【第43話】その頃、ブリッジでは――


 その頃、ブリッジでは――。


「前方から一隻の敵巡洋艦が距離を詰めてきています! このままでは正面衝突することになりそうです! マーニさん、何とかしてください!」

「やってる。だけど駆逐艦が艦を盾にして巡洋艦を護っているから、効果的な打撃を与えられない……!」

「そんなぁ。向こうの軍隊魔術ってやつみたいに合体して魔法で攻撃できないの、マーニさん!」

「……それだ!」

「へっ?」

「力にはパワーを。合体には合体を。軍隊魔術には軍隊魔法をぶつければ良かった。根本的な解決法を探そうとして、マーニはどうやらドツボにハマッていたらしい」

「? 何か分からないけど、エルのアイデアが採用されたってことー?」

「ん。そう。という訳でソールお姉ちゃん」

「なにー? こっちもこっちで後ろの艦を抑えるので忙しいんだけど!」

「ん。簡単なこと。マーニが操縦するドローン三隻ともお姉ちゃんに任せる」

「はっ!? えっ、ちょっ、こらーっ! いきなり三隻のコントロールをこっちに回してくんなーっ!」

「しばらくお願い。マーニは統合管制AIマスター・コントローラーと一緒にアップデート用の魔導プログラムを構築する。七分保たせて」

「無茶言うなー! 前と後ろに展開するドローンを六隻同時に操作するなんて普通の人間にはできないことなんだよーっ!?」

「マーニもお姉ちゃんも普通じゃ無いからいけるいける」

「無理に決まってるってばー! それでなくてもソールたちは脳の処理速度を普通の人間並にクロックダウンしてるんだから!」

「ジャック様の許可が無ければリミッターの解放はできない。でもお姉ちゃんなら今のままでも大丈夫。マーニが保証する」

「こンのぉ……可愛い妹にそんなこと言われたらできないって言えなくなるじゃん。ズルイよマーニ!」

「とにかく七分保たせて」

「りょーかい! お姉ちゃんにまっかせなさーい!」


 マーニの無茶振りに笑顔を返すと、ソールはドローン管制を司る端末にかじりついた。

 倍になったモニターに次々と映し出される戦況を逐一チェックしながら、端末の上で指を踊らせる。

 前方に三隻、後方に三隻。

 合計六隻のドローンを操作することなど、ソールが言ったように普通の人間には無理だ。

 だがそれでも、とソールは決意を固める。

 最愛の妹に頼まれたこと。最愛の男が戻る場所を護るため。

 その気持ちがソールの無茶を支えていた。


「限界の、その更に向こうぐらい余裕で超えられなくちゃ、ジャック様のメイドは務まんないもんね!」


 モニターをチェックする瞳は赤く充血し、端末を操作する指は赤く腫れ上がり爪が割れ始めていた。

 だがそんなことはソールには関係無い。

 モニターが映し出す情報を網羅し、精査し、分析し、処理し、実行する――それが今、ソールのやるべきことだ。

 頭の中は膨大な量の情報を受け入れたことで熱を発し、限界を超えて思考を続けているからなのか、鼻孔から一筋の血が溢れてくる。

 ともすれば呼吸さえ忘れそうなほど深い集中で、ソールはドローンの操作を続けた。

 アルヴィース号の前方に展開する二隻の巡洋艦と六隻の駆逐艦に攻撃しながら、後方に展開する三隻の駆逐艦を牽制して足止めする。

 火力は上回っているものの、ドローンの火力は敵の軍隊魔術によって阻まれて有効な打撃を与えることができない状態が続く。

 それでも、とソールは今まで以上に集中し、六隻のドローンを完璧に操作し続けた。

 怒濤の如く押し寄せる情報の奔流。

 その情報はすでに脳の許容量を超えているが、それでもソールは集中して押し寄せる情報の波を的確に処理していく。

 肉体と精神が限界に来ていることを警告するように、鼻孔から血がとめどなく溢れ出す。

 止まる様子を見せない流血を無視し、ソールは妹が求めた結果を実現させるために脳と肉体を酷使した。

 やがて――。


「できた……! ドローン再起動の後、ヒューキら三隻のコントロールをマーニに戻す。お姉ちゃん、ありがと……!」

「えへへっ、お姉ちゃんだしね! これぐらいどってことないよ!」

「ん……! 再起動まで、3、2、1――リブート!」


 マーニは宣言と共に端末のスイッチを押下した。

 すると宇宙空間を高速で飛翔していたドローンが速度を一瞬落とし――一秒も経たない内に再びジェネレータが稼働した。


「ドローン艦首の座標軸を基点にして魔法陣が展開できるようにした。統合管制AIと合わせて魔法陣の展開時に半自動で空間座標の取得が可能になった。これで軍隊魔術に対抗してドローン三隻の合体魔法が使用可能。ここから反撃開始……!」

