【第24話】アミャーミャ・アクエリアス

 銀河連邦――。

 それは惑星テラで生存していた人類が、大気が汚染された母なる星であるテラを捨て、宇宙に旅立った直後に設立された組織だ。

 銀河連邦には、銀河系に存在する統治国家の八割が所属しており、所属国家の代表には爵位が与えられる。

 爵位は銀河連邦への貢献度によって割り振られ、騎子爵から公爵までの爵位によって様々な特権が与えられた。

 また銀河連邦は代表に爵位を与えるだけでなく、国家間の調停や裁判、各種法律の制定などの司法を司り、その法に従わない者が居た場合、反逆者のとして銀河連邦軍を差し向けて討伐することを繰り返してきた。


 今や銀河連邦は人類全体の統治機関として人々の上に君臨し、その権力には何人たりとも逆らうことのできない巨大組織になっていた。

 その銀河連邦を牛耳っているのが『古き貴き家門』と呼ばれている十二家の貴族たちだ。


 『古き貴き家門』を構成する十二家門は、神代かみよの時代に邪神を信奉し、異能力によって人々に圧政を布いていた権力者を打倒し、人類を救った英雄たちの末裔と言われている。

 英雄たちは邪神討伐の後、疲弊した人類を再興へと導き、その貢献によって人々から特別な尊敬を受けた。

 それは宇宙開拓時代が始まった後も続き、『古き貴き家門』として様々な分野で大きな権力を持つに到る――それが銀河連邦と『古き貴き家門』の関係だった。


 そんな『古き貴き家門』の貴族令嬢であるメアリー・ピスセスとアミャーミャ・アクエリアスの二人が今、両手両足を拘束されて俺の前に居た。


「さて。何から話したら良いものか……」


 拘束された二人の厳しい視線を浴びながら、俺は彼女たちの立場について説明する。


「前回は人名救助という形で二人を艦に乗せたけれど、今回はさすがにそうはいかない。二人のことは正式に捕虜として扱わせてもらう」

「……当然でしょうね。では銀河連邦憲章に定められた規定に従い、捕虜としての処遇を求めます」

「残念ながらそれは無理な話だ。君は知らないかもしれないが、俺たちは当の銀河連邦から反逆者として指名手配されている身でね。テロリスト扱いされている俺たちが銀河連邦憲章に定められた捕虜規定を守る義務はない」

「そ、そんな無体な……っ!」

「無体でもなんでも、法的にはそうなるんだ。……とは言え、別に無体なことをするつもりはないけどね」

「では私たちはどう扱われるのです?」

「それは君たちのほうが良く知っているんじゃないかな?」


 俺は持ってきた物を二人の前に差し出した。


「ひ、ひぃっ!? そ、それは奴隷の首輪ではありませんのっ!?」

「少し違うけど、まぁ似たようなものかな」

「……私たちを貴方の奴隷にすると?」

「ああ。そうしなければ他の奴らが暴発しそうでね」


 貴族令嬢である二人に対し、元奴隷のアルヴィース号クルーたちの風当たりは強い。

 それも当然のことだ。

 クルーたちが奴隷となった原因は、『古き貴き家門』が牛耳る銀河連邦が定めた法によるものだからだ。

 異能力――魔法を扱う力の、現代での呼称だ――を持って生まれただけでこの世に生まれた瞬間に奴隷の烙印を押され、酷い扱いを受けることになったのだから。

 自分だけのことじゃない。

 今まで縁を持ちながら死んでいった奴隷仲間たちのことを考えれば、捕虜となった貴族に対し、その命を奪うことで相応の報いを与えたいと思うのは当然の感情だろう。


「それを押し止めるにはこうするしか無くてね。二人には俺直属の奴隷になってもらう」


 護衛として伴ったクルーに首輪を渡して二人に装着するよう頼んだ。


「この隷属の首輪はいくつかの効果がある。隷属の制約、秘匿の制約が主な効果だけど……まっ、二人にはピンと来ないだろうな」

「ううっ、名門アクエリアス家の三女であるこのわたくしが、反逆者の手によって奴隷の首輪をつけられるなんて! わたくしはきっと男たちの手で何度も何度もレイプされて、身も心も壊されていくのですわ……っ!」

