【第14話】尋問

 一週間ほどが経過し――。

 魔石を使ったアルヴィース号のインフラ改善や、空間騎兵用兵装改め、戦闘機兵アームドレスの魔改造に精を出していた俺に、マーニから準備が整ったという報告が入った。


 準備というのは他でもない。

 捕虜の尋問の準備だ。

 マーニに指定された尋問室に向かうと、部屋の外でマーニとソールの二人が俺を待っていてくれた。


「お待たせ」

「ん。大丈夫」

「ジャック様一人だと危ないから、ソールたちが護衛に付くよー」

「そりゃ心強いな。頼りにしてる」

「ん。じゃあ部屋の中に入る」


 扉のロックを解除したマーニに続いて尋問室に入ると、そこには二人の少女が座っていた。

 年齢は十七、八歳といったところだろうか。

 俺と余り変わらない年齢のように見える。

 一人は肩ほどまで伸ばした髪が特徴的で、もう一人の少女は黄金の髪をクルクル巻いてドリルのようになっていた。

 二人が纏っている軍服はところどころほつれがあるものの、生地の光沢を見ただけで良い品であることが窺える。

 そんな二人の少女が、怯えとも、警戒とも取れる表情で、尋問室に入室する俺に視線を向けていた。


「こんにちはお嬢さん方。俺はこの艦の艦長を務めるジャックだ」


 姓は言わず、名のみを伝えた後、俺は二人の少女の前に腰を下ろした。


「これから二人に質問をさせてもらう。できれば素直に答えてくれると嬉しいが……まぁそうもいかないだろうね」

「ええ。私たちはどんな拷問を受けようとも何も喋りません。仲間を売るような真似は絶対にしませんから……っ!」

「そ、そうですわ! これでもわたくしたちは『古き貴き家門』の連枝。十二家門に連なる者として悪には荷担致しませんわ!」

「悪、ねえ……」


 一方的な物の見方に辟易するが、だがそういった返事は予想内だ。

 俺は少女たちの抗弁を聞き流しながら魔力を高めた。


分析アナライズ


【個体名】メアリー・ビスセス(男爵令嬢)

【種 族】人族

【年 齢】17歳

【生命力】81

【魔 力】34

【筋 力】20

【敏 捷】37

【耐久力】22

【知 力】33

【判断力】48

【幸運値】26

【スキル】魔力操作LV1 精神耐性LV1 高速思考LV0

   応急処置LV2 薬学LV1

   料理LV3、洗濯LV2、掃除LV3、裁縫LV3

【補 足】シャンの呪縛


【個体名】アミャーミャ・アクエリアス(伯爵令嬢)

【種 族】人族

【年 齢】17歳

【生命力】25

【魔 力】17

【筋 力】11

【敏 捷】9

【耐久力】13

【知 力】18

【判断力】7

【幸運値】123

【スキル】魔力操作LV0 魔力探知LV3 味覚LV4

   応急処置LV0

【補 足】シャンの呪縛


(これが二人のステータスか。亜麻色の髪の女の子……メアリー嬢はなかなか優秀なスキルを持ってるなぁ。しかも家事レベルが総じて高い。もしかして苦労してたのかな?)


 生活スキルのレベルは同じ事を繰り返すことによって上がる。

 メアリーは毎日、家事をしていたから家事スキルのレベルが上がったのだろう。

 貴族では珍しいタイプだ。


(対して金髪ドリルちゃんのステータスは、なんというか……これぞ貴族って感じのスキルだな)


 幸運値がやたら高いことを除けばどれもこれも平均値以下だ。


(それに味覚LV4ってなんだよ。グルメなのかこのお嬢様。でも魔力探知LV3は素直にすごい)


 ミミが持つ探知スキルは気配を探るスキルだが、このアミャーミャお嬢様が持つ魔力探知スキルは、いわゆる第六感。

 虫の報せとでも言うようなスキルだ。

 なんとなく気になる。

 なんとなくおかしく感じる。

 なんとなく気配に気付く。

 そんな、自分では理由が分からないがピンッと来る時は、大概、この魔力探知スキルが発揮されている。


(こういうタイプは論理が通用しないから苦手なんだよなぁ……)


