【第41話】元大賢者、孤軍奮闘す
『ご主人様! 艦尾の非常ハッチが爆破されたニャ!』
「来たか……! どの程度侵入してきたか分かるか?」
『監視カメラの映像から、だいたい百ぐらいだと思うニャ!』
「分かった。各部の障壁を下ろして気圧の維持を頼む」
『了解したニャ!』
ミミに指示を送ったあと、少し後ろを走るリリアに声を掛けた。
「俺は艦尾に向かって侵入した敵を迎撃する。リリアは戦えるクルーたちを纏めて迎撃ポイントを構築しておいて」
「でも、それではご主人様がっ!?」
「うん。俺は単騎で前に出る。リリアには俺が打ち漏らした敵の掃討を頼みたい」
「そんな! それではご主人様が危険過ぎます!」
「大丈夫。俺はそう簡単には死なないから。それに俺が強いのはリリアも知っているだろう?」
「それは、そうですが――!」
心配そうなリリアを安心させるため、俺はことさら笑顔を浮かべて言葉を続けた。
「それに今のままじゃ、非戦闘員のクルーたちに危険が及ぶ。彼らを守るのは俺の役目だけど、身体一つじゃままならない。だからこそリリアに俺の名代としてクルーたちを守って欲しいんだ。――頼めるな?」
「……ずるいです、そんな言い方」
半ば命令に近い俺の言葉に不満を漏らしたリリアは、だが己の役割をしっかりと理解していた。
「分かりました。ジャック様の仰る通りにします。でも――」
そこで言葉を句切ったリリアは、床を蹴って宙を滑って胸に飛び込んでくると俺の顔を両手で包み込み、唇を重ねた。
愛しげに舌を絡めてきたリリアに応えながら、最愛のメイドの腰を掴んでギュッと抱き寄せた。
しばしの別れを惜しむように舌を絡め――やがて名残惜しさを感じながら、俺たちは身体を離した。
「……ご主人様、きっと。きっとご無事でお戻りになってください」
「もちろん。キスの続きもしたいしね」
「ふふっ、はい……♪ 可愛がって頂けるのを楽しみにしていますね」
心配げな――だが信頼しきった笑顔を浮かべると、リリアは俺から一歩、
「ではご指示の通り、私は他のクルーたちを纏めて防衛線を構築します。ご主人様、ご武運を」
「ああ。リリアも。……気をつけて」
「はい!」
笑顔で頷いたリリアは背中を向けると、通路を曲がって目的の場所へ向かった。
その後ろ姿を見送ったあと、俺は表情を引き締めて戦闘態勢を整えた。
「ミミ。俺はリリアと別れて艦尾へ向かう。リリアにはクルーを纏めて迎撃を担ってもらうつもりだ。各所への戦況報告は怠るなよ」
『なら早速報告ニャ! 侵入した敵は二手に分かれて浸透中ニャ。ざっと五十が右舷に向かって、残りはこのまま行けば三分後にご主人様と鉢合うことになると思うニャ!』
「了解。そっちは俺一人で迎撃する」
『ニャッ!? 一人で迎撃とかご主人様本気ニャッ!?』
「本気も本気。まぁなんとかしてみせるさ」
『……チートなご主人様のことだから大丈夫だと思うけどニャ。でもちゃんと無事に戻ってきて欲しいニャ!』
「任せろ」
ミミの励ましに応えながら戦闘準備を整える。
(アルヴィース艦内は酸素はあるが無重力状態だ。『
無重力状態では、床を蹴るときの力加減や角度に気をつけなければ自由に動き回ることはできない。
だが、ドレイク家の子供は無重力状態での接近戦を幼い頃から叩き込まれている。
そんじょそこらの兵士に負けるつもりはない。
――そんなことを考えていると複数の黒い影が視界に入った。
(来た――)
目算で十人ほど。
恐らく威力偵察のための先行部隊だろう。
物陰に身を隠し、自分の身体に結界魔法と肉体強化の魔法を掛けた俺はタイミングを見計らって敵の前に飛び出した。
「……っ!」
突然、目の前に飛び出してきた俺に対し、敵の先行部隊は慌てることなく冷静に銃撃を開始した。
たった一人で飛び出してきた非戦闘員を処理するための、単純で、簡潔な……即応の見本とも言える銃撃だ。
武器を持たない非戦闘員など気に掛ける必要もない――。
そんな敵の反応は、だが一瞬で崩れ去る。
「ただの銃撃で俺の防御が抜けると思うなよ……っ!」
浴びせられる銃撃は全て身体には届かず、前方に展開した魔力シールドが全て防いだ。
非戦闘員を処理するには充分な量の銃撃を加えたはずなのに、傷を負うこともなく距離を詰めてくる不審人物を目にしたことで、先行部隊に動揺と困惑が走るのが見て取れた。
その困惑の隙を突くために力いっぱい地面を蹴り、無重力状態の宙を滑るように飛んで先行部隊との距離を一気に詰めた。
「簡単に制圧できるほど弱くはないんだよ、俺たちは!」
一瞬で距離を詰めた俺は、腰から引き抜いた光子剣を起動させて
