが傭兵ギルドに登録しておいてくれたし、ギルドカードもデジタルデータとして受信しているから実際にギルドに行く必要はない。

 だが俺もリリアもギルドって場所を見たことがないのだ。

 後学のためにも実物をこの目で見ておきたい。


「あの、ご主人様。念のため食材の補充なんかもしておきたいのですが」

「そうだね。なら傭兵ギルドを見学したあとはショップに寄ろうか」

「ありがとうございます!」

「いいなー。ソールも行きたいー!」

「マーニはアルヴィース号の予備パーツを調達しておきたい」

「それも必要だな。まぁ今の貯蓄じゃ高いものは買えないが……ギルドの後は食材と予備パーツの買い出しに行こう」

「おーっ!」




 入港を終えたアルヴィース号からステーションに降り立つジャック一行を、一台のカメラが正確に捉えていた。


「お頭、なんだか妙な船が入港したみたいですぜ」

「妙な船だぁ?」

「小型宇宙艦ですが艦首に描かれているマークが妙でして」

「良いからモニターに回せや」

「へい」


 艦長らしき無頼漢の指示を受け、中央モニターに第九ポートを映すカメラ映像が映し出された。


「髑髏に湾刀サーベルの艦首旗か……なるほど」

「このマーク、確かダラムを根城にしてるドレイク一家の?」

「おう。俺たち海賊の面汚し一家の旗印だな」

「そんなマークを付けた小型艦ボートがなんでカリーンなんかに」

「確かドレイクの三男だか四男だかが独立したとかなんとかって情報が裏に回ってたはずだ。恐らくそれだろうな」

「はぁん? あんなガキが独立ですか。宇宙を舐めてやがりますね」

「丁度良い。海賊の癖に貴族に尻尾を振ってやがるフランシスの野郎にはハラワタが煮えくり返ってたんだ。ガキを拉致って野郎に吠え面掻かせてやる!」

「おお、やりますか、お頭ぁ!」

「やらいでか! 見たところ、まだガキだが見目のいいアールヴの奴隷も連れてるみたいだからな。奪って皆で楽しむとしようや!」

「ひゃっはーっ!」

「野郎ども! 上陸すんぞ! 狩りの時間の始まりだぁ!」

「うぇーいっ!」



---

 その頃、ジャック一行は――。




「小規模ステーションとは言え、一通りの施設は揃ってるんだな」

「そりゃそうだよー。カリーンはこの辺り一帯の補給基地の側面もあるステーションだし」

「でもアントン星系とチャールズ星系の国境間際に位置する関係上、平時は正規軍が立ち寄ることができない」

「それってどうしてです?」

「カリーンはチャールズ星系に所属している。でもアントンにも近い。ここに正規軍を駐留させるとアントンが抗議する」

「なるほど。攻めてくるかもしれない軍隊が国境の近くに居るのはイヤですもんね」

「そういうことー。誰だってすぐ傍に軍隊を置かれるのはイヤだしねー」

「交戦中ならいざ知らず、チャールズもわざわざアントンの嫌がることをして刺激したくない、という思惑がある」

「それで正規軍が立ち寄れないんですか。なるほどー……」

「そういう事情があるからカリーンにはアントン、チャールズ両星系で暴れ回る違法者アウトローたちが集まってくるんだよー」

「傭兵の出番って訳だな」


 正規軍が駐留していないカリーンステーションに人が集まることで物資の流通が活性化し、増加した貨物船を狙う海賊行為が横行し、海賊行為が横行することで傭兵たちが集まり、カリーンステーションに人が集まる――。


「でも……それじゃあカリーンステーションはもう安全なステーションには戻れないってことなんでしょうか?」

「傭兵たちが違法者を駆逐し尽くした上で、継続的に治安の維持ができれば目はあると思う」

「だけど今の時代は違法者も多いからねー。ソール、正直に言うと今の時代は人が多すぎると思うんだよねー」

「人が多いから違法者も増える、か……」


 この時代の人口はおよそ六百億人以上と言われているが、それも正規にカウントされている者のみの数値だ。

 非正規の存在――奴隷などもその内に入る――を数えれば、もっと大きな数値になるだろう。


「駆け出し傭兵のジャック様にとっては良い猟場と言えなくもない」

「そういう見方もあるか。よし、とにかく一度、傭兵ギルドに向かおう」


 傭兵ギルドのカリーン支部はステーションの中央を真っ直ぐに貫くストリートに存在する。

 そこに向かっている途中――、


(ジャック様ー。ソールたち尾行されてるみたいだよー?)

(尾行?)


 ソールの報告を受けてすぐさま探知魔法を発動する。

 すると視界の片隅に半透過ウィンドウが出現し、周辺の生物がマーキングされて表示された。


(青は味方、白は中立、赤は敵意のある存在と。なるほど。俺たちの背後に四人。左右に二人ずつ居るな)


 探知した敵対者に『分析アナライズ』をしかけると、名前やステータスの他に所属が表示された。


(ガンバン一家……違法者集団の名前かな)

(どうするー?)

(んー……今は相手の出方を見ることにする)

(ほーい)

「あの、ご主人様、どうかされましたか?」

「大丈夫。なんでもないよ。それよりちょっと急いでギルドに向かおうか」

「はぁ……」


 得心のいかないのか、小首を傾げるリリアの手を引きながら、足早にその場から移動する。

 俺の横ではソールがマーニに目配せしてさりげなく周囲の様子を観察していた。


(なにか分かるか?)

(んー……とりあえずみんな武装してるってこと。あと、目標はジャック様っぽいことぐらいかなー?)

(俺が目標? ということはガンバン一家っていうのはカリーンを根城にしている海賊か?)


 ドレイク家は私掠船免状を持つ公的な宇宙海賊だ。

 そんなドレイク家を『貴族に尻尾を振る犬』と侮蔑し、敵意を向ける違法者は多い。


(俺を攫って身代金をせしめようってところだろうが、今は良いさ。さっさと傭兵ギルドに向かおう)

(ほーい)




 俺たちはさりげなく周囲を警戒しながら傭兵ギルドへ向かった。

 ほどなくして商業施設が並ぶカリーンの中央ストリートの中でも、一際、異彩を放った建造物が見えてきた。

 大盾タワーシールドの上に交叉した二本の銃剣のエンブレムが外壁に描かれた堅牢な建物。

 それが傭兵ギルドのカリーン支部だ。

 支部の建物を見上げたリリアが、


「ふわー……なんだかすごく厳めしい建物ですね」


 口をポカンと開けながら感想を漏らした。


「組織の性格上、常に仮想敵への備えはしておかないとならないからね。荒事が起こったときに防衛拠点としても活用できるよう、堅牢な造りになっているらしいよ」

「仮想敵、ですか。なんだか物騒ですね……」

「まー、今の世の中、物騒なことが多いからねー」

「今、まさに物騒な連中に目を付けられているしな」

「へっ?」

「さっさと用事を済ませて艦に戻るに限る」

「マーニの言う通りだ。ほらリリア。ギルドに入ろう」

「あ、はいっ!」


 後ろから追いかけてきたリリアを伴ってギルドの中へ入り、ずらりと並んだ窓口の一つに声を掛けた。

 ギルドへ来た目的は観光という側面もあるが、何よりここでしか手に入らない周辺宙域の情報が欲しかったからだ。


「すみません。カリーン周辺の違法者アウトローの情報が欲しいんですけど」


 そう声を掛けると、端末を操作していたメガネの受付嬢が胡乱げな表情を俺に向けた。


「あなたのような子供が違法者の情報が欲しい? 子供の冗談に付き合っている暇はないです。さっさと帰って下さい」

「あ、いや、俺、これでも一応、傭兵ギルドに登録しているんですけど」

「はぁ!? そんなはずはありません! あなたのような子供が――!」

「いや本当ですって。ほら、コレ」

「うん? ううーん? ジャック・ドレイク……えっ!? まさかあなた、ダラム星系の良心、正義の海賊ドレイク一家の身内の方!?」

「は、ははっ、正義の海賊かどうかは知りませんけど、そうです。三男のジャックって言います」

「それは――あ、本当ですね。データベースにもちゃんと登録されてる……ううっ、大変失礼致しましたーっ!」


 デスクにおでこをぶつける勢いで頭を下げた受付のお姉さんに、


「いやいや全然大丈夫ですから! そんなに恐縮しないでくださいって!」


 慌てて頭をあげるように促した。


「こんな子供が違法者のことを聞いたら、そりゃ何かあるのかって疑いたくなるのも当然ですし! 俺は気にしてませんから!」

「ううっ、すみませんぅぅぅぅ! 傭兵ギルドがとてもお世話になっているドレイク家の方とは知らずにぃぃぃ……!」

「いやいや、もう全然大丈夫ですから。ほんと普通にしてください。お願いします」

「ううっ、すみません……」


 しょぼくれながら謝った受付のお姉さんは、ハンカチで眼鏡のレンズを拭うと再び顔をあげてくれた。


「あの、私! これでもカリーン支部の受付を長く担当していますから。ギルドのことなら何でも聞いて下さいね!」

「ははっ、それじゃあギルドについて簡単に説明してもらえますか?」

「任せてください!」


 汚名挽回とばかりに気合いを入れる受付のお姉さんに、ギルドについて思いついたことを質問する。


「じゃあまずはランク制度の詳細を説明してもらっても?」

「お安い御用です!」


 張り切って返事をしたお姉さんが、タブレット端末にランク表を表示させながら説明を始めた。




 要点はこうだ。




 傭兵ギルドに所属する傭兵は所有艦艇数とギルドへの貢献度によってランク分けされる。

 駆け出しの傭兵はGランク。

 今の俺たちのランクだ。

 Gランクで依頼をこなし、継続的に違法者と渡り合える実力があると認められたら次のランクにランクアップできる。

 次は単艦で依頼をこなすFランク。

 Gランクと殆ど変わらないランクだが実戦を経験していることが保証されているランクのため、ギルドや依頼主からの信用はそれなりに高い。

 単艦もしくは少数の艦――これを隊と呼称する――で行動し、且つ達成した依頼が一定数を超しているとEランクになれる。

 この辺りまでが単艦もしくは隊で違法者と渡り合う個人経営の傭兵が到達できる最高ランクだが、それ以上のランクを目指す場合はそれなりの艦数を揃える必要がでてくる。

 小艦隊――二個以上の隊の呼称――を組み、且つ依頼達成数が一定を超えている集団にはDランクが与えられ、Dランクより更に多くの依頼達成数ががあればCランクが与えられる。

