【第36話】理外のもの

 整備クルーたちにドローンの配備作業を任せた俺とマーニは、ノートに指定された部屋へと向かった。


「あれー? ジャック様たちもノートに呼ばれたのー?」

「ん。ソールお姉ちゃんも?」

「だよー」

「元女神が全員集合となると、例の件に進展が見えたってことかな」

「だろうねー。ところでジャック様。ドローンの建造が終わったって聞いたけど、いよいよってことだよね?」

「その予定。でも先にクルーたちには休暇を与えてやりたい」

「最近は働きづめだったし、今後を考えると休めるときに休んだほうが良いだろうからねー」

「そっちは? アーサー兄上たちへの繋ぎ、頼んでたと思うんだけど」

「そろそろってことは伝えておいたよー。向こうも準備に掛かるって」

「そうか。なら兄上たちと連携を取って動けるようにしておかないとな」


 ソールと情報交換したあと、ノートに指定された部屋へと入る。

 部屋はメアリーたちを尋問した時に使っていた部屋だ。

 室内中央には各種端末のコンソールを備えた大きな机が設置されており、尋問にも会議にも対応できる、いわゆる多目的ルームというやつだ。

 入室すると、部屋にはすでにメアリーとアミャーミャの二人が到着しており、椅子に座ってお茶を飲みながらノートと談笑していた。


「待たせたか?」

「いえいえ。メアリーさんたちと楽しくお喋りしてましたから、全然平気でしたの♪」

「そりゃ良かった。それにしても仲良くなったなぁ」

「ノートさんには色々とお世話になっていますから」


 俺の感想にメアリーが穏やかな表情で言葉を返してきた。


「ノートさんは私たちの先生をしてくださっているのですわ!」

「先生?」

「メアリーさんとアミャーミャさんが、亜人や奴隷たちのことをもっと知りたいとのことでしたので」

「へえ。どういう風の吹き回し?」

「……私たちには知らないことが多すぎた。そう実感したからです」

「そう、ですわね。ええ、メアリー様の仰る通り。士官学校で習った事はこの世界のほんの一部であると実感したのですわ。わたくしは貴族として公平公正に民を率いねばなりません。知らないことがあるというのであれば、それを知るために勉強に励むのみ、なのですわ」

「それでノートが先生役を務めたって訳か」

「例の呪縛の解析をするためにお二人とは長い時間ご一緒でしたからね」

「そうか。まぁ仲良くなったのは良いことだ。他の奴らとは?」

「そう……ですね。あの決闘の後から、他の奴隷……いえ、クルーの人たちから食事への感謝を貰うことは増えました」

「それにあのナルマという方に罵られることもなくなりましたわ!」

「それは重畳」


 聞くところによるとナルマはナルマで不満はありながらも決闘の結果はきっちり受け止めているらしい。

 感情の問題だからいきなり仲良くってのが無理なのは分かっていたが、適切な距離を保っているのならこれからも問題は起こらないだろう。


「で、ノート。今日、俺たちを集めたのはもしかして……?」

「はい。おおよその解析が完了致しましたの。その報告です♪」

「それはすごい……っ! さすがノートだ!」

「ふふふー♪ もーっと褒めてくださって良いのですの♪」

「後でたくさん褒めるから今は報告を優先」

「だねー。結局、あの呪縛は何だったのか……」

「そう、ですね。私たちも気になってはいるのですが……」

「気になった途端、すぐに頭の中からその気持ちが消失してしまうんですわ。一体、何が何やら――。はぁ……」


 整った眉根を寄せて嘆息を漏らすメアリーたちに、ノートは憐憫の視線を向けた。


「ノート。報告を頼む」

「お任せあれ♪」


 ノートは端末コンソールを素早く操作し、いくつものホロウィンドウを空間に表示させた。


「メアリーさんたちが掛かっているステータス異常『シャンの呪縛』。ノートは権能を使ってこの呪縛の解析を行っていました。色々と調べていく内にこの呪縛はルミドガルドの『ことわり』に沿わない、異常なものであることが判明しましたの」

「いわゆる『理外りがい』のものってわけか。ルミドガルド世界に『理外』のものが現れた記録って過去にあったっけ?」

「ない」

「そもそも世界を成立させるための『理』という規約に反したものなんだから、ルミドガルド世界で存在できるはずがないよー」

「そうだよなぁ……」


 『理』とはルミドガルドの根底を支える『規約プロトコル』。

 創世の女神ユーミルが定めた『理』に沿う形で、様々な規約が世界に適用されている。

 例えば物理法則や魔法の法則などがそれだ。

 もしルミドガルド世界に『理』が存在しなければ、火は燃えず、車輪は進まず、魔法は発動しないだろう。

 俺の前々世である日本で魔法が使えないのも、あの世界の『理』に魔法が設定されていないからだ。

 『理』は万物が存在するための『礎』であり、世界を構築するための『規約』、ルールでありプロトコル。

 そのはずなのだが――。


「『理』に沿わない『理外』の何かが、『古き貴き家門ハイ・ファミリア』の者たちを呪っていた? だけど何のために?」

「それはまた後で説明致しますの。ジャック様には先に呪縛を解析することで分かった事を報告致しますわ」

「頼む」

「まず始めに、ノートは呪縛の解析を始めました。ですが呪縛を構成する全ての因子が『理外』のものであったため解析は難航しました。そこでノートはお二人に協力を依頼したのです」


 ノートは端末を操ってデータを表示しながら、椅子に座る二人の少女に視線を向ける。


「呪縛が解析できないのであれば、同じ『理外』のものであろう魔術の解析を優先しました。お二人から魔術についてレクチャーを受け、魔術陣の解析を行ったところ、呪縛を構成する因子に良く似たものを見つけました。それがこの文字列ですの」


