【第25話】辺境へ

 二人をオバちゃんに任せた後、俺はブリッジで予定していた作業の指示を出していた。


統合管理AIマスターコントローラー、拠点が存在する空間座標の取得を開始しました。作業完了は二時間後を予定」

「よし。ドナはそのまま、統合管理AIの進捗をチェックしておいて」

「了解です。しかし……まさかこんなことを考えていたとは。相変わらずご主人様は破天荒な方ですね」

「そうか? 理論上は可能だってマーニのお墨付きもあったしな」

「ん。ジャック様の膨大な魔力量であれば『無限収納インベントリ』に拠点を収納することは可能」

「簡単に言うけどさー。拠点に使ってた廃棄惑星って全長何十キロとかいうレベルでしょ? そんなの本当に収納できるの?」

「まぁできるんじゃないかな。俺も試したことがないから分からんが」

「『無限収納』恐るべし、なのニャ」

「そもそも『無限収納』のサイズは魔力の大きさによって決まる。ジャック様の魔力量なら余裕」


 グッと親指を立てて太鼓判を押すマーニの横で、ソールだけがクルーたちの雑談に加わることなく、不機嫌そうな表情を浮かべていた。


「……ソール。そろそろ機嫌直してくれよぉ」

「……無理だもん」


 プッと頬を膨らませ、ソールは不機嫌だぞとアピールしている。

 原因はメアリーとアミャーミャ、二人の処遇についてだ。


「そもそもあいつら『古き貴き家門』の貴族だよ? 前回は人命救助の面もあったから強くは言わなかったけど、今回は艦内工作のために潜入してきたのを捕まえたんだから処刑しちゃえば良かったじゃん。なのにジャック様は直属の奴隷にまでしてあの二人を守ろうとするしー……」

「理由は説明しただろ?」

「『魔術』のことを調べるためなのは分かってるけどー……でもソール、納得できないんだもん」

「お姉ちゃん、いい加減に拗ねるのはやめるべき」

「ブーッ……」


 妹であるマーニに窘められ、ソールはますます不機嫌そうに黙り込む。


「『魔術』のこともあるけど、それ以上にあの変な呪縛についても調べておきたいんだよ」


 メアリー・ピスセスとアミャーミャ・アクエリアス。

 その二人のステータス画面に表示されていた『シャンの呪縛』という状態は、このルミドガルド世界の女神であるマーニとソールの記憶にもない未知のステータスだった。

 あのステータスが意味するところは何なのか――。


「あれから他の捕虜だった者たちのステータスも確認したが、全員が同じステータスを持っていた。だが俺や他のクルーたちにもそんなステータスは表示されていない。つまりこれは――」

「『古き貴き家門』に連なる者たちしか持たないステータス?」

「サンプルの少ない今の状態で断言はできないけどな。その可能性はある。そして『古き貴き家門』たちが持つもう一つの力……」

「『魔術』、でしょ。だからジャック様はあいつらを手元に置いて調べたいんだよね?」

「そういうことだ。ユーミルに何が起こったのかを探るためにもこれは必要なことなんだよ、ソール」

「それは理解はしてるけど、まだ納得はできないよー……」


 姉と慕う創世神ユーミルを酷い目に遭わせた『古き貴き家門』たちを敵と見定めているソールにしてみれば、俺の選択は裏切りにも思えるだろう。


「それに『魔術』のことだけじゃない。奴隷たちの今後にとっても必要なことなんだ」

「奴隷たちの今後?」


 理解しかねる、とでも言うようにソールは首を傾げた。


「奴隷たちを解放したとしても、貴族に対しての憎悪が残ったままじゃ意味が無いと思うんだ。奴隷制度を無くし、奴隷に対しての差別意識を駆逐しなければ本当の意味での解放には繋がらない。だけど差別意識なんて一日二日で無くなるようなものでもない。なら何が必要か。……俺はその答えをリリアに教えてもらった」

