【第45話】聖女は剣を掲げ、命を欲した


「ったく、もう決着は付いてるってのに諦めの悪い……っ!」

「私に諦めるという選択肢は存在しないのだ!」


 侵入部隊を率いていたウルハと呼ばれる指揮官が、溜息交じりの俺の台詞に吠えるように反論する。

 周囲には四十人弱の兵士たちが『束縛バインド』の魔法によって拘束されている。

 抵抗を続けているウルハが最後の一人という訳だ。


「あんたの部下は全員拘束してるし、別働隊の方も俺の仲間が圧倒している。あんたにはもう勝ち目はないんだから、そろそろ降参して欲しいんだけどな」

「誰が降参などするか!」


 俺の言い方が癇に障ったのか、ウルハは激高しながら更に激しく光子剣を振るう。


(剣技はそこそこ。体捌きもそこそこ。良い線は行ってるけど)


 艦の中では強力な魔法を使うことができず全力を出せない俺と比べても、ウルハでは俺には勝てないのは明白だ。

 それはそれなりに技量があるだろうウルハにも分かっているはずだが、それでもウルハは降参しようとはしない。

 恐らくは時間稼ぎなのだろう。


「時間稼ぎに付き合ってもいられない。決着、付けさせてもらうぞ」


 ウルハが振り下ろした一撃を光子剣で受け止め、手首を捻ってウルハの剣を巻き取って打ち上げた。


「なにっ!?」


 ウルハの手を離れた光子剣が通路に転がった。

 一瞬で剣を巻き取られ、無手となってしまった現実にウルハは狼狽の声を上げた。

 そんなウルハに剣を突きつける。


「これで勝負あっただろ?」

「まだだっ!」


 往生際悪く叫ぶと、ウルハは組み打とうと俺に向かって突進してくる。

 腰を低くして距離を詰めてきたウルハに対し、光子剣の柄を振り下ろしてその突進を止めた。

 背中を強打されて苦悶の声を漏らし、床に這いつくばったウルハに『束縛』の魔法を掛けて身動きを封じる。


「これで終わりだ。いい加減観念しろって」

「くっ……殺せ!」

「イヤだよ。おまえらと違って俺は生命の重さ、大切さを知ってんだ。簡単に命を奪ってたまるか」


 他者の生命を残酷に、残虐に奪うような違法者や快楽殺人者にかける情けはないが、命令されて戦う兵士たちの命を無闇に取ろうとは思わない。

 その思いはただの偽善でしかないし、信念というほどの確乎たる想いではないけれど、それでも誰かを殺すことには慣れたくない。

 視線で俺を殺そうとするようにキツイ眼差しで睨み付けてくるウルハに言い返しながら剣を収めた後、通信機からミミの声が聞こえてきた。


『ジャック様に報告ニャ! 揚陸艇が一隻、アルヴィース号に接舷してくるニャ! 止められなくてごめんなさいニャ!』

「分かった。こっちは終わったから俺のほうで対応する。リリアのほうはどうなってる?」

『リリアさんのほうもそろそろ決着が付くみたいニャ』

「そうか。リリアにはそのまま大食堂の守りに着くように伝えてくれ。俺は敵の増援に備える」

『了解したニャ! あ、それとマーニさんからの伝言ニャ。敵艦に天秤の印あり、ってことだニャ』

「なにっ!? 本当かそれはっ!?」

『ほ、本当だニャ。前方に展開していた巡洋艦の内の一隻に天秤のマークが描かれていたのニャ。ご主人様にとって重要な意味を持つマークだってマーニさんは言ってたけど、何かあるのニャ?』

