【第48話】再会


 剣で斬られた反動でメアリーの身体は俺と激突する。


「メアリーっ! くそっ、ヤバイ……! 致命傷だぞこれは……っ!」


 衝突したメアリーの身体をしっかりと受け止めるも、俺はその傷の深さに思わず声を上げた。

 その声を聞いた女指揮官は、追撃しようとしていた手を止めて、茫然とした声を漏らす。


「え……」


 戦場とは思えないほど間の抜けた声を漏らし、女指揮官は自分が斬りつけた者に改めて視線を落とす。

 そして――。


「メア、リー……? そ、んな……そんなっ!」


 今、まさに自分が斬り捨てた者をその目で確認し、女指揮官は驚愕の声を上げた。

 握っていた剣がその手を離れて無重力の宙を滑る。

 戦意を失ったような女指揮官を見て、俺は剣を収めて斬られたメアリーの救命に取りかかった。


「クソッ、傷が深い! 待ってろよ、今、助けてやるからな!」


 呼吸さえおぼつかないメアリーに励ましの声を掛けながら、俺は体内の魔力を高めて回復魔法を行使する。


「『エクストラ・ヒール』!」


 回復の最上位魔法『エクストラ・ヒール』。

 四肢が欠損していたとしても全て回復することができる光属性の魔法。

 この魔法を使えば外傷であればどんな致命的な傷であっても完全治癒が可能だ。

 癒やしの光を放ちながらメアリーを対象として行使した『エクストラ・ヒール』は、だが発動しているはずなのにメアリーの身体を修復することはなかった。


「な……っ!? くそ、なんで効果が反映されないんだ! 『エクストラ・ヒール』! 『エクストラ・ヒール』!」


 魔法は完璧に発動しているはずなの効果が顕れず、俺は焦る心を押し殺しながら何度も回復魔法を発動したのだが――。


「くそっ! 魔法はちゃんと発動しているのに、どうして効果がないんだよ! このままじゃメアリーは……っ!」


 メアリーの体内から流れ出た血は、宙に血溜まりを作るほどだ。

 早急に傷を処置しなければメアリーは失血死してしまうだろう。

 俺は回復魔法での治療を諦め、携帯している簡易医療キットを使ってメアリーの止血を試みる。

 だが切り裂かれた傷はメアリーの肉体を深く傷付け、簡易医療キットの止血シートでは流血を止めることはできなかった。

 流血によって急速に失血して顔を真っ青にしながら、メアリーは震える声で女指揮官に声を掛けた。


「アン、ジェ……良かっ、た、無事、だったの、ね……」

「メアリー……本当にメアリーなの?」

「そう、だよ……? ふふっ、最後に、貴女に会えて、良かった……」

「そんな……いや! いやよ! 死んでしまったと思っていた貴女が生きていたのに……! 私のせいで、お別れなんて……っ!」

「だい、じょうぶ……貴女の、せいじゃない、わ……だから、聞いて。私の言葉を……」

「聞く……ちゃんと聞くから……! だから死なないでメアリー! 私を……私を一人にしないで……っ!」


 アンジェと呼ばれた女指揮官は慟哭しながらヘルメットを脱ぎ捨てた。

 輝くような金色の髪を後ろに纏め、メアリーと同年代の少女の容貌が今、悲しみに塗れて歪んでいた。

 アンジェという少女の容貌を見て、鼓動が一瞬、飛び跳ねた。


(フィー……っ!?)


 前世で共に旅したかけがえのない仲間。

 仄かに想いを寄せあい、だがお互いに使命を優先して想いを交わすことのできなかった初恋だった聖女――フィリス・ヴェストーラ・ライブラ。

 その少女とうり二つの容貌を持つアンジェと呼ばれた少女が、床に伏すメアリーの傍にうずくまった。


「アン、ジェ……ジャックさんは、『古き貴き家門』にとって、必要な、人です……だから、剣を交える、のではなく、言葉を交わして……? それはきっと、これからの未来に、必要なこと、だから……ゴホッ、ゴホッ」


