【第7話】とある少女のプロローグ

【二幕序章】とある少女のプロローグ


 静寂に包まれた教室の中で、教壇に立つ痩身の男の声が部屋の中に響いている。

 生徒たちは一様に同じ制服に身を包み、痩身の講師の話に耳を傾ける。

 ある者は教科書をめくり、ある者はラップトップのキーを叩く。


 ここは惑星『テラ』近傍に存在する巨大軍事ステーション『ユグドラシル』。

 そのステーション内部に設けられた『古き貴き家門』の連枝が通う士官学校、通称『アルトネリコ』の一室。

 教室の中、神経質そうな声を響かせて講師が話を続けていた。


「さて。諸君らも知っての通り、銀河連邦直属の育成機関であるこの『アルトネリコ』では、戦略と戦術、そして魔術などの座学を通じ、『古き貴き家門』の誇りと理念を学ぶことができる。だが、なぜこのような学校が必要なのか。ラーズ・サジタリウス君」


「はっ! それは栄光ある『古き貴き家門』の一員として、銀河の全てを良き世界にするために人々を導く必要があるからであります!」


「うむ。ではなぜ『古き貴き家門』と呼ばれる十二家門の連枝が、人々を導かねばならないのか。トーマス・タウルス君」


「はい! それは我ら十二家門の始祖たちが神より授けられた神託を、この世界で実現するためであります!」


「そうだ。十二家門の始祖が神から授かった神託。それは混沌の収束と世界平和を為せ、というものだった。そのとき神は神託の他にも始祖たちに授けたものがあった。それは何か。メアリー・ビスセス君」


「は、はいっ! 魔術です! 神は始祖たちに魔術を授け、異能を利用して圧政を敷いていた邪神の尖兵を討てと命じられました!」


「うむ。始祖たちの時代、人類は邪神によって異能を授けられた一部の圧制者によって塗炭の苦しみを強いられていた。そんな人類を守るために戦っていたのが十二家門の始祖たちだ。神より魔術を授かった十二家門の始祖たちは邪神を封印し、圧制者は打ち倒して人類を救ったのだ」


 そこで一度言葉を切った講師が、教卓に手をついて教室の生徒たちを見渡しながら言葉を続けた。


「だが。邪神と圧制者たちは最後の異能を使って人類発祥の地である惑星『テラ』に呪いを掛けた。人類は宇宙へ脱出するしかなくなってしまったのだ。十二家門の始祖たちは手を取り合い、神託を実現するための機関を作った。それが銀河連邦である。諸君らはその始祖たちの願いを成就させるために、銀河連邦の中核を担う義務がある。それこそが『古き貴き家門』の連枝が担わなければならない高貴なる者の義務ノブレス・オブリージュなのだ」


 講師の言葉に生徒たちは一様に目を煌めかせ、ある者は同調の声を上げ、ある者は決意を秘めた眼差しで頷きを繰り返していた。


「さて。始祖たちの偉業と『古き貴き家門』の存在理由を思い出したところで、更に一つ、私は諸君らに問い掛けよう。そも魔術とはなんぞや? この質問に答えられる者は居るか」


 講師の問い掛けに一人の少女が声を上げた。

 窓から射し込む陽光を反射して煌めく白銀の髪。

 まるで銀糸のように美しい長髪を揺らしながら、一人の少女が席から立ち上がった。


「魔術とは、神が与えたもうた我ら『古き貴き家門』に連なる者だけが行使を許されている力であり、世界の礎となる数秘術と図形、そして触媒によって現実に変化を生ぜしめる科学にして技術です!」

「そうだ。さすが十二家門の中核を担うライブラ公爵のご令嬢、アンジェリカ・ライブラ君だ。明確で明瞭な答えでよろしい」

「……ありがとうございます」

「聞いての通り、魔術とは古来より『古き貴き家門』にだけ伝わる秘術であり、図や触媒に応じて変化を生ぜしめる科学にして技術である。魔術とは『理』を超越し『真理』に到るための学問なのだ。諸君らはこの秘術を用いて世の平穏を守り、世界の平和を守る使命がある」