「……色々とな」


 天秤は前世の仲間の一人が掲げていた家紋だ。

 だが天秤を模した家紋はこの世界ではそれなりに多い。

 仲間の子孫がこの時代まで残っているのか。

 それとも無関係なものなのかは分からない。

 気にはなるが、だがそれも全ては今の状況を乗り切ってからだ。


「艦内に侵入する敵は俺のほうでなんとかする。ブリッジは態勢を整えておいてくれ。この状況を敵の本隊が見逃すとも思えない」

『了解したニャ! ご主人様、ご武運をなのニャ!』

「ありがとう。そっちもな」




///


 目標に向けて漆黒の宇宙空間をひた走る一隻のフネ

 敵艦の迎撃を掻い潜りながら、まるで夜の闇の中に放たれた矢のように目標に向けてひた走る。

 その艦を先導するように、果敢に迎撃をくぐり抜けながら宇宙空間をひた走る空間騎兵には天秤の家紋が描かれていた。


「あと少し……! あと少しで、あの艦に届く――!」


 パイロットスーツに身を包んだ女性が、怨念の籠もった声を絞り出す。

 女性の名はアンジェリカ・フィリス・ライブラ。

 『古き貴き家門ハイ・ファミリア』の筆頭公爵令嬢であり、反逆者討伐艦隊の副司令を務める17歳の少女だ。

 『古き貴き家門』の聖地テラへ侵入した賊を排除する艦隊に、士官学校在学中に動員され、たった一隻の艦の反撃によって、級友を。そして親友であるメアリー・ピスセスを失ってしまった悲劇の少女だ。

 少女は友たちの仇を討つために士官学校を自主退学し、生き残った級友の一人であり、別派閥の領袖でもあるサジタリウス家の次男、ラーズ・サジタリウスの呼びかけに応え、反逆者討伐艦隊に志願した。

 銀河連邦を影で牛耳る『古き貴き家門』の筆頭公爵家であるライブラ家を捨て、公爵令嬢としての輝く未来をも捨て――。

 アンジェリカは友たちの仇を討つために全てを捨てて討伐艦隊に志願し、そして憎き仇を知ることになった。

 そして友の仇を討つためだけに、アンジェリカは己の理想を封印し、結果だけを追い求めた。

 平民で固められた銀河連邦の兵をそそのかして尤も危険な先鋒を任せ、その血とその命によって仇への道を舗装したのだ。

 いにしえの時代から続く聖女の家系『ライブラ家』。

 その家名を血に塗れさせてでも、友の仇を討つために。


『アンジェリカ様の征く道は我らが切り開く!』

『当然だ! 我らが聖女のために!』

『アンジェリカ様のために!』


 僚機たちから聞こえてくる声。

 その声に言葉を返すこともなく、アンジェリカはただ真っ直ぐに目標の艦を睨み付けていた。

 アルヴィース号。そして反逆者ジャック・ドレイク――。


「その頸は私が取る! 友の仇を、メアリーの仇を討つために! 総員突撃! 何としても敵艦に接舷するのだ!」


 怨嗟の声を上げながらアンジェリカはスロットルを開く。

 激しい迎撃に晒されて、僚機たちが一機、また一機と火花を散らせて堕ちていく。

 モニターに映る爆発光はまるで夜の闇に咲く薔薇のように爆ぜ、血の色のように赤く燃え尽きていく。

 その姿を見つめながら、アンジェリカは唇を噛み締める。


(済まない、とは言わない。だが貴方たちの献身を心に刻みつけ、きっと本懐を遂げてみせます……!)


 僚機が四散する映像を横目にアンジェリカは湧き上がる涙をグッと堪え、目の前に迫った敵艦に向けて吠える。


「今、行くぞ、ジャック・ドレイク! 貴様の頸を掲げ、友の無念を晴らすために!」




 轟音と共に艦体が大きく揺れる。

 それは揚陸艇に接舷された証拠だろう。


「来たか……」


 先遣隊の兵を全て打ちのめし、『束縛バインド』の魔法によって四肢の自由を奪った上でその区画を閉鎖した。

 これで後顧の憂いは排除できただろう。


「艦の内部に損害を与えるワケにはいかないから攻撃魔法は使えないけど。まぁなんとかするしかない、か」


 宇宙艦というのはピーキーなバランスで成り立っている。

 なにせ壁一枚隔てた先は真空の宇宙なのだ。

 不意を突かれて劣勢に立たされている今、自分で自分の首を絞めるようなことはできない。


「攻撃魔法を使えなくても、他にも色々と魔法の使い道はあるしな。……『探知サーチ』」


 魔力を高めて『探知』魔法を発動させると、俺の視界に半透明ウィンドウが出現した。

 そこにはアルヴィース号に侵入してくる敵の姿が赤丸で表示され、動きが手に取るように分かった。


「ミミ。たった今、揚陸艇から後続の敵が艦に侵入してきた。数は二百ほどだがそっちでも捉えてるか?」

『ほわっ!? どうして分かったのニャ!?』

「魔法だよ魔法。探知魔法。さっきは奇襲を受けたから使っていなかったけど今は態勢も整えてるからな。先手を打つに越したことはない。艦内のことは俺に任せてくれて良いから、ミミは自分の役割に集中してくれ」

