【第9話】『魔術』と『魔法』

【二幕一章二節】『魔術』と『魔法』


(ふぅ……宇宙服、着慣れていないからなんだか少し窮屈ね……)

 首に密着する宇宙服を気にしているアンジェリカに、操舵士からの報告が届く。

「サン・シーロ、予定宙域に到着!」

「了解しました。魔術師に詠唱の準備をするよう伝達! 近衛軍からの命令が下り次第、軍隊魔術を行使すると伝えて!」

「アイ・アイマム!」

「トーマス。行使される魔術は何だと思う?」

「この規模の艦艇で行使できる攻撃魔術となると――『流星撃メテオシャワー』か『収束光線ライト・レイ』でしょうか」

「『氷焔アウルゲルミル』という可能性は?」

「まさか。十二家門当主の半数から許諾を得なければ行使できない禁術を近衛軍が使うとは思えません。それに例え使用するにしても、まだ候補生でしかない僕たちが禁術の魔術陣を組めるはずがないのは近衛軍も承知しているでしょう」

「それもそうね……だけどレーザー砲撃を耐え抜いた敵に、果たしてその程度の魔術が効くのかしら」

「魔術を使った収束攻撃は通常攻撃とは比べものにならない威力です。艦長の仰ることはただの杞憂ですよ」

「……そうかもしれないわね」


 胸の中に過る嫌な予感。

 その予感を消し去ることのできないアンジェリカは副長トーマスの言葉に曖昧に答えた。

 そんな中、通信士が報告の声を上げた。


「艦長! 近衛軍より魔術行使の命令が下りました! 使用軍隊魔術は『収束光線』のようです!」

「魔術師に伝達。術式を編んだ後、タイミングを合わせて魔術を行使するように」

「アイ・アイマム!」

「サン・シーロ、閃光防御シールドを展開」

「カウントダウン入ります! 二十、十九、十八、十七――」


 ブリッジに響く通信士の声。

 その声を聞きながら、ブリッジクルーたちは固唾を呑んでメインモニターに視線を集中させる。


「……三、二、一、ゼロ!」

「『収束光線』発動!」


 アンジェリカの声が響くや否や、配置に突いていた魔術師たちが一斉に魔術を行使した。

 発動した魔術はメインモニターは白くぼやけさせ、圧倒的なまでの光量で宇宙空間を疾走していく。


「発動を確認! 『収束光線』、不明艦着弾まで僅か――着弾! 不明艦の損傷を確認! 中破と推定されます!」

「やった……っ!」


 観測士の報告にブリッジに居るクルーたちが歓喜の声を上げる。

 そんな中――。


(中破? 軍隊魔術によって行使された『収束光線』を受けて、駆逐艦が中破しかしなかった……?)