「ふぇっ!? わ、私ですかっ!?」


 俺の傍に控え、クルーたちのやりとりを微笑みを浮かべて見守っていたリリアが、突然自分の名を呼ばれて驚きの声を上げる。


「ああ。差別意識を無くすんじゃなくて、互いに互いのことを知った上で適切な距離を取る――今はそれが必要なんじゃないかって」


 一度、発生してしまった差別意識は決して無くならない――俺はそう思っている。

 誰かを差別して、そこで得た優越感という名の麻薬を手放すことのできる人間は多くないだろう。

 奴隷たちを解放したところで、貴族や一般人たちが差別意識を持ったままでは意味がないのだ。

 だからこそ、奴隷たちは貴族や一般人たちが敵ばかりではないことを知り、貴族や一般人たちは奴隷だって一人の人間であることを知らなければならない。

 お互いを知った上で適切な距離を取って付き合えるようにするために。

 そうすれば百年、二百年の後には、差別意識が薄まっていく――俺はそう信じたいのだ。


「だからあの二人の存在を、奴隷たちの今後への試金石にしたい」

「だからご主人様はあのお二人を料理チームに配属したんですね」

「ああ。あそこなら日常的にクルーたちとの接点を持てるからね。そこであの二人がクルーたちに対してどんな想いを抱くか。クルーたちがあの二人に対してどう思うのか。それを見てみたい」