 ノートの手によってホロウィンドウに表示された文字列は、既存の文字をただ不規則に羅列したものだった。

 例えるなら、


「なんだこれ? 子供がキーボードの文字を適当に押しまくったみたいな……意味を持たない文字を羅列したように見えるんだけど」

「そうなんですの。この文字列はルミドガルド世界には存在しないもので、発音しても意味を持たない音の羅列になってしまうものですの」


 そういうとノートは表示された文字列を歌うように発声した。


「ダルブシ、アドゥラ、ウル、バァクル――この文字列をルミドガルドの言葉で発音した場合、このような発音になるんですけど。この文字列が魔術を構成する全ての詠唱に二重言葉として仕込まれているのをノートは発見したんですの。例えば――」


 何かを考えるような素振りを見せたノートが、宙に魔法陣らしきものを描きながら呪文を唱えた。


「『炎よ、その猛き力を現世うつしよあらわし、我が敵を燃やし尽くせ』。これは『炎弾』の魔術を発動するときに使う呪文ですの。この呪文を前の文字列に当てはめて発音した場合は――」


 資料を表示したホロウィンドウを確認しながら、ノートが奇妙は発音で呪文を読み上げた。


「イアダルブシアドゥラウルバァクル、フレ、アス、ドヌバクル」

「良く分からない発音だねー?」

「ん。全く意味を持たない音の羅列にしか聞こえない」

「お姉様方の仰る通りですの。ですがこの音の羅列をメアリーさんたちに施された呪縛を構成する因子として代入すれば、呪縛の解呪は可能なことが分かりましたの。ただ……」

「ただ……どうかした?」

「今の段階では呪縛を完全に解析は出来ていませんから、解呪した場合に何が起こるか不明なんですの。ですから急いで解呪するのは止めた方がよろしいかと思いますの。でも……」

「そんなの待っていられませんわ!」

「と、アミャーミャさんは仰っていますの」

「だって今、わたくしたちは訳も分からないまま、誰かに思考を誘導された状態ですのよ? 何が真実で、己が何をすべきかも分からないままで居るのは、貴族という責任ある地位を立つわたくしたちにとって見過ごすことのできない状態ですわ。今のままでは胸を張って領民たちを率いていくことはできませんわ!」

「私もアミャーミャ様と同じ考えです。何者かによって認識を歪められた状態では、真実を知ることもできません。一刻も早く排除し、何が真で何が偽なのかを知りたい。ですから私たちは――」

「すぐにでも解呪して欲しい、って訳か。その気持ちは分かるんだけど」


 自分の認識が何者かに操作されている。

 自分の考えが何者かに誘導されている。

 そんな状態では生きていくことさえ苦痛だろう。


(自分の考え、自分の行動が全て誰かに操られているかもしれない――その不安を抱えたままでいれば、いつしか自分自身さえ信用できなくなる。そんな状態で生きていくなんて地獄でしかない)


 生きていくなかで誰しもが誰かの影響を受けている。

 それは社会性を持つ生物としては当然のことだ。

 だがそこには共感や憧憬、反面教師など、少なからず自分の感情や意志が介在している。

 『シャンの呪縛』は本人の意志とは関係無く、呪いによって認識を歪ませるのだから、その状況から早く脱出したいと思うのはメアリーたちにとっては当然の望みだろう。


「どうします? ジャック様」

「できる限り早くメアリーたちを呪縛から解き放ってあげたい、とは思ってるよ。だけど正直に言えば、今は時間に余裕が無い」


 討伐艦隊との決戦を間近に控えた今、ノートによる呪縛の完全解析を待っている時間的余裕はない。


「俺たちは一刻も早く未開拓宙域に向かい、奴隷たちが安心して生活できる場所を作りたいんだ」

「……貴方の都合は理解します。ですが――」

「大丈夫。決してメアリーたちの状況を軽視しているつもりはないよ。だからノート。解析と解呪は君に任せたい」

「ノートにお任せ頂けますの?」

「ああ。討伐艦隊との決戦が始まれば、俺たちは全てのリソースを戦闘に割く必要がある。本当ならノートにも手伝って欲しいんだけど……でもメアリーたちのことを放っておくわけにもいかない」

「なるほど。だからノートに全てをお任せくださるのですね」

「丸投げになってすまないが……」

「いいえ、むしろジャック様に頼って頂けて誇らしい気分ですの♪」


 微笑みを浮かべたノートは、メアリーたちに向けて頭を下げた。


「ではジャック様の命により、ノートはお二方の解呪に全力で取り組みますわ。ご協力のほど宜しくお願い致しますの♪」

「ありがとう、ありがとう……っ! このアミャーミャ・アクエリアス、感謝の念に堪えませんわ、ノートさん!」

「それと……ジャック、さんも」

「気にしないで。今の奴隷たちの状況を変えるためにも、真実を理解する人を増やすことは、俺にとっても都合が良いことだしね」

「真実……。確かに奴隷とされた人たちの真実が明るみになれば、社会は大きく変容するでしょうね……」

「ああ。そして大きな混乱も起きるだろう。だが例え混乱しても、真実を知る者たちの数が増えれば必ず乗り越えることができる。俺はそう信じているんだ」

「そう、ですね……ええ。そうなることを願っています」

「願っているだけじゃダメだ。俺と君たちでそうするんだ。……それができると俺は思っているんだけど?」

「……私にはまだ、そこまで自信を持って言うことはできません」

「そっか。それは残念だ。だけど……いつか心から手を取り合えることを願っているよ」


//次回更新は 09/09(金) 18:00 を予定

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