 メアリーは口から吐血しながらも言葉を続ける。


「だからお願い……ジャックさんの、話を聞いて……。そして、この世界の真実に、気付いて……」

「分かった、分かったからもう喋らないで……っ!」

「アンジェ……私の、大切な、おともだ、ち……貴女の幸せを、ずっと……いのって、る……」


 メアリーは震える声で友の幸福を願い、すでに持ち上げることもできなくなった手をアンジェに伸ばそうとする。

 急速に体温を失われていく友の手を取りながらアンジェは慟哭する。


「メアリー……! ダメ、ダメよ……っ、私を置いていかないで……!」

「だい、じょうぶ……アンジェには、ジャックさんが、いるから……」


 そう言って穏やかな微笑みを浮かべたメアリーの手から力が抜けた。

 握り返すことのなくなった友の手を包み込みながら、アンジェと呼ばれた少女は慟哭する。

 通路に響く悲痛な叫び。

 だが俺はまだ諦めるつもりはなかった。


「おい、おまえ! そのままメアリーに呼びかけ続けろ! 絶対にメアリーを助けてやるから!」

「え……メアリーは、まだ、助かる……?」

「助かるんじゃない。助けるんだよ俺たちで!」

「……っ!」


 俺の言葉を聞いたアンジェの瞳に力が宿る。


「助ける……私たちで……っ!」


 それは微かな希望。

 絶望のなかに隠された1パーセントにも満たない可能性だ。

 だが絶望するにはまだ早い。

 ルミドガルドの『ことわり』では、例え肉体が死んでしまっても精神体――魂はまだ現世に残っている。

 だったらそれを呼び戻せば良い。


「ユーミルから乱用すんなって釘を刺されていたけど、これって乱用じゃないよな女神様」


 創世の女神の奇跡『死者蘇生リザレクション』。

 この世の魂がその生涯でたった一度だけ受けることのできる、死者復活のための魔法。

 死者蘇生の魔法を詠唱し、俺はメアリーの復活を試みる。

 だが――。


「待って待って待ってー! 待ってくださいですのー!」


 背後から慌てたような声が聞こえてきた。


「どうしたノート、俺は今、忙し――」

「今、メアリーさんに『死者蘇生』を使っても魔法は打ち消されてしまう可能性がありますの。そうなったら、一生に一度しか蘇生できない魔法が失敗してしまって本当の意味でメアリーさんは蘇生できなくなっちゃいますの!」

「どういうことだ?」

「『古き貴き家門』の皆様に与えられた呪いカースド・ギフト『シャンの呪縛』。この呪縛は生命に影響を与える『魔法』の発動を阻害するんですの。回復魔法も効果が発現する前に霧散するのを確認しましたの」

「だったらどうやって……!」

「さっさと呪縛を解呪するしかありませんの。解呪魔法の構築はできましたからすぐに解呪に取りかかれますの」

「そ、そうなんですのね! 良かった……って、メアリー様っ!?」


 ノートの背後から走り寄ってきたアミャーミャが、通路に横たわるメアリーの惨状に悲鳴を上げた。


「ど、どうなっていますのっ!? ちょっとジャックさん、メアリー様をさっさと助けてさしあげて!」

「分かってる。必ず助けるから心配するな」

「貴方を信じていますわよ! って、そちらにいらっしゃるのはもしかして……アンジェリカ様?」

「貴女は……アミャーミャ・アクエリアス嬢か? 貴女までこの艦に?」

「色々とありまして。今はこちらのジャック・ドレイクさんにメアリー様と一緒に保護され……ゴホンッ、協力していますの」

「協力……つまり貴女は『古き貴き家門』を裏切ったのか?」

「裏切りですって? とんでもありませんわ! わたくしから言わせれば、自分たちが何者かに洗脳されていることに気が付いていない貴女方こそ、民に対しての裏切り者だと思っておりますわ。わたくし、このジャックさんに色々と気付かされましたの」

「気付いた? それはいったい――」

「アミャーミャ、お喋りは後にしろ。今はメアリーを助けるために協力してくれ。……あんたもだ。メアリーの友達なんだろ? だったらこの子を助けるために力を貸せ」

「言われずとも……っ!」

「よし。ならあんたはメアリーの手を握り締めてやってくれ。メアリーの魂を現世につなぎ止めるために。帰ってこいって気持ちを込めて」

「分かった……!」


 乱暴な俺の物言いを受けたからか、アンジェと呼ばれていた少女の瞳に強い光が戻った。


(良い傾向だ)