鈍く響く音と共に刀身が出現するのとほぼ同時に一閃を繰り出し、先頭にいた二人の兵を纏めて薙ぎ払った。
「ぐわっ!」
異口同音にくぐもった声を上げる兵士をよそ目に、混乱する先行部隊に肉薄し――瞬時に半数の兵を床に叩きのめした。
「
床に転がる兵に向けて手を差し出し、束縛の魔法によって完全に身動きを封じた後、俺は残りの兵を視線で数えた。
「残り半分。ほら来いよ。相手してやる」
挑発するように手招きすると、残りの兵士のうちの一人が苛立たしげに目を光らせ、腰からナイフを抜くと低い姿勢で距離を詰めてきた。
下から掬い上げるような短剣の一撃で俺を仰け反らせると、矢継ぎ早に刺突を繰り出してくる。
速い動きで突き出される短剣の一撃。
時折、フェイントを交えながら繰り出される刺突は、並の兵ならばすぐに傷を負い、追い詰められたことだろう。
だが敵兵にとっては不幸なことに、俺はそこらの兵士とは違う。
繰り出される刺突を掌底で左右に捌き、相手が片側に体重を移動した瞬間を見逃さずに連撃で蹴りを放った。
相手の右膝に横撃を加えて重心を崩させると敵兵は前によろける。
丁度良い高さとなった相手の頭に向けて、足を草を刈る鎌のように横から薙ぎ払った
「――!」
声を出すことさえ出来ずに意識を刈り取られた敵兵が、無重力の宙を滑って壁へと叩きつけられた。
敵部隊の視線が壁に叩きつけられた兵に向いた一瞬の隙を突き、俺は更に一歩、大きく踏み込んで左右に立ち並ぶ敵に剣の一撃を放った。
腕に、肩に、太股に――効果的に継戦能力を奪える部位を的確に狙い、先行部隊を無力化していく。
最後はもちろん、
「束縛!」
だ。
床に
自由を奪った敵兵に尋問するために近付こうとした時、
「撃て!」
鋭い号令と共に横から一斉に銃弾が浴びせられた。
その不意の一撃をすぐさま展開した魔力シールドで防いだ。
「……っ!? 准尉! 敵の周囲に奇妙なフィールドを確認しました! 銃弾が防がれているようです!」
「なにっ!? 携帯用の防御フィールドでも展開しているのか……! ならば肉弾戦だ! 誇り高き銀河連邦の兵士たちよ! 抜刀せよ!」
「応っ!」
指揮官らしき女性の声に応じ、兵士たちが一斉に腰の光子剣を抜いた。
「敵本隊のご到着か。しかしなんとまぁ勇猛というか時代錯誤というか」
ミミから受けた報告ではアルヴィース号艦内に侵入した敵はおよそ百。
その内の半数は本体とは別のルートを侵攻中だ。
残り五十の内、先行部隊の十は無力化したから、本隊には四十人ほどの兵士がいるはずだが、目の前にはその半分ほどしか姿が見えない。
先行部隊と合わせても数が合わないのは、恐らく兵を分けてアルヴィース号各所を順次制圧していくつもりだからか――。
一斉に距離を詰めてくる敵本隊の兵たちに呆れながら、俺は敵を迎え撃つために再び剣を構えた。
「ざっと二十ちょっとか……上等!」
右手に構えた剣を突き出し、左手には体内で練った魔力を籠める。
臨戦態勢を整えたところで敵の先鋒が剣を振り下ろしてきた。
その剣を刀で弾き返し、腹部に向かって魔力を籠めた左手を突き出す。
その瞬間、左手に生じた電撃が敵兵を昏倒させた。
無詠唱で行使した『ショック・スタン』という魔法だ。
失神した兵を盾にして攻撃を避けながら、俺は的確に距離を詰めて敵兵を無力化していく。
「ぐふっ、この……化け物め……っ!」
「人を化け物呼ばわりとは失礼だな!」
昏倒する間際の捨て台詞に抗議しながら敵兵の無力化を続ける。
「ええい! 何をしている! 銀河連邦の兵としての誇りを見せんか!」
「しかしウルハ准尉! 奴は何やら不可思議な手管を使っていて――もしかすると異能者かもしれません!」
「なにっ!? しかし首輪無しの奴隷など存在するはずが――!」
「ん? おまえらもしかして『古き貴き家門』とは無関係な奴らか」
「無関係なものか! 我らは銀河連邦に所属する正規兵! 敬愛する主、アンジェリカ様の征く道を阻む者には正義の鉄槌を下す者だ!」
「正義、ねえ」
敵部隊の指揮官らしき人物の言い様に苦笑しながらも、いくつかの言葉に引っかかりを覚えた。
(敬愛する主、アンジェリカ、か。その女性が率いる部隊が奇襲を仕掛けてきたってことか。なかなか手強い女性だ)
そしてもう一つ気に掛かったのは、俺が行使した魔法を不可思議なものと表現した兵士の言葉だ。
『古き貴き家門』の兵であるならば魔術のことは知っているはず。
発動の仕方が違えど魔法・魔術の類いは見慣れているはずなのに、兵士は不可思議と表現した。
つまり――。