 この辺りが小規模傭兵団が到達できる最高ランクと見ていい。

 それ以上――。

 例えばBランクになる場合、中規模クラスの艦艇で戦隊を組み、尚且つ、依頼達成率も高い水準を維持していなければならない。

 その上のAランクは規定として十隻以上の艦船で艦隊を組んでいなければならないため、殆どが傭兵団やPMCといった企業に占められている。

 ちなみにドレイク家は私掠船免状を持つ公的な宇宙海賊として登録しており、ドレイク一家の傭兵ランクはAランクだ。




「Aランク以上になりますとSランク、SSランクが存在していますが、こちらは特殊ランクになりますね」

「特殊ランクなんてあるんですね」

「ええ。特殊ランクは社会に影響を与えるような事件や事故などを解決した傭兵に与えられる、名誉ランクのようなものです」

「なるほど……となると普通の傭兵には縁遠そうだ」

「そうですねー。それなりに長い傭兵ギルドの歴史の中でも、特殊ランクになれたのは十人にも届きませんから」

「へぇ……それでも十人居るんですね」

「一応居ますよー。八百年前、未開拓宙域の惑星が未知の宇宙生物に襲われたとき、たった十隻の艦艇で宇宙生物を撃退した『魔獣狩人モンスターハンター』ラウール・ゴンジスティアーノとか」

「ああ、確かその事件、教科書にも載ってましたね」

「有名ですからね。突如現れた謎の宇宙生物によって惑星に住む住人たちが食い殺されている中、たった十隻で宇宙生物を撃退し、多くの住人を保護した英雄! かっこいいですよねー♪」

「確か辺境を襲った謎の宇宙生物は今も謎のまま、なんでしたっけ」

「そうですね。回収された死骸は銀河連邦直属の研究機関に回収されて、今も研究されているらしいですけど。生態が解明されたって話は聞いたことがありませんね」

「八百年も前なのにいまだ生態が解明されていない生物か。でもそんなことってあるんですかね?」

「んー……」


 俺が漏らした疑問に首を捻った受付のお姉さんが、机から身を乗り出して内緒話をするように囁いた。


(これは噂なんですが……実はもう生態は判明していて、銀河連邦が公表を差し止めている、なんて噂もあるんですよ)

(差し止め? 銀河連邦がそんなことをしているんですか?)

(どうやら銀河連邦の中枢――『古き貴き家門ハイ・ファミリア』が絡んでいるとかなんとか)

(『古き貴き家門』……たしか銀河連邦を立ち上げた由緒ある十二家の貴族のことでしたっけ)

(そうです。その力は経済、流通、学問、科学、政治――様々な分野に隠然たる影響力を誇っているっていう貴族たちのことです)

(その貴族たちが宇宙生物の公表を阻んでいる――)

「まぁあくまで噂なんですけどね!」

「なるほど。そんな噂もあるんですね。勉強になるなぁ」

「ふふふっ、私、これでもギルドの受付をやって長いですから!」


 胸を張った受付のお姉さんが、流れるような手付きで端末を操作した。


「さて本題に戻りましてジャックさんのご質問の件ですが――ギルドが把握しているカリーン周辺宙域の違法者リストがこちらになります」


 タブレットには違法者たちのリストがずらっと表示されていた。


「違法者の拘束依頼、殲滅依頼などがありますが、例えば拘束依頼の違法者を殺害してしまった場合、厳しい取り調べのあと、情状酌量できない場合は連邦警察によって逮捕されてしまいますので注意してくださいね」

「それはなかなか……当然ですけど厳しいですね」

「傭兵と言ってもあくまで銀河連邦が定める法の範囲内でしか活動できませんから。法を守らない傭兵は、それってもう違法者ですし」

「確かに。しかし……多いですね、違法者って」

「人類が宇宙に進出して千年以上。生存領域が広くなればなるほどブラックマーケットも同じように発達しましたからねー。ぶっちゃけ、悪いことした方がお金は儲かりますし」

「はは……ギルド職員がそんなこと言って良いんですか?」

「良くないですけど、これって悲しい現実なんですよねー……。はぁ。私もお給料上げて貰いたいなぁ」


 遠い目をした受付のお姉さんの嘆きに苦笑しながら、リストに掲載されている違法者の中でも一際目立つ懸賞金の掛けられた違法者が目に付いた。

 ガンバン一家の頭目『ガンバン・ドンバン』という違法者だ。


「この殲滅依頼の出ている違法者、依頼料とは別にすごい金額の懸賞金が掛かってるみたいですけど?」

「それはカリーン一帯を根城にしている海賊『ガンバン一家』ですね。主に貴族の艦を標的にしている宇宙海賊ですから、依頼料の他に色んな貴族から懸賞金を掛けられているんです」

「貴族専門の海賊という訳ですか……」

「専門という訳でもないみたいですけど。海賊のくせに軍用の駆逐艦を旗艦とする戦隊を組んでいて、貴族の艦艇を襲撃して身代金を請求するってことを繰り返しているんですよ」

「なるほど。だから貴族たちから懸賞金を掛けられている、と」

「そういうことです。とは言え、この依頼はジャックさんにはまだ早いですね。ガンバン一家は駆逐艦の他に十隻以上の艦艇を保有していますから、Gランクのジャックさんでは太刀打ちできないでしょう」

「十隻以上……となると、最低でもBランクからの依頼ですか」

「そういうことです」

「ふむ……あの、一つ質問があるのですが」

「はいはい! 何でも聞いてくださいね。私、これでもギルドの受付をして長いですから!」


 ムフーッと得意顔を浮かべたお姉さんに、ふと頭に過った疑問を尋ねてみた。


「もし対象となる依頼を受けていないのに、依頼をたまたま達成してまったときって扱いはどうなるんです?」

「その場合は達成後、すぐにギルドに一報を入れてもらえれば依頼達成扱いになりますね。だけど状況によってはペナルティを科せられますから注意してください」

「状況によって? どういう状況なら大丈夫なんです?」

「例えば航行中に襲撃されてそれを返り討ちにした、という場合は自衛権の延長という形でセーフですけど、依頼を受けていない傭兵がギルドへの事前連絡無しに違法者を襲撃した場合、武力の乱用としてペナルティが発生する可能性があります。傭兵って言っても法の範囲内での職業ですから」

「なるほど。つまり銀河連邦が定める法律に沿っていない場合はペナルティが発生するけれど、依頼を受けている場合は――」

「はい。依頼に付随している特例条項によって法的に保護される、という訳です」

「つまり、ルールを守って楽しく傭兵! ですね」

「その通りです! だからもしジャックさんが依頼リストに乗っている違法者を見つけた場合は、武力を行使する前にできるだけギルドに一報を入れてくださいね?」

「分かりました」


 受付のお姉さんの丁寧な説明で疑問はある程度解消できた。


「ひとまずそれぐらいですね。丁寧な説明、ありがとうございます」

「いえいえ! 私は自分のできることをしたまでですよ! あっ、申し遅れました。私、カリーン支部の受付、ピカミィって言います! もしカリーン周辺で何かありましたら遠慮なく相談してくださいね♪」

「そのときはよろしくお願いします」

「はい!」




 傭兵ギルドでの説明を受けた俺たちは身の丈にあった依頼を受けたあと、アルヴィース号が停留している第九ポートへ向かっていた。


「カリーン星域A9ポイントに出没する未登録艦船の調査か。これぐらいなら俺たちにもできそうだな」

「ん。身の丈にあった良い依頼」

「えー。ソールはもっと派手にドンパチしたかったんだけどなー」

「仕方ないですよソールさん。アルヴィースちゃんは小さなお船なんですから」

「でもアルヴィース号の力なら、違法者なんて物の数じゃないと思うんだけどなー」

「確かにそうなんだけどな。ギルドに登録したばかりの今、派手に依頼をこなして周囲に目を付けられるのは避けたい」


 アルヴィース号は俺の編み出した魔導科学の粋が詰まった、オーバーテクノロジー満載のフネなのだ。


「いつかは目立つことになるとは思うけど。今のところはまだ地道にやっていきたいんだ」

「ジャック様正解。お姉ちゃん不正解」

「ブーブー」

「あ、あはは……それよりジャック様。次はどちらに向かわれます?」

「ああ、次は食料品店に行って、その後はパーツ屋を巡って――」


 ソールたちに今後の予定を話していた、そのとき――。


「げへへへっ、ガキのくせにそそる奴隷を連れて歩いてるじゃねーか」

「そっちの奴隷ども、ここに置いていってもらおうかぁ?」


 下卑た笑いを浮かべながら声を掛けてきた四人の無頼漢が、武装を誇示するように見せびらかしながら行く手を遮った。


「なんだおまえら」


 腰にぶら下げた護身用の光子剣フォトンソードに手を添えて、無頼漢たちを牽制しながら『分析』を使う。


(ガンバン一家……)

(ギルドに入る前に見つけた不審者たちだねー。左右に二人ずつ、距離を詰めてきてるよー)

(貴族を標的にしている海賊。つまりジャック様が狙い。どうする?)

(手を出してきたら反撃するからそのつもりで。但し魔法は無しだ)

(りょーかいでぇ~す!)