 軍隊魔術は宇宙空間に艦艇を配置して魔術陣を構築し、各艦艇に搭乗している魔術師たちがタイミングを合わせて同じ魔術を行使する特殊なものだ。

 その威力は魔術を行使する人数によって大きく変化する。

 三千にものぼる艦艇が同じ魔術を使用した今回の行使では、同じ数の艦艇ぐらいは余裕で消滅させられるほどの威力のはずだ。

 それなのに――。


「観測員! 不明艦の損害を詳細に確認しなさい!」

「ア、アイマム!」


 アンジェリカの指示を受け、観測士が端末にかじりつく。

 やがて、


「確認しました! 映像をメインモニターに回します!」


 その声と共にブリッジ中央にあるメインモニターに不明艦の状態が映像として映し出された。


「おおーっ! やっぱり軍隊魔術すげぇ!」

「ほんと……艦がボロボロになってる……!」


 ブリッジの各所で歓声が上がるなか、トーマスが首を傾げた。


「鎮まれ! 歓声をあげるほどのものかコレが! 軍隊魔術による攻撃なんだぞっ!? なのに何故、不明艦は中破しかしていないのかを考えろ!」

「それは……」

「あれだけの軍隊魔術に曝されたのだ。本来であるならば跡形もなく消滅しているはず。それなのに中破だと? あの不明艦は一体何なのだ!」

「トーマス副長! 貴方が取り乱してどうする。少し落ち着きなさい」

「しかし艦長!」

「あの不明艦が何なのか、それは私も気になります。ですが今は作戦行動中ですよ? 貴方には冷静な言動を求めます」

「……はっ。失礼しました」

「分かってくれたのであればそれで良いです。……通信士! 近衛軍旗艦からの連絡は無いのか!」

「はい! あ、いえ……たった今入りました! 第二射の準備をせよ、とのことです!」

「分かった。魔術師の準備は?」

「二射目はなんとかなります! ただ、マナポーションを摂取したとしても三射目は魔力が足りない状況になりそうです」

「了解した。通信士は近衛軍旗艦に本艦の状況を報告しておくように」

「アイ・アイマム!」

「二射目を発動次第、本艦は後方に下がり、予備艦艇と交代する。各員、そのつもりで行動せよ!」


 アンジェリカの命令にブリッジの各所で了解の声が上がる。

 そんな中、通信士が第二射発動のカウントダウンを始めた。


「三、二、一――ゼロ!」

「『収束光線』発動!」


 アンジェリカの命令を受け、駆逐艦サン・シーロに搭乗している魔術師たちが再び魔術を行使した。

 目を開けていられないほどの強烈な光が、暗闇の宇宙空間を引き裂き、瞬時に目標へ到達する。


「よし、命中だ!」

「やった!」

「今度こそ絶対に沈むだろう!」

「手間掛けさせやがって!」


 メインモニターを白く染めた光を見つめていたクルーたちが、勝利を確信したように歓声を上げた。

 だが――。


「ま、魔術が消滅してしまいました! ふ、不明艦に損傷無し!」

「何が起こった!」


 信じられない事態を目の当たりにしてトーマスが怒声を上げる。


「わ、分かりません! 発動した『収束光線』は確かに不明艦に命中しました! でも命中した瞬間、消失してしまって――」


 未曾有の状況に混乱する観測士は、それでも職務に忠実たらんと計器やデータを読み解いて見解を告げた。


「分かりません、じゃ分からないだろう! 報告はもっと正確にしろ!」

「で、でも……っ! 分からないものは分からないんです!」

「貴様! 職務を放棄するつもりか!」

「トーマス! 少し落ち着きなさい!」

「しかし艦長!」

「良いから! 観測士、報告ありがとう。引き続き、不明艦の動向に注目しておいてください」

「アイ・アイマム!」


 アンジェリカの助け船に感謝するように敬礼した観測士は、着席して再び端末にかじりつき――すぐに驚愕の声を上げた。


「そ、そんなぁ!」

「今度は何っ!? どうしたのっ!?」

「ふ、不明艦から魔力反応がっ!」

「何ですって……っ!? 間違いは無いのっ!?」

「計器は全て正常です! 間違いなく不明艦から巨大な魔力反応が検知されています!」

「まさか、そんな――」


 魔力――。

 それはこの世界の大半の人間には知らされていない『この世界の隠された真実』であり『真理』の一つのはずだ。

 魔力を行使できるのは選ばれた者――十二家門に連なる者だけ。

 アンジェリカたちはそう教えられていた。

 その選ばれた者たちが幼少の頃から魔力感知の厳しい鍛錬を行い、そしてようやく魔術を行使できるようになるのだ。

 例え『邪神教』の者たちでも、例え『奴隷解放戦線』の者たちでも、魔力を感知し魔術を行使できるはずがない。

 それなのに――。


「不明艦、なおも魔力増大! すごい、こんな数値見たことない……」

「増大とはどういうことだ! 正確に報告しろ!」

「不明艦の魔力数値は、この宙域にいるどの艦艇よりも巨大です! その数値、およそ三十万!」

「さん……っ!?」

「おかしいだろうそれは! 三千もの近衛軍が集まり、何千人もの魔術師が軍隊魔術を行使する今の状況で、こちらの魔力数値は十万にも満たない数値なんだぞ? その三倍の数値をあの不明艦一隻がたたき出しているとでも言うのかっ!?」

