【第38話】戦闘開始


統合管制AIマスターコントローラー、自己診断プログラム精査完了。ドローンとの戦術データリンクを開始。エレメントジェネレータ稼働スタンバイ」


 マーニの声がブリッジに響くと同時に、艦橋の各所からアルヴィース号のステータス報告が上がってくる。


「エレメントリキッド注入開始。エレメントジェネレータ、予備稼働アイドリングスタート。艦内動力の安定供給を確認。火器官制及び魔法管制システムオールグリーンだよー」


 ソールによる報告の後を追うようにリリアが報告を始める。


「各種ジェネレータ、フライホイール接続を確認。統合完成AIとドローンの戦術データリンクの完了も確認しました」

「マギインターフェース展開システムチェック……良好。マナジェネレータへの正常リンクを確認。エーテルジェネレータとのリンクチェックは私では分からないのでマーニさんに丸投げさせて頂きます」

「ん。こっちで見ておく」

「通信及び探知システム、正常稼働にゃ!」

「エンジン出力安定、操舵システム良好! エルはいつでもいけるよご主人様!」

「おう。みんな報告サンキューな。リリア、艦内放送の準備を頼む」

「ええと……はい、艦内放送いけますよ」

「ありがとう」


 準備をしてくれたリリアに感謝の声を掛けたあと、俺はクルーたちに檄を飛ばす。


「艦長のジャック・ドレイクだ。本艦はこれより未開拓宙域に向けて出航する。だが諸君も知っての通り、未開拓宙域へと繋がる回廊は『古き貴き家門』の艦隊に封鎖されている。その防衛線を突破しなければ俺たちに明るい未来はない!」


 言いながら、艦長席の端末を操作して艦内の全てのディスプレイに作戦概要のデータを表示させた。


「出航後、隠蔽状態を維持したまま『壁』に沿って敵防衛線に接近し、敵本隊へ奇襲を掛ける。一撃を入れた後は速やかに離脱し、小隕石群に紛れて敵艦隊を迎え撃つ。だが問題なのは父フランシス・ドレイクが率いる艦隊だ。この艦隊との戦闘は、可能な限り他の邪魔が入らないようにしなくちゃならない。無茶な作戦行動を取ることになるから皆もそのつもりで居てくれ」

『おうよ! 戦闘機兵アームドレスガンド中隊、ご主人の親子喧嘩を全力でサポートすんぜ! ご主人は好きにやれば良いぞ!』


 ガンドの言葉を皮切りに、配置についたクルーたちから同じような応援の声がブリッジに届いた。


「ありがとう、みんな。頼りにしている」


 皆の応援に応えたあと、俺は言葉を続ける。


「未開拓宙域に入った後は当初の予定通り居住可能な惑星を探して入植し、奴隷たちの国を作るつもりだ。首輪をされることのない、自由に生きられる国を作ることを約束する! だからみんな! 死ぬな! 生きて自由を謳歌するために! そして明るい未来を勝ち取るために!」