『ううっ、助かるニャ。艦隊戦の最中に艦内のことにも目を配るのは、今のミミにはちょっと荷が勝ち過ぎていたのニャ』

「理解してるよ。だけどいつかは慣れて貰うからそのつもりでな」

『ありがとなのニャ! 緊急事態になったときは連絡するけど、あとのことはご主人様にお任せするニャ!』

「任せとけ」

『ご主人様のご武運を祈ってるニャ!』


 応援の声を感謝した後、俺はミミとの通信を切って念話でリリアに話しかけた。


「リリア、聞こえる?」

『ご主人様! こちらは敵の撃退に成功しました。何人か負傷者は出ましたが、回復魔法もありますので問題はありません』

「それは何より。でも敵の後続が侵入してきた。恐らくそっちにも何割か行くと思うから引き続き迎撃の指揮を頼む」

『了解しました。でもご主人様は大丈夫ですか?』

「こっちは余裕だ。だから安心して」

『……はい。ご主人様のこと、信じてますから』

「俺もリリアのことを信じてる。お互い無事に。後で会おう」

『そのときはご主人様にたくさん可愛がってもらいたいです……』

「えっ!?」

『ダメ、でしょうか……?』

「いや、リリアからおねだりされるのが予想外だったから驚いただけだよ。全力でリリアを可愛がるから楽しみにしてて」

『うふふ、はい……♪ ではご主人様。ご武運を』

「うん。そっちもね」


 リリアからの念話が切れるのとほぼ同時に、多数の足音が耳に飛び込んできた。

 激しく重い複数人の足音と共に発砲音が重なる。

 目の前の障害を確実に排除しようとする正確な狙いが、後続の敵の練度を物語っていた。

 その銃撃の全てを魔力障壁によって弾き返した俺は、鞘に収めていた光子剣フォトン・ソードを抜き放つ。

 通路に光子が収束する音が低く響く。


「ようこそ、とでも言おうか? 招かれざるお客人」


 立ち射ちの姿勢で銃を構える射手と、その横で通路を塞ぐように並び立って俺を威圧する盾持ちたち。

 その後ろには光子剣や金属槍を手にした兵が見える。

 宇宙服のヘルメットによって表情までは窺えないが、その佇まいから歴戦の兵士であることは容易に察することができた。

 そんな重武装な兵たちの列が割れるように左右に分かれ、指揮官らしき人物が姿を現した。

 他の重武装の兵とは対照的なシンプルな宇宙服に身を包み、腰に細長い剣を携えて。

 身体にぴったりフィットした宇宙服から、その指揮官らしき人物が女性であることが見て取れる。

 そして――。


(天秤の家紋。この女が待ち伏せしていた敵艦隊の指揮官か)