 憎悪や差別、それは心の奥底――誰もが人に知られたくなくて蓋をしている心の一番奥底にある激しい感情だ。

 その感情に理性という名の枷を掛けてコントロールするためには、お互いのことを知る必要がある。

 それがただの理想論、ただの妄想であることは重々承知している。

 だけど信じてみたいのだ。

 人はわかり合えるんだってことを。


「だから……ソールも俺に協力してくれると嬉しいんだけどな」

「そういう言い方、ズルイよ、ジャック様……」

「ああ。知ってる」

「むー……」


 不満げに口を尖らせながら唸っていたソールは、胸の内にある鬱屈を吐き出すように溜息をついた。


「はぁ……了解。いつまでもグチグチ言ってたら、ユーミルお姉様に呆れられそうだし。もう言わない」

「ありがとうな、ソール」

「ん」


 ソールの答えに安堵を覚えていると、通信担当のミミが声を上げた。


「秘匿回線にご主人様宛の通信が届いたニャ!」

「通信? 誰から?」

「スカル・クリムゾン商会からニャ!」

「ハリー兄さんから? なんだろ……。メインモニターに回して」

「了解ニャ!」


 指示を受けたミミが通信端末を操作して映像をメインモニターに映し出した。


『やあジャック。先日ぶりだね』

「ハリー兄さん! 突然で驚いたよ。何かあった?」

『うん。良い情報と悪い情報が入ってきてね。まずは朗報から伝えるよ。……二人とも、こちらに』


 背後に向かって手招きしたハリー兄さんの横に、見慣れた二人が姿を見せた。


「母上! それにシャーロット!」

『えへへ、お兄ちゃーん! シャルだよ! 元気にしてたー?』

『久しぶりですね、ジャック。元気そうで何よりです』


 メインモニターに映る懐かしい姿と、スピーカーから流れてくる懐かしい声を聞いて、胸がジンと熱くなる。


「そちらこそ。元気そうで何よりです母上。それにシャーロット」

『これもアーサー様、ハリー様のお陰です』

「ええ。ハリー兄さん、改めて感謝します」

『ははっ、これぐらいどうってことないよ。二人のことは僕とアーサー兄さんでしっかり守るから安心して』

「頼みます……っ!」

『任せてよ。……と、二人の元気な姿を見てもらったところで、もう一つの悪い情報の件だけど――』

『えー。ハリーお兄ちゃん、シャル、もうちょっとジャックお兄ちゃんとお話したいよぉ』

『これ、シャルロット。お兄様たちは今、大切なお話をしているのです。淑女であるならば、そのような我が儘を口にするんじゃありません』

『はぁ~い……じゃあ、ジャックお兄ちゃん、またね!』

「ああ、またなシャル。……母上もまたお会いしましょう」

『ええ』


 短めの挨拶の後、母上はシャルロットを伴って画面外へと姿を消した。


「兄さん、ごめん。シャルが我が儘言って……」

『ははっ、良いんだよ。なんたってシャルはドレイク家の天使だからね。もっと我が儘を言って欲しいぐらいさ』

「そんなこと言ったらシャルが真に受けちゃうよ?」

『構わないさ。全力でシャルを可愛がる準備はできているよ!』

「相変わらず、うちの家族はシャルにだけは甘いんだから」

『歳の離れた妹だしね。みんなつい可愛がってしまうんだよ。なにせ当家の三男は愛すべき弟だけど、どこか壁を作りがちだったからね』

「……そんな風に見えてたの?」

『何かあるんだろうなと思ってたし、今も思ってるよ』

「ごめん、ハリー兄さん……俺は――」

『無理に言わなくて良いさ。壁があろうとなかろうと、ジャックが僕たちの愛すべき弟なのは何も変わらないんだからね』

「……ありがとう、ハリー兄さん」

『どういたしまして、っと少し話がズレてしまったね』

「うん。悪い情報のこと、だよね。母上とシャルがハリー兄さんと合流したということは、もしかして?」

『うん、そのもしかして。……反逆者討伐艦隊がマザードックで父上と会談したらしい。で、父上が討伐艦隊と行動を共にすることになったよ』

「なるほど……」


 俺たちの父、フランシス・ドレイクは第七辺境宙域にある惑星『ダラム』を治める『リンケン伯爵家』の家臣だ。

 だが貴族の家臣になるよりも以前のフランシス・ドレイクには、有名な二つ名があった。

 『海賊王』という名がそれだ。


 第七辺境宙域がまだ開拓宙域であった時代、フランシス・ドレイクはたった一隻の小型艦ボートで宇宙に漕ぎだし、治安形成されていない宇宙で狼藉者たちを相手に獅子奮迅の活躍を見せた。

 民間商船や移民船を襲って積み荷を奪い尽くす暴虐非道な違法者を殲滅し、違法薬物を扱う闇商人を摘発し、開拓民を支配する無政府主義者たちを根絶し――開拓宙域の治安維持におおいに貢献した。

 フランシスの活躍は連日連夜、開拓宙域全域で放送され、開拓民たちは自分たちの暮らしと安全を守ってくれるフランシスに喝采を送った。

 やがて開拓宙域は銀河連邦政府によって正式に第七辺境宙域に認定され、そのときに各地を治めていた者に爵位を授与。

 ダラムを統治するリンケン家に請われて臣従し、今もダラム星系の治安を守っている――というのが、フランシス・ドレイクという男の成り立ちの物語だ。

 フランシスは現在もダラム星系の各所に大きな影響を及ぼし、第七辺境宙域全域にその武名を轟かせていた。

 そんな父が敵に回った――。


「いつのまにか討伐艦隊に追い越されていたけど。状況については予定通りってところかな」

『そうだね。エラが伝えてくれた討伐艦隊の司令官の性格から考えて、まずはマザードックを抑えるだろう事は想定できた。そうなった場合の事も考えて家族会議しておいて良かったね』

「だけど想定より早いね。討伐艦隊の司令官は優秀なのかもしれない」

『うーん……経歴を確認したけど、そうは思えないなぁ』

「へっ? そうなの?」

『空間騎兵隊の隊長を務めていたみたいだから、それなりに指揮能力はあると思うけど。でも空間騎兵と艦隊とでは指揮の仕方がまるで違う。そう簡単に適応できるとは思えないんだ』

「……ということは、優秀な参謀か副司令官がいるってことかな」

『おそらくね。なにせ司令官に関しては父上が『玩具を買って貰って喜ぶガキ大将』ってバカにしてたぐらいだし。司令官自体はそこまで危険視するほど優秀じゃないみたいだよ』