『うぉぉぉぉぉーーーーーーーっ!』


 ブリッジのスピーカーから聞こえてくるクルーたちの雄叫び。

 その声は、自由を求めるためであり――そして今も宇宙のどこかで奴隷にされている同胞たちを解放するための決意の声だ。

 奴隷を解放し、平和な世界を創る――。

 俺の夢とクルーたちの夢が重なったような、そんな気がした。


「自由をこの手に掴むため! アルヴィース号、発進!」



///


 『ホーム』――。

 テラ事変によって銀河連邦のお尋ね者となった俺たちが、その逃避行の最中に見つけた廃棄衛星の呼称だ。

 魔導科学によって魔改造されたその衛星は、その名の通りアルヴィース号クルーたちの『ホーム』として俺たちを包み込んでくれた。

 その『ホーム』を背に、俺たちは宇宙の海を征く。


「そう言えばご主人様、『ホーム』はどうするのー? もしかしてこのままこの宙域に捨てていくの? エル、絶対イヤなんだけどー……」

「安心しろ。『ホーム』を捨てる訳じゃない。今は『無限収納』に収納している時間が無いから隠蔽状態にして置いていくだけだ。ほとぼりが醒めた後でちゃんと回収するさ」

「良かったー……。エルにとって初めて住んだお家だから、このまま捨てて行くのはやだなって思ってたんだ」

「そうだニャー。ミミにとっても初めて安心できる家だったニャ」

「私たち奴隷は大部屋にすし詰めにされていたり、格納庫の隅で寝ていましたからね。自分の部屋を持てたのも生まれて初めてでしたし、『ホーム』には思い入れがあります」

「クルーのみんなの大切な家だ。できるだけ早く回収できるようにするよ。だけど今は――」

「目の前のこと、だよね」


 エルが緊張した面持ちで艦の操縦桿を握り直す。


「ん。アルヴィース号の運命はエルの操艦技術にかかっていると言っても過言じゃない。頑張る」

「が、が、頑張るけどさー! マーニさん、そうやってプレッシャー掛けるのやめてよー!」

「事実。マーニとソールお姉ちゃんはドローンの管制コントロールに全力を尽くす。アルヴィース号のことを気に掛けてる余裕はない」

「だね。でもまぁエルも頑張ってたし、きっと大丈夫だよー」

「だよねだよね! エル、頑張ったよね!」

「あははっ、うん、頑張ってたねー。三十点あげちゃうー」

「さんじゅ……それってもちろん三十点満点ってことだよね!?」

「んーん。百点中三十点」

「厳しすぎーっ!」


 ソールの辛い評価にエルは不満げに唸る。

 そんな普段と変わらない二人のやりとりを眺めながら、ブリッジのクルーたちは楽しげに笑いを零した。

 だが――穏やかな時間は一瞬で崩壊した。


「!? ご、ご、ご主人様! 前方から高エネルギー反応ニャ!」

「なにっ!?」


 ミミの報告とほぼ同時に、目が眩むような閃光が艦橋を掠めた。


「あっぶね……っ! ソール、結界展開!」

「了解ーっ!」

「ミミ! 今の攻撃はどこから来たっ!?」

「ニャー……ニャー……ニャー……み、見つけたニャ! 前方八百に艦影確認、数は六ニャ!」

「偶発的遭遇じゃなく、もしかして待ち伏せなのか!? ドナ、艦の隠蔽はどうなってる!?」

「隠蔽状態は継続中です!」

「なのに発見された……? 何がどうなって――!?」


 『ホーム』から出撃した後、すぐにステルス状態に移行していたはずなのに、なぜ発見され――あまつさえ待ち伏せを受けたのか。


「……もしかするとエンジンの噴射光でバレたのかもしれない」

「噴射光? 宇宙空間で微かに動く光を探していたってことか? そんな索敵ありかよ……!」


 艦尾のエンジンノズルから盛れる光は、巡航速度であるならば数多の星々に紛れて見分けることは難しい。

 相対距離が離れていればいるほど、光点の移動距離は星の瞬きと同じ程度の動きとしか捉えられないはずだ。


「隠蔽状態でも艦の噴射光を隠すことはできない。その点を突かれたのかもしれない」

「なにそれー!? 宇宙空間でノズルの噴射光を探すなんて、深海で十km離れた場所にいるプランクトンを観察するのと同じ難度だよ? ちょっと執念凄すぎるよー!」

「ん。かなり変態的な索敵要素設定だと思う。普通はしない、というかそこまで偏執的な設定を思いつくことはない」

「なんか嫌な予感がするねー……。ジャック様、どうするー?」

「どうもこうも。やるべきことは一つだ」


 事態の急変に驚きながらも、俺は全クルーに必要な指示を出した。


「リリア、全クルーに第一種戦闘態勢を取らせろ!」

「は、はいっ!」

「マーニ、ソールはドローンの発進準備を」

「ん」

「りょーかいでぇ~す!」

「ミミは戦況を随時報告! エル、回避優先の操艦を頼む!」

「う、うん!」

「はいですニャ!」


 俺の指示に応えるようにブリッジのクルーたちが機敏に動く。

 その間も相手の攻撃は止まず、幾条もの閃光がアルヴィース号に殺到し、そのいくつかは展開した結界に阻まれて宙空に霧散していた。


「ドナ、結界強度の確認は常にしておけよ! 強固な結界といえど完璧って訳じゃないんだからな!」

「承知してます。お任せを!」

『おいご主人! アタイらはいつでもいけるぜ!』

戦闘機兵アームドレス隊をしばらく待機だ!」

『マジかよ。さっさと暴れたいぜ……っ!』

「相手との距離も正確には把握できていない。そんな中で貴重な近接戦闘部隊を出せるかよ。しばらく大人しくしといてくれ」

『ちっ、わーったよ!』


 ガンドからの通信が切れるのとほぼ同時に、ミミからの報告が上がる。


「ご主人様、天頂から二、天底からも同じ数の艦が接近してくるニャ!」

「上下から挟み撃ちってわけか! 艦種、分かるか?」

「サイズから見て全部駆逐艦だと思うニャ!」

「分かった。エル! 最大戦速! 上下からの挟み撃ちを振り切って敵本隊に向けて突っ走れ!」

「りょ、了解!」

「マーニ、ソール、ドローンの状況はっ!?」

「いつでもいける」

「ジャック様の命令待ちだよー!」

「よし! 手分けして前後の対処を頼む!」


 了解、と応えた二人の声を追いかけるようにリリアが状況を報告する。


「ご主人様、全クルー、戦闘準備整いました!」

「よし、不意を突かれて混乱しているとは思うが皆の奮闘を期待する! アルヴィース号、戦闘開始!オープンコンバット!」


//次回更新は 09/23(金) 18:00 を予定

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