【第21話】それぞれの征く道


 ラーズがフランシスの参陣を許可してから三日が経過した。

 全ての準備を整えたフランシスは旗艦の艦長席に座り、出航準備に勤しむクルーたちを眺めていた。


「閣下」

「ドーベルか。どうした?」

「はっ。たった今、孺子殿より指示が届きました。どうやら我らは殿しんがりを務めることになるようです」

「は? 殿? 先鋒ではなく、か?」

「そのようで」

「……心中定かならぬ者に背中を預けるとは、あの孺子、頭がおかしいのではないか?」

「大度を示し、閣下を心服させようとしているのかもしれませんな」

「あの孺子に心服? ゾッとするわ……」

「先日の会合でも感じましたが、あの孺子殿は何やら屈折しておりますな。権力を振りかざす。やたらと武張ってみせる。……己の力を誇示することでしか自己主張ができないのでしょうが、その力も親の七光でしかない。……屈折するのも分からんでもないのですが」

「傍迷惑な話ではあるが……『古き貴き家門』などという立場に縛られていればそうもなる、か」

「さて。平民である私にはとんと分からぬ感情ではありますが」

「そんなもの。今でさえ子爵と呼ばれておるが俺とて同じよ」

「『古き貴き家門』……そのような骨董品に振り回される時代の弊害ではありますでしょうな」

「だが骨董品とは言え、集団を纏めるために必要なものではある。これからジャックが何をしようとしているのか。親としては楽しみでもあるがな」


 銀河を支配していると言っても過言ではない力を持つ『古き貴き家門』という集団。

 その集団と敵対した息子の考えについて、フランシスは見当もついていない。

 だが何の考えも無しに感情に任せて強者に喧嘩を売るような息子ではないとフランシスは信じていた。


「何にせよ、配置が決まったのであればそれに従うのみ。ドーベルよ、我が最強の恋人を孺子共に見せつけてやるとしようか」

「はっ。各員出航準備!」

「アイ・アイサー!」


 ドーベルの号令にブリッジクルーたちが一斉に声を上げた。


「各部開放ハッチ閉鎖確認。クルーは所定の位置に付け」

「マザードック、エアロック解放完了。牽引索パージ」

「エレメントジェネレータ出力上昇、パルスエンジン稼働開始」

「各砲塔異常なし。出航準備、完了致しました!」

「よし。では閣下、号令を」

「うむ!」


 ドーベルの報告を受けてフランシスが艦長席から立ち上がった。

 メインモニターに映し出される宇宙を指差し、堂々たる面持ちで出航の命令を下した。


「『ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク』、発進!」

「アイ・アイサー!」

「パルスエンジン点火確認。各機関出力上昇!」

「船体安定。エアロック通過確認」

「ビームフラッグ展開! 我らがフラッグよ! 雄々しき髑髏と曲刀の旗よ! 我らの航海に栄光あれ!」

「栄光あれ!」


 フランシスの歌うような声にクルーたちが続き、皆が皆、朗朗たる声で『海賊の歌』を歌い上げる。


「航海の目的は我らが最愛の息子ジャックとの親子喧嘩である! 皆の力添え、よろしく頼むぞ!」

「おおーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」




///

 フランシス艦隊が意気揚々とマザードックを出航した頃――。

 その光景を目の当たりにした『反逆者討伐部隊』の面々が、呆気にとられたように目を丸くしていた。


「マザードック、ハッチ開放を確認。フランシス・ドレイクの旗艦が出航するようです」

「なんだあれは……」


 艦長席に座るラーズがポカンッと口を開けて驚愕の声を漏らした。

 それは艦橋スタッフたちの声を代弁したとも言える。

 皆が皆、メインモニターに映る巨大な艦の姿に視線を集中させて茫然とした様子を見せていた。

 そんな艦橋でただ一人、目をキラキラと輝かせている者が居た。


「おお。これはまた……フランシス殿もどうやら本気のようですな」


 憧れに満ちた目でメインモニターを見つめ、この男にしては珍しく、感情に富んだ声音で呟きを漏らした。


「ガリフ、貴様、あの艦を知っているのか?」

「はっ。第七辺境宙域では知らぬ者はいないでしょう。あれこそが伝説の海賊、『海賊王』フランシス・ドレイク提督の旗艦。『ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク』です」