(『古き貴き家門』の者たちは魔術の存在を隠匿している。それはメアリーからも聞いていた。しかも家門の創始から現代までざっと五千年もの間だ。そんなに長期間、情報を隠匿できるものじゃない。そこにどんなカラクリがあるのか――)
思考を進めようとした俺に横薙ぎの一撃が襲いかかる。
「戦場で何をボーッとしている! 銀河連邦の戦士に対して無礼千万!」
「これは失礼。俺の悪い癖だ」
律儀に謝罪した俺に厳しい視線を投げると、ウルハと呼ばれた指揮官は腕を払って周囲に控えた兵に指示を出した。
「包囲せよ!」
ウルハの指示に瞬時に従って素早く動いた兵たちが、円状に拡がって俺を包囲する。
「討ち取れ!」
その言葉と共に襲いかかってくる敵兵たち。
前方の敵兵は光子槍を突き出し、後方の敵は大上段に構えた剣を振り下ろしてくる。
前後左右、ほぼ同時に襲いかかってくる攻撃は、並の者ならば抗いようもなく組み敷かれてしまっただろうが、残念ながら俺は並の戦士じゃない。
「この程度の修羅場は今までいくらでも
左右からの攻撃を片手と足で押し返し、背後からの攻撃を屈んで避けた俺は前方の敵に集中する。
剣を振るい、魔法を駆使し――次々と襲いかかる兵士たちをいなして無力化していく。
それでもひるまず襲いかかってくる敵兵の士気の高さに驚きながら、その士気を支えているであろう指揮官に向けて跳躍した。
「なっ!?」
多くの兵に囲まれているにも関わらず、その間を縫いながら素早く接近する俺の姿に、敵の指揮官は驚愕の声を漏らす。
反射的に剣を抜き、肉薄する俺に向かって大きく振り下ろす。
その動作が大きな隙を作った。
振り下ろされた剣を完全に見切り、最小限の動きで避けた俺は素早く指揮官の背後に回り込んでその身柄を拘束した。
「動くな! 全員、武器を捨てろ!」
「捨てるな! 私ごとやれ!」
拘束から逃れようともがきながら指揮官は厳しい声で部下を叱咤する。
だが兵士たちはよほど指揮官に信頼を寄せているらしく、誰もその言葉には従おうとはしなかった。
「何をしている! やれ! 貴様たちがやらなければ、アンジェリカ様の道は閉ざされるのだぞ!」
「しかし准尉!」
「良いからやれ! やるんだ! 銀河連邦の誇りのために!」
「くっ……!」
拘束した指揮官の言葉を受けて、躊躇していた兵たちが銃を構えた。
「おい、マジか……! 上官ごと殺そうってのか。狂ってやがる……!」
「何とでも言え! ウルハ准尉は我らが尊敬する上官! 上官の命に忠実に従うことこそ銀河連邦の兵士の誇り! 上官が望むのであれば、我らはそれに従うまで……っ! 不良奴隷が! 覚悟しろ!」
「ウルハ准尉、あとのことはお任せを!」
「頼む……!」
まるで玉砕を美学とする
「命を粗末にすることの何が誇りだ! おまえらは……そんなだから簡単に奴隷制度なんてものを受け入れちまうんだよ!」
何かを守りたい、何かを為し得たい、何かを手に入れたい。
そんな願い――言い換えれば欲望だ――のために命を賭け、命を落とす者が居る。
それは良い。
何かを欲するからこそ『自分』の命を賭ける分には好きにすれば良い。
だが『自分』ではなく『組織』の誇りを言い訳にして、自分と他者の命を粗末に扱うような選択には虫唾が走るのだ。
俺が望み、ユーミルが望み、そして苦労の末になんとか為し得た平和のなれの果てがこんなことになるなんて――。
そんな怒りを覚えながら、俺は拘束していた指揮官を手放して向かってくる兵たちに意識を向けた。
「
拘束を解かれた指揮官が床を蹴って退避するのと入れ替わるように、肉薄してきた兵たちが次々と襲いかかってきた。
殺意に満ちた雄叫びを上げた大上段からの剣撃。
その剣撃に合わせて槍の刺突と斧槍の横薙ぎが繰り出される。
三方から浴びせられる必殺の連携攻撃だ。
「これで終わりだ! 死ねえ!」
絶対に避けられないと確信し、必殺と信じて放たれた一撃。
だが――、
「舐めるな!」
右手の光子剣で斧槍の横薙ぎを跳ね上げ、左手で槍の刺突をいなすと同時に宙返りして振り下ろされた斬撃を回避しながら蹴りを放つ。
床に着地するのと同時に一閃を放ち、思わぬ反撃によって体勢を崩していた兵たちを昏倒させる。
「くっ! 化け物め!」
必殺の連携攻撃を簡単に返されたことで、兵たちの士気が萎えるのを敏感に察知した俺はここぞとばかりに反撃に転じる。
「人の
//次回は、10/14(金)18:00 更新予定となります。
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