 二人の分析結果に目を通していると、少女の一人――亜麻色の髪が特徴的なメアリーが怪訝そうに俺の顔を覗き込む。


「なんですのその不躾な視線は! わたくしを犯そうというのなら舌を噛んで死にますからね!」

「はっ? いやいや、別のそんなつもりは無いってば」

「信じられませんわっ!」


 ウーッと唸りながら警戒の目で俺を見る金髪ドリルのアミャーミャ嬢。

 うーん、さすが魔力探知LV3。

 俺が分析アナライズを使ったことに気付いたらしく、警戒するように俺を睨み付けていた。


(これだから魔力探知スキルのレベルが高い相手はやりづらい……)


「あの……何か?」


 自分たちのことをジッと見つめて無言を貫く男の姿――つまり俺は、彼女たちから見れば滑稽に見えただろう。


「ああ、いや。なんでもないよメアリー・ピスセス男爵令嬢」

「な、なぜ、私の名を……っ!?」

「君だけじゃないけどね。あみゃーま……あまーま……ア、ミャー、ミャ・アクエリアス伯爵令嬢」


 言いづらい名前のために何度か言い直し――俺は彼女たちの警戒を少しでもとこうとフレンドリーに笑顔を浮かべながら少女たちの名を呼んだ。


「ひぃっ! わ、わたくしの名前まで! どうしましょうわたくしこの殿方に犯されてしまいますわ! メアリー様、お助けくださいまし……っ!」

「誰が犯すか!」

「ひぃ! 怖いっ!」


 思わず出してしまった大声に反応し、アミャーミャ嬢が恐怖に引き攣った顔で悲鳴を上げる。


「ジャック様ー。ジャック様の笑顔は人によっては怖いって、ソール言ったよねー」

「うぐっ……た、確かに言われたけども!」


 じゃあどうやってフレンドリーさを演出すれば良いって言うのさ!


「ジャック様。落ち込んでないでさっさと尋問を始める」

「鬼か……」


 笑顔を見せて怯えられた傷心の俺を慰める優しさはないのかっ!?


「しないんだったらソールがしちゃうよー?」

「待て待て。誰もしないとは言ってない」


 『古き貴き家門』に対して憎しみを抱いているソールに任せてしまったら、一体、どんな尋問になるか。

 正直、あまり想像したくない。


「えー……コホンッ。改めて名乗るよ。俺はジャック。この駆逐艦アルヴィース号の艦長をしている」


 姿勢を改めて少女たちに向き直り、用件を伝える。


「俺は君たちから情報を得たい。だけど君たちにだって言いたくないことはあるだろう。だからここは手っ取り早く取引と行こうじゃないか」

「取引、ですの?」

「そう。これは取引だ。俺の質問に答えてくれたら、そのお礼として君たち全員を解放してあげよう」

「解放っ!?」


 解放という言葉に食いつき、喜色を浮かべたアミャーミャ嬢だったが、すぐに隣にいるメアリー嬢の顔色を窺うと、


「そ、そんな甘言に乗るわたくしではありませんわっ!」


 厳しい表情を取り繕って、俺の誘いを否定した。

 いや今、思いっきり甘言に全力ライドしようとしてたよね?

 

「まぁ、それならそれで俺は一向に構わない。でもそれだと捕虜である君たちを解放することはできないな」

「そ、そんなぁ……」


 悲しそうな顔で情けない声を出すアミャーミャ嬢の横で、メアリー嬢は何やら考え込んでいた。

 俺は追い打ちを掛けるように言葉を続ける。


「だけど君たちの事情も分かるつもりだ。もし俺が君たちに尋問されたら、同じように答えるだろうからね。だから……一つ、提案だ」

「……何でしょう?」


 メアリー嬢は俺の言葉を聞いてより一層、警戒を深めたらしい。

 その反応で、目の前の貴族令嬢が決して愚かではないことが分かる。


「三回。君たちには拒否権をあげよう。そして君たちが四回目の拒否権を発動した段階で尋問を終了し、無条件で君たちを解放してもいい」

「……してもいい、ではその提案には乗れません」

「細かいね。だけど確かにそうだ。言い直そう。君たちが四回目の拒否権を発動した段階で君たちを解放する。……これでどうだ?」

「……分かりませんね」

「へっ?」

「その提案では、何を聞かれても私が拒否権を発動すれば良いだけではないですか? そんな提案をして貴方に何の得が?」

「得は特にない。まぁ俺たちにも事情があってね。君らをさっさと放り出したいっていうのが本心なんだ。だけど情報は得たい。だからこうして提案している。でも……下手な返答をされたら、君たちを放り出すのは宇宙空間になるかもしれないけどね」