「……なんだそのふざけた名は」

「宇宙開拓時代初期に少数だけ建造された艦をベースに、大改修を施した最強戦艦。大口径三連装砲塔四門、弾道ミサイル発射口十八門。他にも大小の対空レーザー機銃を備え、船首には突撃用の衝角ラムを備えた、正に究極の海賊船とも言える艦。それがフランシス・ドレイク提督の旗艦、『ストロング・ザ・ビッグ・ドレイク』です」

「大口径の砲塔四門だと? なんだその時代遅れの艤装は。そんなものが今の時代に役に立つのか」

「光学兵器が主流となった今では、どのような艦にもエネルギーフィールドが存在しておりますが、大口径三連砲塔が撃ち出す超重量の質量砲弾を止められるようなエネルギーフィールドはありませんからな。どのような防御も一撃で粉砕する、まさに一撃必殺の武器でありましょう」

「ふんっ、馬鹿らしい。質量砲弾など艦に余分なウェイトを掛けるゴミではないか」

「ええ。今の時代ではそのように考えられておりますな」

「ならばあの艦はロートル艦ということだ。そのような艦を見て騒ぐなど、誇り高き十二家門の軍人のすることではないぞ」

「……失礼致しました」


 主の言葉に素直に頷きを返し、自らの高揚を押し殺したガリフだったが、少年のようにキラキラと光る瞳を抑えることができないでいた。

 常に無表情で居た副官の珍しい表情を、ラーズは不機嫌そうに一瞥するとメインモニターに視線を戻す。


(ふんっ。ロートルがロートル艦に乗っている事の何が面白いのか)


 賞賛するような態度を取るガリフに対し苛立ちを覚えながら、ラーズは浮き足立つクルーを一喝する。


「貴様ら、いつまでロートル艦に目を奪われておるのだ! さっさと目的地へ進路を取れ!」

「ア、アイ・アイサー!」


 ラーズの怒声にクルーたちはメインモニターから視線を外し、それぞれの端末にかじりつく。


(まぁ良い。あのジジィの艦は予想外だったが、ロートル艦とは言え使い道はあるだろう。うまく行けば艦隊に損害を出さずに賊を討伐することもできよう。くくくっ、俺にも運が回ってきたな)