 講師がそこで言葉を切ると、それを待ち受けていたかのように教室のスピーカーが講義終了の合図を奏でた。


「本日の講義はここまでとする。放課後は予習、復習、並びに実技訓練などに精を出すと良い。解散」


 淡々とした口調で告げた講師が教室を出ると、部屋の中が一気に騒がしくなった。

 そんな喧噪の中で、講師に公爵令嬢と呼ばれていた一人の少女が隣に居た少女に声を掛けた。


「メアリー、放課後は訓練場に寄って自主練したいんだけど……付き合ってくれるかしら?」

「え? あ、う、うん。いいよ。私も次の実技試験の前に魔術の練習をしておきたいし……」

「ありがと。それじゃ食堂に寄って飲み物を買って行きましょう」

「うん」


 頷いたメアリーが教科書を鞄にしまうのを待っていた銀髪の少女の横に、二人の男が近付いてきた。

 一人は端正な顔立ちを持ち、威風堂々とした振る舞いを見せる金髪の青年だ。

 もう一人は黒よりも灰に近いくすんだ髪色を持つ、才気を鼻に掛けるような表情を見せる眼鏡の青年。

 二人はアンジェリカとメアリーを挟むように立ち、大きな身体で二人に圧力を掛けてきた。


「おいおいアンジェリカ。まだそんな貧乏令嬢と付き合っているのかよ」

「十二家門の中でも最弱のビスケス家令嬢と仲良くするとは。公爵令嬢としてもう少し友人を選んだらどうです?」

「……」


 二人の男に侮蔑を叩きつけられたメアリーは何も言い返さずに暗い表情で俯いた。


「ラーズ・サジタリウス、トーマス・タウルス。貴方たちに私の親友を侮辱する権利など無いはずよ? バカにするのはやめてもらえるかしら」

「ふっ。相変わらず鼻っ柱の強い公爵令嬢だ。だがそこが良い」

「公爵令嬢の貴方だからこそ、我々は親切に忠告しているのですよ」

「あらそう。でも私は自分でメアリーを友人に選んだのです。貴方たちにとやかく言われる筋合いはないわ。……ほら、行きましょう、メアリー」

「う、うん……」


 アンジェリカ、と呼ばれていた銀髪の少女は、不機嫌さを隠そうともせずに男たちを一瞥すると、親友を伴って教室から出て行った。


「全く。我らが十二家門の筆頭ライブラ公爵家の後継者ともあろう者が、弱小男爵のビスセスの娘なんぞに絆されやがって」

「まぁそれだけメアリー嬢のおべっかが巧かったということだろうね。いい加減、アンジェリカ嬢も十二家門の筆頭公爵令嬢としての自覚をもって欲しいものだ」

「へぇ……珍しく意見が合ったじゃないか?」

「……僕は君が嫌いだ。だが私的な感情を優先し、公の判断を間違うつもりはない」

「はっ、そうかよ。そこも気が合って何よりだ」

「フンッ……」




 教室を出たアンジェリカたちは訓練場へとやってきた。

 五百メートル四方もあるその巨大な訓練場にはいくつかのエリアがある。

 模擬戦闘用のエリア、魔術訓練用のエリア、集団戦闘用のエリア――多くの訓練施設が並ぶなか、アンジェリカとメアリーは遠距離魔術の試射エリアへと足を向けた。

 標的が備え付けられた試射レーンを二つ確保し、二人は並び立って腰に下げた杖剣じょうけんを抜く。


「……アンジェリカの杖剣、いつ見てもすごく綺麗……」

「そうね。これは公爵家に伝わる杖剣なの。後継者だけが所持することを許される古代遺物アーティファクトよ」

「そんなのがあるんだ……。さすが十二家門筆頭のライブラ家だね」

「まぁ……そうね。でも家が凄いだけで私自身が凄い訳じゃないし。もっともっと頑張らないと……」

「努力家だね、アンジェは」

「そう、かな? 自分ではそういうつもりは無いんだけど……」

「努力家だよ。授業中も集中しているし、寮に戻ってからもずっと勉強してるの、同室の私は見ているし。それに放課後にはこうやって毎日自主練して……私なんかとは全然違うなって、いつも思ってる」

