【第50話】異世界の創世神


「前方の宇宙空間に巨大な亀裂らしきものを確認! いえ、それだけじゃない……! 周辺の宙域にも同様の亀裂が多数発生しています!」


 悲鳴をあげるようなドナからの報告がブリッジに響く。

 ドナの声に続くように、管制卓にかじりついていたマーニが激変するデータを読み解いて報告の声をあげた。


「事象データ観測できず! 『事象の地平線』が崩壊に近付いてる……! ジャック様、このままじゃルミドガルドの宇宙が壊れて別時空の宇宙卵うちゅうらんとリンクすることになる……っ!」

「どういうことだよっ!?」

「『理外』の世界、つまり異世界と完全に繋がってしまうってことだよジャック様!」

「そんなことが起こりうるのかっ!?」

「マーニたちも知らなかった……! これは恐らく創世の女神しか知らないこの世界の基礎設計アーキテクチャ。ユーミルお姉様から生まれ出でたマーニたちにはインストールされていない創世の秘密……!」

「ルミドガルド世界を保護していた世界の外殻、宇宙が割れて異世界との緩衝空間が剥き出しになっちゃってる!」

「ルミドガルド世界の『存在』が緩衝空間を認知した今、その認知をもって緩衝空間は意味消失してしまう! このままじゃ『理外』の世界とこのルミドガルド世界が結合することになる……!」

「隣り合わせだった二つの世界が一つになってしまうってことか!?」

「空間亀裂の向こうから巨大なエネルギー反応を検知したニャ! すごい……観測機器がバグッてるニャ……こんな数値見たこともないニャ!」

「ミミ、映像をメインモニターに回せ!」

「りょ、了解ニャ!」


 ミミが管制卓を操作すると、光学的に捉えた映像がブリッジのメインモニターに映し出された。


「なんですか、あれは……」


 茫然としたリリアの声。

 それもそうだろう。

 メインモニターに映し出されていたのは、およそこの世のものとは思えないおぞましい姿をした存在だった。

 固有の意思を持つかのようにのたうつ巨大な触手を数多持ち、個体とも液体とも気体とも判別できない体はグツグツと沸き立つように泡立ちながら、体表にある数多の眼球を何かを探すようにキョロキョロと動かしている。

 類型を想像することさえ困難なおぞましいそのモノは、小惑星と見紛うばかりの巨体を亀裂からずるりと這い出させ、この宇宙に生まれ出でようとしていた。


「オエッ……なんか、見てるだけで気持ち悪い……」


 メインモニターを見つめていたエルが真っ青な顔で口元を抑える。


「なんだあれは……マーニ、分析魔法アナライズは?」

「やってるけど結果がバグッてる。人の身で使う魔法じゃ本質を見抜くことができないみたい……」

「人の使う魔法では、か。つまりマーニはあれを神性を伴う存在だと推測しているわけか」

「次元を超えようとしている目の前の存在が、ただの生物であろうはずがないと考えれば当然の帰結」

「だね。ジャック様。今のままじゃ、ソールたちはジャック様のお手伝いが充分にできないと思うよ」

「ん。ジャック様。封印を解く許可が欲しい」

「……」


 マーニ、ソール、ノート。

 俺を主人と定め、メイドとして仕えてくれている三人の少女たちの本質は『神』だ。

 だが神として現世に降臨し続けるには多くの制約が伴う。

 その制約をマーニたちは受肉という方法で回避している。

 受肉すると肉体のスペックは人間準拠となるため、女神としての本来の能力を発揮することはできない。

 二人はその枷を解き放つための許可を主人の俺に求めているのだ。


「……」


 現代日本からルミドガルド世界に転生し、世界の平和のために力を尽くした前世。

 その前世の結果――俺が人生を捧げて得た平和が何をもたらしたのかを確かめながら、のんびりとしたスローライフを過ごしたくて転生した今世。

 のんびりと人生を楽しみたいと思っていたから、女神たちには人間としてついてきてもらっていたが、それも最早叶わぬ願いになった。


(また世界の命運に関わっているんだから、何の因果なのか。これも創世の女神ユーミルの加護のせいなのかな?)