「よーしっ! やってやるぞーっ!」


 垂れ落ちる鼻血を服の裾で拭うと、ソールは再び端末にかじりついてドローンの管制を再開した。

 ソールの操作に従って三隻のドローンが三角錐の艦体を寄せ合う。

 それぞれの艦体の頂点を触れ合わせ、三隻のドローンは大きな三角錐型のフォーメーションを取った。


「『光の衝撃ライト・レイ!』


 ソールがマギインターフェースに魔力を注ぐと、ドローンの艦首を基点とした魔法陣が宇宙空間に描かれた。

 通常の魔法陣よりも遥かに大きく描かれたその魔法陣が淡い光を放つと、巨大な光の槍が発射され、防御魔術を展開する三隻の駆逐艦を一瞬にして包み込んだ。


「墜ちろーっ!」


 熱の籠もったソールの言葉にマギインターフェースが一際強く輝く。

 その輝きを反映するように、魔法陣から放たれている光線が輝きを増して敵艦を白く染め上げた。

 やがて光が消失すると同時に三隻の駆逐艦が大爆発を起こした。


「後方三隻の大破を確認したニャ!」

「これで背後の安全は確保できた! マーニ、そっちはどう?」

「ん、多分余裕。お姉ちゃんは左舷に取り付いてる艦隊をお願い」

「りょーかいでぇ~す!」

「こっちもやる。お姉ちゃんに負けてられない……!」


 静かに闘志を燃やしたマーニが、姉よりも更に早く端末を操作し、前方に展開するドローンで攻勢を掛けた。

 フォーメーションを組み、一塊となったドローンは、まるで敵を翻弄するかのように宇宙空間を超速度で飛翔する。


「先頭の敵巡洋艦、距離100をきったニャ!」

「ん、大丈夫。これ以上近寄らせない」


 ミミの報告に頷きを返したマーニは、展開したマギインターフェースに触れて魔法を発動した。


「『悪魔の牙デモニック・ファング』」


 ソールのように気迫を込める訳でもなく、マーニは淡々とした声で魔法を行使した。

 マーニが魔法の名前を発すると共にドローンの艦首に大きな魔法陣が展開し、宇宙の漆黒に溶け込むほどの黒い影が現出した。

 その影はまるで口を大きく開けるように展開すると、防御魔術を展開した三隻の駆逐艦を丸呑みした。


「ごちそうさまでした」


 そんなマーニの言葉の後、駆逐艦を丸呑みした漆黒の影の中で、いくつかの炎が激しく弾けた。


「次」


 己の戦果を誇るでもなく淡々とした口調で呟くと、マーニはアルヴィース号に接近してくる巡洋艦にドローンの艦首を向けた。

 迫り来る敵巡洋艦。

 その艦体には艦長を務める人物の家門らしき天秤のマークが描かれていた。

 その家紋を見てマーニは目を見開くが、すぐに気を取り直すとマギインターフェースに手を乗せて攻撃魔法を発動した。


「『光の衝撃ライト・レイ』」


 先ほど姉のソールが発動した光魔法だ。

 魔法陣を輝かせながら現出した光の束は、その輝きによって不浄の一切を焼き尽くす神の裁きのように漆黒の宇宙を切り裂いた。

 圧倒的なまでの一撃は、だが敵巡洋艦は操舵士の奇跡的な操舵によって直撃を回避された。

 光の束は巡洋艦の艦尾――動力部分を消滅させた後、宇宙の闇に飲み込まれるように消滅した。


「ちっ……」


 戦果に納得のいかないマーニは舌打ちをした後、すぐさま第二射に向けてマギインターフェースに魔力を注ぐ。

 だが――。


「敵巡洋艦より高熱源体が射出されたニャ! 中型が二、小型が十! 強襲揚陸艇とそれを守る空間騎兵だと思うニャ!」

「マズイですよマーニさん! 軽空母に衝突された付近では結界が綻んでいます! そこから接近されたら――!」

「今の状態じゃ、結界の張り直しはできないよマーニ。どうする?」

「……ジャック様に任せる。ミミ、ジャック様に通信。『敵、更に侵入の可能性高し。後始末はお願い』と伝えて」

「りょ、了解ニャ!」

「あと一つ、追加で報告。敵艦に天秤の印ありって」

「天秤? それって何の事なのニャ?」

「天秤の印はジャック様にとって大切な印だから――」


//次回更新は、2022/10/28(金) を予定

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