「だって! データではそうなっているんだもの!」


 トーマスに責められ続けていた観測士が、とうとう癇癪を起こして声を荒げた。


「そんなに私の報告が気に入らないのなら、自分で調べてみなさいよ、この頭デッカチのクソ眼鏡野郎!」

「き、貴様ぁ! 艦に搭乗している時のルールを忘れたかぁ!」

「うるさいうるさいうるさい! 本当のことを言っているのに疑うアンタが悪いんでしょう!」

「くっ……どけっ!」

「きゃっ!」


 トーマスは端末に駆け寄ると、立ち尽くす観測士の少女を押しのけてデータを確認する。


「そ、んな……」

「トーマス! 正確に報告しなさい!」

「そ、それが……不明艦の魔力反応が増大し、今は五十万に――」


 絶句し、絶望した表情で報告を上げたトーマスは、その場にへなへなと崩れ落ちてしまった。

 そんなトーマスを蹴り飛ばして端末に座り直した観測士が、いくつものデータを確認しながら報告を続ける。


「艦長! 不明艦周囲に多数の魔力反応あり! 魔術陣が構築されています!」

「メインモニターに回して!」

「はい!」


 アンジェリカの要請に応え、観測士は標的の周辺を映像としてメインモニターに映し出す。


「確かに魔術陣だけど……あんなの見たことがない。誰か! あの魔術陣のことが分かる人は居るっ!?」


 アンジェリカの問い掛けにブリッジクルーは一様に首を横に振った。

 そんな中、観測士の少女は目まぐるしく変化する状況に対応して現状の報告を続けていた。


「魔術陣、なおも展開! その数は……十、百、千……計測不能!」

「そんな……っ!?」

「おい、魔術陣って宇宙空間に構築することができないから、艦艇で陣を構築するってのが常識だったはずだよなっ!?」

「そうだよ。なのにどうしてあいつは宇宙空間に魔術陣を描けているんだよ! おかしいだろっ!」


 口々に喚きながら、茫然とするブリッジクルーたち。

 そんな中、アンジェリカは声を張り上げた。


「サン・シーロ後進! 予定通り後方の予備部隊に持ち場を任せます! 急いで!」

「は、はいっ!」

「魔術師に伝達! マナポーションの再使用を許可! 魔力を回復させた後、サン・シーロに防御魔術を展開しなさい!」

「あ、アイ・アイマム!」


 茫然としていたクルーたちはアンジェリカの声で活気づき、命令されたことを忠実に実行する。

 そんな中、崩れ落ちたままの状態だったトーマスに対し、アンジェリカは叱責の声を浴びせた。


「トーマス! いつまで呆けてないで! しっかりしなさい!」

「……はっ!? い、イエス・マム!」

「本艦はこのまま後進し、不明艦からの反撃に備えます。各員に万が一に備えておくようにと伝えなさい!」

「アイ・アイマム!」


 普段通り――とまではいかないまでも、何とか立ち直った様子を見せたトーマスが、アンジェリカの指示に従って全艦に命令を下した。

 そんな中、観測士が悲鳴にも似た声を上げる。


「ひぃ! な、なにあれ……っ! あんなの見たことない……っ!」

「何が――」


 何があったのか。

 そう言って報告を促そうとしたアンジェリカの目が、メインモニターに吸い寄せられた。


「なに、あれは……っ!?」


 メインモニターに映る光景。

 それは惑星テラが見えなくなるほど数多く展開された魔術陣。

 そして――。


「あれはまさか……『氷焔アウルゲルミル……っ!?」

「ち、違います! あれは禁術指定されている『氷焔』ですらありません……! あんな魔術、艦のデータベースには登録されていません!」