 さっきまで敵として対峙していた少女を励ますのもなにやらおかしな気分だが、メアリーのことを大切にしているのは伝わってくる。

 それだけで充分だ。


(喧嘩したあと仲良くなる、か。……フィーのときもそうだったな)


 ふと頭の中に浮かんだ前世の記憶。

 それはとても懐かしく、むず痒いような感情を伴って鮮明に蘇る。


(……と、今は思い出に耽るときじゃない)


 俺の隣で解呪の魔法を詠唱しているノートを見守っていると、ノートはチラッと俺に視線を向けて手を伸ばしてきた。

 俺はその手をそっと握ると、その手を通してノートの魔力が浸透してくるのが分かった。

 これは魔力接合マギ・リンクの合図で、俺とノートの魔力の波長を合わせ、互いに魔力を共有するための魔法だ。

 今は人の身を得て、人の身で振るえる程度の力しか使うことができないとはいえ、ノートの存在意義レゾンテートルは女神のままなため、魔力の融通は人を選ぶ。

 大賢者という称号を得ている俺が持つ特殊な魔力でなければ、女神と魔力接合することはできないのだ。


(つまりそれだけたくさんの魔力を使うってことか)


 俺はノートと魔力接合を行い、自分の魔力をノートに供給する。

 互いの魔力が接合し、混ざりあい、やがて大きな魔力塊となってノートの体内に蓄積されていくのが繋いだ手を通して伝わってくる。


「アミャーミャ。君もメアリーの手を――」


 握ってやってくれ、と伝えようとしたが、アミャーミャはすでにメアリーの手を両手で握り絞めていた。


「なんですの?」

「いや。それでこそ、と思ってね」

「よく分かりませんがとにかく早くメアリー様を助けてさしあげて。貴方なら不可能ではないのでしょう?」

「ああ。俺に不可能はないさ」


 大賢者として。

 失われていく命を取り戻す。

 絶対にだ。


 そして――。


「ジャック様、準備整いましたの」

「よし。じゃあ遠慮無く魔力を持っていってくれ」

「ありがとうですの。では遠慮無く――」


 ノートが解呪魔法を発動すると同時に膨大な魔力が体内から抜けていくのを自覚する。

 まるで献血をしたときのように、体内から無形の力が一気に流出していく感覚に軽い目眩がおきた。


「ジャック様、大丈夫ですの?」

「大丈夫。まだ余裕はある。大賢者おれの魔力量、舐めるなよ?」

「クスクスッ、ジャック様の魔力の総量はパないですものね。でももう大丈夫ですの。必要な量は頂きましたの」

「そうか。ただの解呪にしちゃ必要な魔力量が半端なかったが……これでいけそうか?」

「はい。メアリーさんたちの解呪、準備完了ですの。でも呪縛自体、完全解析できたワケではありませんの。解呪と同時に何が起こるかは――」

「構わない。メアリーの方が大切だ」


 この歪んだ世界を糺すためにも『古き貴き家門』出身の協力者は必要――いや、それだけじゃない。


「真面目で、真っ直ぐで、頑張り屋で努力家。そんなメアリーをここで失うなんて世界の損失だろ?」

「ふふっ、そういうところ、ジャック様は昔から変わっていませんの。底抜けのお人好しなジャック様のこと、ノートは好きですの」

「そうか」

「そうですの♪ では解呪を始めますの」

「頼む」


 ノートはメアリーの胸に手を置くと静かな口調で詠唱を始めた。


「我らがことわりりてその呪縛を解き放つ。そは万古より在りし万星の鍵、そは未来へ繋ぐ万世の鍵。縹渺ひょうびょう(かすかで、はっきりとしないさまのこと)たるじょうを消し去れ!」


 神性言語によって詠唱された魔法は大量の魔力と引き換えに発現し、数多あまたの光となってメアリーたちを包み込んだ。

 眩い光はやがて少女たちの身体に吸い込まれると、三人の少女たちの手の甲にうっすらと魔法陣が浮かび上がった。


「ふぅー……これで解呪は完了ですの。ジャック様、いまこそですの!」

「ああ……!」


 ノートに促された俺は回復魔法を使用してメアリーの身体の損傷を全回復させた。


「よし、いける……!」


 回復魔法の効果が発動したことを確認したあと、呼吸を整えて体内の魔力を高める。


(ノートに持って行かれた分もあるが、今の状態でもなんとか『死者蘇生』は使えるか)