 俺にとっては懐かしさを感じる意匠だ。

 ジーク・モルガンという名で世界を駆け巡った前世。

 その前世で俺を支えてくれた仲間の紋章。

 もちろん目の前の女性が仲間の子孫であるという確証はない。

 天秤を使った家紋など在り来たりなものだ。

 だが、それでも懐かしさを感じてしまい――俺は気を引き締める。

 ここは戦場だ。懐かしさに浸っている場合ではない。

 敵の指揮官は俺に剣を突きつけてきた。


「ジャック・ドレイク! 貴様自ら前線に出てきているとはまさに僥倖! 大人しく我が剣の錆となれ!」


 女指揮官が発した凜とした声。

 昔の仲間の声に似ているような気もするが全く違うような感覚もある。

 良く分からないのは、その声に籠められた憎悪にも似た感情が俺の身体を突き貫くからかもしれない。


「えらく嫌われたものだ。どこかで会ったことでもあったか?」


 相手の動きを冷静に観察しながら、俺は少しでも敵の情報を得るために巧言を弄して時間を稼ぐ。


「貴様の頸をどれだけ欲したことか……! テラ宙域で無念にも散っていた我が友たちの仇、今こそ取らせてもらう! 覚悟しなさい!」

「友? ああ、なるほど。あのときの戦いで戦死した者たちの仇討ちってワケか。だけどな――」


 指揮官が俺に向ける憎悪にも負けず、俺は怒りを籠めて剣先を相手に向けた。


「貴様らのせいで俺の大切な友人が消滅するところだったんだ。俺には俺の戦う理由があった。……戦場とはそういうところだろう」


 互いに守りたいものを守るために戦ったのだ。

 そこに一片のやましさも無ければ、反省すべき理由もない。


「刷り込まれた知識を疑いもせずに信じ、亜人たちを奴隷と蔑んでその限られた生を台無しにするような悪法を施行し、世の支配者を気取るバカ野郎どもが殴り返されて憎しみを抱くなんざ片腹痛くて反吐が出る!」


 目の前にいる指揮官が俺に対して憎悪を向けるように、俺自身も『古き貴き家門』に対して思うところがある。

 だから争いが起きる。

 俺はそれを忌避するつもりはない。


「俺はこの艦と、この艦にいる全ての仲間を守る。対してお前らは憎い俺の頸を取る。やることはシンプルだな。ほら、来いよ。相手をしてやる」


 言いながら、俺は敵を挑発するように手招いた。


「ならば望み通り、貴様の頸を頂こう! 総員、戦闘開始!」


 その指示に瞬時に反応した銃兵たちが一斉に引き金を引く。

 それと同時に、他の兵が素早く距離を詰めてきた。

 雨のように浴びせられる銃撃。

 その銃撃に向かって俺は床を蹴った。


「悪いがやることが目白押しなんでな! さっさと終わらせる!」


 浴びせられた銃弾を魔力障壁で防ぎながら、距離を詰めてきた兵たちに接近戦を仕掛ける。


「ガキが! 戦士を舐めやがって!」


 俺の宣言が気に入らなかったらしい兵が、怒気を孕んだ言葉を吐き捨てながら得物を振るった。

 大上段から振り下ろされる戦斧の強烈な一撃だ。

 だがその攻撃に当たってやる必要など微塵もない。

 姿勢を低くして相手の懐に飛び込み、手にした剣を逆袈裟の要領で擦り上げる。

 鉄の焼き切れる匂いを撒き散らしながら兵の武器は両断された。

 それと同時に相手の身体に触れ、左手に発動しておいた『ショックスタン』を食らわせて無力化し、次の標的に向けて一歩踏み出す。

 仲間が倒れたことで殺気立ち、俺を床に叩きつけようと殺到する兵たちを時に避け、時に弾き飛ばして圧倒する。


「俺の相手をするには役者不足ってやつだ!」


 こちとら見た目は少年ガキだが、前世では数多くの修羅場をくぐり抜けた熟練の戦士なのだ。

 屈強の兵であっても俺と伍するには経験が足りていない。

 『肉体強化』によって身体能力を向上させて乱戦をくぐり抜け、圧倒的な力を見せつける。


「ええい、怯むな! 数で押し潰せ!」


 指揮官の声に応じて敵兵が俺を取り囲む。

 乱戦の始まりだ。

 屈強な戦士たちの攻撃を掻い潜り、的確に反撃を叩き込みながら、俺は敵を一人ずつ昏倒させていく。

 時折、死角から飛来する魔力の弾丸は、敵指揮官の攻撃魔術だろう。

 通常の弾丸よりも速く、追尾するように動く魔力の弾丸を魔力障壁で防ぎながら、向かってくる兵士たちを叩きのめしていく。

 そして――。


「くっ……! まさかこれほどとは……っ!」


 十分にも満たない戦闘で、指揮官とその護衛以外の兵たちを床に昏倒させた俺は、残った者たちに剣を向けた。


「後はお前らだけだぞ。投降するなら安全は保証するが?」

「賊に投降など誰がするものか……!」


 投降を呼びかけた事が癇に障ったのか指揮官は声を荒げて剣を構える。

 指揮官の動きに呼応するように護衛たちも武器を構えた。


「なら最後まで相手してやる。無駄に命を奪うつもりはないが、腕の一本や二本、覚悟して掛かってこい!」


//次回更新予定は 11/11(金) 18:00を予定


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