【第37話】復讐の狼煙をあげろ

 遥か遠くから聞こえてくる、どこか懐かしい声。

 皮肉っぽくて、そのくせ優しさに満ちた、懐かしい声。


 その声の主に会いたいと願うけれど、身体は少しも動かない。

 苦しい――。

 もどかしい――。

 切ない――。


 色んな感情が浮かんでは消えていく。

 どうやら私はまだ眠っていたいらしい。


(きっと……大丈夫だよね)


 すぐ傍らに感じる懐かしい気配。

 その気配があるのなら、私はまだ眠っていても大丈夫だ。


 だって彼は私の――。


(勇者だから……)



///


 黒のベールに包まれて、数多の光が己の存在を主張するように煌々と瞬く宇宙。

 人が把握できないほど広大な宇宙の中を、光り輝く白いふねが悠々と泳いでいた。


 艦の名は『アルフォンス』。

 討伐艦隊副司令であるアンジェリカ・フィリス・ライブラが搭乗する銀河連邦軍では最新の高速巡洋艦だ。

 通常の巡洋艦よりも大きなエレメントジェネレータを搭載し、出力を大幅アップさせた高速巡洋艦は、火力、機動力、防御力の全てにおいて、戦艦に匹敵するほどの能力を持つ次世代艦だ。

 その最新艦を、なぜ、士官学校を中途退学した若者が中核を為す反逆者討伐艦隊に配備したのか?

 疑問に思っていたアンジェリカだったが、士官学校のクラスメイトであり討伐艦隊の参謀長を務めるトーマス・タウルスより、裏事情らしき情報を伝えられていた。


「元老院の肩入れが確定したとはね。確かに、討伐艦隊設立時もそれ以降もラーズの手際は際立っていたけれど……」


 艦隊設立のための申請、そして討伐対象であるジャック・ドレイクの情報の収集など――。

 以前のラーズであれば面倒がってやらなかったであろう細やかな指揮は、恐らく元老院から送り込まれたクルーが担当したのであろう。

 そしてラーズの周囲を固めるサジタリウス家の私兵たち――。


「友の仇を討ちたいがために討伐艦隊に志願したけれど。周囲に渦巻く政治的作為が気に入らないわね……」


 テラ事変によって士官学校の仲間たちの多くを失ったアンジェリカは、事態を巻き起こした主犯であるジャック・ドレイクを討つために、ラーズが結成した反逆者討伐艦隊に志願した。


「ジャック・ドレイクをこの手で討つまでは、余事にかかずらっているわけにはいかないのよ、私は――」


 政治的策謀があるのならそれでも良い。

 但し、私の悲願の邪魔をしないのであれば――。

 思い詰めた表情でアンジェリカは腰に佩いた杖剣を撫でつける。


「メアリー……私が貴女の仇を討つことができるように、天国から見守っていてね」




///


 アンジェリカの旗艦『アルフォンス』の艦橋ではクルーたちが端末にかじりつき、偵察ドローンからもたらされる周囲の状況を目を皿にしてチェックしていた。


「状況報告を」


 艦橋に戻り、艦長席に腰を下ろしたアンジェリカは傍らに控えた副官――ウルハ・イツトセに声を掛ける。


「現在、A3からA6宙域に偵察ドローンを向かわせ、周辺偵察を密にしております」

「そう。フランシス殿は?」

「我が艦隊に出向しているフランシス・ドレイク殿は、艦隊後方にて同じく偵察ドローンを展開し、索敵行動を取っています。ただ――」

「何か問題が?」

「使用しているドローンがどうやら銀河連邦軍で正式採用しているドローンではなく、フランシス殿の持ち込んだ特殊なドローンらしく……」

「性能に違いはあるの?」

「はっ。カタログスペックで見た場合、我が艦隊のドローンのほうが探知距離は優れています。ですが私にはサボタージュであるかどうかの判断が付かず――」

「私の指示を仰ぎたいわけね」

「はっ!」

「フランシス殿に確認はしている?」

「いえ。その判断も付きかねまして……」


 申し訳無さそうに頭を垂れたウルハに、アンジェリカは頬を緩ませた。


「大丈夫よ、准尉。私が聞くわ」

「有り難く……っ!」

「通信士、フランシス殿に繋いで」

「アイアイマム」


 アンジェリカの指示に従い、通信を担当するクルーが端末を操作した。

 そして一呼吸もしないうちに、艦橋中央のモニターにひげ面の老年男性の姿が映し出された。


「フランシス殿。突然の通信、失礼する」

『なんのなんの。上官の通信には即座に出るのは当然。お気になさらぬよう。それで、どうかなさいましたかな? アンジェリカ殿』

「ええ。我が副官よりフランシス殿が使っている偵察ドローンの質について報告があったので、貴殿に確認させて頂きたく」

『ドローン? ああ、なるほど。銀河連邦軍が使用するドローンと違うものを使っていることで、要らぬ誤解をさせてしまいましたか』

「有り体に言えばそうです。私自身は、フランシス殿の二心を疑っている訳ではないのですが……どういうことなのか、説明して頂きたい」

『承知した。とはいえ、些細なことではありますがな』


 肩を竦めながらも好意的な笑みを浮かべたフランシスは、部下にデータ送信を命じた。


「これは?」

『私どもが使用している偵察ドローンのスペックデータですな。銀河連邦軍の正規品より探知距離の最大値は落ちるものの、ある一つの要素の探知については正規品よりも遥かに高い探知能力を有しておるのです』