「いやそんなことしねーよ!」


 盛大に泣き喚くアミャーミャ嬢の横で、メアリー嬢は表面上は冷静な態度で俺に質問してきた。


「専用の機材もないのに、なぜ貴方が首輪を扱うことができるんです?」

「はっ!? それは確かにそうですわ。奴隷の首輪は専門家でなければ扱うことができないと士官学校で教えられましたわよ!」

「確かに銀河連邦には奴隷専門の機関があったな。まぁそれはおいおい説明するよ。まずは最初の命令だ。二人は今後、俺や仲間に対して危害を加えることを禁ずる。これは主人である俺からの命令だ」


 俺の言葉に反応するように首輪が一瞬、光を放った。


「これでよし。じゃあ二人の拘束を外して」

「ほ、本当に良いんですか?」

「案じていることは分かるけど大丈夫。ほら、早く」

「はぁ……」


 渋々といった表情で頷いたクルーが、俺に指示された通り、二人の手足から拘束具を外した。その途端――、


「き、貴様、何をっ!?」


 両手両足を解放されたメアリー嬢は素早く立ち上がると、銃を奪おうとしてクルーに襲いかかった。

 いや、襲いかかろうとした。だが、そのとき――。


「くっ、身体が、動かない……っ!?」


 クルーに飛びかかろうとしたメアリーは、不自然に身体を硬直させて派手に床に倒れ込んでしまった。


「メ、メアリー様っ!? 大丈夫ですのっ!? くっ、この卑怯者! メアリー様に何をしたんですのっ!?」

「なにって……それが隷属の制約だ。言っただろう? 俺や仲間に対して危害を加えることを禁ずるって」

「そんな事でどうしてメアリー様がっ!?」

「それが隷属の首輪の効果だからだよ。……銀河連邦が使っている奴隷の首輪と違って、懲罰用の機能を付けていないだけマシだと思ってくれ」


 奴隷の首輪には奴隷に対して肉体的懲罰を与える機能が備わっていて、奴隷が反抗しようものなら主人の一声で激痛を与えることができる

 だが俺の作った隷属の首輪にはその機能は付けておらず、代わりに行動を制限するための機能を付与していた。


「奴隷たちは生まれながらに首輪を填められ、主人の機嫌が悪いだとか、なんとなくむかつくからなんて理由で折檻される毎日を送っているんだよ」


 言いながら、俺は床に倒れたメアリーの身体を引っ張り起こした。

 立ち上がったメアリーは警戒心を露わにしながら俺から距離を取ると、手足が動くことを確認する。


「動く……」

「だから言ったろ? 俺や仲間たちに危害を加えることを禁ずるって。今のはクルーに危害を加えようとしたことで首輪が反応し、君の身体の自由を奪ったんだ」

「そんなこと、奴隷の首輪にはできないはずです! 人の身体の自由を奪うなんて高度な――」


 そこまで言って、メアリーは何かに気付いたように言葉を止めた。

 メアリーが言おうとしたその先の言葉を、俺は敢えて口にした。


「魔術しかない、って言いたいのか?」

「……っ!?」

「な、なんですの貴方は! どうして『古き貴き家門』の最大の秘密である魔術のことを知っているんですのっ!?」

「……ふーん、魔術のことは『古き貴き家門』しか知らないってことか」

「……? ……ああっ!?」


 しまった! とでも言いたげに口を開けたアミャーミャが、自分の失言に気付く。


「ち、ちちち、違いますわ! なんでもありませんわ! 魔術なんてこの世のどこにもありませんわ! 貴方、何を仰っているのっ!?」

「いいなぁ、その誤魔化し方。君の人の良さが伝わってくる」

「あああ貴方、何を笑っていらっしゃるの! 賊である貴方にそんなこと言われたくありませんわ!」

「それは失礼。……まぁ、アミャーミャ嬢が失言しなくとも、分かっていたことだけどね」

「……なぜ貴方が」

「なぜ魔術のことを知っているかって?」

「……(コクッ)」

「さてどうしてだろうね? 今は教えるつもりはないよ」

「……私たちを奴隷に貶めて、どうするつもりです」

「二人にはその肉体を提供してもらうつもりだ」

「ひ、ひぃ! やっぱりこの男は鬼畜ですわ! このわたくしの身体を荒々しく押し倒して、わたくしを孕ませるつもりですわ!」

「いや、だからしねーよ!」


 相変わらずアミャーミャ嬢はエロ方面特化した妄想を繰り広げるなぁ。

 もしかしてムッツリさんなのか?


