【第53話】父の背中は大きく、そして逞しかった


「機関いっぱい、両舷全速――!」

「ヨーソロー!」


 フランシスの指示に機関担当のクルーが古い言葉で応える。


「これより本艦はあの化け物に対して主砲攻撃を行う! ジャックの話では相手はどこぞの神様なんだそうだがそんなことはドレイク一家にゃ関係無え! 例え神だろうが仏だろうが王だろうが貴族だろうが、ドレイク一家の征く道に立ち塞がるならやるこたぁは一つだ! 違うか!』


 そうだ!

 各所から上がる勇ましい賛同の声。

 その声に満足げに頷きながらフランシスは演説を続ける。


「この世界は神のものか? いいや違う! 世界はすべて生きとし生ける者たちの戦場だ! それなのに神とやらが無作法にもその真剣勝負の戦場を土足で踏みにじってきやがる! そんなことが許せるのか!」


 許せねえよなぁ!

 決して上品とは言えないがそれ以上に頼もしい声が各所で上がる。


「そうだ! 許せるはずもない! この世は生きとし生ける者が真剣勝負する場なのだ! 神ごときが口出しして良い場ではない!」


 そういうとフランシスは艦長席から立ち上がった。


「だからこそ! 我らドレイク一家が神とやらに言い聞かせてやろうではないか! 神ごときが何をイキリ散らしていやがるんだと!」


 応っ!

 ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの船員たちが、フランシスの檄に高らかに応じる。


「仰ぎ見よ! 海賊の旗を! 心せよ! 海賊の生き様を! ドレイク一家に敗北の二文字なし! 我らが手に勝利の栄光を!」


 勝利を!

 ブリッジに響く海賊の雄叫び。

 その雄叫びを聞きながらフランシスは前方を指差した。


「ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク! 突撃ぃぃぃーーー!」


 船長であるフランシスの声に応え、ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクがアザトースに向けて最大戦速で接近する。

 自分に向けて突進してくる小さな異物に気付いたのか、アザトースの触手は小癪な艦に向けてビームを放つ。

 触れれば塵も残さず分子から破壊される必殺の攻撃『分子破壊光線ディストラクション・レイだ。

 神の怒りとも言えるその一撃を耐える力を、ただの戦艦でしかないストロング・ザ・ビッグ・ドレイクが持っていようはずがない。

 だがそんなことでひるむフランシスではなかった。


「たかがビームの一つや二つ、我らに通用するものか!」


 腕組みをして仁王立ちしたフランシスは、豪快に笑いながらメインモニターを通してアザトースを睨み付ける。

 アザトースの放った光線がストロング・ザ・ビッグ・ドレイクに直撃する――その瞬間、艦の周囲を半透明の障壁が包み込んだ。


『父上、何やってんですか!』

「おお、ジャックか。助勢感謝する」

『感謝する、じゃないですよ! あの攻撃は一撃でも当たれば艦が消滅するぐらい危険な――』

「火力で戦をするわけではない!」

『……っ!?』

「戦はココでするものよ!」


 そう言うとフランシスは自らの胸を拳で叩いた。


「違うかジャック!」

『……ははっ、いいえ違いません。では父上。ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの防御は俺たちにお任せを。後方から父上の戦い方、存分に拝見させてもらいます』

