【第13話】仮の家
無事、拠点に帰還したアルヴィース号は、新しく作られた船渠に収容されて整備に入った。
一ヶ月頑張ってくれたクルーたちに三日間の休日を申し渡し、俺はその足で破棄惑星の中心に位置する総合制御室へと向かった。
「こりゃまた……一ヶ月でここまで作り上げるなんて、さすがマーニだ」
総合制御室は破棄されていた機器を徹底的に改装したらしく、ここに居れば拠点の内外の情報が全て把握できるようになっていた。
「……っていうか、やりすぎじゃない?」
この拠点ってアルヴィース号の修理が終わったら破棄する予定だったはずなんだけど……。
「ついつい興が乗った。反省はしていない」
「なるほど。まぁ便利になるのは良いことだけど。……これだけ改造するのにどれほどの資材を突っ込んだんだ?」
「ほんの一ガンバン」
「えっ? もしかしてガンバン一家から接収した艦艇、全部資材にして突っ込んじまったの?」
「反省はしていない」
「いやしろよ! ……って、まぁまだテラで起きた戦闘で得た資材はかなり残っているから良いけど」
テラ宙域を離脱する際、俺は『無限収納』で戦場に散らばった艦の残骸などを回収しておいた。
その資材の半分をマーニに渡しておいたのだが、『無限収納』の中にはまだまだ残っている。
「でも、それじゃ二代目アルヴィース号の修理はどうするんだ?」
「それはもう終わった。あとは魔石を使って改修するだけ。だから余りの資材を拠点改造に全部突っ込んだ」
「全部、かぁ……」
これから何があるか分からない。
宇宙船に使われている鋼材や半導体を調達するためには、かなりのクレジットが必要になる訳で。
できれば節約を――とは思うんだけど。
「そこはこれからのジャック様の働きに期待」
「うぉーい、俺頼みかーい!」
「アルヴィース号の修理のためにも整備環境は必要だった」
「それはそうだけど。……はぁ。まぁ良いか」
マーニが後先考えずに資材を突っ込むはずはない。
……ないと良いな。
「それはそうとマーニ、例の鉱石の件。現物を見てみたいんだけど」
「ん。そういうと思って、今、お姉ちゃんに取りにいって貰ってる」
「じゃじゃーんっ! マーニ、魔石もらってきたよー!」
マーニの声とほぼ同時にソールが統合制御室に駆け込んできた。
「あっ! ジャック様おかえりー! どーんっ!」
「おっ、と」
胸の中に飛び込んできたソールを受け止めると、ソールはおでこをグリグリと押しつけながら楽しげに笑った。
「むぅ……お姉ちゃんズルイ。マーニは我慢していたのに」
「へへーん。後で一緒に可愛がってもらおうねー♪」
「ん……♪」
ソールの言葉に、珍しく嬉しそうに頷きを返したマーニが、俺の視線に気付いたのかすぐに表情を改めた。
なんだよ、その可愛い表情、もっと見せてくれても良いだろ。
「……話を元に戻す。ジャック様。それが魔石。しかも無属性」
「へぇ……無属性なのは良いな」
「ん。火の魔石が欲しければ、無属性の魔石に火属性の魔力を注げばいい。無属性の魔石は貴重」
「鉱物が大気中の魔素を吸収し、長い年月を掛けて魔石化したって感じか。品質もかなり高いな……」
「ん。生活インフラの整備に使えば物資の節約になる」
「水属性の魔石を使えば飲料水にも困らなくなるし、生活用の補給物資の搭載量を減らせれば、それだけ艦の戦闘力も上がることになるしねー」
どんな艦にとっても、搭乗員の生命を維持するために絶対に必要なものがある。
水や食料、そして酸素などがその筆頭だ。
アルヴィース号は三百余名によって運用されているが、その三百人が三食充分な食事を摂り、水を飲み、風呂に入り、トイレをして――それだけでもかなりの水を確保しておかなければならない。
だが魔石を使って生活インフラを整備すれば、水は水属性の魔石に魔力を通して生成できる。
予備としての水は必要になるかもしれないが、大量の水を保管する貯水槽をオミットできれば、艦の搭載量、機動力、継戦能力の向上が見込めるだろう。
他にも魔石を使った魔力銃、魔石を使った宇宙服など、科学だけでは突破できなかった様々な問題を解決できる可能性がある。
「これは……いいな。ワクワクしてきた」
「……ふふっ」
「なんだよマーニ。急に笑って」
「初代アルヴィース号を造っているときのことを思い出した」
「うん。ジャック様、久しぶりにいい顔してたよー?」
「……そうか」
物作りの楽しさを忘れていた、という訳ではないけれど。
