【第15話】『魔法』と『魔術』

 尋問を終え、艦長室に戻ってきた俺は、リリアの入れてくれた紅茶を飲みながらメアリー嬢たちのステータスを改めてチェックしていた。


【個体名】メアリー・ビスセス

【種 族】人族

【年 齢】17歳

【生命力】81

【魔 力】34

【筋 力】20

【敏 捷】37

【耐久力】22

【知 力】33

【判断力】48

【幸運値】26

【スキル】魔力操作LV1 精神耐性LV1 高速思考LV0

 応急処置LV2 薬学LV1

 料理LV3、洗濯LV2、掃除LV3、裁縫LV3

【補 足】シャンの呪縛


【個体名】アミャーミャ・アクエリアス(伯爵令嬢)

【種 族】人族

【年 齢】17歳

【生命力】25

【魔 力】17

【筋 力】11

【敏 捷】9

【耐久力】13

【知 力】18

【判断力】7

【幸運値】123

【スキル】魔力操作LV0 魔力探知LV3 味覚LV4

 応急処置LV0

【補 足】シャンの呪縛


(これが何か……気になるんだよなぁ)


 補足覧にある『シャンの呪縛』という何らかの状態ステータス

 ジーク・モルガン時代にも聞いたことが無ければ見たこともない、このスキルが気に掛かる。


「……こんな固有名称、俺は知らないんだよな」

「何がです?」

「これ」


 俺はリリアに令嬢たちのステータスを見せた。


「尋問に来ていた捕虜のステータスなんだけどね。俺の知らない何かのスキルを持っているんだよ」

「えっと、この『シャンの呪縛』というやつですか?」

「そっ。シャンってのがなんなのか、全く見当が付かない」


 そんな名前の神は居ないし、そんな名前の魔獣、魔物も、『全てを識る者』のスキルを持つ俺の記憶にない。

 とはいえ、『全てを識る者』のスキルも万能ではない。

 俺が転生するまでの間に発生した情報や、ユーミルの『理』に含まれていない情報は後天的に調べなければならないのだが。


「俺が転生するまでの間に新しくできたもの、という可能性もあるにはあるんだけどね……」

「じゃあマーニさんたちなら知ってるかもですね」

「そうだね。……うん、マーニたちなら何か知ってるかも」


 リリアと話していると、艦長室の扉が開き、マーニとソール、二人が姿を見せた。


「ただいまー」

「捕虜の移送、完了した」

「お疲れ様。早速で悪いんけど二人に見て貰いたいものがあるんだ」

「なにー?」

「これ」

「これはさっきの捕虜のステータス情報?」

「そう。で、特に見てもらいたいのがここ」

「シャンの呪縛? なにこれー?」

「こんなスキル、見たことも聞いたこともない」

「……二人も俺と同じかー」


 女神である二人は、俺が転生中の間もこのルミドガルドの世界に留まり、世の全てを見てきたはずなんだが……。


「うーん、二人が知らないとなると、もうこのスキルはルミドガルドのスキルじゃない……ユーミルの『理』にはないスキルってことになるのか。だけどそんなことってあり得るのか?」

「……分からない」

「ソールたちは創世の役割を担っていた訳じゃないからねー。ユーミルお姉様なら何か知っているかもしれないけどー」

「ならユーミルが目覚めるまで解明はお預けか……」

「だけど確かに気にはなる」

「ああ。このスキルが何らかの悪さをしてるんじゃないかって、そう思えてなぁ……気付いてるか? 二人とも。あの尋問のおかしさに」

「……ん。当然」

「えー? なになにー?」

「俺が邪神のことを質問したときのことだよ。名前はトワルって名前かって聞いただろう?」

「あー、うん。でもユーミルお姉様と邪神トワルって、別に仲が悪くは無かったよねー? トワルが人間を唆してユーミルお姉様を倒そうなんてするかなー?」

「トワルなら自分でユーミルお姉様を殴りに行くと思う」

「だよねー?」

「それはそうなんだけど。そこじゃなくて――」

「ジャック様がトワルのことを尋ねたとき、メアリーはこう答えた。『いいえ、違います』と。でも次の瞬間、彼女は『その邪神の名は今の時代には伝わっていない』とも答えた」

「あ……。今の時代に伝わっていないのに、なぜ、トワルって人じゃないと断言できたのか、ってことですね」

「リリア正解。お姉ちゃんはもっと勉強する」

「ぶーっ……でもさ、それとこの『シャンの呪縛』ってスキルがどう関係するっていうのー?」

「どう関係しているのかまでは分からんよ。だけどメアリー嬢は受け答えもしっかりしていて貴族の割には聡明なように見えた。その彼女が、こんな簡単な矛盾を抱えた答え方をするかな?」

