最強万能大賢者、転生魔法を使ったら宇宙世紀に転生したので科学と魔法で無双する

【第２２話】メアリー・ピスセス

「姐さーん、捕虜の解放準備、完了したっすよー」

　無重力の宙を滑りながら、短髪の女性が小型シャトルのコクピットに入ってくるなり艦長に報告を上げる。

　艦長席に収まっていたガンドは、その報告を受け取ると、ブリッジに居たもう一人の女に指示を出した。

「おうギニュ、ご苦労さん。ナルマ、荷物の準備を頼む」

「ういっす。つーか姐さん、マジであいつらに装備を返すんすか？」

　ナルマと呼ばれた女は、宇宙服の胸元を大胆に開き、豊かな双胸を見せつけながら、蓮っ葉な言葉遣いでガンドに尋ねる。

「ご主人の指示でな。ちゃんと返せ、だとよ」

「へー。ご主人様もお優しいことっすなー」

「貴族野郎にンなことしたって、感謝なんかしねーだろうに」

「ご主人は感謝して欲しいとも思ってないんじゃねーか？」

「へぇ。男嫌いの姐さんが分かったようなこと言うじゃん。もしかして姐さん、あの風変わりなご主人様、狙ってんのかい？」

「アタイがか？　バカ言うんじゃねーよナルマ。んなこと、アタイが考えるかよ。単に良い主人だから言うことを聞いてやってるだけさ」

「それに姐さんがご主人様に手を出そうとしても、周りに居る人たちがヤバイっすからねー」

「あー……ソールさんにマーニさんか。あの人ら、ほんと謎だわな」

「近接戦闘の訓練、ギニュたちだけじゃなく、姐さんも子供扱いされてるっすもんねー。リリアさん以外バケモノっすよ」

「あー、リリアさんなー。あの人はいい人だな、うん」

「おまえらは何もしらねーのな。リリアもリリアで、めちゃくちゃ強えーぞ？」

「へっ？　でもあの人、訓練なんてしてないっすよね？」

「見たことないけど、マジ？」

「マジだ。そもそもアタイらがご主人の奴隷になるまでは、あの二人の下で訓練してたらしいからな。本人が言うには、ご主人様を守りたいから、だそうだ」

「はー、乙女っすなー」

「いやはや、ウチにゃ無理だわ。一人の男を一途に慕うなんて」

「ナルマはビッチすからなぁ」

「うるせぇ」

「まぁとにかくだ。ご主人直属のメイドどもは皆、アタイより強いってことだ。なのになんでアタイなんかが戦闘部隊の隊長やってんだか……」

「いやいや、そこは姐さんしか務まらないっしょ」

「そうそう。ギニュたち、いい加減っすからね。しっかり者の姐さんが居るからなんとか纏まってられるっすけど」

「姐さんが居なくなったら、ウチらなんて内輪で喧嘩しまくって自滅するしかないっしょ」

「何、自信満々に言ってんだ。おまえらがそんなだから、アタイ一人が苦労することになんだよ。もうちょっとシャキッとしろよ」

「そういうの、向いてないっす」

「右に同じ」

「はぁ～～……ったくよぉ。こんな奴らを指揮しなくちゃなんねーアタイが一番不幸だ……」

「ご愁傷様っす。んで姐さん。ギニュたちは捕虜を解放したあと、どうするんっす？」

「その後はすぐに合流しろ、だとよ。拠点に戻って色々準備したら、いよいよ辺境宙域に向かって出発だそうだ」

「奴隷たちの国を作る、か。……あのご主人様、本気で言ってんのかね」

「本気も本気だろうな。まぁできるんじゃねーか？」

「おろっ。姐さんは信じてるんすか？　あんな夢物語」

「あのご主人なら、やってのけるんじゃないかとな。……願望交じりってのは自分でも理解してるんだが」

「まーた裏切られるんじゃねーの？」

「あのご主人が、アタイらをか？　それは無いな」

「おー、凄い自信っすねー。根拠でもあるんすか？」

「ない。無いが……アタイの勘がそう言ってるんだよ」

「姐さんの勘ねえ。アテになるのかね、それ」

「知らねーよ。ってか、ぐだぐだ言ってねーでてめぇらの仕事をしろ！」

「へいへい」

「んじゃ、ギニュは捕虜たちを解放してくるっす」