 理想的な未来を想像したラーズは、腹の底から溢れ出してくる笑いを抑えることができないでいた――。




//

 フランシス・ドレイクが拠点『マザードック』から出航した頃。

 『マザードック』から大きく離れた地点で、一隻の艦が宙を漂う岩石の陰に身を隠していた。


「ハリー様。前方500、複数の艦影を確認しました」


 メイド服に身を包んだオペレーターが、レーダー端末をジッと見つめながら報告の声をあげる。


「ありがとう。……さすがアーサー兄さん。時間通りだ」


 兄の手腕を素直に賞賛するハリーの傍に、一人の少女がトコトコと歩み寄ると、メインモニターを見上げて嬉しそうに声を上げた。


「わー、あれがアーサーお兄ちゃんの乗っているお船なんだぁ。ねぇねぇハリーお兄ちゃん。アーサーお兄ちゃん、元気にしてるかなぁ?」

「ああ、元気だったよ。でもこの前、通信でシャーロットに早く会いたいって嘆いてた」

「うふふっ、そうなんだぁ? あのね、あのね、シャルも早くアーサーお兄ちゃんにお会いしたいの♪」

「ふふっ、もう少しの我慢だよ。すぐにアーサー兄さんに会わせてあげるから待っててね」

「うん♪ ハリーお兄ちゃん、どうぞよろしくお願いします!」


 スカートの端をちょこんっと摘み、シャーロットと呼ばれた少女は慎ましく頭を下げた。

 そんな少女の姿に、ハリーは相好が崩れるのを止めることができなかった。


「ああ、もう。シャーロットは可愛いなぁ。僕も早くシャーロットみたいな娘が欲しい」


 デレデレした顔を見せるハリーの様子に、シャーロットの傍にいた妙齢の女性がクスクスと楽しげに喉を鳴らした。


「ふふっ、ハリー様とサニー様との間に生まれた子であれば、男の子であれ女の子であれ、きっと可愛い子に違いありませんわ」

「あははっ、そうですね。僕のことは置いておいて、世界一の女性である、サニーの娘ならきっと銀河一可愛い子に決まっていますね」

「あらあら。ご馳走様です」

「最愛の妻ですから。ところでエミリーさん。艦内で不自由などはありませんか?」

「はい。全く。とても快適に過ごさせて頂いています」

「良かった。何か不自由があれば侍女にお知らせくださいね」

「ええ。そのときはお言葉に甘えさせて頂きますわ」


 妙齢の女性――エミリーが感謝の言葉と共にハリーに頭を下げた。


「是非。……君たちもエミリーさんとシャーロット、二人のことをよろしく頼むね」

「はっ」

「お任せください」


 エミリーの両脇に控えた二人の侍女。

 腰に剣を佩き、首輪を装着した二人の侍女は、ハリーの言葉に慇懃に頭を下げた。


(ジャックから送られてきたメイド服姿の女の子たち、か。全員、護衛の訓練を受けているから家族につけて欲しいって話だったけど。……奴隷にしては意志の強い瞳をしてるのが気になるね)


 今は商人をしているハリーも、子供の頃は貴族の子弟の義務として、父親から剣や格闘術の手ほどきを受けていた。

 その経験から、ハリーは弟が送ってきた侍女たちが皆、かなりの実力者であることを見抜いていた。


(全く。あの破天荒で自由奔放な愛すべき弟は、奴隷たちを集めて何をしようと言うのだろう)


