【第54話】神殺し
メインモニターに映る大きな爆発。
それはアザトースの体表で自爆したストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの命の最後の煌めきだった。
「父上ぇぇぇーーーーっ!」
艦と共に散ってしまった父の最後の言葉を聞き、俺は湧き上がる感情を言葉に籠めて叫んだ。
悲しかった。
苦しかった。
泣き叫びたかった。
だが悲しみに暮れるワケにはいかなかった。
俺は艦長で、多くの仲間たちのリーダーを務めているのだ。
ともすれば崩れ落ちそうになる感情を奮い立たせながら、俺は拳を握り締めて前を向いた。
「父上の作ってくださった道、俺が必ず突き抜けてみせます……!」
巨大戦艦の自爆特攻によってアザトースの体表は剥き出しになった。
だがそこは細胞がブクブクと泡立つように再生を始めている。
残された時間は少ない。
「ソール、マーニ、ノート。
「集めるって……女神の力の源である霊素を人の身に集中すれば、ジャック様の肉体と精神が保たないよ……!」
「いくらユーミルお姉様の加護を持っているとはいえ、ジャック様の本質は『人』。さすがに危険すぎますの」
「……ううん、やろう。ジャック様なら大丈夫」
「ちょっ、マーニっ! 何言ってるのっ!?」
「そうですわ! 危険過ぎますの!」
「危険なのは分かってる。だけど神殺しは本来、『人』の役目。女神である私たちでは異世界の神を殺すことはできない」
「それは! そう、だけど……!」
「大丈夫だソール。俺はきっと成し遂げる。道を切り開いてくれた父上のために。この世界を創ったユーミルのために。この世界に生きる人たちのために。それが俺の役目だ。そうだろ?」
前々世、日本で生まれ育ち、そしてルミドガルド世界に喚ばれてユーミルから使命を受けた。
前世ではルミドガルド世界の人々が平和に暮らせるように尽力した。
そして今世。
俺は異世界の神の侵略をはね除けてこの世界を護る。
それがルミドガルド世界と共に生きてきた、俺の命の証だ。
「そうだね……。はぁ。ジャック様ってほんと底抜けのお人好しなんだから」
「ほんとですの。でもジャック様の決心が固いのであれば、ノートの全力でジャック様を護って見せますの」
「ああ、頼りにしてる」
ふと視線を感じて横を見ると、リリアが瞳に涙を浮かべながら何か言いたげな表情でこちらを見つめていた。
何かを言いかけるように口を開き――だがすぐに口を閉じたリリアが、泣き笑いのような表情を浮かべた。
「私はご主人様を信じています」
俺の無事を。
そして俺が神殺しを成し遂げることを。
信じている――リリアは非難もせず否定もせず、俺のやろうとしていることを静かに見守り、そう言ってくれた。
それだけで充分だ。
「ああ。俺に任せろ」
艦長席のマギ・インターフェースに手を乗せて三女神たちと魔力接合を行った。
三人の女神が持つ特殊な魔力――エーテルがリンクラインを通して俺の身体に流れ込んでくる。
大賢者の称号を持つ俺が扱える特殊な魔力――霊素は、神性を備えるが故に穢れを持つ人の身である人間が扱うときには大きな苦痛が伴う。
神の力で体内がジリジリと焼き焦がされていく感覚を歯を食いしばって堪えながら、俺は三人の女神たちと霊素を繋げていく。
体内に蓄積していく霊素。
胸の奥が炎で炙られているような痛みを感じながら、俺は究極魔法を行使するために霊素を練る。
マギ・インターフェースを通して宇宙空間に魔法陣を描く。
十個、五十個、百個―やがて万を超す魔法陣を一つに束ね、魔法陣を敷き詰めた大魔法陣を宇宙空間に展開する。
体内で精錬し、圧縮した
漆黒の宇宙空間に描かれた大魔法陣が白い光を放ち、近辺の宙域を明るく照らす。
その輝きは太陽のように峻烈で、光を浴びただけでアザトースを護っていた化け物たちが塵となってその存在を消滅させる。
準備は万端だ。
「大賢者、一世一代の究極魔法……! 遠慮無く食らいやがれ!」
胸に湧き出す想いを籠めて叫びながら、俺はアザトースの体表――父上が切り開いてくれた場所に向けて魔法を放った。
「
その声を発動鍵として宇宙空間に描かれた大魔法陣が発動した。
霊素が大魔法陣を構成する万を超す魔法陣に行き渡ると同時に、大魔法陣が一つの剣を現出させる。
霊素を触媒として現出した青白い炎を纏う巨大な剣。
その剣は小惑星ほどの大きさを持つアザトースさえも圧倒する大きさを持ち、宇宙空間に堂々とそびえ立つ。
「ルミドガルドはユーミルの作った世界だ! 異世界の神なんてお呼びじゃねーんだよ!」
霊素を籠めた腕を前に突き出すと、その動きと連動した巨大な剣がアザトースに向けて振り下ろされた。
絶対零度の宇宙空間を豪炎で焼き焦がしながら『全てを焼き尽くす神焔の剣』はアザトースの身体に神焔の刃を食い込ませる。
「うおおおおおっ!」
俺は雄叫びを上げながら神焔の剣で異世界の創世神を両断するべく、体内の霊素をマギ・インターフェースに注ぎ込んだ。
人の身で使う神の奇跡とも言える究極魔法。
霊素の
頭の中が高熱で溶けるような錯覚を覚える。
沸騰した血は肌の表面から滲み出し、鼻孔から血が溢れ出す。
人の身の限界を感じながらも、俺は更に力を振り絞った。
この命尽きても構わない。
この世界を。
この世界に生きる人々を護るために。
ユーミルが創り上げ、見守ってきたこの世界を護るために――!