「データベースにない魔術? はっ!? とにかく後進急いで!」

「あ、アイ・アイマム!」

「ダメです艦長! 不明艦からの攻撃……来ます――!」

「総員対ショック防御! 衝撃に備え――」


 アンジェリカの気丈な命令は、だがすぐに爆音によってかき消された。


「本艦に着弾! 被害甚大です!」

「被害区域を閉鎖! ダメージコントロール!」

「は、はいっ!」

「状況報告を!」

「不明艦の攻撃が擦ったようです! 攻撃の余波により艦体の三分の一が消失!」

「艦内火災発生! 乗組員、宇宙に放り出されています!」

「救命ボート射出急いで!」

「もうやってます!」


 緊迫した声が飛び交うブリッジに艦体を揺らす衝撃と二度目の爆発音が響いた。

 あちこちで端末が破壊され、モニターが砕け散る。

 その破片が宙を滑り、アンジェリカの顔に傷を付けた。


「くっ……」


 引き裂かれた肌から流れ出る赤い血。

 その傷を手で押さえつけながら、アンジェリカは周囲を確認する。


「キャーッ!」

「くそっ、なんだってんだよ!」

「機関部損傷! このままでは爆発します!」

「操舵士、重傷! 衛生兵を呼んで! いやぁ、死なないで! 死んじゃだめよグリーンっ!」


 阿鼻叫喚の様相を呈したブリッジの中央で、へたり込んで動けなくなったトーマスが、まるで壊れたオルゴールのように同じ言葉を繰り返す。


「ダメだ……僕たちはもうダメなんだぁ……っ!」


 混乱し、絶望の声を上げるトーマスの言葉に、ブリッジにいたクルーたちが恐怖の声を上げた。


「いやぁ! 死にたくない! 死にたくない!」

「に、逃げよう! 今ならまだ間に合う!」

「バカ野郎! 俺たちブリッジクルーが先に逃げてどうするんだよ!」

「でもよぉ!」


 統率も何もなくなったブリッジの様子を見て、アンジェリカは毅然とした声を上げた。


「くっ……我が艦は任務遂行能力を喪失したと判断します! 遺憾ながら艦を放棄し、全搭乗員に脱出を命じます! みんな急いで!」

「は、はい!」


 混乱していたクルーたちはアンジェリカの声を聞いて我に返り、すぐさま待避を命じるサイレンを鳴らすと、一目散にブリッジから逃げ出していった。

 その後ろ姿を見送りながら、


「一体、何が起こったっていうの……?」


 あちこちで爆発が起こるブリッジの中で、アンジェリカは茫然と立ち尽くしていた。


(クラスメイトが……仲間たちが死んでしまった……)


 不明艦の攻撃が擦っただけで艦体の三分の一が損傷し、多くの仲間たちが宇宙に放り出された。

 防御魔術など何の役にも立たず、ただやられるがままに無様を曝し、戦場に屍を放り出す。

 なぜ。

 どうして。

 頭の中をぐるぐると回る後悔の念と、心の中でメラメラと燃えさかる憎しみの炎。

 そんな中、アンジェリカは見てしまった。

 半壊し、満足に役目を果たすことができなくなったメインモニターに映る旗の映像を。


 幼い頃、好きだった御伽噺――。

 勇者が白馬に乗って邪神を倒し、世界を平和に導く物語に登場した、神話の勇者を示すあの旗を。

 意気揚々と勇者の旗を翻し、戦場を離脱していく憎き仇の姿を。

 アンジェリカは見てしまった。


「おまえか! おまえが私の友人たちの命を奪ったのか! 絶対に……絶対に復讐してやる! おまえをいつかこの手で殺してやる! 覚えておけ我が名を……! アンジェリカ・フィリス・ライブラが、絶対に貴様を殺してやるからな!」

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