「ひぃっ!」

「……実質、私たちに拒否権は無いということですね」

「拒否権はあるってば。ただこっちは真面目に質問するつもりだから、そっちも真面目に答えて欲しいってだけ。しかも言いたくないことは拒否権を使って良いって言ってるんだから、かなり譲歩してると思うよ?」

「……」

「どっちが自分たちにとって得か。……考えてみても良いんじゃない?」


 悪辣な二択だということは自分でも分かっているが、『古き貴き家門』相手に紳士を気取るつもりはない。

 これは駆け引きなのだ。

 そしてそれはメアリー嬢も分かっているのだろう。

 難しそうな表情で溜息を吐きながら少女は頷いた。


「分かりました……貴方の提案に乗りましょう」

「話が早くて助かる。じゃあまずは……そうだな。『古き貴き家門』のことを聞かせてもらおうか」

「私たちのことを?」

「そう。銀河連邦を裏で支配する『古き貴き家門』と呼ばれる十二家の貴族たち。それは良い。だが何故そんな貴族が存在している? そもそもの成り立ちは? 世間一般に流布された曖昧な情報ではなく、『古き貴き家門』に連なる者たちからの情報が欲しい」

「わ、わたくしたちは世界を正しい方向に導く崇高なる責務を持った誇り高き貴族! それ以上でもそれ以下でもありませんわ!」

「あ、うん、そういうのは良いんだ。ごめんねアマーマ、あむ、アミャーニャさん」

「……っ! あ、貴方、わたくしの名前はアミャーミャですわよ! 何度も言い違えるなんて失礼な!」

「ごめんごめん。舌が回らなくて。だって言いづらいんだよ、アミャーミャって」

「この無礼者……っ!」


 机の上に乗り出して俺を打擲しようとした伯爵令嬢に、ソールが銃を突きつける。


「調子のんなー? 殺しちゃうよー?」

「ひ、ひぃっ!」

「こらこらソール。大人しくしときなさいって」

「……」


 アミャーミャ嬢を睨み付けながら微動だにしないソールの服を引っ張り、後ろに控えさせる。


「無礼を謝罪するよア……アミャーミャ嬢。それと俺の侍女の失礼も謝罪しておく」

「……ふ、ふんっ、ですわ! 奴隷の教育は主人の役目でしょうに、主人の質というものも窺い知れますわね!」

「奴隷じゃなくて俺の侍女、な。そこは間違えないでもらいたい」

「……ひっ、ふっ、ふん! ですわ!」


 俺の謝罪を受け取ってくれたのか、それともソールの気迫に怯えてしまったのか。

 アミャーミャ嬢は精いっぱいの強がりを見せて椅子に座り直した。

 そんなアミャーミャ嬢の横で、何やら考え込んでいたメアリー嬢が、確認するように口を開いた。


「つまり『古き貴き家門』がどのように生まれたのかを聞きたい、ということですか?」

「そう。まさにその通り。『古き貴き家門』なんていうグループがなぜ歴史の中で台頭してきたのか。それを知りたい」

「私も、授業で習ったことしか知りません。それでも構いませんか?」

「構わない」

「分かりました」


 考えを纏めているのか、メアリー嬢はしばらく無言で目を閉じ――やがてゆっくりと語り出した。


「私たち『古き貴き家門』の成り立ちはおよそ四千年前に遡ります。私たちの先祖……私たちは始祖と呼んでいますが、始祖たちは邪神の信奉者によって行われていた苛政を正すために戦ったと言われています」