「うむ! 子に戦い方を教えてやれるとは、俺も良き戦場を得たものだ! ガッハッハッハッ!」


 楽しげに破顔するフランシスにオペレーターからの声が届く。


「主砲の射程に到達しました!」

「よぉし! ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク、主砲スタンバイ!」

「アイ・アイサー」

「全主砲、砲撃準備! 仰角調整問題なし。質量弾装填準備」

「装填開始。二分で砲撃可能です!」

「遅ーい! 一分でしろ!」

「一分了解。ブリッジより弾薬保管庫へ通達。装填作業の速度をあげよ」

『おいおいオヤジぃ! また無茶なこと言うじゃねえか!』

「無茶は承知! だが無理は言うてはいまい?」

『そういうこと言われたら張り切っちまうじゃねーかよぉ! 野郎ども、一分で装填すっぞ!』

『おおおーーーーーっ!』


 モニターに映る汗にまみれた男たちが、楽しそうに笑いながらフランシスの要請に応える。やがてきっかり一分後。


「主砲装填完了しました」

『オヤジぃ、どうよぉ!』

「うむ! 大義であった! 生きて戻った暁には秘蔵の酒をくれてやる!」

『へへっ、そりゃあ良い! 生きて一緒に飲みましょうぜ!』

「おう、楽しみにしとくわい!」


 弾薬保管庫のメンバーたちにニカッと満面の笑顔を返したフランシスは、メインモニターに向き直る。


「目標! わけの分からん化け物! 全弾斉射で薙ぎ払え!」

「アイ・アイサー」

「機関稼働率上昇、重力ブレーキ展開度MAX。総員衝撃に備えよ」

「仰角よし。照準よし。主砲発射準備完了」

「いつでもいけます、閣下!」

「よーし!」


 精神を集中するように目を閉じたフランシスは、やがて――。


「主砲、発射ぁぁぁぁーーーーーーっ!」


 天に向かって吠えるように雄叫びをあげた。

 その瞬間、艦内に鼓膜が破れそうなほどの大音量で主砲の発射音が鳴り響いた。


 主砲から発射された超質量の砲弾が遮るものの無い宇宙を流星のような速度で駆け抜け、アザトースの外殻に命中する。

 着弾と共に外殻が崩壊し、宇宙空間に破片が派手に飛び散った。


「よぉし! 次弾装填用意!」

「アイ・アイサー」


 命中を確認したフランシスはすぐに次弾の指示を出した。

 その指示を受けてクルーたちが迅速に動くなか、隣に控える副官に顔を向ける。


「ドーベル。総員に退艦準備をさせておけ」

「おや。閣下にしては珍しく弱気ですな」

「ぬかせ。必殺の主砲も大きな相手にすればひっかき傷のようなもの。ならば神の頬をぶん殴るためには捨てねばなるまい」

「承知しました。しかしこの艦を捨てるのは名残惜しいですな」

「仕方あるまいて。ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクのジェネレータを暴走させれば小惑星ぐらい吹き飛ばせる。兵器は所詮、兵器よ。愛着があるのは良いが、それに拘っていては勝機を見失う。心に残っておればそれで良しだ」

「その通りですな。では準備をしておきましょう」

「頼む」

「主砲、発射準備完了しました!」

「よぉし! 弾を全て打ち尽くすほどに化け物に食らわせてやれぃ!」

「アイ・アイサー!」


 フランシスの指示に勇猛な声で応えると、砲撃手たちが次々に超口径の主砲を命中させていく。

 圧倒的なまでも威力でアザトースの外殻を粉砕していくストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの超口径主砲弾。

 その威力を嫌がっているのか、化け物は半狂乱で触手から必殺のビームを放つ。

 自分を護っている化け物たちを巻き込みながら放たれるビームは、だがストロング・ザ・ビッグ・ドレイクに着弾する前にジャックたちの張った何重もの結界によって阻まれた。

 やがてアザトースの本体を守る外殻に大きな亀裂が出現した。

 だがその亀裂は出現と同時に超速度で再生を開始し、ものの数分で攻撃は元の木阿弥になるように見え、フランシスはすぐに次の指示を出した。


「打ち方止めぃ! ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクはこれより化け物に対して衝角攻撃に移る! 総員配置につけ!」


 通信機を通して乗組員たちの声がブリッジに響く。


「艦首超巨大衝角展開。ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク高速形態に変形開始」

「機関圧力上昇。一分で臨界到達」

「副砲全てに装填完了。衝角攻撃成功と共に全弾斉射可能」

「総員配置完了。いつでもいけます閣下!」


 クルーたちから上がってくる報告に満足そうに頷くと、フランシスは胸を膨らませるほど息を吸い込み――そして叫んだ。


我らが大旗を空に掲げよライズ・ザ・ビッグフラッグ!」


 その声と同時にストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの艦橋上に巨大なホロフラッグが展開した。

 宇宙の暗闇をバックに光を纏ったホロフラッグがたなびく様子を仰ぎ見ると、クルーたちの心の奥底から勇気の炎が湧き上がる。


「いざ神に見せん、海賊魂! ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク全速前進!」

「ヨーソロー!」


 ブリッジのクルーたちが一斉に唱和すると、ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクは宇宙空間を滑るように加速していった。

 艦橋から見える星々の光が後方に流れ、小惑星サイズの化け物との距離が一気に縮まる。


「目標! 化け物の外殻にある亀裂! そこにストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの衝角攻撃を命中させればあとはジャックが何とかするだろう! 操縦をオートにしたあと、総員退艦せよ!」


 指揮官の指示に困惑することなく、クルーたちは了解と応えてフランシスの指示を実行する。


「全ての管制を艦長席に集約しました!」

「よし。皆、無事に退艦せよ」

「はっ! 閣下、ご武運を!」

「うむ!」


 クルーたちが艦橋から退出する背中を見送ると、フランシスはメインモニターを睨み付ける。


「閣下。私は最後までお供しますよ」

「おお、心強いな。では操艦を頼もうか」

「お任せあれ」


 恭しく敬礼したドーベルが副官席に備え付けられた管制卓を操作する。


「二人だけというのも何やら懐かしいですな」

「ガハハッ! 旗揚げした頃は俺とお主の二人だけであったからな」

「あの頃は無茶ばかりしていましたが……まさかこの歳になってもまた無茶ばかりするとは思いもしませんでした」

「だが背中を追いかけてくる者どものために道を切り開くのだから、無茶のしがいもあるだろうて」

「全く。良き人生を過ごしたものです」


 二人は目を見交わして破顔した。

 それは人生に満足を覚えた男たちの笑顔だった。


「衝角にエネルギーフィールド展開! やつの土手っ腹にぶち込むぞ!」

「アイ・アイサー!」


 艦橋に響く二人の男の声。

 その声に後押しされるように、最高速に到達したストロング・ザ・ビッグ・ドレイクがアザトースの外殻に鋭い角を突き立てた。

 激突の衝撃で激しく揺れる艦橋で、フランシスは声を張り上げる。


「衝角を打ち込め!」

「応っ!」


 腹が震えるほどの轟音が響くと同時に、ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの艦首に展開された衝角が発射され、アザトースの外殻を突き抜けて本体に到達する。


「道は作った! あとは任せたぞ! 我が愛する三男坊よ!」

「機関、臨界点に到達! 派手な花火になりそうですな!」

「おう! 良き戦であったわ! ガハハハハハッ!」


//第一部(完)まで全編公開中です

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