(ん。リリアはマーニに任せる)

(頼む)

「おいおい、なんだぁ? 俺様たちを前にして、ブルッてメイドに泣きついてんのかぁ?」

「ぎゃははっ! 軟弱な貴族のお坊ちゃんにはお似合いだぜ!」


 ゲタゲタと笑う無頼漢たちの態度をスルーし、俺は真面目な口調で忠告してやった。


「忠告する。俺は傭兵ギルドに登録している傭兵だ。傭兵には自衛の際、火器の使用が法的に許可されている。それを知った上で俺たちの行方を阻んでいるというのならそれ相応に対応させてもらうぞ?」

「対応させてもらうぞぉぉ? ギャハッ! なにを格好つけんてんだぁ、このお坊ちゃんはよぉ!」

「ナマイキな口を利くクソガキにはおしおきが必要だなぁ? なぁそうだろう兄弟よぉ!」

「全くだ! 俺たちにナマイキな口を利いた迷惑料として、メイドどもは俺たちが可愛がってやらぁ!」


 そう言うと無頼漢の一人がリリアに向かって手を伸ばした。

 だが――。


「ぎゃあああっ!」


 その男は断末魔にも似た悲鳴を上げて地べたに倒れ込んだ。


「俺の手が! 俺の手がぁぁぁぁ!」


 抜き放った光子剣の一閃によって手首から先がなくなってしまった男の叫びを無視し、


「忠告はした。だがお前たちはその忠告を無視した。よって傭兵として掛かる火の粉は払わせてもらう」


 腰溜めに光子剣を構えてマーニとソールに目配せすると、二人はメイド服のスカートを翻して短機関銃を取り出して戦闘態勢を整えた。

 なにその銃の取り出し方。カッコよすぎ。


「こちらはこれ以上の戦闘は望んではいない。立ち去るというのなら見逃してやるがどうする?」

「て、てめぇ! このまま引き下がると思ってんのか!」

「おい、てめぇら全員で囲めぇぇぇ!」


 リーダーらしき男の声に反応し、俺たちの左右に伏せていた無頼漢たちが武器を手にして姿を見せた。


「クソガキがぁ! おいおまえら、殺っちまいな!」

「おう!」


 リーダーの指示に従って引き金を引く無頼漢たち。

 レーザー光線が独特の音をたてて発射されると、周囲で見学していた野次馬たちが悲鳴をあげて逃げ出していく。


「んもー、ジャック様が煽るからー」

「俺が煽った訳じゃないぞ。傭兵として当然の警告をしたまでだ」

「とはいえ、まさかこんな場所で銃を乱射してくるとは予想外。ジャック様、さっさと処理する」

「分かってるよ!」


 左右に素早く動いて照準をブレさせながら、無頼漢たちとの距離を詰めて光子剣で一閃した。


「ぎゃあ!」

「くそっ、ちょこまか動きやがって……!」

「ぶっ殺してやらぁ!」


 威勢良く怒鳴り、引き金を引く無頼漢たちに肉薄し、時には腕を、時には武器を光子剣で斬り裂いて無力化していく。


(転生してから初めて剣聖スキルを使っているけど……うん、我ながらうまく使いこなせているな)


 戦闘が日常茶飯事だった前世と違い、今世で剣を振るったのは訓練の時ぐらいだ。


(実戦で身体が動くか心配だったけど……これなら大丈夫そうだ)


 肉体の使い方を確かめながら戦闘を行い――ものの数分で俺たちは無頼漢を無力化するに到った。


「ジャック様、かっくいー♪」

「ん。全盛期にはほど遠いけど良い動きだった」

「そうか? なら良かった」


 元女神のメイドの賞賛を受けながら、無力化した無頼漢たちを縛り上げていく。


「……ふっ、ふわぁぁぁ、な、なんだか分からない内にご主人様たちが勝っちゃいました……」


 事態について行けなかったのか、リリアが茫然とした様子で呟く。


「リリア、大丈夫? 怪我はない?」

「え、あ、はい! 私は全然大丈夫です。ご主人様たちは――」

「雑魚に負けるソールちゃんではないのであったー♪」

「ん。マーニも大丈夫」

「良かった……」


 普段と変わらぬやりとりに安心したのか、リリアはホッと胸をなで下ろす。


「ジャック様ー。こいつらどうするー?」

「騒ぎを聞きつけて警備隊も駆けつけてくるだろ。引き渡すよ」

「ん。それが正解。でもその後が問題」

「そうだな」

「その後、ですか?」


 状況がいまいち飲み込めないのかリリアが首を傾げる。


「ああ。こいつらはどうやらガンバン一家の連中のようなんだ」

「ガンバン……あっ、ギルドで受付のお姉さんが言っていた?」

「そう。貴族を攫って身代金を要求する誘拐犯。そしてこの襲撃のターゲットは間違いなく俺だ。つまり――」

「つまり?」

「あははっ、リリアには分かんないかー」

「仕方ない。リリアは純粋な良い子」

「えっ? えっ? あぅぅ、察しが悪くてごめんなさい……」

「謝るようなことじゃないって。つまり、ステーションで俺を誘拐できないのなら次は宇宙で仕掛けてくるだろうな、ってこと」

「そうなんですかっ!?」

「ああ。まず間違いなく俺たちが宇宙に出たら仕掛けてくるだろう」

「あぅ……じゃあ私たちはもうステーションから出られないんです?」

「そんなことないよー。アルヴィース号はサイキョーの艦だしね!」

「ん。返り討ちにすれば良いだけ。ジャック様もそのつもりで、依頼を受けていない時の対応を確認していた」

「あ……あれはそういうことだったんですね。さすがご主人様です!」

「は、ははっ、ありがと」


 ストレートに褒められると、くすぐったいというかむず痒いと言うか。


「とにかく。こいつらを警備隊に突き出したら食糧の買い出しやら予備パーツの調達なんかは後回しにして、一度、艦に戻ろう」




 それから――。

 拘束した無頼漢を警備隊に突き出し、ギルドへの報告などを済ませたあと、俺たちはアルヴィース号へ戻ってきていた。




「そんでジャック様ー。対応はどうするのー?」


 アルヴィース号の発進準備をしながら、ソールが方針を尋ねてくる。


「んー、どうするかなー。そのまま反撃して撃退するのが無難だろうけど。……思うところがあってなー。迷ってる」

「思うところとは?」


 首を傾げたマーニに、俺は考えていることを口にした。


「貴族相手に荒稼ぎするガンバン一家。その手下も下劣なやつらばかりだったろ? こういう手合いなら根城でも色々と下劣なことをしてるだろうなーって思ってさ」

「あ、なるほどー」

「え? ソールさん、ご主人様の仰りたいことが分かるんですか?」

「まあねー♪ ジャック様、相手の拠点を落として、奴隷たちを解放してあげたいって考えてるでしょー?」

「まあね」


 そう。

 ギルドの情報ではガンバン一家はカリーン周辺に拠点を持っていると推測されていた。

 その拠点でガンバン一家は何をしているのか?


「拠点があるならある程度のインフラを整えておく必要がある。だけどあんな下劣な奴らがインフラの維持なんて面倒な事をやると思うか?」

「おもわなーい!」

「ん。奴隷たちにやらせてる可能性が高いと思う」

「だろ? だから拠点を抑えて奴隷たちを助けてやりたい」

「でもご主人様……例えガンバンさんをやっつけたとしても、奴隷を解放するなんてこと、できないと思います……」


 この時代、異能者として生まれてしまった者たちは、生まれながらにして奴隷として扱われ、その身分は死ぬまで固定される。

 その原因の一つに奴隷たちが装着している首輪がある。

 この首輪は宇宙に存在する国家の八割が所属する『銀河連邦』が定める法によって許可無く外すことを禁止されているのだ。

 誰にも知られずに奴隷を解放するなんてことは、今の時代、絶対に不可能だ。

 ――と、リリアはそう言いたいのだろう。


「だけどそうでもないんだよ」

「ええっ!? 何か方法があるんですか?」

「ある。傭兵ギルドに所属している傭兵の特権でもあるんだが、拘束した違法者の所有物は全てその違法者を拘束した傭兵に所有権が移るんだ」

「宇宙空間で違法者を拘束した場合は艦と積み荷の全てが。拠点を制圧した場合は、その拠点ごと所有権が傭兵に移る。命を的に稼ぐ傭兵たちをそそのかす美味しい餌だとマーニは思う」

「言い方よ」

「でも事実」

「まぁその通りだけど。つまり俺がガンバン一家の拠点を制圧した場合、その拠点にある艦にしろ、奴隷にしろ、全ての物は俺が所有者となる」

「あ……じゃあご主人様が奴隷たちの新しいご主人様になるってことなんですね」

「そうだ。そうすればみんなをリリアと同じように扱うこともできる」


 奴隷にされている異能者たちは皆が皆、前世で言うところの魔法使いだ。

 奴隷ではなく部下として。家人として遇し、俺の力になって貰いたい――そんな思惑があった。


「もちろんいくつかの制限は付くことになると思うけど」

「制限ですか?」

「リリアと同じように首輪もどきを装着してもらった上で、俺の秘密を口外しないように制約をつけるつもり」


 異能者とは魔法使いのことだ、という事実。

 そして魔導科学や俺の秘密など。

 口外されるとマズイことなどは『秘匿の制約』という魔法を使って、口に出せないようにする必要がある。


「とりあえず方針はそれで行こうか。自分たちを餌にガンバン一家を釣り上げて適当に相手をした後、根城に戻る奴らを追跡する」

「そして時機を見て根城を制圧する。ん。理解」


 俺の方針を理解したマーニがすぐに準備に取りかかる。


「作戦参謀はマーニに任せるとして、ソールはアルヴィース号の舵取りを頼む」

「りょーかいでぇ~す!」

「あの、ご主人様、私は――」

「リリアはレーダーをお願い。……できる?」

「はい! 大丈夫です!」

「じゃあ頼むよ」

「お任せください!」


 力強く頷くリリアを見て、


(リリアも成長したなぁ……)


 思わず、そんな感想が頭に浮かんだ。


(ソールとマーニ、二人に宇宙艦の扱いや魔法について叩き込まれていたのは知っていたけど……頼りになる)


 オドオドとしていた昔の面影は今や無く、頼もしささえ感じられる。


「ジャック様、出港準備完了」

「よし。アルヴィース号、発進!」




 カリーンから出港したアルヴィース号は、依頼を受けていた未登録艦船の調査のため、カリーン星域A9ポイントに向かう。

 その途中――。


「レーダーに感あり! 二時の方向、大型1、中型1、小型6! 大型は駆逐艦クラスと推定!」

「案の定来たな! みんな戦闘準備だ!」

「りょーかいでぇ~す! 動力をエレメントジェネレータからマナジェネレータに切り替えるよー!」

「火器官制、及び魔法管制システムオールグリーン。マギインターフェース展開」


 俺の指示に従って、各員が自分の役割を果たし――あっという間に戦闘準備が整った。


「いつでもいけるよ、ジャック様ー!」

「ありがとう。とりあえず相手の対応待ちだ。おそらく接近したあと、通信が――」

「ご主人様! 相手から通信が届きました!」

「分かった。メインスクリーンに出して」

「はい!」


 リリアの返事と同時にメインスクリーンに一人の男が映し出された。


『よぉ、ドレイクの三男坊。はじめましてだなぁ!』

「おまえがガンバンか」

『カリーンの海を仕切っているガンバン・ドンバン様とは俺のことよ!』

「そうか。で、そのガンバンが俺に何の用だ?」

『うちの子分どもを可愛がってくれたようじゃねーか。そのお礼参りをしてやろうってなぁ!』

「そっちが先に突っかかってきたんだが?」

『あん? 知るかボケぇ! てめぇみてぇなクソガキにやられたとあっちゃガンバン一家の名が廃るんだよぉ!』


 歯茎を剥き出しにして威嚇するガンバンに冷笑を返す。


「はっ……田舎海賊の名に廃る価値があるのかはなはだ疑問だな」

『なんだとぉ! てめぇ、甘い顔してりゃつけあがりやがって! たかが小型艦ボート一隻でこのガンバン様とやりあおうってかぁ!?』

「田舎海賊程度、小型艦一隻で充分だ。汚い面ぁ見せてる暇があったら、さっさとかかってこいよ」

『てめぇ! ぶっ殺してやる!』


 ガンバンは殺意を剥き出しにして吠えながら通信を切った。


「ご主人様! 敵がアルヴィース号を包囲するように動いてます!」

「了解。アルヴィース号初の実戦だ。搭載したアレコレを色々と確認しよう。ソール、結界展開」

「りょーかいでぇ~す! 結界魔法展開ー!」


 ソールがマギインターフェースに手を乗せて結界魔法を使用すると、アルヴィース号が球形の光に包まれた。


「マーニ、まずは先手を取らせる。その後、反撃するからそのつもりで居てくれ」

「ん。了解」

「リリアは敵艦の反応を逐次報告。あとガンカメラを起動して戦闘ログも取っておいてね」

「は、は、はいぃっ!」


 初めての実戦で緊張しているのだろう。

 リリアは声をひっくり返しながら頷いた。


「緊張しなくても大丈夫だよー。ソールとマーニがついてるからねー」

「ん。フォローは任せる」

「あぅぅ、ありがとうございます、ソールさん、マーニさん!」

(俺が付いてる、って言おうとしたのに先を越された……)

