【第20話】雛鳥と老梟
ドレイク一家の本拠地『マザードック』。
元々は資源惑星として開発されていたのだが、資源が枯渇したことによりフランシスが陞爵した際に主家である『リンケン伯爵家』から譲渡された小惑星だ。
フランシスは穴ぼこだらけだったその小惑星をコツコツと改修し、ドレイク一家の本拠地と定めた。
この小惑星にはドレイク家のみならず、ドレイク一家の構成員とその家族たちも住んでおり、いついかなる時でもすぐに臨戦態勢が整えられるようになっている。
その小惑星を取り囲むように配置された艦隊の中から、一隻の巡洋艦がガイドビーコンに従って『マザードック』に入港した。
「ガリフ。そもそもフランシス・ドレイクとかいうジジィはどういう奴なんだ?」
「フランシス・ドレイク提督……今はダラム宙域の支配者『リンケン伯爵家』に仕える子爵となっていますが、彼はそもそも第七辺境宙域が形成された頃に頭角を表してきた古豪です」
「銀河連邦がダラム周辺を居住可能な辺境宙域と認定した頃からか。なるほどジジィな訳だ」
「およそ四十年ほど前になります。ちょうどその頃、私も第七辺境宙域に居りまして、連日、彼の活躍をニュースで見ていたものです。彼は言うなれば第七辺境宙域
「フンッ、貴族でもない者が英雄とは笑わせる」
「身一つで貴族まで成り上がった事から、特に辺境では成功者の一人として若者たちは皆、フランシス子爵に憧れを抱いておりますから」
「ふむ。つまり敵に回すと厄介ということか?」
「サジタリウス家の威光に弓を引く者が出るとは思えませんが、それでもフランシス殿と事を構えれば、色々と面倒なことが多いかと」
「そうか。ならば事を構える場合はしっかりとした大義名分が必要だな」
「……」
好戦的なラーズの物言いにガリフは無言を貫く。
そんな中、オペレーターが入港の完了を報告した。
「よし。俺はこれより賊の親との会談に挑む。貴様らは臨戦態勢のまま待機せよ! ガリフ、貴様には同行を命じる」
「はっ!」
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ラーズが『マザードック』に上陸した頃、統合作戦司令室ではフランシスが通達された文面を読み、頭を抱えていた。
「なんだこの幼稚な文面は――」
主の嘆息に興味を示し、ドーベルが個別モニターに表示されている文章を横から覗き込んだ。
「我らが『古き貴き家門』に弓を引いた逆賊の親である貴様には、二つの道が用意されている。即ち、降伏か断罪かである。全銀河を敵に回す度胸があるならそれでも良い。当方は剣にて正義を執行するであろう。ハッハッハッ、これはまた見事な落書きですなぁ」
「笑い事ではないぞドーベル? 俺は今から、こんな洟垂れ小僧と会談しなくてはならんのだぞ?」
「心中お察し致します。しかしまぁ、なんというか。
「腹筋を崩壊させるという脅しであるならば、まさに効果覿面だがな」
「笑いすぎて呼吸させないぞ、という脅しの可能性もありますな」
「どちらにせよ、開いた口が塞がらんようにはなったが。はぁ……面倒だ。この手の手合いは行動の予測が付かんから好かん」
「エラ様からの情報によると、司令官は確かラーズ・サジタリウスとか言う孺子殿でしたか」
「うむ。サジタリウス侯爵家の次男坊だ。十二家門の中でも武威を誇る侯爵家だが……よくもまぁ、このような子供に不必要な武力を持たせたものだ。得た力を見せびらかすように使うことを想像できなかったのか? この孺子の親は」
「サジタリウス侯爵家の現当主、ローガン・サジタリウス殿。
「で、あろうよ。さて、どのように対処するか……」
「エラ様によるとラーズという孺子は色々と武張った性格とのこと。そう振る舞ってやれば案外コロッと態度を変えるのでは?」