「おう。ナルマ、お前は念のため、ギニュの護衛につけ」

「了解」

「ギニュも油断すんなよ？　おまえ、ヌケてるところがあんだからよ」

「ひどいっすなー。でも了解っす！　んじゃ姐さん、行ってくるっすよ」

「おうよ。気をつけてな」

「お任せっす！」

　ブリッジに背を向けたギニュを追いかけるように、ナルマも武器を持ってブリッジを後にする。

　無重力状態の廊下を泳ぐように移動し、二人は捕虜たちが詰め込まれている貨物室前に到着した。

「ナルマ、荷物は持ってきたっすか？」

「おう。杖剣とやらは束にしてもってきてる。いつ渡すよ？」

「んー、解放直後で良いんじゃないっすか。どうせしばらくは動けないように宇宙服の関節はロックしとくっすけど」

「んじゃ、港に放り出したらすぐに出航ってワケね。港の作業員はどうすっかね？」

「どうするっすかねー。そこんとこ、姐さん、どうなんす？」

『宇宙港の作業員にはご主人が鼻薬を効かせてるから問題無い。但しあんま時間は掛けんなよ』

「了解っす。んじゃナルマ、護衛はよろしくっすよ」

「おう」

　貨物室へと続く扉の前で、携行している銃の状態を確認した二人は、呼吸を合わせるように頷きを交わした後、扉を開けて中に入った。

「いやー、お待たせしたっすねー」

　武器を携えて入ってきた二人の姿に、捕虜たちの中に緊張が走る。

　そんな捕虜たちを代表するように一人の少女が一歩前に進み出た。

「……解放、して頂けるんですね？」

「もちっすよー。うちのご主人様はちゃんと約束を守る人っす。そこら辺のお貴族様とは違うっすからねー」

「貴族で約束を守るなんざ、ホント奇特な主人過ぎて笑っちまうわ」

「ホントにねー。なんで、いちいち確認しなくても良いっすよ。今からちゃんと解放してあげるっすからねー。ただしー」

「ただし？」

「ちょーっと宇宙服に細工させてもらうっす」

　言いながら、ギニュは宇宙服のポケットから取り出した端末を素早く操作すると、捕虜の宇宙服の関節が一斉にロックされた。

「なっ……動け、ない？」

「な、なななな、何をするんですの！　この無礼者っ！」

「なーにが無礼者だ。てめぇ立場分かってんのかぁ？」

　アミャーミャの罵声に苛ついたナルマが少女の胸に銃口を突きつけた。

「ひ、ひぃっ！」

「こらこらナルマっちー。そういうことしないっすよー？　後でご主人様に怒られてもしらないっすからねー？」

「はんっ、威張ることしかできないゴミなんざ、ここで廃棄しておいたほうがご主人様の為じゃね？」

「でも死体なんて出したら後処理が面倒じゃないっすかー。ご主人様からも早く帰ってこいって言われてるんすから、さっさとゴミ出しして帰るほうが楽っすよ」

「……それもそうか」

　ギニュの言葉に納得したのか、ナルマはアミャーミャの胸に突きつけた銃口で胸を突いた。

　全身の関節がロックされた状態だったアミャーミャは、バランスを崩して床に倒れ――バウンドして宙を漂う。

「アミャーミャ様！」

「ちょ、ちょちょちょっ！　た、助けてくださいまし！　怖いですわ、メアリー様！」

「ははっ！　マヌケなお貴族様には良い気味だわ」

「ナルマ、おふざけが過ぎるっすよ」

　同僚を窘めたギニュが、宙を漂うアミャーミャの身体をひっ掴んで床に下ろした。

「時間が勿体ないっすから、余計なことはしないでほしいっす」

「悪かったよ」

「ま、お貴族様に仕返ししたいって気持ちは分かるっすけどね」

　肩を竦めながら共感を示したギニュが、立ち尽くしている捕虜たちの間を通って貨物室のハッチに向かう。

「宇宙服のロックは解放した後で外すっすから安心して欲しいっす。ちなみにヘルメットの通信機能もロックするっすから、解放してすぐに通信とかもできなくなるっす。ウチらが立ち去るまで大人しくしておくっすよ」

