【第35話】準備

 ブリッジを後にした俺は、整備ドックに向かうマーニの後を追った。


「マーニ!」

「ジャック様? ブリッジは?」

「ソールに任せてるよ。俺はマーニの手伝いをしたくてさ」

「ん。ならジャック様、手伝って」

「もちろん」


 艦内を移動しながら、マーニから渡された資料を読み込む。


「戦闘用小型ドローンの基礎設計は完了してる。あとは組み上げるだけ」

「高出力の二連装レーザーカノンが三門に、対近接パルスレーザーが二十四門。おまけに小型のエーテルジェネレータ搭載、か。火力と出力が戦艦級を優に超えてるな、この小型ドローン……」

「全力で設計した。ブイ」

「全力過ぎですよマーニさん……。小型とは言え、エーテルジェネレータを搭載するのはやり過ぎじゃない?」


 霊素エーテルとは、魔素マナと同じように万物より発生して世界に充満する力の源のことだ。

 魔素は人の身に吸収されて魔力となり、魔法の発動・発現を支える力であるが、霊素は普通の人間では扱いきれない特別な力だ。

 霊素を扱えるのは神と呼ばれる者たちか、または神に繋がる者、特殊称号を持つ者―― 英雄、勇者、賢者などがそれだ――にしか使うことができない。


 その霊素を動力に利用するために必要なのがエーテルジェネレータで、出力比はエレメントを燃料とする通常のエレメントジェネレータを十とするならマナジェネレータで五十、エーテルジェネレータにいたっては五百ほどの差になる。


「小型艦は統合運用AIマスターコントローラーを通してマーニとソールお姉ちゃんの二人で管理・運用する。だからエーテルジェネレータを搭載しておいたほうが色々と捗る」

「それはそうだけど。現代の技術とかけ離れすぎたオーバースペックを戦線に投入するのは正直怖いな」

「以前ならマーニもそう思ってた。でも今は状況が変化しすぎてる。何が起こるか想像もつかない」

「……確かにな」


 ルミドガルド世界を創世した女神ユーミルは、つい最近まで惑星テラに封印され、呪詛によって消滅させられようとしていた。

 それを行ったのが『古き貴き家門』の者たちだ。

 だが事はそれで終わることはなく、つい最近、『古き貴き家門』の者たちが洗脳されていたことが発覚した。

 状況は混迷を極め、何が敵で、何が真実なのか分からない。

 そんな中、出来る限りの備えをしておこうというマーニの対応は当然とも言える。


「状況が見えない以上、最大限に備えるべき、か」

「ん。それに戦力差は大きい。ドローンの火力も充分に確保しておかないと、アルヴィース号といえど勝つのは厳しいと判断した」

「『古き貴き家門』の艦艇だけなら何とかなるだろうけど、ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクが相手だもんな」

「マーニはカタログスペックをチェックしただけ。そんなにすごい?」

「俺も実際に稼働しているところは見たことはない。でも父上の出撃記録は全部読んでる。それだけで父上の持つ大胆且つ繊細な戦術と艦隊運用の技術の凄さは分かる。将としてハイスペックな父上がハイスペックな艦を運用したらと考えると――」

「気が重い?」

「正直ね。だけどそうも言ってられないし。父上が俺との喧嘩を楽しみにしている以上、孝行息子としては全力を尽くしたい」

「ん。マーニも頑張る」

「ああ。俺にはマーニの助けが必要だ。よろしく頼む」

「ん」




//

 廃棄惑星に大改造を施した俺たちの拠点は、いつしか『ホーム』と呼ばれるようになっていた。

 元奴隷のクルーたちが言い出したことだが、簡潔な表現を気に入り、正式にそう命名した。

 その『ホーム』の整備ドックは、マーニが趣味と実益を兼ねて拘り抜いたハイスペック整備ドックで、『古き貴き家門』との初戦闘で甚大な被害を受けたアルヴィース号を完全改修できるほどの本格的な設備だ。

