【第42話】その頃、ノートたちは――
ジャックが侵入した敵と白兵戦を繰り広げ始めた、その少し前――。
「あら。なにやら騒がしくなって参りましたの」
部屋の外から聞こえてくる緊迫した物音にノートは解析の手を止めた。
「状況はどうなっているのでしょうか……」
「んー、ちょっと分かりませんけれど。なんなら艦内通信を流しておきましょうか?」
「構わないのですか?」
「まぁ大丈夫ですの」
ノートが端末を操作すると、部屋の中にブリッジの様子が流れ始めた。
『現在、アルヴィース号艦内に敵が侵入しているニャ! 非戦闘員は食堂に集まるのニャ! 戦える人たちはリリアさんの指示に従うニャ!』
『前方、敵巡洋艦、突っ込んできます!』
『分かってる。ドナ、魔法で牽制して時間を稼いで』
『や、やってますけど、さすがに一人では……っ!』
『ちょ、接舷してる艦の向こう、新しい艦が迫ってる! ミミ、艦種特定急いでよ!』
『ご、ごめんニャ! すぐにするニャ!』
部屋の中にブリッジクルーたちの切羽詰まったやりとりが響く。
「あらあら? どうやらジャック様はブリッジにはいらっしゃらないようですの」
「艦長なのに? 何を考えていますの、ジャック・ドレイクは」
「んー……多分、一人で侵入者の迎撃に向かったんだと思いますの」
「ひ、一人でっ!? ……あの方、もしかしてバカですの?」
「あははっ、アミャーミャさん、辛辣ですねえ」
「艦長とはその名の通り、艦の
「その通りなんですけどねー。でもジャック様はこの艦で一番強いお方ですから、このやり方で合っていると思いますよ」
「察してはいましたが、やはり強いのですね。彼は」
「強いですよー。完全武装の兵士が千人居ても、きっとジャック様には怪我さえ負わせられないと思いますし♪」
「うふふっ、ノートさんったら冗談ばかり。でもあまり面白いジョークではありませんわね」
「本当なんですけどねぇ」
「……それほどまでに彼は強いのですか?」
「それはもう。『剣聖』の称号を持ちながら『大賢者』と『大錬金術師』の称号をも持つ、創世の女神から愛と信頼を寄せられた我らが最愛の勇者様ですから♪」
「勇者ですって? その称号を軽々しく使わないで頂きたいですわね。勇者とはただ一人、ザルグ・マーガン様のことを言うのですわっ!」
「……ザルグ・マーガンって誰ですの?」
「我ら『古き貴き家門』に伝わる昔話の主人公のことですわ! 剣を持てば一騎当千、魔法を使えば大賢者と讃えられ、数多くの魔道具を開発した希代の錬金術師。我らが『偉大なるお方』の寵愛を受け――あら?」
「ふふふっ、アミャーミャさんの仰る勇者さんは、ノートが説明したジャック様と良く似た特徴をお持ちなんですの」
「そう、ですわね。何かおかしいような……これで良いような……?」
首を傾げるアミャーミャの様子を見てメアリーは溜息を吐いた。
「もしかしてこの逸話も、ですか」
「その可能性はありますの」
「最早、何を信じれば良いのか分かりませんね」
「大丈夫。きっとノートが何とかしてみせますの。という訳でメアリーさん、アミャーミャさん。こちらのカードに血を数滴垂らして貰えます?」
「このカードは……?」
「それはノート特製のステータスカードですの。解析魔法を施した魔道具と考えてもらって構いませんの。このカードの情報を基に解呪の術式を組み上げていきますの」
「なるほど。……杖剣を抜いても?」
「ええ。構いませんの」
ノートの返事を聞いてメアリーは腰に佩いた剣を抜いた。
「杖剣……。確か剣であると同時に魔術の発動媒体としても使うもの、でしたね」
「ええ。『古き貴き家門』の子女が魔術を習い始めるときに親から贈られるものです。敵を斬り伏せ、魔術の力で民を護れ。貴族の矜持と共に贈られた杖剣で魔術を会得し、その後は自分の魔術の力の成長に合わせて買い換えていく……杖剣には家門貴族としての誇りと、幼い頃からの思い出が籠められていて、私たち家門貴族にとってとても大切なものなのです」
「ふむふむ。良いですね、そういう感覚。メアリー様らしいですの」
「私らしい……ですか?」
「はい。物を大切にする方は良い方なのですの」
「……大好きな父が用意してくれたものですから」
