【第19話】フランシス・ドレイク


「ラーズ艦長。目的地を確認しました。フランシス・ドレイク子爵の拠点、『マザードック』です」

「うむ。到着予想時刻はいつだ?」

「およそ三時間後となります」

「分かった。全艦に鶴翼の陣を構えろと通達しろ。我が艦隊の武威を見せつけて賊を生み出した哀れな親の心胆を寒からしめた後、この俺自ら賊の父親を締め上げてやる」

「アイ・アイサー」


 ラーズが艦長席にふんぞり返りながら部下に指示を出した。

 その指示に各員が迅速に仕事を遂行する。

 その様子を見て、ラーズは満足そうに頷いていた。


「ふむ……。航行中、ガリフに任せていた訓練がようやく様になってきたらしい。褒めてやるぞガリフ」

「有り難きお言葉」


 ラーズの賛辞を受けて、ガリフと呼ばれた初老の男が恭しく一礼する。


「さすがは我がサジタリウス家の一軍を任されている将だな。俺が家を継いだあとは私兵たちを束ねる大将軍にでもしてやろうか?」

「ご冗談を」

「何が冗談なものか。この任務が終われば俺は元老院に強いパイプを持つことになる。貴族用の学園で女にうつつを抜かす兄よりも、俺のほうがサジタリウス家を強くできると親父殿も考え直すことになるだろう。だから今のうちに俺に媚びを売っておけよ? クハハハハッ!」

「――」


 高笑いするラーズの横で、ガリフは無表情のまま直立不動の姿勢を崩そうとはしなかった。


「ちっ、つまらん奴だ。まぁ良い。ガリフ、作戦準備は整っているか」

「はっ。潜入部隊の準備は完了しております。しかし坊ちゃん――」

「坊ちゃんと呼ぶなと言ってるだろうが!」

「失礼しました。しかし本当にドレイク家拠点への制圧作戦を実行なさるおつもりですか?」

「当たり前だ。相手は賊の親だぞ? 子が犯した罪の報いを親が受けるのは当然のことだ」

「しかしこの作戦に法的裏付けはありません。最悪の場合、元老院から強いお叱りを受けることになるやも――」

「ちっ。ならばどうせよというのだ?」

「まずは直接顔を合わせ、問い質すのが良いかと」

「そんなことで賊の親が素直に罪を認めると思っているのか?」

「思ってはいませんが何事も順序というものがあります。この艦隊が銀河連邦や元老院の看板を背負っている以上、穏便に事を進めるのが得策です」

「ふむ……確かにそうかもしれんな。俺とてせっかく繋げた元老院とのパイプを失うつもりはない。……分かった。貴様の諫言を受け入れてやろうではないか」

「有り難き幸せ。さすが坊ちゃんです」

「……まぁ良い。ではすぐに会談の準備をしておけ」

「はっ!」


 兵の模範とでも言うべき姿勢で美しい敬礼をした後、ガリフはブリッジを出て行った。


(フンッ、堅物の軍人野郎が。我が家の遠縁とはいえ、戦うことしか能の無い三流貴族を副官につけるなど、親父殿は何を考えているのだか)


 ラーズの父親であるローガン・サジタリウス侯爵は、巌のような重圧を纏う銀河連邦軍の重鎮だ。

 多くの有能な部下を持ち、銀河連邦軍を取り仕切る父は家庭でも同じような厳格さで子供たちを厳しく躾けていた。

 その厳格な父は、だがラーズが後継者の座を狙っていることを知っているはずであるのに、その動きを掣肘しようとはしていない。


(俺と兄上の当主として器を比較したいのだろうが。ふんっ……俺が当主となった暁には、あんたの居場所などこの世から駆逐してやるわ)


 ラーズは腹違いの兄であるライルを憎むと同時に、父親であるサジタリウス家現当主・ローガンをも憎み抜いている。

 それはラーズの母を見殺しにしたからだ。

 その復讐を遂げたいがため、ラーズはサジタリウス家の継承権を求めて暗躍していた。

 元老院との繋がりを持った今、政治的影響力という意味では兄ライルよりも一歩先んじたという自負がラーズにはある。

 だが実力行使できる武力が足りないのだ。


(己の位置を確定させるためには武力が必要なのだ。サジタリウス家の私兵大隊を纏めるガリフなら、あるいは――)


