【第23話】失態の後始末


 俺が喧嘩を売った『古き貴き家門』からの追求を逃れるため、ハリー兄さんが先手を打って新しく立ち上げた闇企業『スカル・クリムゾン商会』。

 その商会との取引で物資を補給した俺たちは、捕虜解放のためにフォルトゥナステーションの近くにあるザントゥメンステーションに向かった。

 ザントゥメンは第六宙域の端にある辺境の小規模ステーションで、幹線航路からはかなり離れた位置に存在する。

 なぜこんな田舎のステーションを選んだかというと、追撃してきているらしい『古き貴き家門』の艦隊の目を誤魔化すためだ。

 幻影魔法を使って艦のシルエットを偽装し、万全の準備を整えた上で捕虜を解放したのだが――。


「どうしてこうなった……」


 今、俺の目の前に銃をは突きつけられた二人の少女が居る。

 二人とも面識のある少女だ。

 一人はメアリー・ピスセス嬢。

 もう一人はアミャーミャ・アクエリアス嬢。

 ザントゥメンステーションで解放したはずの二人が、何故、今、俺の目の前に居るのか。

 それは――。


「あ、あれは……! あれは一体何なのですかっ! あなたは一体、何者なんですかっ!」

「おおおお、落ち着いてくださいましメアリー様! 今、わたくしたちは銃を持った兵士に囲まれていますのよ……!」

「落ち着いてなんていられません! あの、あの光景を見た後じゃ!」


 突きつけられている銃口を気のも止めず、メアリー嬢は俺に詰め寄ろうとした。

 そのメアリー嬢にソールの拳が飛ぶ。


「この……っ! ジャック様から離れろ!」

「待てソール!」


 殴りかかろうとしたソールをなんとか押し止めたが、他のクルーたちによってメアリー嬢は取り押さえられてしまった。


「お、おいみんな乱暴にするなよ? 相手は女の子なんだからもう少し丁寧にだな……」

「それは無理です。私たちにとって、こいつらとジャック様とでは価値が違う。私たち奴隷にとってジャック様は最高のご主人様だ。そしてこいつら貴族連中は敵だ」

「そうだそうだ! ぶっ殺せ!」

「いやダメだっての。殺すのも乱暴に扱うのも無し! お願いだから俺の言うことを聞いてくれ」


 懇願する俺の言葉に、クルーたちは渋々といった表情で取り押さえていたメアリー嬢を解放した。


「ありがとう。……メアリー嬢ももう少し、状況ってのを考えてくれ。でないと俺が止められなくなる」

「……状況が分かっているからこそ、私はあなたに詰め寄っているのです。何なのですかあれは! どうして私たちは一瞬でこんな場所に連れてこられているのですか!」

「あー……それはー……」


 メアリー嬢の言う『こんな場所』。

 それは俺たちが拠点として新しく作り上げた、例の小惑星だ。

 ザントゥメンステーションで捕虜を解放した俺たちは、一刻も早く辺境宙域に向かおうと考え、長期出航の準備を整えるために一度、拠点に戻ってきたのだ。


 転移魔法を使って。


 解放したら、保護を求めるためにギルドなり銀河連邦の大使館なりに行くだろうと予想していたのだが、どうやらメアリー嬢は勇気に富むご令嬢だったらしく、解放されたフリをして艦に潜伏しようと考えたらしい。

 ザントゥメンステーションで解放された直後、護送した艦にしがみつき、アルヴィース号へ戻ろうとしたのだ。

 護送した艦の艦長を務めていたガンドは、メアリー嬢の行動に気付くことなくアルヴィース号に戻り、俺たちはガンドを回収した後、すぐに転移魔法を発動。

 一瞬にして拠点へ帰還したという訳だ。

 メアリー嬢がアルヴィース号の艦内に侵入しようとした際、異変に気付いたガンドたちの手によって無事、捕縛することができたのだが――。


(まずったなぁ……まさかそんな蛮勇に富んだお嬢さんだったとは)


 宇宙服のまま艦にしがみついて艦内部への侵入を試みるなんて、どんな特殊部隊だ、って話だ。

 ちなみにアミャーミャ嬢まで居るのは何故かは分からないが、大方、無茶をする友人を止めようとして止められず、巻き込まれてしまったのだろう。


「まぁとりあえず落ち着こうか。今のままじゃロクに話もできやしない」


 メアリー嬢たちを囲むクルーたちに声を掛け、包囲の輪を広げさせる。


「前回は人命救助の意味もあったから丁寧に扱ったけど。これからは正式に捕虜として扱うからそのつもりでいてくれ」


 言いながら、二人を拘束するように指示を出す。


「くっ……!」

「ちょ、ちょっと何ですので! わたくしに触らないでくださいます、この無礼者!」

「悪いが殺されないだけマシと思ってくれ」


 もちろん無駄に人命を損ねるような真似をするつもりはない。

 だけどこの二人のお嬢様とクルーの命、どちらが大切かと問われれば、俺は迷いなくクルーと答えるだろう。

 クルーたちに危険が及ばないようにするのは艦長の役目でもあるから、二人を大人しくさせるために強い言葉を使うことに躊躇はない。


 二人は宇宙服を着たままの状態で両手を拘束され、艦の独房へと連行されていった――。



「んー、マズったなぁ……まさか解放した後、すぐに艦に侵入しようとするなんて。さすがに予測できなかった」


 艦長室でリリアが淹れてくれたお茶を飲みながら、起こってしまった事態をどう収めようかと考える。


「す、すごいですよね。怖くないんでしょうか、メアリーさん……」

「怖い、という感情よりも先に、使命感に突き動かされたのかもね」


 艦に潜入調査して、その情報を何らかの方法で伝えようとしたのだろうか?

