【第16話】スカル・クリムゾン商会

「予定宙域に到着。前方に艦影を確認」


 ドナの報告を追いかけるように、通信端末のある席に座っていたミミが声を上げる。


「その艦から通信が入ってるニャ!」

「メインモニターに回して」

「了解ニャ!」


 俺の指示を受け、ミミがメインモニターに映像を出す。

 そこには仮面を付けた青年の姿が映し出されていた。


「これはこれは。キング・バーミリオン殿。我がスカル・クリムゾン商会をご贔屓にしてくださり、心より御礼申し上げます」

「こちらこそ。わざわざ会頭ご自身が赴いて下さるとは感謝の極み。この度の取引を終えた後も、是非、お付き合いを続けて頂ければと思っています。今後ともよしなに」

「クククッ……」

「フフフッ……」


 メインモニターに映った青年が愉快そうに肩を揺らし、その姿を見た俺も腹の底から笑いが溢れてくる。


「アハハハハッ! いやぁ、こういうの、一度、やってみたかったんだよねー! 裏取引する闇商人ごっこ!」

「ハハハッ! こういうのって男なら何かワクワクしちゃうよね」

「まさにそれだよー! いやぁ、夢が一つ叶ったなぁ」

「それは良かったよ。ハリー兄さん」


 俺の呼びかけに答えるように、モニターに映った青年は装着していた仮面を外した。


「先日の通信以来だね、ジャック。元気にしてたかい?」


 先日の通信――それは『古き貴き家門』たちと戦った、あのテラ事変の直後のことだ。

 その時、俺は父上や家族の皆に、状況の説明と今後のことをはっきりと伝えた。

 巻き込んでしまったことを謝罪する俺に、家族たちは首を横に振り、家族として支えると言ってくれた。


「すこぶる元気だよ。ハリー兄さんはどう? 忙しすぎて食事もしない、なんてことになってない?」

「大丈夫。僕の健康面は愛しの奥さんが完璧に整えてくれているからね」

「それはご馳走様。相変わらずサニー義姉さんと仲良しで安心したよ」

「最愛の妻だからね。それにしても……ジャックがまさか『古き貴き家門』に喧嘩を売るとは、さすがの僕も驚いたよ」

「あー……その件につきましては、家族の皆様に大変なご迷惑を――」

「あははっ! 謝罪はもういいよ。ジャックが喧嘩を売ったのは、それだけの理由があったからなんだろう?」

「うん。俺の友人が酷い目に遭わされていたんだ」

「ならやっぱり謝る必要なんてこれっぽっちもない。ジャックの友人はドレイク家の友人も同義なんだから。それにジャックが勢いだけで喧嘩をふっかけるような子じゃないのを僕たちは知っている。だから安心していいよ。これは僕たち家族の総意だ」

「……改めてありがとう。ハリー兄さん」


 家族の絆が胸に染みて感動を覚えるが――。

 ジャック・ドレイクという存在が『古き貴き家門』と敵対した以上、家族に迷惑を掛けることになる。


「でも兄さんにも迷惑が掛かってるだろう?」


 俺が『古き貴き家門』と敵対したと報告した後、ハリー兄さんは立ち上げた事業である星間流通会社『ハリーアップ』の権利を売り払うと共に、秘密裏にクリムゾン商会を立ち上げた。

 今まで兄さんが築き上げてきた信用と実績を無に帰させてしまったことには忸怩たる想いがある。

 だが――。


「ああ、そういうのは別に気にしなくていいよ。僕も丁度、新しい事業を立ち上げたいと思っていたところだし。それに権利を売ったと言っても、それは書類の上だけだから」

「そうなの?」

「裏で仕切っているのは今でも僕だよ。規則ルールの抜け道を探すのは商人の得意とするところだしね。だからジャック。君は何も気にせず、したいようにすれば良い。そのバックアップは僕がする」

「兄さん……」

「……実際さ。『古き貴き家門』は僕たち商人にとっても邪魔なんだ。なにせ人が生存可能な銀河の半分を領土とし、銀河連邦なんて権力組織を牛耳っている奴らだから。奴らの存在は自由な商売の邪魔になる。僕はそれが許せない。だからジャックがやろうとしていることは、僕にとって願ったり叶ったりのことなんだ」

「そうなの?」

「考えてもみなよ。『古き貴き家門』の領土にだって多くの人が居る。だけどその市場は奴らと誼を通じる一部の特権商人たちに抑えられ、他の者たちは商圏に入ることさえできない。そんなの不公平すぎるだろう?」


 ハリー兄さんは珍しく声を張り上げながら『古き貴き家門』たちへの不満をぶちまける。


「僕はその垣根をなくしたいんだ。自由で開かれた市場で商人たちが自由に競争することがお客さんたちの利益に繋がる。お客さんと商人それぞれが得をして、税金によって政府が潤い、その税金で人々の暮らしが豊かになる。それこそが商売。一部の特権商人がその特権の上にあぐらを掻いてお客さんに不利益を被らせるなんて、商人として許しがたいことなんだよね」