「ははっ、父上、口が悪いなぁ」

『はははっ、あればかりは一生治らないだろうねぇ』

「でもそれでこそ父上って感じだけど」

『それには同意するよ。上品なフランシス・ドレイクなんて息子としては見たくないね』

「全くだ」

『ちなみに父上、ジャックと戦えることをすごく楽しみにしていたよ。親になって初めて子供と喧嘩ができるって。ウキウキしてた』

「はぁ~、父上に掛かれば艦隊戦もただの親子喧嘩かぁ……」

『はははっ、父上にとって家族との喧嘩はコミュニケーションの一手段なんだろうね。だけど僕たちは今まで一度も父上と喧嘩なんてしてこなかったから、ジャックと喧嘩するのが楽しみで仕方ないのさ」

「仲良しのままで良いじゃん、もぉー……」

「ははっ、まぁこればっかりはしょうがないよ。荒事大好き人間だからね、あの人。でも……ドレイク一家全体を相手にするのは、いくらジャックと言えども大変じゃない?』

「そうなんだよねー……」


 フランシス・ドレイクが率いる艦隊、通称『ドレイク一家』は、装備の質、練度、そして構成員たちのレベル全てが高水準の精鋭部隊として第七辺境宙域以外にも勇名が鳴り響いている。

 数こそ多くはないが、それでも数々の修羅場をくぐり抜けてきた連携力抜群の艦隊は、倍程度の戦力差など簡単にひっくり返す力を持っていた。


『ちなみに父上は”アノ”艦に搭乗して出航したみたいだよ』

「げっ。”アノ”艦って、もしかしてストロング・ザ・ビッグ・ドレイクを動かしたの? 燃費最悪だって言って封印してたのに」

『なにせドレイク一家が誇るDTK艦だからね。父上の本気度が窺い知れるってものだよ』

「デカイ・ツヨイ・カッコイイ艦かー……あの艦の兵装はうちの艦と相性最悪なんだよなぁ……」


 ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの主兵装は巨大質量弾を圧倒的なパワーで撃ち出す超口径三連砲塔だ。

 その砲弾が持つ質量エネルギーは半端なく、アルヴィース号の結界といえどもどこまで保つかは分からない。

 他にも超厚装甲やら大量の対空兵装やら超弾幕を可能とするミサイル発射口やら、とにかもかくにも『男の子』の夢とロマンで成り立つハイパーミラクル武装海賊艦、それがストロング・ザ・ビッグ・ドレイクなのだ。

 ちなみに設計は父上自ら行ったらしい。

 控えめに言ってバカじゃないの?

 ほんとバカじゃないの?