「邪神? その邪神の名前ってもしかしてトワルって名前?」

「トワル? いいえ違います。その邪神の名は今の時代には伝わっていません」

「……へえ」

「私たちの始祖は邪神の信奉者たちを打倒すべく、戦を起こしました。信奉者たちは数々の異能力を駆使して始祖たちを苦しめたと言われています」

「異能力って……もしかして亜人たちが持っているような?」

「ええそうです。ですから『古き貴き家門』は過去の惨劇を繰り返さないために、異能力を持つものたちを管理しているのです」

「ふむ……管理って言葉に反論したい気もするけど、それは後にする。話を続けて」

「苦戦を続ける始祖たちの前に、ある日、神が舞い降り、特別な力を授けてくれたのです。始祖たちはその力を駆使し、邪神の信奉者たちを討伐して世界を平和に導いたと伝わっています。『古き貴き家門』と呼ばれるのはその功績があったからだと」

「……ふむ。ちなみにその神の名前は?」

「……拒否権を発動します」

「分かった。じゃあ次の質問。その神が授けてくれた特別な力って何?」

「それは――」


 そこで言葉を止めたメアリー嬢は、沈思したあと、頭を振った。


「それも……拒否権を発動させてもらいます」


 言いながら、メアリー嬢は上目遣いで俺の表情を盗み見る。

 きっとどう反応するかを試しているのだろう。


「了解した。ちなみにその始祖さんとやらが邪神とやらと戦った時よりも、もっと昔の時代のことは何か習っている?」

「始祖よりも前の時代……それは勇者が世界の平和を成し遂げたという、神代かみよの時代のことですか?」

「うん。その時代のことをどう習っているのか、少し気になってね」

「……」


 質問の意図を探るように沈黙するメアリー嬢の横で、得意げな顔を満面に浮かべてアミャーミャ嬢が口を開いた。


「それは我らが十二家門に伝わる御伽噺ですわね。白馬に乗って世界を回り、敵対する多くの者たちを説得して世界を平和に導いた勇者ザルグ・マーガンのお話は、十二家門の子女たちにとって、憧れの物語でしたわ!」

「ザル……なにそれ?」

「まぁザルク・マーガンを知らないなんて。無知にもほどがありますわね。オホホホホッ♪」

「……調子のんなって言ったよー?」

「ひ、ひぃ!」

「こらこらソール。すぐに銃で脅すのはやめなさいってば」

「むーっ……」


 不満そうに唸りながらソールは銃を下ろす。


「アミャーミャ嬢の説明で合ってるってことかな?」

「そうですね。神代の時代は御伽噺として伝わっているだけで、資料が残っている訳ではないので」

「資料がない……? それは遺跡とかも残ってないってこと?」

「はい。なにせ大昔のことですから」

「ふむ。……」


 じゃあ、ユーミルが封印されていた中央聖教会大聖堂の遺跡は何だって言うんだ?


「何かの資料で、テラには大昔に建てられためちゃくちゃ大きな教会の遺跡があるって知ったんだけど、それは違うの?」

「大きな遺跡……もしかして中央聖教会大聖堂の遺跡のことですか? あれは始祖たちが神を祭るために建築したと伝わっています。神代の遺跡ではありません」

「へえ……そうなんだ」

「……ですが、中央聖教会の遺跡についての情報は十二家門の中でも秘匿された情報です。そんな資料があるなんて……貴方は禁書を見たことがあるのですね」

(禁書? なんだそれ)


 チラッとマーニたちに視線をやると、二人は首を横に振って答えた。

 つまり二人も知らないということなのだろう。


「うん、まぁそんな感じかな。でも秘匿された情報を俺に伝えて良かったの? 拒否権を発動したほうが良かったんじゃない?」

「……重要度を考えれば、この程度の情報であれば問題ないと判断しました。それより貴方は禁書をどこで手にしたのです?」

「んー……拒否権を発動します」

「くっ……」


 肩を竦めて戯けてみせた俺の態度に、憎々しげにうなるメアリー嬢。

 穏やかそうな見た目に反してなかなか芯が強いみたいだ。

 そういう女性は嫌いじゃない。


「ま、お互いに言えないことも出てきたところで、次の質問に移ろうか。んーっ……何を質問しようかなぁ」


 考える振りをしながらマーニの方を見やると、目が合ったマーニが微かに頷きを返してきた。


「あら? 貴女……」

「な、何かな? アミャーミャ嬢。俺の侍女が何か失礼なことでもしたかな?」

「いえ、何も。どうやら気のせいのようですわね……」


 小首を傾げるアミャーミャ嬢の様子に、俺は話題を変えるように声を上げた。


「よし! じゃあ次はテラについてだ。惑星テラについて。正直なところ、俺たちがテラに到着した際の反応が過剰に思えてね。なぜあそこまで過剰だったのかを聞きたい。従軍していた君たちなら何か知ってるのでは?」