「この世界から消えちまえ!
渾身の雄叫びを上げながら最後の力を振り絞り剣を振り切った。
その瞬間、アザトースの活動が一瞬、停止した。
「痴愚の魔王の生命活動、停止を確認したですの! でもすぐに復活すると思いますの! お姉様方、今ですの!」
「了解! マーニ! あの化け物を押し返すよ!」
「ん! 亀裂を修復してやつを封印する……!」
俺の身体に流れ込んできていた霊素が、今度は三女神の身体に向かって流れていく。
体内を焼き焦がしていた霊素が濃度を薄めると、身体が一気に脱力し、俺は艦長席にへたりこんでしまった。
「ご主人様!」
心配そうな声を上げて傍に駆け寄ろうとするリリアを制止し、俺は気力を振り絞って姿勢を戻した。
「大丈夫。最後まで頑張ろう」
「はい……っ!」
血に塗れた俺を見て悲痛な表情を浮かべながらも、リリアは俺の心中を察したのか管制卓に戻ってメインモニターを睨み付ける。
「『事象の地平線』修復魔法陣、構築完了ですの!」
「あとはソールたちの全力で……!」
「この世界、おまえの好きにはさせない……!」
三女神の身体が白く輝く。
その光は神性を帯びた霊素が輝く光だ。
マギ・インターフェースによって宇宙空間に描かれた魔法陣に、三女神の霊素が充填されていく。
そして――。
「『
三女神が美しい声で
まるで傷を治す細胞のように空間の亀裂が埋まっていく。
そんな中、アザトースは再び活動を再開し、ルミドガルド世界に這い出でようと触手を伸ばした。
「いい加減、諦めろってーっ!」
見苦しく蠢く異世界の創世神を罵りながら、ソールたちが神性魔法を打ち込んでいく。
やがて……亀裂にしがみついていた最後の触手が焼き切られ、アザトースの本体は時空の狭間へと姿を消した――。
//
「やった……のか?」
メインモニターに映る宇宙空間。
そこには普段と変わらぬ暗黒と、その暗黒の海に浮かぶ星の煌めきが映し出されていた。
「宙域全域に確認されていた亀裂は全て修復できましたの」
「やった、やったよジャック様!」
「マーニたちはルミドガルド世界を守れた……」
「そうか。何とかなったか……良かった」
三女神たちの答えに安堵した俺は胸の奥に溜まっていた息を吐き出し、艦長席のシートに背中を預けた。
神との戦い。そして父上との別離――。
次々と起こった波乱に気が抜けてしまったのか、俺は次の指示を出せずに居た。
そんな時――アルヴィース号に通信が入った。
「ご主人様、通信が入ったニャ! これは……!」
ミミの報告の声を待つこともなくブリッジのモニターに移る姿。
それは――。
『何を呆けておるのだ我が愛しの三男坊よ!』
「ち、父上!? 生きて……生きていらっしゃったんですか!」
『当然よ。このフランシス・ドレイクがそう簡単に死ぬと思うたか!』
「いいえ……いいえ! それでこそ父上です!」
『ガハハハッ! そうであろうそうであろう! だがジャックよ。いつまでも腑抜けておるなよ! 貴様はその艦の艦長なのであろう? だったらすぐに次の指示を出せ! それがおまえの責務であろうが!』
死んだと思っていた父上が、生きて俺を叱咤してくれている。
こんなに嬉しいことはなかった。
「はいっ! リリア、今の状況は――」
「アルヴィース号後方の討伐艦隊、攻撃を停止! どうやら状況が理解できずに混乱しているようです!」
「ありがとう。ならやることは一つ。ですよね、父上!」
『おうよ。我らは海賊ドレイク一家だ! 我が愛しの三男坊よ。今こそ号令を掛けよ! この宙域に居る全ての仲間に!』
「はい!」
父上の激励を受け、俺は艦長席から立ち上がる。
(この世界を侵略してきた神との戦いはひとまず勝利に終えた。だけどいつか再び、奴らはこの世界を侵略してくるだろう。ならば俺のやることは一つだ)
仲間を集め、国を興し、力をつける。
いつか来る神との再戦に向けて。
だから今こそ――。
俺は仲間たちに向けて指示を出した。
「よし! この宙域からトンズラするぞ!」
//第一部(完)まで全編公開中です
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