「それは……まぁ確かにー」

「だから何かあるんじゃないかってな。まぁ今、すぐに答えが出る訳じゃないから、ここで考えても仕方ないんだけど」


 リリアの淹れてくれた紅茶に口を付けたあと、俺は話題を変えた。


「ところでマーニ。『読心』の結果はどうだった?」


 『読心』とは精神魔法の一種で、相手の考えていることがある程度読める魔法のことだ。

 分かる、と言っても明確に分かる訳ではなく、対象の頭の中に浮かんだ曖昧なキーワードが伝わってくる、というだけの代物だ。

 対象との距離が近く、魔法抵抗力の低い者にしか通じないという、正直、使い勝手の悪い魔法なのだが、使用者が女神であればその限りじゃない。

 女神が読心を使用する場合、かなり明確に相手の内心を見透かすことができるため、尋問前に予めマーニに使用をお願いしていた。


「いくつかキーワードらしき言葉は拾えた。興味深かったのは神とやらに授けられた能力を尋ねたときのこと。メアリーの頭の中に明確な単語が浮かんだ」

「それは?」

「『魔術』。彼女はジャック様の質問を受けて、『魔術のことは秘匿しなくてはならない』と考えていた」

「そんなに明確に分かったのか?」

「ん。マーニはこれでも女神。読心はお手のもの」

「さすが。神様パワーはすごいなぁ。改めて感謝」

「ん。これぐらいならいつでも力になる」

「ねーねー、ところでさー。魔術ってなにー? 魔法じゃないのー?」

「ん。魔法じゃなくて魔術」

「それって何が違うんでしょう?」


 リリアの疑問を受けてマーニが肩を竦めた。


「マーニには分からない。多分ソールお姉ちゃんも知らないはず」

「うん。魔法なら知ってるけど、魔術なんて言葉、ルミドガルド世界には存在してないよ。ジャック様、何か分かるー?」

「んー……俺の前々世の記憶で言うなら、魔術は魔法を使う術の総称なんだけどなー」

「それってどんなのなのー?」

「魔法と殆ど変わらないぞ? 魔法陣を描いて魔力を使って事象を発生させたり、触媒を用いて事象を発生させたり……」

「それって魔法とどう違うのー?」

「……分からん。何が違うんだろう?」


 肩を竦める俺の横で、マーニが何やら考え込んでいた。


「マーニ、何か気付いたことでもあるのか?」

「気付いた、という訳じゃない。だけど何か見えてきたような――」


 それだけ答えると、マーニは再び考え込む。

 その横で俺とソール、そしてリリアは意見を交換を続けた。


「魔法と魔術が同じなら魔法陣も同じ様式になると思うが、テラの時に見た魔法陣は完全に『ルール』から外れた魔法陣だったな」

「つまり、やっぱり魔法じゃないってことですか?」

「そう考えるのが妥当なんだけど、このルミドガルド世界で魔法ではない何か特殊な力、なんてものはない……よな?」

「うん。そんなのソールは知らないよー。ルミドガルド世界の『理』の中心は魔法とスキル。その二つが基礎となって創世されているはずだしー」

「だよな? それなのに『魔術』なんていうものが生まれている。……ソールたちは俺が転生するまでの間もこの世界の歴史を見てきただろう? 何か知らない?」

「んー……実を言うとね。ソールもマーニもジーク様が死んじゃった後から記憶が曖昧になっている時期があるんだー」

「なに? 初耳だぞ?」

「長い年月……それこそ数千年の時を過ごしてきたから、ジャック様と再会したときは気にもならなかったんだけど。でも最近、過去の記憶を思い出そうとするとき、変なノイズが入るようになっちゃったんだよねー……」

「……どういうことだ?」

「原因は不明」


 首を傾げるソールの代わりに、考え込んでいたマーニが答えた。


「覚えているのは『古き貴き家門』が騒乱を起こし、ユーミルお姉様を封印したという一連の歴史だけ。それ以降、ジャック様の霊素に惹かれて再会を果たすまで、マーニたちの記憶は曖昧になっている」

「何かに干渉されているとか?」

「可能性はある。だけど女神であるマーニたちに干渉することができるのはこの世界では『全てを識る者』のスキルを持つジャック様か、マーニたちと同じ神に属する者ぐらい」

「俺はしてないぞ」

「分かってる。そして神に属する者の多くは信仰の減少によって消滅、あるいは無力化されている」

「ふむ……じゃあ、二人の記憶が曖昧なその時期に、もしかすると何かがあったかもしれないってことか」

「恐らく」

「……魔法文明の終焉、『古き貴き家門』の台頭。そしてユーミルの封印に二人の記憶の混濁……あまりにもタイミングが合いすぎてるな」

「ん。何かしらの影響を受けている可能性は否めない」

「創世の女神を封印した奴らだからな。あり得るが――」


 さて、どうするか。


「……よし。今は放置! 答えの出ないことは後回しにしよう」


 やるべきことは明確だし、やらなければならないことは山積みだ。

 推測を重ねて考えを巡らせたところですぐに答えなんて出ない。

 足を止めて考えるよりも、今はやるべきことをやろう。


「一旦保留にして、目の前のやるべきことをこなしていこう。まずは捕虜の解放だけど……マーニ。アルヴィース号の改修はいつ頃終わりそうだ?」

「改修はほぼ完了。あとは細かい調整だけ」

「よし。ソール、例の件は?」

「例の件って特殊部隊の選抜のことー? 終わってるよー。訓練もしたし、スキルもちゃんと教えておいた」

「ありがとう。リリア、必要な補給物資のリストアップは?」

「はい! ちゃんと完了してます!」

「いいね。じゃあ改修が済み次第、出航しようか」

「でもジャック様ー。物資の補給はどうするつもりー?」

「現状ではステーションでの物資調達は危険」

「だな。でも実はもう手配は済んでいるんだ」

「手配? マーニは初耳。一体どこに手配を頼んだ?」

「スカル・クリムゾン商会。それが補給を頼んでいる商会の名前さ」


//次の更新は 04/01 18:00を予定

//次の金曜日になります。

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