 ジャックが描く未来予想図が、商人の目を持ってしても想像できない。

 だからこそ、ハリーはワクワクしているのだ。

 愛すべき弟が描く未来は、どんな世界なのだろうと。


「ハリー様。前方の艦より入電。メインモニターに回します」

「うん、お願い」


 ブリッジ中央上部に備え付けられたモニターに、見知った顔が映し出される。


「やあ、アーサー兄さん。先日ぶりだね。元気にしてた?」

『ああ。ハリーも元気そうで何よりだ』

「お陰様でね。そっちの準備はできてる?」

『当然だ。エミリーさんとシャーロットを保護するために、色々と手を回しておいた』

「さすが、と言いたいところだけど……本当に良かったの? アーサー・ドレイク・カンパニーを解散して」

『それを言うならハリーも同じだろ? 別に構わんさ。愛すべき家族を守るためならば、俺は何だってするつもりだからな』

おとこだね。さすがドレイク家の長男。カッコイイよ」

『ふっ、そうか? もっと褒めてくれても良いんだぞ?』

「すぐ調子に乗るところは、やっぱり兄さんも父上の子供だね」

『えー、そうかぁ? 父上よりは慎重だと思うんだけどなぁ』

「どっちもどっちかなぁ」

『つれない弟だ。……で、これからどうするつもりだ?』

「クリムゾン商会用に用意した拠点があるんだ。ひとまずはそこに身を隠すつもり」

『分かった。なら俺の役目はハリーたちの護衛だな』

「そうだね。拠点で顔を合わせたら、今後について詳細を詰めたいんだけど構わない?」

『もちろんだ。それよりシャーロットは?』

「シャルはここだよー! アーサーお兄ちゃん、お久しぶりなの!」

『おおっ、シャーロットぉ! 会いたかったぞー! 元気にしてたか?』

「うん!」

『それは良かった。後でお兄ちゃんがたっぷり遊んであげるからな。ハリーの言うことを聞いて、もうしばらくは大人しくしておくんだぞ?』

「はーい!」

『うんうん、いいこだ。はぁ~、シャーロットは可愛いなぁ』

「兄さん、声が気持ち悪いよ」

『失礼な。最愛の妹を愛情たっぷりに愛でているだけだぞ』

「言い訳になってないよ。というか、兄さんもそろそろ結婚しなよ」

『うーん、結婚なぁ。俺は面倒な立場だからな。それに母の姿を見ていると、貴族との結婚に対して夢なんざ見られんよ。ハリーが結婚したときは心底驚いたが』

「僕の母もアーサー兄さんの母上のオリヴィア様と同じようなものだしね。だからこそ、早く結婚して幸せな家庭を築きたかったんだ」

『そうか。まぁなんだ。おまえは幸せになれよ』

「僕だけじゃない。家族みんなで幸せになるんだ。そうだろ? 兄さん」

『……そうだな』

「さて。雑談はこれぐらいにしておこうか。拠点へのマップを送るから先導をお願いできるかな?」

『分かった。データを受領後、行動を開始する。……シャーロットぉ、また後でお兄ちゃんと遊ぼうなぁ~!』

「うん! 楽しみにしてるね、アーサーお兄ちゃん!」

『はー可愛い。可愛すぎて時空が歪みそう』

「バカなこと言ってないで、さっさと先導してよね」

『へいへい』


 弟のお小言に肩を竦めながらアーサーは通信を切る。

 やがてオペレーターの一人がハリーに報告の声を上げた。


「先方から入電。『我がケツについてくるべし』だそうです」

「やれやれ。そういう下品なところまで父上の真似をしなくて良いのに」

「あ、その……なんだかすみません、ハリー様。私もあの人にはよく注意しているのですが、こればかりは治せないらしく――」

「ああ、いえいえ。父上は育ちが悪いですからね。まぁその血を引いている僕たちも同じようなものですし」

「ハリーお兄ちゃん、お下品なのー?」

「そうだねぇ。時と場合によりけりだけど、僕も下品な言葉を使うことはあるよ。でもシャーロットは真似しちゃ駄目だからね?」

「うん! シャルはねー、お姫様になりたいの! だから頑張ってお姫様のお勉強をしてるんだよ!」

「お姫様かー。うん、シャーロットならきっとなれるよ。それに今でも僕たち兄妹にとってシャーロットはお姫様だしね」

「えへへー、ありがとー、ハリーお兄ちゃん♪」

「どういたしまして。はー可愛い」


 末妹の仕草にハリーは顔をだらしなく綻ばせた。


「あ、あの、ハリー様。艦を動かす指示を頂きたいのですが……」

「ああ、ごめんごめん。通信に来たとおり、前方の艦のお尻にくっついて移動してください」

「了解しました」


 ハリーの指示を受け、メイド服姿のオペレーターがすぐさま艦の移動に取りかかる。


(エミリーさんに近侍しているメイドさんたちと同じく、うちのオペレーターを務めてくれているメイドさんたちもジャックから送られてきた子たちだけど……護衛もできて、艦の運用もできるなんてすごいな……)


 首元の巻かれた首輪の存在から、メイドたちがジャックの奴隷だということは分かる。

 だけどメイドたちはその首輪を恥じることもなく――いや、逆に誇らしく見えるほど、堂々と装着していた。

 その光景はこの時代ではあり得ない光景だ。


(これがジャックのやりたいことの一端、なのかな)


 この世に生を受けたそのときから奴隷として扱われ、一生、首輪を付けて蔑まされることが決定した亜人たち。

 その存在について、ハリーは子供の頃から違和感を覚えていた。

 人が人を区別し、差別し、侮蔑する――。

 そんな現実なんて無くなれば良いのに、と考えたこともある。

 だが、考え、そう振る舞ったところで、現実を変えることはハリーには出来なかった。

 悔しいと思ったこともある。

 現実なんてそんなものだと諦めたこともある。


(でも……それを為そうとする人がいる。それが僕の弟だなんて、最高のことだね)


 そんな弟が、自分と同じような挫折を味わわないためにも。

 全力で支援したい――ハリーは改めて強く思った。


//次回更新は 05/13(金) 18:00 を予定

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