 ……気持ちは分かるけどさ。


「俺も生まれてこのかた、動いているところは見たことなかったけれど。あの艦を出すなんて、父上、本気過ぎない?」

『それだけジャックと喧嘩するのが楽しみなんだろうね』

「うーん、勝てるかな……いや、きっと勝ってみせるけど、態勢を整えないと厳しいなぁ」

『何かあれば力になるから遠慮無く言ってよね?』

「うん。そのときは遠慮無く甘えさせてもらうよ、ハリー兄さん」

『たくさん甘えてもいいんだよ。ジャックのためなら兄として何だってしてあげるからね』

「ううっ、ありがとう。……ところでハリー兄さん。今後のことはどうするつもり?」

『ああ。僕たちはアーサー兄さんと一緒に未開拓宙域に向かうつもり。そこでグレース姉さんと合流する予定だよ』

「未開拓宙域か……」


 未開拓宙域とは銀河連邦政府によって宙域指定されていない宙域のことだ。

 複数の入植可能な惑星を発見し、人々が移住して発展すると銀河連邦政府から宙域指定され、そこでようやく正式に認められる。


 第七辺境宙域以降の宇宙は、今はまだ未開拓宙域としか呼ばれていない、何がある分からない危険に満ちた宙域なのだ。


『身を隠しながら活動するには、なんでもありな未開拓宙域はうってつけだからね』

「そっか。……アーサー兄上とハリー兄さんが居るなら万に一つもあり得ないとは思うけど。母上たちのこと、よろしくね、兄さん」

『もちろん。ジャックも父上のことを頼んだよ』

「そっちは任せて。頑張って父上との喧嘩に勝利してみせるよ」

『勝利の報告、楽しみにしてるよ。じゃあそろそろ通信を切るね。ジャックの幸運を祈ってるよ』

「ありがとう。俺もみんなが無事にグレース姉上と合流できるように祈ってる。……またね、ハリー兄さん。母上やシャルによろしく伝えておいて」

『もちろんだよ。じゃあ元気でね、ジャック』

「秘匿通信、切断を確認したニャ!」

統合管理AIマスターコントローラーによる空間座標の取得、完了しています」

「分かった。じゃあ拠点を収容してさっさと移動しよう。拠点収納後、俺たちはひとまず第七辺境宙域を目指す。その後のことは……まぁ道すがら考えるって感じかな」

「うぇー……そんなので大丈夫なの、ご主人様ー?」

「エルの不安も分かるけど、ここから先は慎重にいきたいんだ。考える時間が無ければみんなを危険に晒しかねない」

「ん。ジャック様が考えている間に、マーニたちは自分たちにできることをしておく」

「だね。ジャック様のお世話はリリアにお任せー」

「は、はいっ! 頑張ってご主人様をお支えします!」

「但しエッチするときはちゃんとマーニたちも呼ぶ」

「は、はい! 分かりました!」

「そ、そこは分かってしまうんですね……」


 ドニの戸惑いに満ちたツッコミに、リリアは顔を真っ赤に染めた。


「あ、あぅ……変なこといってごめんなさい……」

「もー、ドナってば、リリアさんをイジメたらダメでしょー?」

「イ、イジメてなんていませんよ!」

「まぁご主人様がエロいのは良いとして、リリアさんも案外ムッツリスケベなのは公然の秘密ニャ」

「ええっ!? そ、そんなことありませんよぅ!」

「あははっ、リリア、そんなに否定しなくても大丈夫だよー。ジャック様もエッチな女の子が好きだしねー」

「心を読むの、やめてもらえませんかソールさん」


 ええ、好きですよ? 俺の前でだけエッチな女の子。

 最高じゃないですか。男の夢ですよ。


「って、そんな話はおいといて。拠点の収納始めるぞ。各員、時空震動に備えてくれ」


 俺の言葉を聞いて、雑談に興じていたブリッジクルーたちが慌てた様子で端末にかじりつく。


「拠点として改造した廃棄惑星を『無限収納』に収納すれば、大質量が一瞬で消滅したことで大規模な時空震動が起こる。その震動に巻き込まれたらアルヴィース号もタダじゃすまない」


