【第46話】友のために
食堂に移動したメアリーとアミャーミャの横で、ノートが解析魔法を展開していた。
「ふむふむ……ようやく解呪の方法が見えてきましたの」
空間に表示された半透明ウィンドウに表示されるデータを確認し、ノートはホッとしたような表情を浮かべていた。
「ノートさん、それは本当ですのっ!?」
「本当ですの。これで解呪のための魔法を構築できますの♪」
「ああ、良かった……」
ノートの説明を受けてメアリーが安堵の息を吐いた。
その表情は喜びに満ちている。
それも当然のことだろう。
何物かも分からない『呪縛』という存在に、長い間ずっと自分の思考を操られていたのだから。
何を信じれば良いのか。
今の考えは本当に自分が考えたものなのか――。
自分の根底にある存在意義が訳の分からない物に誘導、洗脳されてしまっている状態では、安心して日々を過ごすことなどできやしない。
『呪縛』から解放されるのは、自分を自分たらしめるために必要な、最低限の条件なのだ。
メアリーとアミャーミャが解放を渇望するのは人として当然のことだと言える。
「ですがまだまだ安心はできませんの。特殊な魔法を構築することになりますが、さすがのノートでも少々手こずりますの」
「それでも、何も打つ手がない状況よりも随分とマシですわ! ノートさん、頑張ってくださいまし」
「はい♪ ノート頑張りますの♪」
アミャーミャの励ましに笑顔を返しながら、ノートは解析と解呪用の魔法構築を同時に進めていく。
――と、そのとき、ノートに通信が入った。
『ノートさんノートさん! 今、どこに居るニャ?』
「ミミさん? 今、ノートはメアリーさんたちと一緒に大食堂に来ていますけど。何かありましたの?」
『ううん、無事に大食堂に合流できているのならそれで良いニャ。今、アルヴィース号には敵の増援が侵入してるニャ。ご主人様とリリアさんが迎撃に当たってくれているけど、ブリッジのほうは敵艦との戦闘で手一杯だから、何かあったときは大食堂に避難している非戦闘員の指揮をお願いしたいニャ』
「ええ、そういうことでしたら了解ですの。ですがブリッジ、そんなに手が回らないのですの? ノート、ブリッジに行ってお手伝いします?」
『いいニャいいニャ! アルヴィース号に突っ込んできていた天秤マークの巡洋艦はマーニさんが撃沈してくれたから、あとは残りの艦を落とすだけニャ。それはミミたちだけで何とかできると思うニャ』
「え――」
ミミの通信を聞いていたメアリーが、血の気の引いた顔で茫然とした声を漏らした。
「? メアリーさん、どうかなされましたの?」
「今……ミミさん、今、なんと仰いましたっ!?」
『ニャッ!? ええと、ミミたちだけで何とかできる?』
「いえ、その前です! 天秤マークの巡洋艦と仰いましたよね!?」
『言ったニャ。さっきまで艦首に天秤の家紋をつけた巡洋艦がアルヴィース号に特攻を仕掛けてきてたのニャ。でもその艦はマーニさんがドローンで撃沈してくれたニャ』
「撃沈……そんな……。ではその艦の乗組員は……?」
『何隻か脱出艇が発進したのは確認してるニャ。あと、撃沈直前に艦から発進した揚陸艇がアルヴィース号に接舷して、今、ご主人様が迎撃しているところニャけど……何かあったのニャ?』
「この艦に侵入している……? 私は――!」
「あっ!? ど、どうしたんですの、メアリーさん!」
「ジャックさんの所へ向かいます! 止めなくちゃいけないんです!」
「き、危険ですわ! メアリー様っ!」
アミャーミャの制止も聞かず、メアリーは大食堂から走り去った。
「いったい何が……?」
『ええと、ノートさんどうかしたのかニャ?』
「いえ、それがノートにも良く分からず――アミャーミャさんは何か分かりますの?」
「……天秤の家紋はメアリー様の親友である、アンジェリカ・フィリス・ライブラ様を示す家紋ですの。ですからメアリー様はこの艦に侵入したかもしれないアンジェリカ様を探しに行ったのでしょう。ですが杖剣しか持たずに戦場に向かうなど……あまりにも無謀過ぎますわ! ノートさん、わたくしもメアリー様をお助けしに参ります。貴女はここで解呪のための作業を――」
「いやいや。アミャーミャさんだってほとんど丸腰じゃないですの。だからノートもお付き合いしますの」
「ですが……」
「大丈夫ですの。魔法の構築は並行してやっておきますから。ミミさん、そういうワケですの」
『んーと、んーと、何だか良く分からないけどノートさんが居るならきっと大丈夫だと思うニャ! じゃあ大食堂のまとめ役はオバちゃんに頼んでおくニャ!』
「ありがとうですの。ではアミャーミャさん、行きますの!」
「え、ええ! メアリー様を追いかけましょう!」
//
「あの二人を戦わせては……!」
ジャック・ドレイクによって、自分が今まで何者かの呪縛によって思考を誘導されていることを知った。
悔しかった。
今までの自分の考えや行動に自信が持てなくなってしまった。
生まれてからこれまで培った知識。
日々の生活で積み上げてきた貴族としての責任感と矜持。
そのどれもが自分ではなく、誰かの差し金だとしたら。
誰かに利用されるためだけに生きてきたのだとしたら――。
「そんなこと、認められるはずがない……!」
自分が選択したものは全て誰かに選ばされていたものかもしれない。
友への想いも。
家族への想いも。
民への想いも。
その全てが自分の考えではなく、誰かに誘導され、強要されていたのだとしたら?
自分の足下がガラガラと音をたてて崩れていくような――喪失感が全身を包み込み、一歩も動けなくなるような。
そんな錯覚が湧き上がる。
そんなことはない、と否定したとしても、その否定さえも誰かが誘導しているのかもしれないのだ。
「私たちは知らなくちゃならない。この世界の真実を。自分たちが何のために存在し、そして何をするべきなのかを――!」
そのためにはジャックの力が必要だ。
ジャックの力を借りて呪縛から逃れ、この世界の真実を知った上で自分たちは存在意義を再構築しなければならない。
領民を守り、家族を守るためにも。
真実を知り、間違いを正し、世界をよりよくするために。
それが『
自分よりも遥かに強い責任感を持ち、貴族としての矜持を持つ誇り高き親友もきっと同じ想いを抱くはず――。
それなのに親友は今、ジャックと戦おうとしている。
「アンジェリカ、無茶はしないで……お願い……!」
アンジェリカとの付き合いが長いメアリーには今の少女の心情が手に取るように分かる。
きっとアンジェリカは
己の矜持を封印し、己の理想を投げ捨てて。
心を押し殺し、死んでいった仲間たちの無念を晴らすために己の命さえ顧みずに復讐を遂行しようとしていることだろう。
そんなアンジェリカが仇であるジャックに出会ってしまったら――。
「どちらも傷付けさせやしない……!」
ジャックと同じようにアンジェリカもまた、これからの世界に必要な存在だとメアリーは確信している。
そんな二人を戦わせ、どちらかを喪うようなことはあってはならない。
メアリーは廊下を蹴る足に力を籠めた――。
//次回更新は 11/18(金) 18:00を予定
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