 どうしてそこまでするのかは分からないが、油断のならない女の子だ。

 さすが士官候補生、ということなのだろうか。


「それで、ご主人様はあの方たちはどうするおつもりですか?」

「うーん……どうしようかなー……リリアはどうしたい?」

「ふぇっ!? わ、私ですかっ!?」


 正直、メアリー嬢たちの処遇については考えあぐねている所だ。

 創世の女神ユーミルを酷い目に遭わせた『古き貴き家門』に対して意趣を持つマーニやソールに聞いたら、即答で『放り出せ』と言うだろうし、他のクルーたちに聞いても同様だろうし。


「うん、リリアの意見を聞かせて欲しい」

「私は……あの……できれば、その……お友達になりたいかなって」

「へっ?」

「あぅ、ご、ごめんなさいっ! 変なことを言っちゃいました!」

「いや、別に良いんだけど。リリアは彼女たちと友達になりたいの?」

「……(コクッ)」


 遠慮がちに頷いたリリアを見て、俺は思わず考え込む。


(いくらリリアが優しいからといって、奴隷に対して偏見を持っていそうな貴族のあの二人に引き合わせたくはないな……)


 心ない言葉を浴びせられてリリアが傷つく事態は避けたい。


(だけど……リリアがやりたいということを無碍に却下するのは嫌だな)


 リリアがやりたいこと。リリアが望むことをさせてあげたい。


「リリアはどうして二人と友達になりたいの?」

「それは……その、私とあの方たちとは身分違いではありますけど、お話してみなければ、相手のことは何も分からないですし……相手のことが分からない状態で、えっと、仲良くしたり、戦ったり、憎んだり、手を繋いだりしたくはないなって」


 一つ一つ、言葉を選びながら、リリアは俺の質問に答えてくれた。


「つまり相手のことを知りたい?」

「はい。相手のことを知って、自分のことを知ってもらって。そうした後でやっぱり喧嘩になっちゃうのは、仕方ないかなって思うんですけど……でも私はちゃんと相手のことを知っておきたいなって」

「そっか……」

「ダメ、でしょうか……」

「……いや、ダメじゃないよ。だけどリリアがそう思っていても、相手が同じ考えでいるとは限らない。だから少し待っていてくれるかな?」

「はいっ!」


 俺の返答に満足したのか、リリアは嬉しそうに頷いた。


(お友達になりたい、か……)


 リリアの言葉はあまりにも楽観的なように思える。

 だけど言っていることは、人として至極真っ当なことだ。


(好きになるにも、嫌いになるにも、まずは相手のことを知り、自分のことを知ってもらう、か……。確かに必要なことかもしれないな)


 奴隷制度を制定して異能を持つ者たちを生まれながらに奴隷に落とし、酷使している『古き貴き家門』たち。

 そして『古き貴き家門』の手によって残酷な運命に追い落とされ、理不尽な扱いをされてきた奴隷たち。

 その両者の間にあるのは侮蔑と憎悪だ。

 それはそれで構わない。


(誰かを。何かを憎むことを止めることはできないのと同じように、誰かを、何かを侮蔑することを本当の意味でやめさせることはできない)


 その両者の状況を打開するため必要なのは情報と時間だろう。

 『古き貴き家門』が奴隷のことを知り、奴隷たちは『古き貴き家門』のことを知る必要がある。

 『古き貴き家門』のことを知ったからと言って、奴隷たちがその存在を赦すことはないだろうし、その逆も同じだろう。

 奴隷たちのことを知ったからと言って、『古き貴き家門』の貴族が奴隷を尊重するようになる、なんてこともない。


(それでも……お互いのことを知らなければ、一歩も踏み出せない)


 お互いのことを知り、理解し――そして両者が適切な距離を見つけることができれば、きっと今までとは少し違う関係を築くことだって不可能じゃないはずだ。

 解決できなかったとしても、考え方の転換を待つ時間を稼ぐのは悪いことじゃないはずだ。

 ならば俺のやることは――。


「……よし」

「ふふっ……決まったみたいですね、ご主人様」

「ああ。リリアのお陰で考えが纏まったよ。ありがとうリリア」

「あぅ……お役に立てたのなら、私は幸せです……♪」


 微笑みを浮かべるリリアに紅茶のお替わりをお願いしたあと、俺は『無限収納』からいくつかの素材を取り出して、魔道具を作る作業を開始した。


//次回更新は 05/27(金) 18:00を予定

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