「ひとまずはその路線で行くか。全く、駆け引きもクソもあったものではない。毛ほども心が躍らんわ」
「まぁまぁそう言わずに。ジャック様のためにもここは一つ、グッと我慢ですぞ閣下!」
「うむ……愛しの三男坊のためにも頑張らんとなぁ」
統合作戦司令室でフランシスが溜息を吐いてから一時間後。
多くの護衛を伴ったラーズがドレイク家の屋敷に到着した。
護衛車両から飛び出してきた奴隷兵たちが銃を構えて周囲を威圧し、ラーズの安全を確保する。
招かれざる客を張り付いた笑顔で観察していたフランシスは、横に控える長年の腹心に小さく愚痴を零していた。
(やれやれ……格好を付けるにしても奴隷兵はないだろう奴隷兵は。気分が悪いわ)
(十二家門に連なる貴族どもの悪癖ですなぁ。奴隷を酷使してそれを誇るというのは)
(全く、どういう神経をしとるのだか……)
内心の呆れを表情には露ほども出さず、フランシスは近付いてきたラーズに対して恭しく一礼した。
「これはこれは。ラーズ・サジタリウス侯爵閣下。当家のような田舎屋敷への
「ほお、賊の親にしては高貴な血に対しての礼儀を弁えていると見える」
フランシスの態度に気をよくしたのか、ラーズは傲慢な笑みを浮かべながら目の前で一礼する男に皮肉を投げつけた。
「銀河連邦の中核たる『古き貴き家門』の方々には、全銀河に住まう者たちであれば誰しもが自然と敬意を持つものです」
「ふむ。なかなか道理を弁えているではないか」
「それはもう。……ささっ、どうぞこちらに。みすぼらしい屋敷ではございますが、精いっぱいのおもてなしをさせて頂きましょう」
「そうか。では先導しろ」
「御意」
恭しく一礼したフランシスは、ラーズを屋敷内の応接室へ先導した。
室内は貴族が好むであろう豪奢な装飾が施され、備え付けられた木造の家具はピカピカに磨かれて、窓から射し込む陽の光を反射していた。
「生憎と我が屋敷には侯爵様ほどの高貴なる方をお招きする部屋が、ここしかございませんが――」
「謙遜する割にはなかなか良い調度品を揃えておるじゃないか」
「有り難きお言葉。この部屋は我が主である『リンケン伯爵』様を招くときにのみ使用する部屋でございます」
「ふむ。自分の主を招く部屋か。そんな部屋に俺を招いて良かったのか?」
「もちろんでございます。我が主からも是非に使って頂きなさい、との言葉を得ております。当方の最大限の誠意と思し召し下され」
「誠意か。ふふふっ、まぁ良いだろう。絆されてやろうではないか」
「おおっ! さすがサジタリウス侯爵家の跡継ぎに相応しい大器。改めてこの爺は感服致しました」
「ふんっ、見え見えのおべっかを言うな。俺は跡継ぎなどではないわ」
「なんと。それはまた……ご当主殿の目のないことよ」
フランシスは眉間を押さえながら大袈裟に嘆息を零す。
「これほどの大器、私ならばすぐに後継者と決めますものを」
「ふんっ、口だけは回ると見える。だが、もういい。口を閉じろ」
「はっ。これは失礼致しました」
制止の言葉に素直に従ったフランシスは、ラーズの対面のソファーに腰を下ろした。
「さて。閣下の御尊来、その目的につきましては
「ふんっ。今更、貴様に謝られても何もならんわ」
深々と頭を垂れるフランシスを見て、ラーズは鼻で笑いながらフランシスの謝罪を一蹴した。
「俺がこのような田舎くんだりまで足を運んだ理由はただ一つ。貴様の態度を確認するためだ」
「態度、でございますか?」
「そうだ。貴様は賊の親である。銀河連邦に弓を引いた逆賊の親なのだ。子の罪を償うのは親の責務というものだろう。だが同時に、子を庇うのも親の情でもあろう」
ラーズはソファーに背中を預けながら尊大な態度で言葉を続ける。