「肉体を提供してもらうってのは、肉体労働してもらうってことだ。……二人を連行してくれる?」

「はいっ!」


 俺の指示に答え、護衛として傍に控えていたクルーが二人に銃口を向けた。


「どこに行くつもりです……?」

「それは着いてからのお楽しみ」




//

 隷属の首輪を装着した捕虜――メアリーとアミャーミャの二人を連れて大食堂にやってきた俺は、厨房に向けて声を掛けた。


「オバちゃん、いるー?」


 厨房の中を覗き込むと、小学生ぐらいの背丈を持つ女性が、駆け足で俺の下へとやってきた。


「はいはい、オバちゃんはここにいまっせー! って、なんや、ご主人様やないの。何かありましたん?」


 右手にお玉、左手に調味料の瓶を持ち、奇妙な関西弁を使うこのゴブリン族の女性の名はオバ。

 クルーからオバちゃんと呼ばれて親しまれているこの女性には、アルヴィース号の料理番を務めて貰っていた。


「あった、というかこれからあるというか。この二人をオバちゃんの下につけたいんだけど、使ってくれないかな?」

「それは別にかまやしまへんけど。そのお嬢さん方、もしかして例の捕虜になったっちゅー?」

「そう。ただの捕虜だと色々と危険だから俺直属の奴隷ってことにしたんだけどさ。タダ飯を食わせる余裕はないし、働いてもらったほうが良いかなと思って。糧食班、人が足りないって言ってただろ?」

「そら言ってましたけど……このお嬢さん方、元は貴族のお嬢さん方やろ?使えますん?」

「それなりには使えると思う。メアリーは料理スキルのレベルが高いし、スキルの使い方を覚えれば、オバちゃんの助けになると思うよ」

「ほーん。で、もう一人のお嬢さんはどないなん?」

「あー……まぁ足手まといにはならないかな? 多分」

「はぁ、しゃあないなぁ。まぁ猫の手でも借りたいのは間違いないし、なによりご主人様のお願いや。オバちゃん頑張るわ!」

「手間掛けさせて悪いね」

「ええんやで。オバちゃんに任せとき! ……ちゅーわけで、あんたらの面倒を見るオバちゃんや! 二人ともよろしゅうな!」


 笑顔で挨拶をするオバちゃんに対し、隷属の首輪を装着した二人の表情は固い。


(まっ、すぐに切り替えられるワケもない、か)


 捕虜となるだけではなく、強制的に奴隷にされ、見下していた亜人奴隷の下で働けと言われて貴族であるこの二人が、はいそうですか、と納得できるはずがないだろう。

 だけど――。


(リリアが言っていたように、嫌うにしろ仲良くなるにしろ、お互いのことを知らなければ次の一歩を踏み出せない)


 食堂で料理人としての仕事を通じ、二人には奴隷たちのことを知って欲しいし、クルーたちには二人のことを知って欲しい。


(この二人なら、あるいは――)