「ご主人様! 私、頑張ります!」

「あ、うん。一緒に頑張ろうな!」

「はいっ! あ! 敵艦のエネルギー反応増大してます!」

「了解。ソール、結界は?」

「もう展開してるよー」

「よし。それなら駆逐艦程度の光学兵器ぐらいは余裕で防ぐだろう」

「敵艦、発砲!」


 緊迫したリリアの声と同時にブリッジがレーザー光によって明るく照らされた。

 その光は瞬時にアルヴィース号に届き――だが目の前で結界に阻まれて八方に飛散した。


「被害は?」

「んー、被害ゼロー。強度もまったく減衰してないよー」

「よし。結界魔法の展開は成功、防御も成功、と。自分で言うのもなんだけど魔導科学すげぇ」

「ん。頭おかしい」

「それ褒め言葉なの?」

「最大級の褒め言葉。で、次はどうする?」

「反撃しよう。ただ旗艦は残しておいて。あとで接収したい」

「あー、アルヴィース二号にするつもりなんだー」

「金を使わずに調達できるならそれに越したことはないだろ?」


 今、搭乗しているこの小型宇宙艦でも六百万クレジットもしたのだ。

 駆逐艦クラスの戦闘艦艇になると数億クレジットは必要なんだから、もし接収できるならそれに越したことはない。


「元々、お金を稼いで艦を乗り換えていくつもりだったし、その機会が早まるのなら積極的に狙っていくべきだ」

「ん。効率が良くてマーニは賛成。なら取り巻きを先に潰す」


 言いながら、マーニはマギインターフェースに片手を置いた。


「宇宙空間で使用するなら土か氷がベター。どうするジャック様」

「氷かなー」

「了解。『氷の槍アイスランス』展開」


 魔力を高めたマーニが行使した氷魔法に、手で触れていたマギインターフェースが反応を示すと同時にアルヴィース号周辺に魔法陣が現れた。


「魔法陣展開確認。サイズは大。展開数は百ほどにしてみた」

「うはっ、それってオーバーキル過ぎない?」


 一つの魔法陣から一つの氷の槍が射出される。

 つまり魔法陣が百あれば百本の氷の槍が射出されることになる。

 しかもサイズが大ということは、全長七メートルのアルヴィース号とほぼ同等のサイズだ。

 そのサイズの質量が魔法によって超高速で射出されるのだから、運動エネルギーを考えればかなりの破壊力となるだろう。


「これはテスト。なら全力を尽くすべき」

「それもそうか。よし、照準は任せる」

「ん。魔法管制システムによる誘導を設定。ジャック様、指示を」

「撃て!」


 俺の声にアルヴィース号周辺に現れていた魔法陣が反応を示し、出現していた氷の槍が敵に向かって射出された。


「マギインターフェース、魔法制御システムとリンク。誘導開始」


 マーニの言葉と共に射出された氷の槍が敵艦に向かって殺到する。


「うわぁ、すごい……氷の槍が艦を追いかけてる……」


 モニターに映し出された氷の槍の機動を見てリリアが感嘆の声をあげる。


「発動した魔法効果を魔法制御システムのAIによってコントロールする。良い感じにハマッてくれてるな」


 効果を現した魔法を魔力で制御し、そのコントロールを術者ではなく第三者である魔法制御システムのAIにリンクさせて誘導や維持を行えば、術者はすぐさま第二、第三の攻撃魔法が使えるようになる。

 それこそがアルヴィース号の最強を支える柱の一つだ。


「ん。弾着誤差、タイムラグ共に許容範囲」

「よし。あとは氷の槍が相手のバリアフィールドを貫けるかどうかだけど」


 モニターに映し出される戦場の情報を注視していると――。


「敵艦に着弾!」


 すぐにリリアが着弾報告をあげた。


「戦果は?」

「ええと……大破6、中破1、駆逐艦は無傷のままです!」

「マーニやるぅ!」

「ブイ」


 姉からの賞賛を受けてマーニはまんざらでもない様子を見せた。


「どうやら相手のバリアは反応しなかったみたいだな」

「ん。そもそもバリアフィールドは光学兵器用。ミサイルや氷の槍のような質量兵器にも多少の効果はあるけど基本は装甲で防御するしかない」

「ミサイルなら対空機銃で誘爆させて撃ち落とすって手も使えるけど、超高速で接近するただの氷の塊を機銃だけで撃ち落とすのは厳しいしねー」

「よし。テスト結果は上々だな。マーニは無人になった艦の残骸を無限収納インベントリに回収しておいてくれ」

「ん。了解」

「さて、次は――」


 取り巻きは潰せた。

 あとは旗艦を追い詰めて根城に撤退させるだけだ。


「リリア、敵の動きは?」

「はい! ええと……あっ! 敵旗艦、反転してます!」

「取り巻きを一瞬でやられてびびっちゃったかなー?」

「恐らくな。不利を察してすぐに撤退の判断を下すなんてなかなかやるじゃないか、ガンバン・ドンバン」

「で、どうする? ジャック様」

「ある程度距離が離れたところでステルス機能を最大にして追跡、かな。隠蔽魔法もテストしておきたい」

「了解。準備しておく」


 そう言うとマーニは制御卓を操作して次の行動の準備を始める。


「リリア、レーダーから目を離さないでね」

「は、はい、頑張ります!」

「ソールはステルス航行の準備を」

「りょーかいでぇ~す!」


 指示に従って動いてくれる仲間たちを見つめながら、俺は隠蔽魔法を行使するためにマギインターフェースへ手を置いた。


「敵艦、後退していきます! 当艦との距離、三万!」

「五万になったらステルス機能展開」

「りょーかいでぇ~す!」

「マーニ、準備はいいか?」

「んー……ん。バッチリ」

「よし」

「敵艦との距離、五万になりました!」

「了解。隠蔽魔法を発動するぞ!」

「ほーい! ステルス機能最大! ポチッとな!」

「ステルス機能起動を確認。マギインターフェース、魔法管制システムとのリンク正常」

隠蔽シェイド!」


 隠蔽魔法を発動すると、マギインターフェースを通じて発動した魔法陣がアルヴィース号を包み込んだ。


「魔法効果発動を確認。現在本艦はレーダー波を無効化すると同時に存在隠蔽状態にあり。このまま敵を追尾する」

「報告ありがとうマーニ。ステルスも無事成功したな」

「だねー。これで転移、次元、結界、攻撃、隠蔽魔法はクリアーっと。あとテストしたほうがいい魔法ってあったっけー?」

「一通りは完了したかな?」


 魔法使いが魔法を使用し、その魔法効果を艦に拡大して実行する――。

 そのテストは無事完了したとみて良いだろう。


「じゃあこれで名実ともにアルヴィース号は最強ってことだねー♪」

「最強、ですかー。ふぁぁー……そんなにすごい艦なんですね。アルヴィースちゃんはこんなにちっちゃいのに」

「それもあと少しで終了」

「あっ、そっかー。敵の駆逐艦を接収しちゃうから、アルヴィース号はお役御免になっちゃうねー」

「ええっ……まだ一緒に旅をして少ししか経ってないのに……」

「大丈夫だよ。この船もちゃんと使うつもりだし、駆逐艦が手に入ったら名前はアルヴィース号にするし」

「なら、一号ちゃんと二号ちゃんってことになるんですね」

「まぁそんな感じだね」


 駆逐艦を接収したあとも改造するためには色んな資材が必要だし、改造の費用を稼ぐためにもまだまだこの艦には頑張って貰わないと。


「まずは目の前のことだ。ガンバンの根城を突き止めたら、一気に制圧に動くからそのつもりで居てくれ」

「はい!」



---

 それから――。

 ステルス状態でガンバンの旗艦を追尾していた俺たちは、やがてガンバンが根城にしているであろう廃棄ステーションを発見した。




「廃棄ステーションを根城にしてたってわけか……」

「今、データベースを調べた。あの廃棄ステーションはおよそ三百年前に廃棄された中継ステーションらしい」

「三百年っ!? すごい。そんなに前に捨てられちゃったものが、まだ動いているんですね」

「改修はしてるだろうけどねー」

「でもデータベースに載っているのに、今まで見つかっていないってどういうことだ?」


 ガンバン一家は多額の懸賞金を掛けられている海賊だ。

 その懸賞金目当てに傭兵たちがガンバンの根城を血眼になって探していると思っていたのだが――。


「それは簡単。今、マーニが見ているデータベースはギルドが秘匿している裏のデータベース。つまりあのステーションは隠蔽されている」

「はっ!? ギルドに裏のデータベースなんてあるのっ!?」

「ん。どうやらギルドも一枚岩では無さそう」

「おいおいマジか……」

「まっ、清廉潔白な組織なんて存在しないしねー」

「それは理解してるけど。まさかギルドが違法者と通じているとはなぁ」

「ええっ、そうなんですかっ!? もしかしてピカミィさんも?」

「いやー、あのお姉ちゃんは関係してないと思うよー?」

「一般職員が不正に携わっていたとしてもたかがしれている。マーニがアクセスしている秘匿データベースはかなり厳重な攻性防壁によって守られていたから、恐らくギルドの上の方が関与してる」