　言いながら、ギニュは壁にある端末に触れて貨物室のハッチを開けた。

「そんなワケで皆さんを解放するっす。ナルマ、よろしく頼むっす」

「はいよ。任せな」

　同僚の依頼に張り切って応えたナルマが、立ち尽くす捕虜の宇宙服を掴むと、

「ヒャッハーッ！　そーれ、解放だぞぉ！」

　楽しげに奇声を上げながら、捕虜たちをハッチ外へと放り出し始めた。

「ちょっ!?　な、なんてことをなさいますの貴女！　貴族に対しての礼儀を知りませんのっ!?」

「あんっ？　そんなの知らないねぇ。ウチは生まれたときからずーっと奴隷だったんだ。てめぇら銀河連邦のお貴族様たちのせいでよぉ！」

　アミャーミャの抗議に声を荒げて反論しながら、ナルマは捕虜たちを次々と蹴り出していく。

「鉛玉じゃなくて蹴りをくれてやるぐらいしないと、ウチの気が済まないってんだよぉ！」

「ナハハッ！　いいっすねー。ギニュもやるっすよ！」

「おう、おまえもやれやれ！」

　ケタケタと笑いながら二人は次々と捕虜をハッチ外へ蹴り出していく。

「な、なんて野蛮なんですの、この奴隷さんたちはっ！」

「……あんっ？　今、なんて言った？」

「や、野蛮だと言いましたわ！」

「いやその後っすよ。その後の台詞、もう一回言うっす」

「こ、この奴隷さんたちと言いましたわ！　それが何かっ!?」

「奴隷”さん”？　なんだそれ」

「ナハハッ！　このお貴族様、面白いこと言うっすねー」

「な、何が悪いんですのっ!?　わたくしは今までずっと、仕えてくれている奴隷さんたちのことを奴隷さんと呼んでおりましたわ！　それの何がいけないというんですのっ！」

「いや、まぁ悪いとは言ってねーよ」

「けど面白いっすから、ドリルさんは丁寧に外に出してあげるっすよ」

「変なお貴族様なこって」

　クスクスと笑った二人は、他の貴族たちを蹴り出したあと、アミャーミャを二人掛かりで持ち上げ、

「ほーら行くっすよー」

「二度とそのおもしれー面、見せるんじゃねーぞ」

　ゆっくりと反動をつけながらアミャーミャを外に放り出した。

「ちょ、ちょっ！　貴女たち、覚えていらっしゃいましーっ！」

　愉快な捨て台詞を吐きながら宙を滑っていくアミャーミャを楽しげに笑いながら見送ったギニュたちが、貨物室に残った最後の一人であるメアリーに視線を移した。

「さて、最後はあんたか。ご主人様から油断せずに丁寧に扱えって言い含められているからな。丁寧に放り出してやんよ」

「どういうことです？」

「言葉そのままの通りっすよ。あんたのことは油断せずに丁寧に扱えってご主人様から命じられているんっすよ。……ほらナルマ、そっち持つっす」

「おう」

　二人は両脇からメアリーを拘束すると解放されたハッチへ向かった。

「あんたが出て行った後でこいつを放り投げておくから、動けるようになったら適当に回収しな」

「それは……もしかして杖剣、ですか」

「ああ。ご主人様が宇宙に放り出されたあんたらを回収したとき、ついでに回収しておいたものらしい。それを返してやるってさ」

「適当に回収したものっすから、あんたらの持ち物かは分からないっすけど、遺品があるかもしれないからってことっす。良かったっすなー、ウチらのご主人様が優しい人で」

「……感謝はしません。そもそも貴方がたが『古き貴き家門』に反抗しなければ、こんなことにはなっていないのですから」

「てめぇらお貴族様が居なければ、その反抗も無かったと言えるんじゃねーの？　そもそもてめぇらが居なければウチらは奴隷になんざなってないはずだ。自分本位の物の見方してんじゃねーよ」

「……」

「まっ、見方なんて色々あるってことっすな。今更、お貴族様たちと仲良くしようなんて思ってないっすけど」

「そういうこった。おいギニュ。さっさと放り出そうぜ」

「っすな」

　そういうと二人はメアリーをハッチ外へと放り投げた。

　ふわり、と宙に浮いたメアリーを追いかけるように、ナルマが放り投げた杖剣の束が宙を滑る。

　その姿を見送りながら、ギニュは端末を操作して貨物室のハッチを閉じた。

　貨物室のハッチが閉じるのを確認したメアリーは、体勢を整えようと空中で必死にもがく。

　だが関節部がロックされた宇宙服では方向転換は難しい。

　全身に力を籠めて反動をつけるように身体を捻り、なんとか身体をくるりと回転させ、港の壁面に両足を付けて着地した。

（何とか、あの艦に戻らないと――）

　ジャックと名乗った少年と艦の秘密を探り、少しでも多くの情報をアンジェリカに届けたい――その想いがメアリーを突き動かす。

（私たちが乗せられてきた艦の外部に取り付ければ、潜入するチャンスがあるかもしれない。解放された瞬間である今こそ、隙をついて艦に取り付くチャンスのはず……！）

　焦る気持ちを抱えながらエアロックへ進む艦を睨み付けていると、硬質な機械音と共に関節部のロックが解除された。

　メアリーはすぐさま壁を蹴って宙を滑り、無重力の中を漂っていた杖剣の束を確保する。

「皆さん、すぐに杖剣を装備して――」

　ヘルメットの中で声を上げるが、通信機能はロックされた状態のままで、仲間たちに声を届けることができなかった。

　伝えることを諦めたメアリーは、杖剣の束の中から懐かしい一振りを発見した。

（私の杖剣……っ！）

　士官学校に入学する時に父が買ってくれた杖剣を抱き締めながら、メアリーは覚悟を決めた。

　身振り手振りで仲間たちの無事を祈ると、メアリーはエアロックに向けて移動中の艦に向かって床を力いっぱい蹴った――。

//次回更新は　05/20（金）　18：00　を予定