「貴様が銀河連邦に頭を垂れるというのであれば許してやろう。だが子を庇い、銀河の全てを敵に回すというのであれば、この俺自らが貴様の首を跳ね飛ばしてくれる。どうする?」
まるで銀河連邦の支配者でもあるような言葉だ。
その言葉を聞いたフランシスは、だが少しも表情を変えることもなく、パッと明るい表情で言葉を返した。
「それは決まってございます! 不肖の息子の為した事であれば、親である我が身の全てを捧げてご覧に入れましょう」
「ふむ? どうするというのだ?」
「我がドレイク一家の総力をあげて、我が息子の為した事の後始末をつける所存。我が一家で閣下の先鋒を務め、行く道を切り開いてご覧に入れましょう!」
フランシスの言葉を聞いて、ラーズの後ろに控えていたガリフの表情が微かに揺らぐ。
だがラーズはガリフの気配の変化に気付かず、フランシスの言葉を受けて大いに満足したように頷いた。
「つまり貴様は自らの手で息子を討つ、というのだな?」
「このフランシス・ドレイク、我が手によって銀河に仇なす者どもを成敗してご覧に入れましょう」
「くははっ! そうかそうか。自らの手で賊である息子を討つとのたまうか! なかなか面白いジジィだ!」
「老いたりといえど、このフランシス・ドレイク、武人としての誇りを知っております。どうぞ我が艦隊を銀河連邦の先駆けとしてお使い下され!」
「うむ! 良かろう! 賊の親とはいえ殊勝な心がけである! 貴様の覚悟このラーズ・サジタリウスがしかと受け取った。ならば俺の権限によって貴様の罪を免じ、我が反逆者討伐の先鋒としてやろうではないか!」
「おおっ! 有り難き幸せでございます!」
ラーズの宣言を受け、感動の声を上げたフランシスが、ソファーから降りたって青年の前に膝をついた。
「我がドレイク艦隊の力、ご期待くだされ、侯爵閣下」
「くくっ、大言を吐きよるわ。だが喜べ。貴様の大言、期待しておいてやろう」
「有り難きお言葉。ではすぐにでも出航の準備を整えましょう」
「三日待ってやる。しっかりと準備しておけ」
「はっ!」
従順なフランシスの言葉に満足したように笑みを浮かべながら、ラーズはソファーから立ち上がる。
「行くぞガリフ」
「……はっ」
跪くフランシスを一顧だにせず、ラーズは肩で風を切るようにして部屋を出て行った。
「……やれやれ。バカの相手は疲れるが、バカが相手で助かったわ」
「お疲れ様でございました。閣下にしては良いお芝居であったかと」
「芝居をしていて自分で噴き出しそうになったがな」
「ええ。私も思わず笑いが零れそうになりました」
「くくっ、言いよるわ。……だが少し気になる点もある」
「はい。かの孺子殿の背後に居た副官らしき男。私の記憶に間違いがなければガリフ・ドルッセン殿でしたな」
「”轟雷”ガリフか。ダラム宇宙港がテロリストによって制圧されたとき、たった一人で管制塔を奪還した最強の傭兵。そのような男があんな孺子のお守りとはな……」
「しかし閣下。どうやらガリフ殿は閣下の三文芝居……ゴホンッ。演技を見抜いておられるようでしたが」
「当然であろうさ。あの程度の芝居を見抜けぬ男が二つ名で呼ばれるはずもない。だが口に出すのか、出さぬのか……」
「その辺りで孺子殿の背後に何があるのかが推察できますな」
「うむ。ドーベルよ。すまんが探りを入れてもらえるか?」
「御意」
主からの命令を果たすべく、ドーベルが部屋を退出したあと、フランシスは窓からラーズの乗った車両が去って行くのを見送っていた。
「さてさて。この騒ぎをどう収めるつもりなのか。愛するの息子の手腕、期待させてもらおうか」
//次回更新は 05/06 18:00を予定
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