「そんな厳重な防壁をさらっとハッキングするなよ」

「マーニに掛かれば余裕。ブイ」

「いや褒めてないからな? というか、ギルドに登録したばかりのペーペーGランクの傭兵が、ギルドの秘匿データベースをハッキングするってヤバすぎでしょうが」

「大丈夫。痕跡を残すようなヘマはしない」

「まぁそこは信頼してるけど。……あまり派手なことはしないでね」

「善処する」


 全く善処する気の無さそうなマーニの返事に思わず溜息が出る。


「そんなことよりジャック様ー。根城を制圧するのは良いんだけど、ギルドにはどうやって言い訳するのー?」

「それなー。実は迷ってるんだよ」


 ガンバンたちを制圧する。それは良い。

 だが制圧するための法的根拠を得るためには先行してギルドに報告してから制圧に乗り出さなければならない。


「ギルドに登録したばかりのGランク傭兵が、ガンバン一家の根城を発見して制圧する。それって無理があるよなー」

「無理しかない」


 アルヴィース号の火力、そして俺やマーニ、ソールの力があれば、廃棄ステーションにいる海賊程度、百人居ても物の数ではない。

 しかしそれを他人に信じさせようにも俺たちには言えない秘密が多すぎるのだ。


「うーん……俺が動いても仕方が無いと納得させることのできる理由があれば良いんだけど」

「あの……私が捕まってしまったから、というのはダメでしょうか?」

「んん? どういうこと?」

「私は奴隷で、ジャック様の所有物なので、あのステーションに私一人で潜入して、それで捕まってしまえば、ご主人様が戦う根拠になるんじゃないかなって」

「あー……なるほど」


 ガンバンに拉致された所有物を取り戻すために戦闘を仕掛けた。

 そうすればギルドに言い訳ができるのではないか。

 と、リリアはそう言いたい訳だ。

 だが――。


「俺はリリアを危険に晒したくないよ」

「あぅ、でもご主人様が困っているのなら、私は大丈夫ですから……!」

「ダメ。却下。否定。不採用」

「あぅぅ……」


 リリアの案を頑なに拒絶する俺を見てリリアは困った顔を浮かべた。

 ――と、その横でリリアの案を聞いていたマーニが口を開いた。


「ん。その手はあり」

「はぁ!? 何言ってんだ。無しに決まってる。なしなし!」

「もちろんマーニもリリアが本当に捕まるのは反対。だけどアイデアの本質は良いところを突いているとマーニは考える」

「本質? どういうことだ?」


 マーニが何を言いたいのか今いち掴めず、中途半端に首を傾げた。

 そんな俺の横でソールが得心がいったような面持ちで頷いていた。


「なるほどねー。つまり中に入っちゃうってことかー」

「お姉ちゃん正解」

「中……わざと捕まるってことかっ!?」

「ん。根城に近いこのタイミングで仕掛ければ、相手は反撃せざるを得ない。そのとき、わざと被弾したフリをして拿捕されればいい」

「でもその後で艦に乗り込まれたら面倒だぞ?」

「ガンバンの引き際を見れば態度に反して慎重な性格なのが分かる。根城の近くで拿捕したなら根城の中に曳航する可能性が高い」

「仲間たちと取り囲んだ方が安全だしねー」

「そう。囲まれた段階でジャック様とマーニたちで敵を撃退、制圧する。……これがベター」

「本当かよ……」


 とは言うものの、マーニの案はいくつもの魅力があった。

 アルヴィース号の実力の秘匿もその一つだ。


「色々と小細工は必要そうだが……その手で行くか」

「ん。交戦中にギルドに詳細を報告。あと曳航されている段階でもう一度報告して座標などを送信して助けを待つ。その間に根城を制圧して完了」

「そんなにうまく行くかねえ?」

「あははっ、結果を出しちゃえば何とでも言い訳できるよー!」

「お気楽だなぁ」


 とは言え、ソールの言い分にも一理ある。


「ガンバンと一部のギルド職員が繋がっている証拠を押さえれば、無言の圧力にも使えるかな?」

「ん。その辺りの情報はマーニが調べておく」

「頼む。んじゃ、その方向でいきますか!」

「りょーかいでぇ~す! 被弾した工作はマーニに任せるよー?」

「ん。敵の攻撃が結界に着弾した瞬間、幻影魔法を使って火災が発生したように装う予定」

「ほーい!」

「リリアは戦闘中にギルドへ報告」

「わ、私がですかっ!? あぅぅ、うまくできるかなぁ……」

「大丈夫大丈夫ー。リリアならいけるってー」

「ん。マーニたちより純粋なリリアのほうが信憑性の高い報告ができる」

「そ、そうですか? ううっ、が、頑張ります!」

「よし。それじゃ各員の役割も決まったし……仕掛けますかね」

「りょーかいでぇ~す! ステルス機能カットー! ポチッとな!」


 楽しげなソールの声に会わせて艦のステルス機能がカットされた。

 その途端、レーダーに映った敵旗艦の動きが慌ただしくなる。


「あははっ、焦ってる焦ってるー♪」

「突然、姿を見せたのだから焦るのも当然」

「よし。マーニ、仕掛けて」

「ん。通常兵装で攻撃を開始する」


 管制卓を操作したマーニによって、アルヴィース号に搭載された通常兵装が一斉に砲撃を始めた。


「通常兵装のほうもそれなりに改造してるから出力には注意してくれ」

「把握している。相手のバリアを抜かないギリギリの出力で攻撃しているから安心する」

「ははっ、了解。全部マーニに任せるよ」

「任された」


 冷静に答えたマーニに操作されてアルヴィース号の砲口は敵の旗艦に集中した。

 戦火が開かれた当初、敵旗艦は戦域から逃走しようとスピードを上げたのだが、こちらの火力が弱いと見るや艦首を反転させ、今では真っ正面からアルヴィース号へレーザーを浴びせてきていた。