 『古き貴き家門』の貴族たちが持つ、亜人や奴隷への典型的な侮蔑感情があまり見えないこの二人ならば、もしかすると良い関係を築けるのではないか――そんな想いがあった。


「オバちゃん、色々と大変だとは思うけど――」

「大丈夫やで。お嬢ちゃんたちはオバちゃんが守ったるさかい、ご主人様は安心しとき」

「……ありがとう。じゃあ二人ともオバちゃんの指示に従って仕事をするように。これは命令だ」


 俺の命令に反応して隷属の首輪が光を放った。


「よし。じゃあオバちゃん、後は任せた」

「はいよ。オバちゃんにお任せや!」


 胸を叩いて任せろと言ってくれたオバちゃんに頭を下げた後、俺は食堂を後にした――。




//

「さて、何からしようかいな……」


 緊張した面持ちで立ち尽くす二人を眺めながら、オバちゃんは腕を組んで思案に暮れていた。


「まずはあんたらの服装をちゃんとせんとな。こっちおいで」


 二人を手招きしてオバは小部屋に入った。

 そこは厨房で働く料理チームのスタッフが作業着に着替える場所だ。

 オバちゃんはビニールで包装された真新しい作業着を取り出し、二人に渡して着替えるよう指示を出した。


「そないな物騒な軍服脱いで作業着に着替え。着替えが終わったら仕込みを始めるから、二人ともしっかり働いてや?」

「……貴女は。貴女は私たちに憎悪をぶつけないのですか?」


 捕虜になったときと同じように、『古き貴き家門』に所属する貴族である自分たちに対して、奴隷たちは皆、憎悪をぶつけるはず――。

 そう覚悟していたメアリーは、オバちゃんと呼ばれたこの女性が淡々と仕事を進める様を見て、不思議そうに尋ねた。


「憎しみがない、っちゅーたら嘘になるな。せやけど、それをあんたらにぶつけて何が変わる? 何も変わらんやろ?」

「それは――」

「オバちゃんはな。生まれた時から奴隷の首輪を填められて、ずーっと奴隷として扱われてたんや。最初の主人は『古き貴き家門』に所属してる、どこぞのお貴族さんやったわ」

「その貴族の家名はなんと?」

「なんやったかな。確かキャンサーとか言ってたと思うけど、まぁそれはどうでもええねん。オバちゃんはそこで屋敷の下働きしててな。一日中働かされて、食事は一日一食、スープとパンのみっちゅー感じで、ほんまひどいとこやったで」


 二人が着替えるまでの間、オバは昔の記憶を思い出すようにポツポツと語り始める。


「あれはオバちゃんが二十歳の頃や。毎日悲惨やったけど、こんなオバちゃんにも恋しい人ができてな。酷い毎日の中でもそれなりに幸せな時間も過ごさせてもらってた。せやけど……その家の三男坊が友達の坊ちゃんども連れてきたときに、オバちゃんの恋人の目つきが気に入らん言うて折檻し始めてな。夕方にはオバちゃんの恋しい人は生ゴミとして捨てられてもーてたわ」

「そんな酷い……! 貴族の風上にも置けませんわっ!」

「ははっ……まぁそれから色々と地獄みたいなひどいこともあったけれど。流れ流れて行き着いたのが今のご主人様の下、ってワケや。ご主人様はな、オバちゃんに聞いてくれてん。何ができるか、何がしたいかって。オバちゃん、なんもできんかったけど、料理がしてみたいって言ってん。そしたら、あのご主人様は一からオバちゃんに料理を教えてくれてな。たくさん失敗したのに、あのご主人様は笑って許してくれて、何度も挑戦させてくれた。……今のオバちゃんがあるのはジャック様のお陰やねん」

「彼がそんなことを……」

「で、オバちゃんは気が付いたんや。ジャック様はお貴族様やのに、オバちゃんを奴隷から解放してくれて、やりたいことをやらせてくれた。同じお貴族様だったとしても色々あるんやなってな。だからオバちゃんはあんたらが『古き貴き家門ハイ・ファミリア』のお貴族様やったとしても怒りをぶつけることはせん。怒りをぶつけるんは、奴隷制度っていうクソな制度に対してだけや」


 そう宣言するとオバは着替えを終えた少女たちに向き直った。


「この時代の常識をぶっ壊す。それがオバちゃんたち奴隷を前にして宣言したご主人様の言葉や。本当にできるかどうかオバちゃんにも分からんけど……ご主人様のその言葉を聞いて、オバちゃんは胸が熱くなったんや。このご主人様のために働きたいってな。あんなん生まれて初めてのことやったわ。だからオバちゃんたちはあのご主人様に忠誠を尽くしとる。それが銀河を敵に回すことであったとしても、オバちゃんたちはご主人様を信じてついていくだけや」

「……心酔、しているのですね、彼に」

「どうやろな。そんなこと言うたら、あのご主人様はやめてくれー言うて恥ずかしがるか、考えるのを止めたらアカンで! って怒るやろけど。まぁオバちゃんたちはあのご主人様のためなら、どんなことでもしたい、思ってるのは確かやな」