 周囲に存在する魔素を吸収して高効率で魔力に変換し、体内魔力として蓄積させる大賢者特有のスキル『魔力生成』。

 そのパッシブスキルのお陰で俺は魔力消費の大きな魔法を連発することができる。


(これなら――)


 増大した体内魔力をしっかりと練り上げ、『死者蘇生』が発動可能になったことを確認した俺は、横たわるメアリーに向けて魔法を行使した。


「『死者蘇生』!」


 発動した魔法によってメアリーの肉体は白い光に包まれる。

 光はそのまま柱のように輝きを放つと球状に収束していき、やがてメアリーの胸の中にゆっくりと入っていった。

 そして――。


「ん、んん……」


 息絶えていたはずのメアリーから微かに声が漏れ聞こえた。


「ああ……、ああ……っ! メアリー、こんな、奇跡よ……っ!」

「え……アンジェ……? あれ……私、は……」


 自分が置かれた状況を理解出来ず、メアリーは茫然とした表情で上半身を起こした。

 そんなメアリーにアンジェが飛びついた。


「メアリー、良かった……! 本当に良かった……!」


 親友の蘇生に涙を流すアンジェ。

 アンジェの抱擁を受け止めながら、メアリーは同じように目尻に涙を浮かべる。


「ふぅ……おかえりメアリー。なんとか助けられて良かった」

「……私はいったい?」

「メアリーさんは今の今まで死んでしまっておりましたの。それをジャック様が魔法で蘇生させたんですの」

「えっ!? 私、死んで……?」

「ええ、そうですわ。わたくしがここに到着したときには、すでに事切れていらっしゃいました。ですがそんなことはどうでもよろしいことですわ。今はこうして、メアリー様は……わたくしのお友達はちゃんと生きていらっしゃるのですから。ジャックさん、お手柄ですわ」

「ははっ、アミャーミャに褒められるなんてな」

「ええ。ハナマルを差し上げてもよろしくてよ」

「ありがたく頂戴するよ」


 アミャーミャの賛辞を受け止めたあと、俺は女指揮官――アンジェと呼ばれた少女に向き直った。


「で。あんた。まだ俺と戦うつもりはあるか? あるのならば相手をしてやっても良いけど?」

「――いいえ。降参するわ」

「分かった。なら一応、その身柄は拘束させて――」


 もらう。

 そう言いかけた、そのとき。

 アリグース号艦内に緊急事態を告げるアラートが鳴り響いた。


「!?」


 何事か分からず一同が茫然とするなか、俺は状況を確認するためにブリッジと通信を繋いだ。


「どうした! 何があった!」

『ご、ご主人様! 何がなんだか分からないのニャ! すぐにブリッジに来て欲しいニャ!』

『ドナ、管制をマーニに戻す。ドナはマーニのサポートを』

『りょ、了解です!』

『エル、操舵はこっちでやるからドローンの管制をお願い!』

『ふぇぇ、そんなのエルにできないよぉ!』

『大丈夫大丈夫! いけるいける!』

『ソールさん適当すぎー!』


 ミミとの通信の背後から聞こえるブリッジの混乱。

 マーニとソールの声に含まれる焦りから、事態が困窮を極めていることが容易に察知できた。


「分かった。すぐに戻る。リリアにもブリッジに戻るように伝えてくれ」

『分かったニャ!』

「……というワケで、俺はブリッジに戻る。ノートには三人の世話を任せたいんだが構わないか?」

「ノートも一緒にブリッジに行ったほうが良いのでは?」

「状況が分からんからなんとも。ノートの力が必要になったら呼ぶから、そのときは頼む」

「了解しましたの。念のためブリッジの様子はモニターしておきますの」

「ああ、それで頼む。……メアリー、蘇生したばかりで肉体と精神に負担が掛かっている。こんな状況でゆっくり休めるとは思えないが、できるだけ安静にしててくれ」

「……分かりました。その……ご武運を」

「ああ。任せろ」


 メアリーの激励の言葉に感謝を伝えたあと、俺はブリッジに向かった。


//次回更新は 2022/12/02(金)18:00を予定

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