「あははっ、予想通り食いついてきたねー。でも初戦で取り巻きをやられたこと、もう忘れてるのかなー?」

「そうかもしれないな」


 魔法が廃れた今の時代を生きる一般人にとって、魔法によって起こされる現象は不可思議に映るだろう。

 初戦、俺たちは魔法によって敵の取り巻きを瞬殺してみせた。

 ガンバンにしてみれば何が起こったのか分からなかったことだろう。

 だがアルヴィース号の攻撃を受けて考えが変わったはずだ。

 先ほどの敗北は何かの間違いで、やっぱり小型宇宙艦並みの火力しかないじゃないか、と。


「信じたいものが目の前に現れたとき、その答えに飛びついてしまうのは人の性だからな。気をつけていても案外、流されてしまうものだ」


 偉そうなことを言っている俺だって、昔も今も大小様々にやらかして後悔することのほうが多い。

 いくらチート能力があるからといって、俺は完璧な人間じゃない。

 色んな間違い、色んな挫折を経験して、少しずつ賢くなっていく――それが人生ってやつなのだろう。


「ソール、そろそろ被弾するように艦を操作して」

「ほーい。よいしょー!」


 かけ声と共に操縦桿を傾けてアルヴィース号を敵艦の砲火の中へ突入させた。

 途端、結界に阻まれたレーザーが飛散し、モニターを明滅させる。


「着弾したよー」

「ん。幻影魔法発動」


 マギインターフェースに乗せた手に魔力を籠めて、マーニが幻影魔法を発動させた。

 幻影魔法は本物と全く同じ幻を現出させる魔法だ。


「今更だけど、幻影魔法って人の目を誤魔化す魔法だろ? 光学カメラを誤魔化すことなんてできるのか?」

「熱や質量に魔力による代替情報を付与すれば可能。ただし普通は魔力が長時間保たないから厳しい。でもマギインターフェースを経由すれば――」

「そうか。マナジェネレータが生み出す魔力を使えるってことか」


 マーニの採った方法に感心していると衝撃と共に艦が揺れた。


「なんだっ!?」

「大丈夫大丈夫ー。敵から牽引索を打ち込まれただけだからー」

「そうか。じゃあこっちの思惑通り、拿捕してくれたってことだな」

「そうみたいです。敵は機首を反転してステーションに向かってます。どうやらアルヴィースちゃんをこのまま牽引していくつもりみたいですね」

「よし。作戦通りだな。あとは――」


 敵の根城である廃棄ステーションに入港後は俺の出番だ。


「直接戦闘は俺とソールが担当するから、マーニはステーションのマスターAIをハッキングしてライフラインを掌握して」

「ん」

「リリアはマーニの傍に」

「そんな! わ、私だって魔法で戦えます! ご主人様と一緒に――」

「今はまだダメ」

「そんなぁ……」


 耳をしょんぼりと垂れさせて項垂れるリリアに、


「リリアが魔法の訓練を頑張っているのは知ってる。だけど実戦は甘くないんだ。だから今はマーニを守ることに専念して欲しい」


 なぜリリアを戦闘に参加させないかの理由を説明する。


「マーニさんを守る……」

「ああ。マーニにはハッキングに集中して貰いたい。その背中を守る盾が必要になる。それをリリアにお願いしたいんだ」

「……分かりました。マーニさんのことは私が絶対に守ります!」

「うん。頼りにしてるよ、リリア」

「はいっ!」

「――ステーションを肉眼で確認」


 マーニの報告を受けてモニターを見上げる。


「見た目はただの古びたステーションだな」

「ん。でもその割にはエネルギー反応が高い。それに――」


 マギインターフェースに手を乗せたマーニが探知魔法を使用すると、サブモニターにステーション内の生命反応が表示された。


「生命反応多数あり。数は四百ほど」

「四百! それは結構多いねー」

「大丈夫。鑑定すると八割は奴隷」

「旗艦の乗組員を入れておよそ百人強が海賊ってことか」

「そうなる」

「百とちょっとかー。それならジャック様とソールで余裕だねー」

「よ、余裕なんですか?」

「よゆーよゆー。ジャック様もソールも最強だしねー♪」

「はぁ……すごいです、ご主人様もソールさんも……っ!」

「まぁ油断はしないで行こう。前衛は俺。ソールは後衛。攻撃魔法は無しで銃火器での援護を頼む」

「ほーい」


 軽い口調で返事をしたソールが、管制席の下をごそごそと漁るといくつかの銃火器を取り出した。


「個人兵装も魔改造してるから取り扱いには注意してくれよ」

「大丈夫大丈夫ー」

「軽いなぁ。まっ、背中はソールに任せるよ」

「りょーかいでぇ~す!」




 艦内で戦闘準備を続ける俺たちをよそに、アルヴィース号はガンバンの旗艦に牽引されながら廃棄ステーションの港に係留された。

 抵抗がないことを確認したガンバンたちは、武装した姿でわらわらと姿を現してアルヴィース号に取り付いた。


「アルヴィース号の統合管理AIマスターコントローラーに外部からのハッキングを確認」

「対応できる?」

「AIがやってくれている。そもそもジャック様とマーニが手塩に掛けたこの子が簡単にハッキングされるはずがない」

「自信満々だな」

「この子は言うなればマーニとジャック様の子供。優秀なのは当然」

「こ、子供ぉっ!?」

「リリア、反応しすぎだって」

「あぅぅ、だ、だって、いいなぁって思ってしまってぇ……」

「あははっ、リリアだっていつかはジャック様の赤ちゃんを授かるんだし、遅いか早いかだけの違いだよー」

「ん。お姉ちゃんの言う通り」

「私とジャック様の……えへ、えへへ……」

「は、はは……状況を考えて妄想しような、みんな」

「あぅ……ご、ごめんなさいです……!」


 注意されて項垂れたリリアの横では、マーニが管制卓の操作盤で指を踊らせていた。


「んー……ん。ジャック様、とりあえず港の監視カメラのハッキングに成功した。アルヴィース号外部の映像をモニターに回す」


 マーニの言葉と同時に港内の映像がモニターに映し出された。


「うわっ、なんかおっきい機械を動かしてる。あれなにー?」

「あれは宇宙船の装甲を切断する重機だな。アルヴィース号のハッチを無理やり切断するつもりだろう」

「はわわっ、だ、大丈夫なんですかっ!?」

「問題ない。アルヴィース号の装甲は普通の宇宙船の装甲とは比べものにならないほどの防御力を持っている」

「通常装甲に硬度強化の魔法陣を描いて一枚ずつ強化してるからなぁ」

「そうなんですか? さすがご主人様です……っ!」

「俺、というより魔導科学が、って感じだけどね」


 アルヴィース号の装甲に使用している鋼材には、一パーツ毎に硬度強化の魔法陣を描いている。

 戦艦の主砲の直撃を受ければ貫通されるかもしれないが、今のところ懸念としてはそれぐらいしかない。


「たかが重機のカッター程度で傷つくものじゃないよ」

「ほぇぇ……すごいですご主人様っ!」


 瞳をキラキラと潤ませたリリアの真っ直ぐな賞賛に照れていると、


「あっ、重機の刃、全部欠けちゃったみたいー」


 モニターで様子を窺っていたソールが現状報告をしてくれた。


「お次は対物ライフルを連射するみたいだよー?」


 そんなソールの言葉を追いかけるようにモニターに接続されたスピーカーから腹の中まで震動する発射音が聞こえてきた。

 だがどれだけ対物ライフルの弾頭が直撃しようがアルヴィース号のハッチは開くことはなかった。

「はい無理ー。……って、あははっ! あいつら八つ当たりみたいにハッチを蹴り出したー! かっこわるーい♪」


 どうにも開かないハッチに向かって八つ当たりする海賊たちの姿に、ソールが腹を抱えてケタケタと笑い転げる。


「そろそろ頃合いかな。ソール、準備は?」

「できてるよー!」

「よし。なら上部ハッチから出て、上から奇襲を掛けるぞ」

「りょーかいでぇ~す! それじゃ行ってくるねー!」

「ん」

「お二人とも無事に帰ってきてくださいね!」




 俺たちはリリアの声援を受けながら艦上部にあるハッチに向かう。

 その途中――。


「ジャック様ー。敵は全部殺しちゃうのー?」

「まさか。無力化するだけだ。懸賞金も掛かってるしな」

「そっかー。懸賞金があるなら仕方ないねー」

「ああ。……なぁソール」

「んー?」

「以前に比べてソールの攻撃性が高くなってる気がするんだけど、気のせいか?」


 太陽の女神ソール。

 慈愛に満ちた優しき女神と呼ばれていたが、その本質は太陽と同じく、とても苛烈なことを俺は知っている。


「人に恵みをもたらすと言われる太陽は、だが時として人々を断罪の炎で焼き尽くす。その両面性こそソールの本質なのは理解してる。だけど――」


 受肉してからのソールが人の命に対して冷徹な判断を下すようになっている――俺はそのことが気に掛かっていた。


「だけどやたらと好戦的、ってことー?」

「まぁそうだな」

「……それには色々と理由があるんだよー。でも言いたくないかなー」

「そっか。ソールもマーニも隠し事が増えたな」

「乙女の秘密……ううん、女神の秘密だよー」


 戯けた口調で答えたソールの横顔には、仄暗い影が差しているように感じられた。


「女神の秘密か。それって時機が来れば教えてもらえることか?」

「んー、どうだろ? 教えたいような、教えたくないような――」


 曖昧な口調は誤魔化しよりも迷いに近い感情を俺に伝えてくる。


「そうか。でも言いたくなったらいつでも言ってくれ。全部、真っ正面から受け止める用意はできているから」

「……ははっ」

「なんだよ? 急に笑い出して」

「んーん。ジャック様ってば相変わらず――」

「?」

「……なんでもなーいよ♪ それよりほら、戦闘の準備準備!」

「お、おお。準備って言っても特に無いけどな」


 障壁魔法を展開して光子剣フォトンソードを持って斬り込むだけだし。


「ソールのほうの準備はどうだ?」

「こっちはいつでもー♪」


 ソールは両手に銃火器を構えてにっこりと微笑んだ。


「よし、行くぞ!」


 上部ハッチの扉を開けて気合いの言葉を発しながら俺たちは一気に飛び出した。


「人のフネを好き勝手してくれたなぁ! ガンバン!」

「なあっ!?」


 予想外の場所から出現した俺たちに面食らい、ガンバン一家があんぐりと口を開けて動きを止めた。

 そんな海賊たちに向かってソールが機関銃をぶっ放した。


「あははははーっ! ほらほらほらほらー! 逃げないと弾に当たって死んじゃうぞー!」

「ぎゃーっ!」

「や、やめろっ、うわぁぁぁ!」

「ぐわぁ!」


 銃撃を受けて阿鼻叫喚となった海賊たち。

 そんな海賊たちをよそに、俺は全身のバネと腰のスラスターを活用して無重力状態の港の中を縦横無尽に駆け回る。


「おいっ、何をしてやがる! さっさとあのガキどもを拘束しろ!」

「へ、へいっ!」


 ガンバンの命令を受けて手下どもが殺到する。

 だが――。


「そう簡単に捕まるか!」

「へへーん、ほらほら、こっちだよー!」


 無重力状態の船渠の中で別方向に飛び去る俺たちに付いてこれず、海賊たちはもつれ合って宙を滑っていった。


「なんだぁこいつらぁ!? 無重力状態でなんでそんなに簡単に方向転換ができるんだぁ!?」


 答えは簡単。

 俺とソールは体外に指向性を持たせた魔力を放出し、無重力状態でも容易に方向転換しているからだ。


「次はこっちの番だ!」


 光子剣を抜き払った俺は魔力を放出して海賊たちの中へと突入した。


「ぐわぁ!」

「ぎゃっ!」

「わぁぁ!」


 海賊たちの手にした武器を光子剣の一閃によって破壊し、抵抗する海賊たちを無力化していく中、


「てめぇ! あんま調子乗ってんじゃねーぞぉ!」


 ボスのガンバンだけは意気軒高に吠え、俺に向かって突進してきた。


「はっ、丁度良い。おまえを拘束すれば全部お終いだ。さっさと降参してもらおうか!」

「舐めるなよクソガキぃ! 俺はガンバン一家の頭目、ガンバン・ドンバン様だぞぉ!」


 雄叫びをあげたガンバンが俺に向かって銃把を振り下ろしてきた。

 その攻撃を難なく回避し、一気に距離を詰めて接近戦を挑む。


「ちぃ!」


 繰り出される光子剣をギリギリで避けるガンバン。

 だがそれも俺の想定通りの動きだ。

 右から、左から、下から――四方から剣を突き出し、圧をかけてガンバンを壁際に追い詰めていく。

 やがて――。


「くそっ!」


 背中が壁に触れ、追い詰められたことを悟ったガンバンが、


「死ねっ!」


 苦し紛れに至近距離で引き金を引いた。

 わずか五十センチほどの至近距離での発砲だ。

 普通ならば腹部に直撃を免れない――だが俺は普通ではない。

 発砲に瞬時に反応し、光子剣で銃弾を受け止めた。

 弾丸が高出力の光子によって蒸発する音が耳に届く。


「なぁ!? てめぇ、バケモノかよっ!」

「失礼な。俺はただの十五歳の健康的な一般男子だ!」


 予想外の結果に茫然とするガンバンを、スタンモードに切り替えた光子剣で一閃すると、


「うぐっ……くそぅ……」


 苦しげな声と共にガンバンが昏倒した。


「ふぅ。おーいソール。こっちは終わったぞー」

「ほーい。こっちももう終わってるよー! んーしょ」


 ソールの方を見ると無力化した海賊たちをワイヤーで拘束している最中だった。


「早いなぁ」

「あははっ、ジャック様もねー。ほい!」


 ソールが投げて寄越したワイヤーロープでガンバンを拘束する。

 それと同時にマーニから通信が入った。


『ジャック様。ステーションのマスターAIのハッキングが完了。全システムを掌握』

「よし! じゃあステーション内にいる海賊たちに投降を勧告してくれ」

『ん。それとギルドへの報告について。リリアがうまくやってくれた。援軍が六時間後に到着する予定』

「六時間って。もう終わっちゃったんだけど」

『それも後でリリアに連絡を入れてもらう』

「分かった。俺たちはこのまま拘束した海賊たちを見張っておくよ。何かあったら連絡してくれ」

『了解』



---

 拘束されて大人しくなった海賊たちを見張りながら、俺たちはギルドからの救援を待つ。

 やがてチャールス星系の正規軍がステーションに駆けつけ、無事、ガンバン一家を引き渡すことができた。




「いやはや……まさか単艦でガンバン一家とやりあい本拠地を制圧してしまうとは。さすが宇宙海賊ドレイク家のご子息。若かりし頃のフランシス殿を思い出しますな」

「ははっ、たまたまうまく行っただけですよ」

「ご謙遜を。戦闘ログを拝見したところ、小破を装ってステーション内に潜入し、奇襲とハッキングによって海賊たちを無力化したとか。まさに制圧戦の教科書のような戦いぶりではありませんか!」

「ありがとうございます。これも優秀な仲間たちのお陰です」

「うむうむ。我が軍に欲しい優秀さだ。いやはやお見それしました」


 やたらと賞賛してくれる中佐さんに曖昧な笑顔を返していると、中佐は何かを思い出したように付け加えた。


「ああ、そうそう。ギルドからの伝言を忘れておりました。後ほどガンバン一家の所有物の確認のために職員が派遣されてくるそうです。法的な手続きが完了するまでは勝手をしないように、と」