 あのドジで間の抜けた女神の顔を思い浮かべると、不思議と笑みが零れてくる。

 目指していたスローライフでは無かったけれど、愛すべきこの世界を守るためならば波乱の人生も悪くない。

 不思議と、素直にそう思えた。


「分かった。ブリッジクルーたちは驚くかもしれないけれど、後で必ず説明するから今は目の前のことに集中してくれ」

「な、何が起こるのー?」


 不安そうなエルが俺の顔色を窺う。


「混乱したこの状況を覆す一手を打つのさ。大丈夫。俺を。俺たちを信じてくれ」

「……うん。エルはご主人様を信じるよ」

「私もです」

「ミミもニャ!」


 信頼を口にしてくれる仲間たち。

 その最後にリリアが無言で頷いてくれた。


「ありがとう。……マーニ、ソール!」


 管制席に座るマーニたちを呼び寄せ、二人の手を握り絞めながら額にキスをした。

 それが封印解除の合図だ。


「創世の女神ユーミルの徒。大賢者ジャック・ドレイクの名において願い奉る。そは世界を包む月の光。そは世界を照らす太陽の光。ルミドガルドの理を護るもの。世界を護るもの。真実の姿をもってこの世界に祝福を」


 キスをした箇所――額から眩い光が放たれ、その光はやがて帯状になって二人の少女の身体を包み込んだ。

 仄かに光を放つ白い衣に身を包んだ二人は容姿こそ同じであったが、髪色は変わり、どこか荘厳な雰囲気を纏っていた。


「え……なに? マーニさんたちすごく綺麗……」

「ふふーん♪ そうでしょそうでしょ。もっと褒めてくれていいよ♪」

「ソールさん綺麗! マーニさん綺麗!」

「本当に。普段もお綺麗な方たちだとは思っていましたが、今はなんだかすごく……神々しく見えてしまいますね」

「当然。マーニもソールお姉ちゃんも、ついでにノートも。本質はこの世界の女神の一柱だから。ドナの表現は正鵠を射てる」

「め、がみ? 女神様ですか?」

「ど、どういうことニャ!?」

「それは後で説明する。それよりも今は目の前のことだ。マーニ、あのデカブツの解析を」

「ん。『真実を見抜く月の輝きウィン・アンスーウ・ケン』」


 マーニの真言と共にその瞳が青白く輝く。


「見えた。サブモニターに情報を回す」


 謎の巨大生物をジッと見据えながら、マーニは管制卓を操作して知り得た情報をモニターに表示させた。


【個体名】繧「繧カ繝医?繧ケ

【種 族】外神

【年 齢】??????

【生命力】??????

【魔 力】??????

【筋 力】??????

【敏 捷】??????

【耐久力】??????

【知 力】??????

【判断力】??????

【幸運値】??????

【スキル】??????

【補 足】痴愚の魔王


「これが限界」

「ルミドガルド世界の『ことわり』を管理している月の女神の力をもってしてもあの化け物の情報は殆ど得ることはできないのか。それほどあの化け物の神格が高いってことか?」

「ん。マーニにはこれが限界だった」

「大丈夫。充分だ」


 俺は表示されたデータを見て思い至ることがあった。

 それは前々世の記憶だ。


「外神、痴愚の魔王……そういうやつか!」

「ジャック様、何か分かった?」

「恐らく、な。あれはアザトースという名を持つ、異世界の創世神だ」

「ジャック様はあいつを知ってる?」

「俺の前々世の記憶だよ。俺の居た世界では物語に登場する架空の神だったが……それが実在した? いや、だがそんなことってあるのか?」

「無いとは言い切れない。どこかの世界にそのモノの概念があれば、それは存在が『存在する』に足る根拠となる」

「『る』という認知こそ存在が『存在』するために必要な要素だから。無いものは無いけどどこかの誰かが『在る』と認知していればそれはどこにでも『在る』んだよ。場所も、時間も、次元も、世界も関係ない。見えない、知られていないだけでそこに『在る』。神ってそういう曖昧なものだから」

「だからアザトースも『存在』し、そしてルミドガルド世界に姿を現したってことか。でもどうして……」

『その理由はノートが説明するですの』

「何か分かったのか?」

『例の呪縛に隠されていた仕掛けがたった今、解析できましたの。呪縛はどうやら呼び水として機能するようになっていたらしいですの』

「呼び水?」

『魔術を使う『古き貴き家門』の皆様に与えられた『シャンの呪縛』。この呪縛は対象の認識を誘導する機能の他に、いくつもの機能を有しているようですの。その一つ、魔術を行使するときに使用する魔力を別次元から融通する機能には、他にも別次元の魔素をこの世界に撒き散らす機能が備わっていましたの」

「メアリーとナルマの決闘の時に言っていたアレか……」

『そうですの。その魔素は長い時間を掛けてルミドガルド世界を侵食していたようですの。本来ならこの世界の『理』を管理する神……つまり創世の女神ユーミルお姉様がその侵食を浄化できたはずなのですが、ユーミルお姉様は遥か昔に呪詛に犯されてお隠れになってしまいましたの。それで――』