ユーミルのこと。奴隷のこと。『古き貴き家門』のこと。
そういった事が頭の中に常に浮かぶような状態で、気付かない内に表情が険しくなっていたのかもしれない。
(少し、肩の力を抜いたほうが良いのかもな)
「ところでさー、ジャック様ー。あの拾い物、どうするつもりー?」
「拾い物?」
「テラの戦闘で拾った生存者のこと。正直、このまま連れて行くのは反対でしかない」
「あー……」
テラで行われた戦闘。
その戦闘で生きたまま宇宙に放り出されてしまった兵士らしき者たちを幾人かアルヴィース号に保護していた。
「あんなの助けなければ良かったのに……」
「ソール、そんなこと言うなって」
「だってあいつらはユーミルお姉様を封印して、消滅させようとしていた諸悪の根源だよー?」
「そう。言わば神の敵。神敵。神罰を下すべき」
「物騒だなぁ」
姉であるユーミルを殺そうとした存在。
それは妹であるマーニたちにとって許しがたいことだろう。
その気持ちも分かるが……。
「さすがに生きたまま宇宙に放り出された人をそのままって訳にもいかんだろ? それに必要なことでもある」
どれだけ勉強しても。
どれだけ本を読んでも。
分からなかったことが一つだけある。
それは、
『何故、魔法文明が終焉を迎えたのか』
ということだ。
数千年前のことで資料が残っていない――なんてことは無いはずなのだ。
地球の石器時代でさえ、その時代で使われた器や道具、それに絵だって残っているし、その残された物を元に考察がなされている。
だが魔法文明の終焉についての情報は、不自然なほどに流通していない。
資料も、考察も、一切無い状態なのだ。
魔法が発達していたジーク・モルガンの時代で、資料が一切残されていないという状況は明らかに異常だ。
とすれば、情報が操作されている可能性が出てくる。
「そしてそれを知る可能性の高い者は、『古き貴き家門』に連なる者たちだけだろう?」
「つまり捕虜ってことー?」
「そこまで厳しくするつもりはないけどな。協力してくれるならそれ相応に遇するし、協力しないのであれば……」
「殺っちゃうー?」
「丁重にどこかのステーションにでも置き捨てていくさ」
「……分かった。ならさっさと尋問して追い出すに限る」
「えらく急ぐな? 二人が『古き貴き家門』に対して思うところがあるのは理解するし共感もするけど、どうしてそんなに急ぐんだ?」
「……捕虜の一部が、クルーたちを奴隷と言って侮辱する。正直、できるだけクルーたちを接触させたくない」
「そういうことか。今は誰が面倒を見てくれてるんだ?」
「マーニたち二人でやってる。だけど正直、気分が良くない」
「やたら偉そうだし、やたら傲慢だし。ソール、あいつら嫌い……!」
憎々しげに吐き捨てるソールを落ち着かせるため、抱きついたままの少女の背中を撫でつける。
「分かった。なら早晩、俺が直接会うよ。……連中の中で冷静に話ができそうなのは誰かいる?」
「一人だけ。臆病だけど、芯がしっかりしていて奴隷や亜人たちに偏見が無さそうなのが居る」
「……まぁ、あいつなら、多少は話ができるとソールも思うけど。でもジャック様が直接話す必要なんてないよ! なんだったらソールが精神魔法を使って……っ!」
「こらこら。仮にも女神が物騒なこと言うなって」
「ふんっ。ソールは今、女神じゃなくてジャック様のメイドだしー!」
「今はそうかもしれないけど。マーニもソールも、俺にとっては唯一で大切な女神様なんだから。だから少し落ち着こうな」
「……むーっ」
不満げに唸るソールを宥めながら、俺はマーニに保護した兵士との話す機会を設けるように頼んだ。
「……はぁ。分かった。マーニもあまり気が進まないけど、お姉ちゃんがこんな状態じゃ、マーニがするしかない」
「すまんが頼む」
「ん。お礼はベッドの上で。ジャック様、約束」
「……約束するよ」
やりたくないことを押しつけるのは申し訳ない気持ちになるが、それでも生き残りとの面談はやらなければならないことだ。
(これで……状況が把握できれば良いんだけど)
なぜユーミルが封印されていたのか。
なぜ魔法文明は終焉を迎えたのか。
そして、魔法も魔力も忘れられたこの時代に、なぜ『古き貴き家門』は魔法じみた力を使えるのか。
この世界に、一体何が起こったのかを――。
//次回更新は 03/18(金)を予定
//一週間後になります。
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