 通常の艦艇用の整備施設の他、魔導科学によって艦を改造できるよう錬金工房としての設備も備えている。

 その整備ドックでは今、決戦に向けた戦闘用小型ドローンを建造中だ。

 三角錐の艦形をベースとしたドローンは、小型と言ってもそれなりの大きさがあり、初代アルヴィース号より少し小さいサイズだ。

 未開拓宙域と接続している回廊を塞ぐ『古き貴き家門』の討伐艦隊との決戦までに、戦闘用小型ドローン艦を十二隻揃えるのが目下の目標であるのだが――。


「……資材の関係上、十二隻は厳しい」

「だろうね。最近、傭兵稼業もできてないし、貯蓄は減る一方だからな。先立つものがない以上、予定は下方修正するしかない」

「ん。せめて六隻は建造したい」

「いける?」

「なんとか。ソールお姉ちゃんと三隻ずつ運用すれば、戦線を支えることは可能。但し、予想外の事態には対応が遅れると思う」

「それでも充分だよ」


 エーテルジェネレータを組み込んだ小型ドローンは、一隻で戦艦級の火力を持つ。

 その火力を有効的且つ効率的に使えば、数の劣勢を覆すことは不可能ではないだろう。


「討伐艦隊を蹴散らした後は兄さんたちと一緒に未開拓宙域に入る。未開拓宙域は混沌とした宙域だから『古き貴き家門』の追跡の目から逃れることも容易だろう。そのあとは――」

「居住可能な惑星を探して入植。奴隷たちが安心して住める国家を作り、権力者の影響をはね除けるために自力を蓄える。……先はまだ長い」

「だな。だけどやり甲斐はある」


 色々と遠回りしているけれど、俺の今の目的は『奴隷たちが安心して暮らせる国作り』だ。

 銀河連邦の定めた法によって生まれながらに奴隷とされてしまった人たちを集め、奴隷身分から解放し、真っ当な人生を送って貰うための場所。

 それが俺の目指す国の姿だ。


「そのためにも今は討伐艦隊をぶっ飛ばすことに力を注がないとな」

「例の件は保留?」

「『古き貴き家門』に連なる者たちに掛けられた呪縛のこと? ユーミルが封印されていた事情に繋がることだから優先順位は高いけれど、今のところノートに任せるしかないな」


 星の女神であるノートは解析に長けた権能を所有している。

 数多ある星に宿る精霊や神霊たちを繋ぎ、演算装置として活用することで膨大な解析処理を一瞬にして終わらせることができる権能だ。

 だがその権能を持ってしても『古き貴き家門』の者に施された呪縛の解析にはかなり時間が掛かっているから、今は別の事を進めるしかない。


「そんな訳で今の俺の仕事はマーニと協力して戦闘用の小型ドローンを建造すること。久しぶりだから楽しみだ」

「クスクスッ、ジャック様は昔からこういうのが好きだった」

「そりゃな。前世でも錬金術で色んな道具を作ったり、魔道具を設計したりするのが好きだったし」


 俺は本来、人と争うことは苦手だ。

 日本人だった前々世でも誰かと殴り合いの喧嘩をしたことはなかった。

 誰かに殴られるのも、誰かを殴るのも嫌いなのだ。

 そんな気持ちはあるけれど、だからといって無抵抗で居たいという訳じゃない。

 殴られたら殴り返す。

 人格を踏みにじられたらそっくりそのままお返しする。

 やられたらやり返す覚悟は常に持っているつもりだ。

 俺は平和主義者じゃないのだ。




 それから――。

 マーニと共にドローン建造に必要な資材を魔導科学を用いて加工し、戦闘用ドローンとして組み上げる作業に集中する。

 とは言っても、すでに宇宙艦を建造するのは三回目だ。

 二人とも手慣れているし整備班たちが手伝ってくれているから、組み上げは一ヶ月も掛からずに終わった。


「小型のドローンとは言え、宇宙艦を一ヶ月で六隻建造とか、我ながらチートすぎるな」

「ん。このサイズの宇宙艦の建造なら一隻につき二ヶ月はかかると思う」

「二ヶ月でも充分早いんだけどな」


 全長六メートル、全高全幅三メートル。

 三角錐のそれぞれの面に各種武装を施している。

 宇宙艦としては極小サイズとはいえ、普通ならば建造には半年から一年は掛かるだろう。

 一ヶ月で六隻が建造できたのも、魔導科学を用いてマーニが作ってくれたチート設備のお陰だ。


「装甲はアルヴィース号と同じ、魔導科学によって結界魔法を施された超厚装甲と結界魔法によるバリア。高出力の二連装レーザーカノンが三門に、対近接パルスレーザーが二十四門。おまけに小型のエーテルジェネレータ搭載。なおかつ興が乗って魔改造したフライホイールがばっちりハマッたお陰で出力、機動性能が格段にアップ。出力アップでペイロードに余裕が出たから欺瞞装置やらの電子戦用の装備をノリで追加……なんだこの厨性能艦」