「別次元の魔素を浄化することができず、ルミドガルド世界は一方的に侵食されてしまった、と?」

『ノートの推察ではそうですの。その魔素の侵食は別次元の存在を招き寄せるための、いわば餌の役割を果たしていたようですの。そして『シャンの呪縛』にはもう一つの機能……いえ、罠と言ってもいい仕掛けが施されておりましたの。それが解呪と同時に異世界の神を呼び寄せる機能ですの』

「罠?」

『知っての通り、呪縛には『魔法』を阻害する機能があったですの。でも魔術は阻害しないんですの。呪縛は『魔法』を使う者が『呪縛を授かりし者』を助けようとしたとき、解呪しなければ助けられないような状況を作り出していたのですの。でもこの世界には奴隷制度があり、『古き貴き家門』と異能力者……魔法を使う者たちとは関係が断絶していた。つまり魔法を使う者が魔術を使う者を何としても助けようとする状況は起こりえなかったんですの。身分の差、境遇の差を軽々と乗り越えられる精神性の持ち主で、『魔法』が使える底抜けのお人好しが現れなければ」

「……ジャック様だね、それ」

「ん。そんなことを考えるのはジャック様ぐらい」

「ですの。これはノートの推測でしかないのですけど、もしかしてこれ、ジャック様……というか、ジーク・モルガンの転生体を狙い打ちした罠だったのでは?」

「俺を?」

「奴隷への侮蔑と貴族への憎悪によって貴族と奴隷の断絶は覆しがたい事実としてこの世界に存在しているですの。もちろん、奴隷を解放しようと考えた貴族はいたでしょうし、貴族を打倒しようとする奴隷もいたでしょう。でもそのだれもが力及ばずに挫折するなか、それができる人物……魔法を使い、自由と公平と平和を愛する、行動力と能力を併せ持つ人物。その人物の行動を予測して張った罠なんじゃないか、と。ノートはなんとなく、そんな風に思ってしまいましたの」

「そして俺はまんまと罠にはまり、メアリーたちを解呪して異世界の神をこの世界に招いてしまったってことか……」

「恐らくこの呪縛は解呪されるために施されたもの。創世の女神を貶め、歴史をねじ曲げて人々の思想を誘導し、選別した者たちに魔術を授けて世界を支配させた者こそ異世界からの侵略者、その尖兵だったとノートは推察するですの」

「『偉大なるお方』とやらが全ての黒幕ってことか?」

「そう考えるのが妥当ですの。そしてその黒幕はもしかしたらジーク・モルガンのことをよく知る者だった可能性もあるですの」

「俺に近しい者……」


 それが誰だかは今は分からないし、今すぐ知りたいとも思わない。

 今、やらなければならないことは他にある。


「これは『理外のモノ』から仕掛けられた『理』への侵食。ルミドガルド世界を乗っ取るための悪辣な侵略ですの」

「侵略か。だったらユーミルが居ない今、この世界を護るのは俺の役目だ」


 ノートの報告を受けて俺は自然とそう思えて――改めて心を決めた。


「マーニ、ソール、ノート。俺に力を貸してくれ」

「ん」

「当然」

「もちろんですの!」


 三人の返答と、俺に信頼の眼差しを向けるリリアの姿が俺の心を鼓舞してくれた。


「あの化け物をぶっ潰すぞ!」

「え、ええーっ!? そんなことできるの!?」


 俺の宣言が予想外過ぎたのか、エルが目を丸くして声を上げた。


「できるさ。神の相手は慣れてる」


 正直なところ、絶対の自信はない。

 追い返すだけで精いっぱいかもしれない。

 だけど俺は怖じ気付いたクルーたちを励ますために、自信満々に答えてみせた。


(俺がみんなを。この世界を護る。そうだろう? ユーミル)


 臨戦態勢に移行する前に大きく息を入れる。

 新鮮な空気が肺に満ちると同時に頭が冴え渡ってくる。

 戦闘準備は完了だ。


「アルヴィース号、エーテルジェネレータ起動!」

「エーテルジェネレータ起動。霊素供給を確認。五秒で臨界点へと到達可能だよー!」

「エーテルジェネレータと艦内システムリンク。統合管制AIマスターコントローラーAIシステム、オーバークロック」

「アルヴィース号、高速体型に変形完了。エーテルウェポン展開を確認。結界システム正常。艦内システム、オールグリーン。準備完了です、ご主人様!」


 戦闘態勢が整ったことを告げるリリアの声。

 その声に頷きを返し、俺はメインモニターに目を向けた。

 敵は異世界の創世神。

 大賢者としての全力をぶつけるに足る相手だ。


「さあ! 神殺しを始めようか!」



//次回更新は 2022/12/16(金)18:00 を予定

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