 物質が一瞬で消失したとき、その物質が在った空間を埋めるために時空が大きく歪む。

 その歪みは震動となって周辺に拡散されるのだが、そのときのエネルギーは人智を超えた巨大な力を持っている。

 魔導科学によって現代技術を遥かに超えた強度を持つアルヴィース号の装甲でさえ、どこまで耐えられるか分からない。


「全長数十キロなんて宇宙的縮尺で言えば小石程度のものだけど、発生する時空震動が直撃するのはやばい。みんな集中してくれよ」


 ブリッジの仲間たちに指示を出しながら、統合管理AIが導き出した座標に『無限収納』を展開した。

 亜空間の入り口が廃棄惑星の上辺に大きく口を開き、やがて惑星全てを一瞬にして飲み込んだ。


「収納完了!」

「時空震動発生! 衝撃派到達まで十秒!」

「了解! 艦の姿勢維持はエルにお任せー!」

「頼む。ソール、結界への魔力注入、任せるぞ!」

「りょーかいでぇ~す!」

「衝撃波、来ます!」


 ドナの報告の直後、アリヴィース号が大きく揺れた。


「マーニ、結界強度は?」

「前震時点で強度の二十パーセントを消失。お姉ちゃんが結界強度維持のために魔力注入をしている状態でこの消失速度は少しマズイ」

「分かった。俺もソールのフォローに回る」

「ん。お願い」

「本震発生を確認! 第二波、来ます!」


 ドナの報告の直後、先ほどよりも更に大きくアルヴィース号が揺れた。


「くぅーーっ! 艦の態勢を維持できないよぉ……!」

「衝撃波に飲みこまれないように踏ん張るだけで良い!」

「りょ、了解! リリアさん、機関出力、めいっぱい上げてください!」

「はいっ!」


 エルの要請に応じてリリアは端末にかじりつく。

 騒然とするブリッジの中で、クルーたちはそれぞれ仕事を完遂するために集中する。

 やがて――。


「衝撃波、消失を確認しました」


 ドナの報告を受ける頃にはアルヴィース号の揺れも収まり、いつもと変わらぬ静かな宇宙空間がメインモニターに映し出されていた。


「ぷはぁーーっ! うー、なんとかやり過ごせたぁ……!」

「エル、お疲れ様だ。あの衝撃波をうまくやりすごせたな。艦の操作、上達したじゃないか」

「えへへー♪」


 嬉しそうに笑顔を見せるエルの横で、ドナが端末モニターに表示される数値を読み上げた。


「空間歪曲率三パーセント未満に収まりました。余震発生の兆候なし」

「良かった。じゃあひとまず時空震動は終わったな」

「でも結界強度は最終的に三十パーセント消失。ジャック様とソールお姉ちゃんの二人が魔力注入を続けていて、この消失度はかなりマズイと思う」

「結界魔法といえど物理的なエネルギーの遮断に関しては、一定値以上は見込めないからな。早急に対策を練った方が良いんだけど……」

「でも限度がある」

「そうなんだよなー」


 結界魔法といえど、全ての攻撃や衝撃を完全に防ぐことはできない。

 結局は強度以上のエネルギーをぶつけられたらおしまいなのだ。

 ただ、俺の結界をぶち破る物理エネルギーを発生させられるものなど、この世には殆どない。

 あるとすれば、今のような超自然的な現象を起因とするものか、常識では考えられない超質量兵器ぐらいだろう。


「結界は注入する魔力量によって強度が大きく変わる。アルヴィース号に張られているのは俺やマーニやソールの結界だ。これ以上の強度を持つ結界を張ることは不可能に近いんだよなぁ……」

「となるとー、超質量兵器を持っているジャック様のパパさんとの戦闘は、ちょーっと怖いねー」

「ああ。ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクの超口径砲の砲弾は確実に止められないだろう。っていうか、そもそもあんな非常識な兵器を実際に作るとか狂人の発想だしなぁ……」


 ストロング・ザ・ビッグ・ドレイクに搭載されている超口径砲は、砲弾を射出するだけで艦体が後方にバビューンッと吹っ飛ばされるような代物で、それを防ぐために大出力のエンジンを最大限に吹かせて後退するエネルギーを相殺するという頭の悪い設計なのだ。


「だからできるだけ父上とは直接当たりたくはないんだが……まぁ無理だろうなぁ」


 父上が俺との艦隊戦――父上曰く、親子喧嘩らしい――を求めている以上、一度は父上と本気で戦わなくてはならない。


「当たらなければどうという事も無い。……というワケで艦の改良と並行してクルーの練度をあげるべき」

「それしかないな」

「よーし、じゃあエルー、久しぶりに操舵訓練しよっかー」

「えーっ! さっき上手になったって褒められたのにーっ!? エル、ソールさんとの地獄の特訓とかイヤなんですけどー!」

「あははっ、ダメー。異論は認めなーい♪」

「うぐー……横暴! 乱暴! ソールさんの鬼ーっ!」

「まぁしばらくはシミュレータでやるだけだから安心して良いよー。最初は四十八時間耐久回避訓練でもしよっかー♪」

「全然安心できなーいっ!」


 自分に操舵技術を叩き込んだ師匠であるソールの言葉に、エルは絶望に満ちた表情で激しく抗議する。

 そんな二人の愉快な指定喧嘩に、ブリッジクルーの間に笑いが零れた。


「艦体の被害状況を確認した後、アルヴィース号は第七辺境宙域を目指す。総員転移の準備を頼むよ」


//次回更新は 06/10(金)18:00を予定

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