 その協力を得られれば、兄など恐るるに足りない――ラーズは想像の中で兄を足蹴する光景を楽しむ。


「まぁまずは賊の親との会談だ。俺の意に反するような態度を取るなら、鎧袖一触で蹴散らしてやろう。くっくっくっ……あーっはっはっはっ!」




//

「第三次防衛ラインに複数の艦艇を確認。情報にあった銀河連邦軍の艦隊と思われます」


 『マザードック』中枢区画、統合作戦司令室――。

 その司令室を見渡す位置にある椅子に座ったフランシスの下に、スタッフからの報告が届いた。


「了解した。引き続き警戒に当たってくれ」

「アイ・アイサー」


 スタッフの報告に感謝を返しながら、フランシスはメインモニターに映った艦隊を見て盛大に溜息を吐いた。


「はぁ~……なんだ、あのクソ幼稚な陣構えは……」

「鶴翼の陣ですな。情報では司令官は士官学校を出たばかりの若造だそうで。教科書に沿った陣構えはなかなか微笑ましいではありませんか」

「艦隊を展開して圧力を掛けているつもりだろうが……見ているこっちがこっ恥ずかしくなるわ」

「まぁ精いっぱい我らを威嚇しているつもりなのでしょう」

「どう見てもエリマキトカゲがエリマキをたてて喚いているようにしか見えんな」

「まぁそれも威嚇の一種ではありますが……せめてクジャクのように優雅に羽を広げる、そんな美しい陣構えを見せて貰いたいものですなぁ」

「全くだ。あのような幼稚な陣構えを見せられては、いきり立ったモノも萎んでしまうわ」

「んんっ! ゴホンッ。いくら奥方様たちがここに居られないとはいえ、スタッフには女性もおりますので。下品な言葉はお控えください閣下」

「おっと、それもそうだな。すまんすまん。どうも昔のクセが抜けんわ。ドーベルの諫言、いつも助かっておるよ」

「有り難きお言葉」

「で、ドーベルよ。エミリーたちは無事に合流できたのか?」

「ええ。ハリー様によって無事にマザードックからお出かけされました。ご安心ください」

「ふむ。ハリーならば二人を守ってくれるであろう。……はぁ、シャーロットに会えなくなるのがこんなにも切ないとはなぁ」

「アーサー様も後ほど合流するそうですから、お二人の身に万が一はございませんよ」

「うむ。そこは心配しておらんが」

「それよりもオリヴィア様とエヴァ様はどうなされますか?」

「二人とも大した影響力はないであろう。『古き貴き家門』の貴族どもに取り入る程度のことしかできんさ」

「そうではありますが。念のため、我が手の者に内偵させておりますので、いざという時にはお役立てください、閣下」

「おう。いつもすまんな」

「なぁに、昔から閣下のフォローをするのが私の役目ですから」

「ガハハッ、毎度、ドーベルには頭が上がらんわ」

「有り難きお言葉。で、閣下。ひよこがごちゃごちゃと囀りそうではありますが、どういなすおつもりで?」

「うむ。その辺りはすでにジャックと打ち合わせはしておる。我らドレイク艦隊は銀河連邦の要請に唯々諾々と従ってみせるつもりだ」

「なんと。では閣下はジャック様と敵対なさるおつもりですか?」

「敵対? そんなことはせんよ。なにせジャックは愛すべき我が息子なのだからな。だがまぁ、一生の思い出に、一度ぐらいは親子喧嘩をしてみても良いだろうさ。それに我が主であるリンケン伯爵が銀河連邦に逆らうことなどないであろうからな」

「ふむ。銀河連邦の前で戦ってみせると言うことですかな?」

「いや、それなりに本気で戦うつもりではおる。ドレイク一家に勝てないで銀河を回して喧嘩ができるか? できまいて」

「なるほど。ジャック様の力を試すという訳ですか」

「そういうことだ。が、あまり心配はしておらんがな。ちょっとした家族のコミュニケーションだ」

「良いことです。ではそのお考えを方針の中心に据えましょう」

「うむ。……ああ、それとドーベルよ。久しぶりに我が艦の釜に火を入れておいてくれ」

「ほお! 久しぶりに出しますか、あの艦――我らがドレイク一家のDTK艦を。誉れ高き我らが旗艦を!」

「うむ! 一生に一度の親子喧嘩なのだ。派手にぶちかますぞ」

「承知致しました。では御座船の準備はお任せください」

「頼んだぞ」

「はっ!」


//次回更新は 04/29(金)18:00を予定しています

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