「惑星テラは私たち『古き貴き家門』だけではなく、人類発祥の聖地。その聖地を守っただけのこと」

「それにしては過剰な防衛戦力だった気もするけど?」

「それは……」


 俺の問い掛けに何かを考えていたメアリー嬢は、


「……三度目の拒否権を発動します」


 そう言ったきり、口を噤んだ。


「そっか。まぁ軍務についての質問だから仕方ない、か。アミャーミャ嬢は何か知ってる? 例えば何らかの決まりがあるとか?」

「う、あ、え……」

「拒否権を発動したはずです! 続けての質問は約束が違うのでは?」

「ま、それもそうか……了解したよ」


 頑ななメアリー嬢の態度に降参する態を示し、俺は次の質問を考える振りをしながらマーニに視線を投げた。

 するとマーニは先ほどと同じように頷きを返してきた。


「次は……そうだな。君たちの所属を教えてもらいたいな」

「……」

「もしかしてそれも言えない?」

「いえ。それぐらいならば。私たちは軍事ステーション『ユグドラシル』にある士官学校『アルトネリコ』の士官候補生です」

「それは捕虜になった人たち全員が候補生だ、という認識で良いの?」

「そうです。私たちが乗っていた駆逐艦『サン・シーロ』は『アルトネリコ』所属艦。『サン・シーロ』の搭乗員は全員、私と同じ士官候補生であると考えてもらって結構です」

「なるほど。『古き貴き家門』の将来ある若者たちって訳か。ちなみに捕虜生活で何か不自由はない?」

「自由がないのが不自由ですね」

「そりゃそうだ。捕虜を好き勝手行動させる訳にはいかないしね。食事なんかはちゃんとできてる?」

「それは……ええ。三食、ちゃんと配給されているので」

「ふむ。ならもうしばらくだけ我慢して貰いたい」

「しばらく?」

「ああ。これだけ答えてくれたのだから、ちゃんと約束は守る。守るんだが……君たちを連れて行くためには艦を修理しなくちゃいけないからね。ある程度は終わってるんだけど、もう少しだけ時間が欲しい」

「……ウソ、ではありませんね?」

「嘘じゃないよ」


 方便ではあるけどね。


「……分かりました。その言葉を信じます」

「ありがとう。ちなみになんだけどさ。メアリー嬢はユーミルって名前に聞き覚えはある?」

「ユーミル? 誰かのお名前ですか?」

「まぁそんなとこ」

「いいえ。私には聞き覚えはありません。アミャーミャ様は?」

「いえわたくしにも全く聞き覚えがございませんわ」

「そっか……答えてくれてありがとう。ひとまず今日の尋問はお終いにしよう。また何か聞きたいことができたら質問したいんだけど良いかな?」

「答えられる範囲なら」

「それで結構。もちろん言いたくないときは拒否権を使っていいよ」

「分かりました」


 メアリー嬢の返事を聞いた俺は、椅子から立ち上がる。


「ソール、マーニ、彼女たちを部屋に戻してあげて」

「……(コクッ)」

「それが終わったら艦長室に来てくれ」


 そう言い残し、俺は尋問室を後にした。




 艦長を務める少年の直属の侍女らしきメイド服の少女たちに銃を突きつけられながら、私とアミャーミャ様は軟禁されている大部屋へと戻ってきた。


「ふぅ……捕虜となった仲間たちを代表して交渉役に就いたけど、こういうの、やっぱり慣れないなぁ……」

「何を仰いますか。メアリー様はとても立派に務めを果たされておりましたわよ! わたくし感服致しましたわ!」

「あ、ははっ、ありがとうアミャーミャ様」


 友人であるアミャーミャ様の励ましの言葉を聞いて、少しだけ肩の力を抜くことができた。

 フッと溜息を吐き出しながら椅子に腰を下ろすと、全身から疲れが染み出すように身体がだるくなってくる。

 どうやら自分で思っている以上に、さっきの交渉で疲れたらしい。


(でも今、私が倒れる訳にはいかない……)