「その要素とは?」

『重力波』

「その要素を探知する能力に絞っていると?」

『うむ。銀河連邦軍が正式採用している偵察ドローンが総合的な探知能力は高いのは承知しておりますが、皆が皆、同じような索敵をしていては意味がありますまい?』

「それで独自のドローンを使ったということですか」

『狐狩り最中、野を駆ける狐ばかり探していては巣穴に引きこもった狐を見過ごすことになりますからな』

「なるほど……意図は理解しました。で、何か見つけられましたか?」

『うむ。まだ確信には到ってはおりませんが、いくつかの地点で不自然な重力波を観測したようです』

「重力波は質量が運動することで発生する波動現象、でしたか」

『その通り。今はそのデータを分析しておりますが――おお、丁度、分析結果が出たところのようですな。データを送信しても?』

「ええ。お願いします」

「データ受領しました。モニターに表示します」


 通信士の報告と同時に、メインモニターにいくつものポイントが存在する地図が表示される。


『マップデータに表示されているポイントが重力波異常を検知した地点。その中で一つだけ明らかにおかしな箇所がある』

「ここは……『壁』の中、ですか」

『うむ。『壁』は知っての通り、大小の隕石が数多く浮遊し、予測不可能な重力異常が巻き起こる危険な宙域。だが他の地点と比べ、その地点だけは妙に安定した重力波が検出されておる』

「……安定した?」

『うむ。大小様々な隕石が浮遊し、尚且つ、重力異常が日常茶飯事で安全に航行することの難しい『壁』の中であるにも関わらず』

「つまりそこに――っ!?」

『大質量が存在する。それこそ海賊が拠点としても問題のないような、数十キロメートル程度の巨大な物質が存在するに違いないでしょうな』

「……っ!」


 フランシスの言葉を聞いて、アンジェリカの感情が爆発した。


(落ち着くのよ、アンジェリカ! まだ確定した訳じゃない。まだ……まだ奴を殺せると決まった訳じゃないのだから……っ!)


 待ちに待った報告に、アンジェリカは口角が上がるのを抑えることができないでいた。


『……どうやらアンジェリカ殿にとって、この情報はよほど喜ばしい情報であったように見えますな』

「……これは失礼した」


 自然と浮かび上がってしまった笑みを力尽くで収め、アンジェリカは姿勢を正した。


「フランシス殿。ライブラ艦隊はこのデータが示す地点に接近し、拠点の存在を確認する。我が艦隊から護衛を一隻つけるゆえ、貴殿は本隊と合流し、事態の報告をお願いする」

『ふむ? アンジェリカ殿は抜け駆けするおつもりらしい』

「できる限り本隊の合流を待ちますがね。ですが、ふふっ……突発的な事態には対応しなくてはなりません。それが抜け駆けであると言われるであれば、私は艦長として火の粉を振り払っただけと胸を張って言い返しましょう」


 アンジェリカの言葉は詭弁だが、そんなことは言った本人であるアンジェリカも、聞いたフランシスも承知している。

 だがフランシスにとって、アンジェリカの言は好ましかった。


(『古き貴き家門』の公爵令嬢。どれほどの階級主義者かと案じておったが……なかなかぶっ飛んでおるな。善哉、善哉)


 フランシスは貴族階級というものに価値を置いていない。

 かと言って六百億以上の人口を民主的に治めるのは不可能に近い。

 現代の社会情勢を鑑みれば、強権を発動することで即応性と効果性を発揮出来る貴族政治のほうが効率的なのは否めない。

 だが、そんな社会情勢にあぐらを掻き、階級こそが至上の価値であると信じて疑わず、成長を放棄して停滞する『馬鹿者』が多いのも事実なのだ。

 そういった愚かな貴族たちをフランシスは数多く見てきた。

 だからこそ、何かを為し得ようともがく者を、この老年の海賊は愛おしく思っているのだ。

 それが例え、己の息子の命を付け狙う者であったとしても。


(さて。愛すべき我が息子は、これほど熱烈な敵意ラブコールを向けられてどうするかのか。男の見せ所だぞ、ジャック!)


//次回、09/16(金) 更新予定


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