「そう、ですか……」


 オバの答えを聞いてメアリーは思案深げに俯いていた。


「だからオバちゃんはあんたらに酷い仕打ちはせんし、そんなことする子たちからあんたらを守ったる。なにせご主人様から頼まれたことやしな」

「……」

「その代わり、あんたらにはしっかり働いてもらうで。サボッたり、手ぇ抜いたりしたら、この厨房を預かるオバちゃんが、でっかいカミナリ落としたるさかい、覚悟しときや?」

「ううっ、どうしてこのわたくし、アクエリアス家の令嬢であるこのアミャーミャ・アクエリアスが下働きなどしなくてはなりませんの……」

「仕事に上も下もあるかいな。オバちゃんたちの仕事は、頑張っとる子らに美味しいもんを食べさせてやることや。あんたらだってどうせ食べるなら美味しいもん食べたいやろ?」

「それはそうですが……でもわたくし、料理なんて作ったことありませんわ」

「やったことないなら挑戦してみりゃええ。オバちゃんがしっかり教えたりさかいな。失敗してもええんやで。誰しも最初から上手くやれる人なんておらんねんから」

「……わ、分かりましたわ。わたくし、頑張ってみますわ!」

「おうおう、アンタは見かけによらず素直でええね。よっしゃ、オバちゃんも頑張って教えたるさかい、たんと頑張ってみぃ!」

「ええ!」


 意気投合する二人の見て、メアリーは友人の評価を改めた。


(貴族令嬢の見本のような方だったあのアミャーミャ様が、こんなにも前向きな方だったなんて……知らなかったな)


 メアリーとアミャーミャの付き合いは士官学校に入ってからのもので、長いというほどのものではない。

 同じ衛生課に所属していたというだけであり、深く人柄を理解しているというワケでもなかった。

 メアリーからすれば、アミャーミャという女性は鷹揚で何事に対しても真剣になることなく、貴族同士の関係にのみ注力する、言わば貴族令嬢の見本のような存在だった。


 十二家門の筆頭とも言われるライブラ公爵家の一人娘であるアンジェリカの親友であったメアリーは、アンジェリカのことを探ろうとする女子生徒からすり寄られることが多かった。

 そのため、メアリーは友人という存在を作ろうとはしなかった。

 親友の足を引っ張りたくなかったからでもあるが、それ以上に、メアリーの発言を政治的に利用しようとする輩から身を守るためでもあった。

 そんなメアリーの唯一の例外がアミャーミャとの関係だ。

 人柄が良く、令嬢としての付き合いはするものの政治的な立ち回りに興味を示さないアミャーミャの存在は、貴族間の政治的陰謀などに利用される恐怖を持つメアリーにとって、一服の清涼剤のようなものだった。

 深入りせず、かといって疎遠にもならない――そんな距離感を好ましく思えばこそ、メアリーはアミャーミャと良好な関係を築いてきたのだ。

 だが良好な関係だからといって、相手のことを深く知っているかというのはまた別の話だ。

 捕虜という境遇に陥ったことで、メアリーはアミャーミャの新しい一面を知ることができた――そのことがなんとなく嬉しかった。

 だからこそメアリーはアミャーミャを見倣おうと決めた。


(この艦のことを探るのであれば、例え奴隷であろうともこれは良い機会なのかもしれない)


 そんな考えも頭に浮かぶ。

 ならば、今の境遇を悲観するのではなく、アミャーミャのように前向きに行動すれば良い――そう考え、メアリーは俯き加減の頭を上げた。


「私は何をすれば良いのです?」

「せやな。まずは材料の下ごしらえや。しばらくはこの厨房でのやり方に慣れてもろて、その後はスキルの使い方なんかを教えてあげるわ」

「スキル、ですか? 料理ならそれなりにやっていましたが、プロのような技術スキルは持っていませんが……?」

「あー……まぁスキルについては、おいおい教えるから安心し。今日はとにかく下ごしらえや。なんせこの艦には三百人近くのクルーが乗ってるから、毎日毎食、準備が大変やねん。頼むでお二人さん!」


//次回更新は、06/03(金)18:00を予定

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