「了解してます。傭兵ギルドのマニュアルにもその旨は記載されていますからね。ギルド職員が来るまでは大人しく待機しておきますよ」

「うむうむ。それが良いでしょうな。それにしても……ジャック殿は傭兵とは思えないほど礼儀正しいですな。他の傭兵もあなたのように紳士であれば軍との諍いも起きないのですが……」

「は、ははっ……ありがとうございます?」

「ともかくガンバン一家はしかと預かりました。私が責任を持ってチャールス本星まで護送するのでご安心を」

「はい。お願いします」

「ではこれにて失礼」


 姿勢を正して敬礼をした中佐さんとの通信が切れ、俺は凝った肩を揉みほぐしながら仲間たちに声を掛けた。


「ふぅ。お疲れ様。みんな怪我がなくて良かった」

「ん。ジャック様もお疲れ様」

「みんなおつー!」

「お疲れ様でした! 皆さんがご無事で本当に良かったです……!」


 胸をなで下ろしたリリアは、肩を揉んでいる俺に駆け寄って、マッサージを引き継いでくれた。

 リリアの優しいマッサージを受けながらマーニに報告を促す。


「どうだったマーニ。例のアレは見つかった?」


 例のアレとはギルドと違法者たちの繋がりを示す証拠データの事だ。

 ステーションのマスターAIをハッキングするついでに、マーニに探してもらっていたのだが――。


「ん。ちゃんと見つけた。発ガンバン、宛カリーンギルド支部長の違法贈与の証拠データ」

「あちゃー、見つかっちゃったか。ギルドと違法者アウトローの癒着は確定だな」

「データを確認してみたところ、懸賞金を掛けられている違法者のほぼ全てが、カリーンギルド支部長と何らかの繋がりがある」

「懸賞金を掛けられてる違法者、か……」

「それってカリーンの支部長が貴族の情報を流してるってことー?」

「見つけたデータからはそう読み取れる」

「ふーん。腐ってるんだねー、ギルドって」


 嫌悪――とまではいかないが、ソールの口調からは侮蔑にも似た悪感情が伝わってくる。


「まぁソールが言っていたように、清廉潔白な組織なんてものは無いのかもな」

「で、でもピカミィさんはそうじゃないって、ご主人様が……」

「ああ、彼女だけじゃない。職員の大半は真面目に仕事をする人たちだと思うよ。だけど上が腐っていると被害が広がるからね」

「とはいえ、このデータ、ジャック様には荷が勝ち過ぎていると思う」

「そうだな。Gランクの俺が持っていて良いデータじゃない。かといって、正規軍に渡すのもまずいだろう」

「正規軍だって組織だもんねー」

「ああ。両者が共謀してもみ消す危険もある」


 ギルドと正規軍を敵に回す可能性を考えれば、このデータを使って俺が直接、ギルドに揺さぶりを掛けるのは悪手だろう。

 ならばどうするか――。


「よし。アーサー兄上にデータを渡そう」

「アーサー様にですか? でもどうして……?」


 俺の決定を不思議に思ったのか、リリアが小さく首を傾げた。


「アーサー兄上が経営しているPMC(民間軍事会社)『アーサー・ドレイク・カンパニー』はAランクの巨大傭兵団だからね。傭兵ギルドへの押し出しも強いし、多少の圧力なら跳ね返す力もある」


 Gランクの俺がギルドの汚職を告発したところで、信頼も実績もない新人の言うことをまともに聞いて貰える可能性は低い。


「その点、アーサー兄上はAランク傭兵ギルドとしての実績と信頼がある。兄上の発言であればギルドも無視することはできないだろう」

「なるほどぉ……だからアーサー様に情報をお渡しするんですね」

「そういうこと。……それでどう? マーニ、ソール」

「ふむ……ん。良い案。マーニは賛成」

「ソールはどっちでも可ー」

「ならその方向で行こう。アーサー兄上には俺から連絡を入れるから、マーニは譲渡するデータの選別をお願い」

「ん」

「ソールは周辺宙域の索敵を頼む」

「ハイエナが集って来ないように見張ってろってことだねー。りょーかいでぇ~す!」

「あの、ご主人様。私はどうすれば……」

「リリアには一つ、重要な任務を任せたい」

「はい……! 私、命を賭けて頑張ります!」

「よし。じゃあリリア――」

「はい……!」

「今すぐ美味いご飯を作ってくれ。そろそろ空腹が限界なんだ……」

「うー、ソールもお腹ぺっこぺこー!」

「同じく」

「あ……はいっ! 私、頑張って美味しい料理をたくさん作りますね!」




 俺たちはリリアの作ってくれた食事に舌鼓を打ちながらギルド職員の到着を待つ。

 やがて職員が乗った艦が廃棄ステーションに到着し、その艦から見知った顔の職員がステーションに降り立った。


「ジャックさん!」


 ギルドの艦から下りてきたのはカリーン支部の受付で俺の質問に答えてくれたギルド職員、ピカミィさんだった。


「ああ、ピカミィさんが来てくれたんですね」

「は、はい! たまたまジャックさんの窓口を担当した私に声が掛かって。それよりも、です!」


 ズンズンと足音激しく近付いてきたピカミィさんは、腰を腕に当てながらズイッと顔を近づけてきた。


「どうしてこんなに危ないことをしたんですか! 下手をすれば死んでいたかもしれないんですよ!」


 真剣な表情で怒りを表し、ピカミィさんが詰め寄ってくる。


「ガンバン一家は懸賞金の掛かった海賊で、今のジャックさんでは太刀打ちできないって忠告したじゃないですか! それなのに――」

「は、はは、いやぁ相手が油断してくれてなんとかなりました」

「油断とか、そんなレベルの問題じゃないですってばーっ! もう! 報告を聞いたとき、私がどれだけ心配したことかー!」


 涙目になって俺を責めるピカミィさんに、


「ごめんなさい」


 俺は素直に謝るしか術を持たなかった。


「全く……無事だったから良かったですけど。もう二度とこんな危ない橋は渡らないでくださいね?」

「は、はい。善処します」

「善処……はぁ~……傭兵っていつもそうなんだから……!」


 ブツブツと愚痴を零したピカミィさんは、テンションを切り替えるように大きく深呼吸をしたあとメガネをピカッと光らせた。


「とにかく。これからギルド職員による内部調査を行います。それが終わるまでは艦で大人しくしててください」

「了解です。けど内部調査ってどんなことをするんです?」

「主に海賊の所有物の確認です。どれだけの資産を有しているのかをギルド職員が調べます。その後、ジャックさんに移譲される資産をリスト化するのが私たちの仕事ですね」

「なるほど」

「ちなみにリスト化されるのは海賊たちが所有した艦艇であるとか、武器弾薬……あと奴隷なんかも資産と見なされてリスト化されます」

「奴隷もですか。でも奴隷の移譲ってどうやってするんです?」

「その点はご安心を。銀河連邦政府から奴隷専門の特別な職員に同行してもらっていますから。その職員に任せておけば銀河連邦法に沿って合法的に奴隷の所有権を移譲できますよ」