「そんなことない。メアリーだってすごいわよ。私にはできないこと、たくさんできるし。お料理とか、お裁縫とか……」

「ふふっ、うちの実家は貧乏だから。お料理もお裁縫も必要にかられてできるようになっただけだよ」

「でも私にはできないことよ」

「アンジェもやればできると思うけどなぁ」

「ううん。私にはきっと無理……」

「でも練習はしているじゃない」

「……結果を知ってて揶揄ってない?」

「ふふっ、バレた? この前作ったパンケーキ、焦げ焦げだったものね」

「ううっ、どうして私はパンケーキすらまともに作れないのかしら。こんなんじゃ、王子様に嫌われちゃう……」

「ピンチに颯爽と現れる白馬に乗った王子様と結ばれるのがアンジェの夢だもんね」

「……子供っぽいのは自分でも分かってるわよ」

「確かに子供っぽい夢かもしれないけど、でも良いんじゃない? 私はそういうアンジェが好きよ」

「本当に?」

「うん。本当に大好き」


 頷きを返したメアリーが小さく呟く。


(だって……その夢を聞かされていなければ、私はきっとアンジェの友人になんてなれなかったから……)


 高貴な血筋を持ち、天才とでも言うべき才能を持ち、努力家で、誰からも好かれる人望を持っている。

 そんな完璧な存在の傍に、どうして自分が居るのだろう?

 メアリーの中にはそんな鬱屈がある。

 眩しいほどの光を放つアンジェリカの傍に居ると、無能で何の取り柄もない自分が嫌になる。

 だからこそ。

 アンジェリカの幼稚な夢を聞いたとき、メアリーは安堵した。

 これほど完璧な存在でも欠陥があるのだ、と。


「あ、あのね、メアリー。私も、貴女のことが好き。本当よ」

「うん。ふふっ、知ってる」


 恥ずかしそうにモジモジと友情を伝えてくるアンジェリカの姿に微笑みながら、メアリーは自分の杖剣を抜いた。

 杖剣とは魔術の行使に必要な図を宙に描く触媒で、その質の高さは魔術行使の速度や威力にも影響を及ぼす。

 メアリーが持つ杖剣は、アンジェリカの杖剣とは比べものにならない粗末な杖剣だった。

 どこにでもある、ただの量産品。

 十二家門一、貧乏であるビスセス家では、娘にこの程度の量産品しか持たせてやることができなかった。

 それでもメアリーの父親は、量産品の中でも一番上等なものを娘に送りたいと考え、娘の入学前からずっと金を貯め――そしてメアリーの入学のときにこの杖剣をプレゼントしてくれたのだ。

 だからメアリーはその杖剣を世界で一番、素晴らしい杖剣だと思ってとても大切にしていた。


「準備は良い? メアリー」

「ん、いいよ」

「じゃあまずは遠距離魔術の練習よ。『炎弾ファイアーボルト』の連射から始めましょう!」

「うん!」


 アンジェリカの声を皮切りに、二人は魔術の訓練を開始した。

 『炎弾』。

 『風刃エアカッター

 『氷弾アイスバレット

 魔術としては初歩の攻撃魔法を連射して標的を破壊する。

 破壊された標的は自動的に新しい物に変更され、その標的に向かって攻撃魔術を叩き込む――。

 魔術の練習は続き――やがて二時間ほど経過した後、二人は休憩のために備え付けられているベンチに腰を下ろした。

 そのとき。

 訓練場にけたたましく警報が鳴り響いた――。

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