 キラッと眼鏡を光らせ、ハリー兄さんは辛辣に吐き捨てた。


「だから『古き貴き家門』に喧嘩を売ったジャックは、僕からしてみれば勇者だ。そんな勇者をバックアップするのは、商人として、兄として、当然のことだろう?」

「ありがとう、兄さん……っ!」

「ふふっ、どういたしまして。それじゃ、家族の会話はこの辺りにしておいて商談に移ろうか。頼まれていたもののリストを送るよ」

「クリムゾン商会からのデータ、受領しました。そちらに回します」


 ドナの報告とほぼ同時に、艦長席に備え付けられた小型モニターにハリー兄さんから納品される物資のリストが表示された。

 水、食料は言うに及ばず、衣服や医薬品などの衛生用品。

 もちろん艦のエネルギーとなるエレメントリキッドや空間騎兵の燃料となるエレメントダストもだ。

 その他、細々したものも含めてかなりの量があった。


「ええと……うん、全部揃ってる。助かるよハリー兄さん」

「どう致しまして。でもジャック。水と燃料の発注が少ないけれど、本当に大丈夫なのかい?」

「大丈夫。ちゃんと必要な量を発注したから」

「ふーん。……そういえばジャックって独立前は『マザードック』の船渠に籠もりきりでボートを改造してたっけ。……もしかして何か僕たちに隠していることがある?」

「ははっ、ハリー兄さんには敵わないなぁ。でもまだ内緒にさせて」

「まだ、ということはいつかは教えてくれるんだよね?」

「ああ。そのときになればちゃんと説明するよ」

「……うん、了解。そのとき何を教えてくれるのか、今から楽しみにしておくよ」

「ありがとう。それと……ごめんねハリー兄さん。秘密ばかりで」

「いいさ。誰だって秘密の一つや二つぐらいある。僕にだってあるしね」

「ええっ!? ハリー兄さんにも秘密があるの? ……浮気とか隠し子とかは勘弁してよ?」

「そんなことする訳ないよ。僕が愛しているのは妻のサニーだけさ」

「ははっ、ご馳走様」

「そういうジャックはどうなんだい?」

「え? 俺?」

「リリアちゃんにマーニちゃんとソールちゃんとも良い仲なんだろう? 兄としての勘は、ジャックはこれからどんどんハーレムを広げていきそうだって告げているんだけど。避妊具の備蓄は大丈夫なの?」