「そうなんですね。ああ、そういえば……マーニ、例のものを」

「ん。これ、先行して調べておいたリスト」

「え? あ、はい。どうも。中を拝見させてもらいますね」


 そう言うとピカミィさんはマーニから渡されたリストをパラパラとめくっていった。


「ふむふむ、おおー、なるほどー……これはすごい。海賊たちの資産の詳細が丁寧にリスト化されてますね。これは有り難いです!」

「ははっ、待っている間、暇だったもので。ステーションのマスターAIから情報を引き出しておいたんです」

「助かります。ただ業務上、このリストをそのまま使うことはできませんのでリストを参考にしつつ、私たちでも調査させてもらいますね」

「ええ。それは当然です」


 ウソのリストを提出して自分が得をするようにする――そんなことを考える傭兵もいるだろうからギルドとしては当然の判断だ。


「それにしても……かゆいところに手が届く素晴らしいリストですねー。ギルドの職員として欲しいぐらいです。これはこの方が?」

「ええ。俺の自慢の仲間です」

「仲間、ですか……」


 呟いたピカミィさんの視線が、メイドたちの首元に向かう。


「お三方ともジャックさんの奴隷……ですよね?」

「ええ。でもそれが何か?」

「あ、いえいえ。ジャックさんと奴隷の人たち、なんだか仲良しに見えたもので」

「仲良しですよ。俺にとってはかけがえのない仲間ですから」

「仲間、ですか。そうですか。……うん、良いですね!」


 ニコッと微笑んだピカミィさんが、しきりにうんうんと頷き、俺たちの関係を祝福してくれた。


「虐げられる奴隷が多いなかで、ジャックさんと奴隷さんたちの間には確かな絆があるように見えます。そういうの、イエスですよ!」

「……ピカミィさんはそう思うんですか?」

「はい! 職業柄、傭兵や違法者、他にも色々と奴隷を連れた人たちを拝見することがありますけど。……正直、見ていて不快なことも多いんです」

「それは……」


 違法者は言うに及ばず傭兵も奴隷を使う。

 だがその使い方には酷いものも多い。

 雑用をさせるのは言うに及ばず、銃撃戦時に盾代わりに突撃させたり、爆弾を装備させて敵のアジトに突入させて自爆させたり、性奴隷として使ったり。

 奴隷の扱いはとにかく酷い。

 それがこの時代の普通なのだ。

 奴隷の扱いとしてそれが普通だからこそ、不快に思うピカミィさんの感性は普通ではないとも言える。

 俺としては歓迎できる感性だけど、そういう考え方をするピカミィさんにとっては生きづらい世の中かもしれない。

 残念だけどそれが今の時代なのだ。


「だからジャックさんと奴隷さんたちが仲良しなのを見て、私、なんだか安心しちゃいました。可能ならばガンバンたちが所有する奴隷たちも引き取ってあげて欲しいです」

「それは……ええ。できる限りのことはするつもりでいますよ」

「ありがとうございます! それじゃ、私は他の職員と一緒に、すぐにリストアップの作業を進めますね! では!」


 ペコッと頭を下げたピカミィさんは、俺たちに背を向けると同僚たちの元へと走り去った。


「ピカミィさん、良い人ですね」


 走り去ったピカミィさんの後ろ姿を見送りながら、リリアが嬉しそうに呟く。


「ああ。今の時代でもああいう感性の人が居るってのは救いだね」

「本当ならそれが普通だとソールは思うけどねー……」


 複雑な表情を浮かべ、皮肉めいた言葉を零したソールの頭を撫でた。


「その『普通』をこれから広めていこう。俺たちの力で」

「……(コクッ)」



---

 それから――。

 ステーションの中をギルド職員たちが駆け回り、ガンバン一家の所有していた資産のリストアップが進む。

 その間、俺たちは特にやることもなく、アルヴィース号の中でのんびりとした時間を過ごしていた。


「んー、やることがない」


 いや、正確に言うと、やることはある。あるにはある。

 あるのだが、今のタイミングで動くとまずいので動けない、と言った方が正しい。


「違法者とギルド幹部の癒着の証拠、さっさとアーサー兄上に渡したい気持ちはあるんだけどなー」

「ギルド職員が居る間は止めた方が良いとマーニは判断する」

「まぁ、そうだよな」


 可能性は高くないとは言え、ステーションで活動しているギルド職員がアーサー兄上への通信を傍受するかもしれないのだ。

 事が事だけにできる限り慎重に行きたい――。

 と考えているからこそ、今はやることがないという訳だ。


「ギルド職員たち、まだ仕事が終わらないのかな?」

「進捗を確認した。リストアップはほぼ終わっている」

「そうなんですか? じゃあどうして報告がこないんでしょう?」


 マーニの説明にリリアが首を傾げた。


「この廃棄ステーションの所有権をどうするか、迷っているらしい」

「ん? どういうことだ?」

「この廃棄ステーションはギルドののデータベースには掲載されていない施設。だけど現実に廃棄ステーションは実在している」

「ああ、なるほど」


 廃棄されているとは言え、宇宙ステーションは戦略施設だ。

 その所有者は普通、統治政府になるのだが、ギルドのデータベースを確認するとこのステーションは存在していないことになっている。

 情報として存在していないのだから、このステーションは『初めて発見された』ものとなり、それより以前の所有者は存在しないことになる。

 だがステーションは現実として実在しているのだ。

 だったらステーションの扱いをどうするか?

 情報が無いからステーションを『初めて発見されたもの』であるとして処理し、ギルド規定に従い、発見した傭兵にその所有権を渡すのか。

 情報が無くても現実に存在している戦略施設なのだから、傭兵には渡さず所有権を持っているであろう統治政府に返還するのか。

 その二択をどうするべきかで議論が尽きない――というのが今の状況という訳だ。


「ぶっちゃけステーションなんて要らないから、その分、クレジットが欲しいんだけどな」

「ん。それがベスト。だけどこちらから提案するのは不可」

「違法者とギルド幹部の癒着が絡んでるからねー。できるだけ距離を取って知らんぷりしておいたほうが良いだろうしー」

「お姉ちゃん正解」

「となると、まだしばらくは待機しないといけないってことか」

「やることがないなら部屋に籠もってリリアとズッコンバッコンを推奨」

「ふぇっ!?」

「す、するかよそんなこと!」

「どうして? 暇潰しにセックスに耽るのは若者の特権」

「なんならソールも参戦するよー!」

「マーニも参戦希望。初4Pに挑戦するのも悪くない」

「いやせんわ。つか悪いわ! それに俺はそこまで飢えてないぞ!」

「ジャック様、もう飽きた?」

「飽きて! はないけど……いつ連絡が入るか分からない状態で、そんな爛れた生活ができるか」

「えー? ジャック様なら突然連絡が入ってきたとしても大丈夫だよー。すぐ終わるしー」

「ん? なんだそれ。おい、どういう意味だ? 今、不穏な単語が耳に入ってきたんだけどっ!?」

「お姉ちゃんに同意。早いし」

「早いっ!? そ! そ、そ、そ、そ、早漏ちゃうわ!」


 えっ! 違うよね! 十分は保つし! えっ、早漏なの俺っ!?


「だ、大丈夫ですよジャック様! ちゃんとできてます! ジャック様は全然大丈夫ですから!」

「曖昧な慰めは逆に男を傷付ける。リリアはもう少し男心というものを勉強したほうが良い」

「へぅ……そ、そうでしょうかぁ……」

「あははっ、大丈夫大丈夫! リリアはなーんにも悪くないよ! 悪いのは早いジャック様だし!」

「やめろ! それ以上、俺の心に傷を負わせるな……!」


 俺は俺で頑張ってるつもりなんだから!


「まぁジャック様の今後に期待している。せめて二十分は持つように頑張って欲しい」

「ううっ、分かったよ……」


 女性陣から遠回しに不満足を告げられてへこんでいると、外部からの通信を知らせる呼び出し音がブリッジに鳴り響いた。


「ピカミィ女史から通信」

「メインモニターに回して……」

「了解」


 マーニが管制卓を操作すると、ブリッジ中央にあるメインモニターに見知った顔が表示された。


『ジャックさんすみません! 連絡が遅くなりまして……! ってあれ? なんだか元気がないみたいですけど大丈夫ですか?』

「は、ははっ、まぁ色々とありまして……。で、そろそろリストアップは終わった感じですか?」

『はい、お陰様で! まずは資料をお送りしますね!』


 ピカミィさんの台詞とほぼ同時にデジタルデータを受信した。


「マーニ、内容のチェックを頼む」

「ん。……チェック完了。当方に移譲される物品のリストを確認」

「分かった。頂いたリストに掲載されているもの全てが俺の所有物になるって認識で合ってます?」

『その通りです! 大きなモノで言うと、まずはガンバンが使っていた軍用駆逐艦ですね。あとはいくつかの小型艦船と奴隷たちが三百人ほど。他には細々とした武器弾薬やレアメタルなど、って感じです』

「なるほど。売ればそこそこ良い金額になりそうですね」

『駆逐艦をゲットできたのは大きいですよ! 新品を買おうと思えば数億クレジットはしますから! 大収穫ですね、ジャックさん!』

「ありがとうございます。頑張った甲斐がありました」

『ギルド職員の立場から言わせて貰えば、もう二度とこんな無茶はしないで欲しいですけどね』

「それはまぁ……ははっ、今後は気をつけます」

『はい、気をつけて下さい。あと一つ。これは相談なのですが――』


 言いづらそうに言葉を濁したピカミィさんが、俺の表情を窺うようにしながら言葉を続けた。


『ガンバンが拠点にしていたこのステーションなんですが。実はちょっと面倒なことになってまして』

「面倒、ですか?」

『はい。このステーション、実は三百年ほど前に廃棄されたものみたいなんですけどギルドのデータベースに記載されていなくてですね。権利の所在が曖昧なんです』


 ピカミィさんは説明を続ける。


『ステーションは戦略施設ですから所有権はその地の統治政府が持っているのが常なんですけど、そこが曖昧になってまして。ギルドが勝手に所有権を渡すことができないんですよぉ』

「なるほど」

『そこでギルドからの提案なんですが、ジャックさんにはステーションの所有を諦めて頂き、その代わりにギルドからクレジットで謝礼をお支払いする……という形にできるとありがたいなー、なんて……』

「ふむ……」

『ダメ、ですかね……?』


 ピカミィさんは、まるで子犬が飼い主に縋るような目で俺を見る。


「分かりました。それで構いませんよ」

『……っ!! 本当ですかっ!』

「ええ。駆け出しのGランク傭兵がこんなモノを所有していても重荷にしかなりませんし。これからお金が必要になるでしょうし、謝礼を現金で貰えるならそっちの方が有り難いです」


 実際問題、駆逐艦の改装や三百人もの奴隷の維持費を考えれば、クレジットのほうが何百倍も有り難いのだ。


「いかほどクレジットを貰えるのかは気になりますけどね」

『それは……確約はできませんが、ご満足頂ける額になるように私も頑張りますから、それなりに期待してもらっても良いかと!』

「分かりました。全てピカミィさんにお任せします」

『ううっ! ありがとうございますぅぅぅ!』


 モニターの向こうで勢いよく頭を下げたピカミィさんが、すぐに頭を上げていくつかのデータを送ってきた。


『ではステーション関連の処理以外は全ての処理が完了したということで! ギルド発行の移譲証明書をお渡ししますね!』

「データ受領。問題なし」

「はい、受け取りました」

『これでジャックさんたちは移譲された資産にアクセスできるようになりました。すぐに艦を乗り換えて出港されますか?』

「いや、頂いた艦のメンテナンスをしたいので、カリーンに戻りたいですね」

『分かりました。では移譲された資産についてはギルドが責任を持ってカリーンステーションに移送する、ということでどうでしょう?』

「助かりますけど……そんなことまで任せてしまって良いんですか?」

『ステーションの所有権を放棄してもらったそのお礼の一部とでも思って頂ければ』

「なるほど。では遠慮無く。よろしくお願いします」

『承りました! ではカリーンへの移送が完了次第ギルドから連絡を入れますので、受け渡しは後日ということで!』

「了解です。あの、奴隷たちの扱いは――」

『それも大丈夫です。ひとまずギルドに所有権を移管した後、受け渡し時にジャックさんへ所有権を書き換えますので。私が責任を持ってひどい事がされないように目を光らせておきますよ!』

「よろしくお願いします」

『では報告についてはこれで! また後日、カリーンステーションでお会いしましょう!』


 そう言ってピカミィさんからの通信は切断された。


「ふぅ……まぁ上々の結末かな」

「ん。ジャック様、ナイス演技」


 グッと親指をあげたマーニからお褒めの言葉を頂いた。


「ステーションの代金、どれぐらいになるかなー。楽しみだねー♪」

「まぁそこはあまり期待してないけどな」

「そうなんですか?」


 俺の言葉にリリアはちょこんっと首を傾げた。

 あーかわいい。


「いくら戦略施設のステーションでも三百年前に廃棄されたものだからね。よくて一千万クレジットぐらいじゃないかな」

「ギルドの予算も無限じゃない。こちらとしてはその額で充分」

「そういうこと。だけど問題はそれ以外にもあるんだよなー」


 三百人からなる奴隷たちの生活基盤を固めなくちゃいけないし、移譲された駆逐艦に魔改造も施したい。


「正直、お金はいくらあっても足りないから、まだまだアルヴィース号には活躍してもらわないと」

「ん。とりあえず受けていた依頼の遂行を提案」

「未登録船舶の調査だっけー。簡単なミッションだねー♪」

「そうかもしれないけど気持ちを入れ替えて慎重に行こう」


 好事、魔、多しとも言う。

 うまく行っているときほど気を引き締めなければ、どんな落とし穴が待っているか分からない。


「とにかくこのステーションでの俺たちの仕事は終わった。さっさと宇宙の海に戻ろうか」

「ん。出航準備を進める」

「りょーかいでぇ~す!」

「あぅ、あぅ、ええと、私は――」

「そうだな。まずは俺たちに美味しい紅茶を淹れて欲しいな」

「はいっ! とびきり美味しく淹れてさしあげますね!」


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