穏やかな眼差しで杖剣を見つめていたメアリーが、切っ先を掌に押し当てて剣を軽く引いた。
途端、掌から赤い血がじわりと溢れ出した。
「これをカードに……こんな感じで良いのですか?」
「はい、充分です。ほら、アミャーミャさんもお願いします」
「わ、分かっていますわ! フーッ、フーッ、フーッ……」
「なんだか赤ちゃんを産むときみたいな呼吸ですの」
「う、うるさいですわね! 今、精神統一しているんですから邪魔しないでくださいますっ!?」
「はーい」
「フーッ、フーッ、フーッ……よし、アミャーミャ・アクエリアス、覚悟を決めましたわ!」
そう宣言したアミャーミャが懐剣を取り出して抜き払い、先端に指を近づけた。
そして――、
「えいっ!」
可愛い気合いの声と共に切っ先に指が触れると、アミャーミャの細い指先に赤い血がぷっくりと玉を作るように溢れてきた。
「こ、これをカードに濡れば良いんですのね?」
「その通りですの」
「では、これで――はい、塗りましたわよ。はぁ、痛い……玉のお肌に傷がついてしまいましたわ……わたくし、もうお嫁には行けませんのね……」
「あははっ、それは大袈裟ですの。傷が気になるようなら回復魔法を掛けても良いですの。ノートが掛けてあげ――」
「お願い致しますわ!」
「食い気味で来ましたの。うふふっ、じゃあ痛いの痛いの飛んでけー♪」
おまじないの呪文を唱えると同時にノートの指先から光が広がり、アミャーミャの傷ついた指先を包み込む。
「これで傷も完璧に無くなって――あらら?」
「傷、治ってませんわよ!」
「おかしいですの。もう一度――」
再びノートの指先から光が広がるが、アミャーミャの傷が癒えることはなかった。
「……少しお待ちくださいですの」
ノートは端末を操作して何かの準備を整えると、再びアミャーミャのほうに向き直った。
「もう一度――」
三度、回復魔法を使うノート。
だが結果は先ほどまでと変わらぬものだった。
「……なるほど」
「何がなるほどなのです?」
「んー、どうやらですねー。ノートの回復魔法……というより回復魔法自体、メアリーさんやアミャーミャさんには効かないようなんですの」
「どういうことですのそれっ! ではわたくしの指は傷ついたまま、ということ? つまりわたくし、やはり傷物になってしまったとっ!?」
「その程度の指先の傷でしたら、通常の新陳代謝で無くなりますから安心してくださいの。それよりも問題があるんですの」
「問題、ですか? 一体何が――」
「回復魔法が効かない問題の原因が、どうやらお二人に施された呪縛の効果らしいということが問題なんですの。魔法の術式をジャミングして効果を消失させているような――」
そこまで説明するとノートは解析結果が流れるモニターを凝視した。
「このままでは解呪にも影響が出かねないですの。呪縛の術式阻害を迂回できる方法を探ってみますので、お二人とももう少しお付き合いをお願いいたしますの」
「それはもちろん。私たち自身のことでもありますから」
「そうですわ! このアミャーミャ・アクエリアス、呪いから解放されるためであれば何でも致しますわ!」
「ん? 何でも? 今、何でもって言いましたの?」
「ええ、当然ですわ!」
「むふふっ、なら一つやって頂きたいことが――」
アミャーミャの申し出を受けてノートが言葉を繋げようとしたとき、ブリッジからの緊急通信が入った。
『ノートさん、まだ部屋にいるニャっ!? その部屋には今、侵入した敵兵の一部が迫ってるのニャ! リリアさんたちが防衛拠点を構築してるから、急いで大食堂のほうに移動して欲しいニャ!』
「あらら。了解致しましたの。すぐに移動しますの」
『頼んだニャ!』
「……とのことらしいですの。お二人もご一緒に」
「分かりました。……オバさん、大丈夫でしょうか」
「心配ですわね」
「ジャック様とリリアが居れば大丈夫ですの。それよりもほら、ノートたちも急ぐですの」
「わ、分かりましたわ!」
「行きましょう」
//次回更新は 10/21(金)18:00を予定
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