「な、な、なんのことかなっ!?」

「ハハハッ! ジャック、顔に出すぎだよ。そんなんじゃ一流の商人にはなれそうにないね」

「俺に商人は向いてないよ」

「まぁその方面は僕が担当するから安心してよ」

「頼りにしてます。ハリー兄さん」

「最愛の弟に頼られて僕も嬉しいよ。さて……名残惜しいけどあまりこの宙域に留まっていると怪しまれる。物資引き渡し後にすぐに離脱するよ」

「了解。代金の引き渡しはデジタルで大丈夫?」

「それでいいよ。それじゃ――」

「あ、待ってハリー兄さん。俺から家族のみんなに贈り物があるんだ」

「贈り物かい? なんだろう?」

「ソールが鍛えた護衛メイド。みんなの守るためにきっと役立ってくれると思うから」

「そっか。じゃあ遠慮無く受け取らせてもらうよ」

「うん。……じゃあ兄さん。みんなにもよろしく」

「任せて。あ、そうだ。そう言えば僕もジャックに報せておかなければならないことを一つ、言い忘れてた」

「何かあった?」

「どうやら『古き貴き家門』の中に特別な部隊が組まれたらしい。恐らくジャックを捕まえるための部隊だね」

「まぁそうなるのも当然か……」

「中核は『古き貴き家門』の中でも武闘派で知られるサジタリウス侯爵家。どうやら侯爵家の次男坊がジャックにご執心らしいよ」

「規模は分かる?」

「情報によれば百隻程度の艦隊らしい。気をつけてね、ジャック」

「ありがとう」


 ハリー兄さんに感謝の言葉を伝えた時、ドナが物資の積み込みが終了したことを教えてくれた。


「それじゃあ、ジャック。今度こそ本当に僕は行くよ」

「うん。ありがとうハリー兄さん。……またね」

「ああ、また会おう! 君の航海に幸運が訪れることを僕は信じているよ。じゃあね!」


 いつもと同じように。

 穏やかな声で別れを告げたハリー兄さんを乗せた艦が、アルヴィース号から離れるようにゆっくりと速度をあげていった――。



「ええっ!?」

「ん? 何かあった?」

「あっ、えっと……アルヴィース号、艦影が消失しました……」

「えっ? どういうこと?」

「そ、それが私にも何がなんだか……突然レーダー反応が消失したんです。まるで消えるみたいに」

「周囲に他の艦影はある?」

「いえ、ありません」

「ふむ。なら攻撃された訳じゃないってことだね。ならいいよ」

「い、良いんですかっ!? あの艦は弟様の艦ですよね?」

「まぁそうなんだけど。ジャックの造った艦だからね。何か秘密があるんだと思う。だから気にしない気にしない」

「は、はぁ……」


 ハリーの暢気な台詞に毒気を抜かれたのか、オペレーターの女性が曖昧な答えを返す。

 と、そんなオペレーターの横に居た男が声を上げた。


「ハリー様、秘匿回線にセイレーンと名乗る者から通信が入ってます! どうなされますか?」

「セイレーン? ははっ、了解。メインモニターに回してくれる?」

「了解です」


 ハリーの指示に従った男が端末を操作すると、艦橋の中央に備え付けられたモニターに映像が出た。


『やふやふー。ハリー兄ぃ、おひさー』

「やぁエラ。相変わらず元気そうで何よりだけど。……その格好、もうちょっとどうにかならなかったの?」


 メインモニターに映し出されたのは、眠たげな目をした女性だ。

 歳の頃は十七、八歳と言ったところだろうか。

 きめ細やかな金髪を無造作にまとめてはいるが、大人びた容姿とは裏腹に甘く幼い雰囲気を漂わせている。

 大人と子供、その狭間にいる者だけが持つ、どこか妖艶な雰囲気。

 男が十人いれば八人は惚れてしまうであろう美少女が、下着姿のままモニターに映っていた。


『んー、このほうが楽だしねー』

「そうかもしれないけど、うちのブリッジの男たちのことも少しは考えて欲しいかな」


 ハリーが言う通り、ブリッジに居る男たちはモニターに映った映像を見ないように俯いていた。


『見られて減るもんでもないし?』

「そういう問題じゃないでしょ?」

『分かったよぅ。んもー、ハリー兄ぃはお小言が多いんだからー。次から気をつけるってー』

「はぁ……で、どうしたの? 急に通信なんて。というかうちの秘匿回線、エラに教えてなかったよね?」

『そこはそれ。お師匠様の教えのお陰でエラちゃんのネットスキルのレベルはカンストしてるしねー』

「僕の技術なんてもうエラに比べたら子供の遊びだけどね。でもうちの秘匿回線に割り込めるほどの腕があるなら、裏でやってる情報屋のお仕事は順調そうだ」

『ぼちぼちかなー。どちらかというと表の仕事のほうが順調になってきたねー。エラちゃん偉い』

「そっか。そういえば来週はライブがあるんだっけ」

『そそそっ。ライブのスポンサー、ありがとね』

「惑星ダラムで大人気の歌姫『エマ・ナイトレイ』のライブなんだから、同じダラムの企業がスポンサーをするのは当然さ。……頑張っている妹の応援もしたいしね」

『いつも助かってるよ、ハリー兄ぃ』

「それは良かった。で? 僕の質問には答えてくれないのかい?」

『ああ、別に大したことじゃないんだけど。ジャック、元気にしてたかなーって』

「ああ、元気だったよ。色々と大変みたいだけど」

『そっか。まぁこの銀河の支配者に喧嘩売ったんだから仕方ないかもだけどねー。でもあの子ならきっと何とかするってエラお姉ちゃんは信じてるのだ』

「そうだね。それは僕も同じだよ」

『うん。……信じてるんだけどさ。ちょーっと嫌な情報が手に入ったんだよね。だからハリー兄ぃにも共有しとこうと思って』

「情報? ジャックを捕まえるための艦隊が組まれたのは知っているけど。何か新しい情報でも入った?」

『その艦隊なんだけど、どうやらジャックの身元を掴んだみたいでさー。今、マザードックに向かってるみたいなんだよね』

「そっか。遅かれ早かれバレるとは思ってたけど案外早かったね。どうやらそれなりに優秀な部隊らしい。現在位置は分かる?」

『二日前に第四宙域を出たって情報があるね』

「ならマザードックに到着するまではまだ時間はありそうだ」

『母様の事はどうでも良いし、パパのことは心配してないんだけど。シャーロットとエミリーさんのことが心配なんだよね。ハリー兄ぃ、なんとかなんない?』

「そうだね……分かった。こっちが先手を取ろう。エラはアーサー兄さんに連絡を入れておいて」

『りょ。んじゃよろしくー』


 お気楽な口調と共にエマが通信を終了させた。


「さて。僕たちがジャックの足手まといにならないようにしておかないと。これから忙しくなりそうだ」


//次回更新は 04/08(金)18:00を予定

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