【第49話】崩壊する宇宙
ジャックがブリッジに向かった後――。
「それではメアリーさん。まずはお着替えをしましょうですの」
「着替え、ですか?」
「ええ、そうですわね。淑女が肌を晒すのは良くありませんわ」
「肌……ええっ!? うそ、やだ……っ!」
アミャーミャの指摘を受けて、ようやく自分がどのような格好をしているのか把握したメアリーが、素っ頓狂な声を上げた。
メイド服の背中をばっさりと切り裂かれ、メアリーは今、背中の白い肌を露出したような格好をしていた。
「え、これ、なんで……っ」
「ごめん、メアリー……それは私が……」
「アンジェが? ……あ、そっか。私、ジャックさんとアンジェの戦いを止めなくちゃって夢中で飛び出して……」
「うん。ごめん……」
下手をすれば自分の手で親友を殺してしまっていた――その記憶が蘇り、アンジェリカは悲しげに項垂れた。
「……大丈夫だよアンジェ。私は今、こうして生きてる。生きて貴女と言葉を交わしている。だから大丈夫」
「うん……うん、ごめん、メアリー」
メアリーの慰めにアンジェリカは涙を零す。
そんなアンジェリカの手をキュッと握り、メアリーはただ無言で親友の髪を撫でつけていた。
「ご友人との久方ぶりの再会に喜ぶのも良いですけど、ここでは場所が無粋ですの。一度、メアリーさんの部屋に戻って着替えを済ませるですの」
「そうですわね。メアリー様、お立ちになられて」
「はい」
アミャーミャに促されてメアリーは立ち上がり――だが、足下がおぼつかずにフラリとよろけた。
倒れそうになった親友を支えるために、アンジェリカは立ち上がるとすぐさま手を伸ばした。
「ありがとう、アンジェリカ」
「ううん。これぐらい……」
久しぶりに感じる親友の体温。
その体温の存在は、親友が確かに生きているのだとアンジェリカに伝えた。
一度死んでしまったときの冷たかった手とは違う、血の通った温かさ。
その温かさを取り戻せたこと。
それは奇跡だ。
アンジェリカは心の底から『古き貴き家門』が奉ずる神の導きに感謝の言葉を唱えた。
「偉大なるお方。親友を助けてくださり、ありがとうございます……!」
それは『古き貴き家門』の者ならば日常的な、貴族が奉ずる神への感謝の言葉だった。
だがその言葉を聞いて、メアリーとアミャーミャが眉をひそめた。
そんな友人たちの表情に気付いたアンジェリカが首を傾げる。
「……どうかしたの? 二人とも」
「……いいえ、何も。ただ……アンジェリカには後で話があるの」
「そうですわね。メアリー様のお召し替えが終わった後で」
「分かったわ」
「……さて。色々と積もる話はあるでしょうが、アルヴィース号を取り巻く状況に変化があったみたいなので、今はとにかくお召し替えを急ぐほうが良いですの。アミャーミャさん、お二人のフォローをお願いしますの」
「もちろんですわ」
「よろしくですの。ではメアリー様のお部屋に参りましょう」
///
ブリッジに戻った俺を待っていたのは予想だにしない異常事態だった。
「今、戻った! マーニ、報告!」
「不明」
「はっ?」
「宇宙が、ちょっと訳の分からない状態になってる」
「どういうことだ?」
「データを見せる」
マーニが
数値は激しく増減を繰り返し、何を表示したデータなのか読み取ることさえできない状態だ。
「これは?」
「第七辺境宙域の宇宙空間の時空安定度。今、周辺宙域の時空がとてつもなく不安定になっている。簡単に言うとアルヴィース号を中心とする周辺の宙域で無感震動が多発し、その震動がぶつかり合って震度がどんどん大きくなってきてる」
「このまま続くと正直マズイと思うよジャック様! 震動が更に大きな時空震動を呼び起こしちゃう!」
「宙域全土が時空震動に飲み込まれてしまう、か……」
各地で発生した震動が共振して増幅し、各宙域に大きな影響を及ぼすことになることは簡単に予想できた。
「……敵艦隊の動きは?」
「現在、アルヴィース号に向けて移動中です。小一時間も経たないうちに交戦距離に到達しますが、このままでは――」
「時空安定度、更に減少……! この減少速度は異常……! 速すぎる……!」
「前門の敵、後門の時空震。ジャック様、どうするっ!?」
「まずはガンドたちを呼び戻せ! 敵艦隊の動きは注視しつつ、全力で時空震に備えるぞ! ソール、アルヴィース号の体勢を立て直せ!」
「りょーかいでぇ~す!」
「ドナはマーニのサポート! 時空震への対応は『無限収納』で『ホーム』を収納したときと要領は同じだ。簡単だろ?」
「か、簡単じゃありませんけど、とにかく了解です!」
「ミミは艦内各所との連絡網を維持。何があるか分からない。各所と速やかに連絡が取れるようにしておいてくれ。あと周囲の確認も頼むぞ」
「了解ニャ!」
「リリアはエルと二人で戦闘用ドローンの管制は頼む!」
「お任せを!」
「わ、分かったー!」
「よし。――ノート! ブリッジのモニターはできているな?」
『はいですの』
「そっちからできるだけマーニの補佐を頼む。そっちの状況が落ち着いたらブリッジに来てくれ」
『了解しましたの!』
「ガンドたちが帰還したらこの宙域から転移する――」
「ダメ! それは無理! 震度上昇! 極大の時空震がくる……っ!」
悲鳴にも似たマーニの声とほぼ同時に、アルヴィース号が激しい時空震にさらされた。
「くっ!」
時空震が巻き起こす衝撃波をまともに食らったアルヴィース号は、まるで激流の中を進む木の葉の舟のように翻弄される。
艦長席から振り落とされそうになるのを肘掛けにかじりついて堪えながら俺は各所に指示を飛ばし続ける。
「総員対ショック姿勢を取れ! マーニ、アルヴィース号を基点として宇宙空間に魔力を放出、時空震をできるだけ相殺しろ!」
「やってる!」
「ソール、結界は!?」
「そっちも全力でやってるけどぉ!」
「俺も手伝う! 『
「うん!」
指向性を持たせた魔力を互いに放出して魔力を接合させる。
その状態でマギ・インターフェースを通してアルヴィース号の周囲に三重の結界を展開した。
「時空振動、更に増大……!」
普段、冷静なマーニの声に混じる驚愕の感情が事態の異常性を物語っていた。
「ミミ! 敵艦隊の様子は!」
「えーっと、えっと……向こうも時空震の影響で慌ててるみたいニャ!」
「よし。なら今は自分たちのことに集中できるな……! ガンドたちの帰還はまだか!」
「あと少しみたいだけど、時空震がものすごすぎて手間取ってるみたいニャ!」
「帰還したらすぐに報告してくれよ!」
「了解ニャ!」
「震動、更に増大してる。ダメ、このままじゃ……っ!」
「どうしたマーニ! 報告は正確に――」
「限界を、超えた……っ! 宇宙が、壊れちゃう……!」
モニターでデータを確認していたマーニの口から、絶望にも似た叫び声が漏れる。
その言葉の意味を確認しようとしたとき、俺は見た。
メインモニターに映し出される宇宙空間に浮かぶ小さな亀裂を。
その亀裂は雛が卵殻を割って生まれ出ずるかのように大きく広がっていく。
やがて――。
宇宙が割れた。
//次回更新は 2022/12/09(金)18:00を予定
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