「頭おかしい」

「いや君が言うな君が」


 そして俺が言うな俺が。


「このドローン一隻で銀河連邦の一個艦隊ぐらい余裕で殲滅できるな」

「通常戦力の艦ならば余裕。だけど魔術を使われた場合はどうなるか」

「『古き貴き家門』が使う艦隊魔術、だったか。宇宙空間では陣を展開するのに必要な正確な座標の取得が困難だから、艦首を基点として物量で魔術陣を立体構築するとか、どれだけ力業でやってんだか」

「基準となる直線を設定できない宇宙空間において、正確な座標を瞬時に取得するのは現代科学においては不可能。だけど魔導科学は別。魔導科学の『理』によって構築された統合管理AIとマギコトンローラーがあるからこそ、マーニたちは宇宙空間に自由に魔法陣が構築できる。そこが大きな違い」

「つまりその二つがあれば相手も魔術を行使できるってことか」

「理論上は。だけど今の時代の人類が魔導科学を理解するのは恐らく不可能。マーニたちでもジャック様と知識の共有が必要だったし。魔法と科学を融合させたあんなチート理論は、創世の女神だけが持つはずのユニークスキル『全てを識る者アルヴィース』を持つジャック様以外に構築することは不可能」

「おっ、マーニにそう言われると自己肯定感がぐんぐん上がるな」

「チート自慢、かっこ悪い」

「ぐぬっ……マーニの前では別に良いだろ。おまえも女神の権能を持ったチーターなんだから」

「ふふっ。ん。いいよ」


 クスクスと喉を鳴らして笑顔を浮かべると、マーニは労うように俺の頭を撫でてくれた。

 そんな和む時間を過ごしていると、背後から聞き慣れた声が届いた。


「うわぁ……これがご主人様たちが作っていたドローンですか。すごくカッコイイですね……♪」


 感心したような声はリリアのものだった。


「カッコイイだけじゃなくて強いよ。なにせ俺とマーニの二人が全力で設計した艦だからね」

「この子たちがアルヴィースちゃんと一緒に戦ってくれるんですね……。名前はもう決めてるんですか?」

「名前はまだ。後でつけとく」

「そうなんですね。どんな名前になるのかな……楽しみです♪」

「それはそうとリリア。整備ドッグまで足を運ぶのって珍しいけど、何かあった?」

「えへへ、ずっとドッグに籠もっていらっしゃったご主人様に、久しぶりにお会いしたいなって」

「ぐっ……っ!」


 リリアの笑顔が眩しすぎて俺は崩れ落ちるように地面に膝を突いた。


「ご、ご、ご主人様っ!? 大丈夫ですか!?」

「ムリ……尊くて死ぬ……」


 俺のメイドが可愛すぎて死ぬ――。


「はいはい。そういうのは艦長室でする。で、リリア。ジャック様の顔を見に来ただけ?」

「あ、それだけじゃないです。ノートさんがお二人に報告があるらしく、呼んできて欲しいって」

「通信じゃなく?」

「あの……ご主人様と会えなくて寂しいってお話をしてたら、じゃあ呼んできてくれる? って頼まれまして……」

「ぐっ……っ!」


 もう俺の膝のライフはゼロよ!


「ん。ほらジャック様。いつまでも膝を突いてないでさっさと立つ」

「へいへい。けど報告ってなんだ?」

「例の件だと思う」

「呪縛の件か。そうか、解析を頼んでもう結構な時間がたつからな……」

「ではご主人様。私はこれから食堂に行ってメアリーさんたちを呼んできますね」


 そういうとリリアは整備ドッグを出ていった。


「ああ……俺の天使がつれない……」

「ジャック様。言葉のチョイスが気持ち悪い。もしかして溜まってる?」

「ぐぬっ……」


 ここ一ヶ月、整備ドッグに籠もりきりだったし、睡眠時間以外の時間は全てドローン建造に費やしていたから、マーニの指摘通り、若干……ほんのすこーしだけ若さを持て余している自覚はある……!


「べ、別にそんなことないし。男としてそれぐらいはコントロールできるし……っ!」

「決戦前に違う意味で決戦が必要そう」

「……否定できないなぁ」

「後でスッキリさせてあげるから今は我慢する」

「はい……」


//次回更新は 09/02(金) 18:00 を予定

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