 前の騒乱で大破した『サン・シーロ』から宇宙空間に放り出された私たちは、賊の艦に保護されて捕虜となってしまった。

 数は二十人ほど。

 怪我をしている者、心を病んでしまった者たちが居るなか、怪我もせず、比較的元気な私とアミャーミャ様が捕虜たちの代表として賊たちとのやりとりを担っている。


(私が倒れたらアミャーミャ様に負担が掛かるし……頑張らないと)


 幸い、捕虜としての扱いは悪くない。

 もっと酷い扱いをされると思っていたが、賊たちは総じて意外なほど親切だ。

 三食はしっかり提供されるし、食事の質もかなりに良い。

 拷問をされる訳でも暴行される訳でもないのだから、捕虜としては優遇されていると言えるだろう。

 そんな中、初めて尋問を告げられて出会った賊の頭領らしき人物。

 その人物を目にして、正直、私は驚いてしまった。


(まさか私たちとさほど歳の変わらない少年が賊のリーダーだなんて)


 もっと賊らしい、強面の男が出てくると想像していたけれど、出てきたのは明るい表情と飄々とした雰囲気を持つ、年下らしき少年だった。


(だけど……彼はなぜ、あんな初歩的なことを質問してきたのだろう……?)


 確かに『古き貴き家門』の詳しい情報が流通しないように、ある種の情報操作が行われていることは知っている。

 それは十二家門の安全を守るためだ。

 権力の中枢に居る『古き貴き家門』は、過去から現在に到るまで、多くの反体制派テロリストたちの攻撃を受けてきた。

 情報操作は十二家門に連なる者たちの安全を守るために必要な措置だ。

 だからこそテラを中心として第一から第四宙域を『古き貴き家門』の領土として厳しく出入りを制限している。

 だけど――。


(彼はなぜ、『古き貴き家門』の情報を集めようとしているの? 彼は私たちに反旗を翻そうとしているの? でも……)


 直接、会話を交わしたことで、その予想は否定されたように思える。


(彼からは権力的野心や反体制派特有の憎悪や妬みを感じなかった。もちろん相手のほうが上手だったという可能性も否定できないけど……)


 だったら何故、彼は『古き貴き家門』に弓を引いたのか?


(そもそも、彼はどうやってテラに現れたのだろう?)


 惑星テラは『古き貴き家門』の聖地にして禁足の地だ。

 十二家門の領土に出入りを許されている者たちさえ、テラ周辺宙域には侵入することを許されていない。

 周囲には数千を数える近衛軍が監視網を敷いており、どれだけ隠蔽能力に優れた艦だったとしても辿り着くことなどできないはず――。


(はぁ……何もかも分からないことだらけ。やっぱり私はアンジェと違って責任者には向いてないなぁ)


 考えることに疲れた私の頭の中に、もう何日も会っていない大好きな親友のことが頭に浮かぶ。


(アンジェ、無事だと良いな。……ううん、彼女ならきっと無事よね)


 容姿も、能力も、性格も。

 何でも完璧な自慢の親友がそう簡単に死ぬはずがない。

 どんな危機に見舞われたとしても、それを乗り越えてしっかりと皆を導いていたことだろう。

 私はそう信じている。

 だからこそ、私は二十人の仲間たちと一緒に、彼女の下に戻りたい。

 戻って、ただいまと伝えたい。


(ふぅ。まだ本当に解放されると決まった訳じゃないんだから。最後まで気を抜かないようにしなくちゃダメよ、メアリー)


 正直、仲間たちの命を預かるなんて立場からは逃げ出したい。

 だけど逃げ出すことができないのなら、しっかり成し遂げよう――。

 私はそう、自分に言い聞かせた。



//次回更新は 03/25(金)18時を予定

//来週の金曜日になります


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る