第9歩 『覚悟』

「お兄ちゃん、もうやめようよ。逃げても目を背けても何も解決しないよ」

「逃げてなんか───」

「逃げてるよ」


 否定の言葉を遮る雪の目には、紗代以上に一番近くでオレの事を見続けた彼女だからこその自信が満ち溢れている。

 雪相手に強がりは効かないな……そう思わされた。


「気付いてるんでしょ?男子は無理でも女子を味方につけれる可能性はあるって。しかも低くない────確実に近い成功率なのに……お兄ちゃんは紗代さんが傷付けられる事の方を恐れて……」


 こちらから何一つとして情報を与えていないのにこちらの考えを的中させる雪。

 兄妹という関係性に加え、女の勘というやつなんだろうか……。


「裏切った相手を心配する必要なんてない……そんな事、お兄ちゃんだって分かってるでしょ?それに、ただ紗代さんの嘘を訂正するだけ。その後の事を考えて躊躇う必要なんてないんだって」


 雪の言ってる事は当然、理解できる。

 間違った考えだと否定しようとも思わない。

 ただ紗代の嘘を嘘と証明し、訂正し、日常を元に戻すだけ。

 その結果紗代が傷付いても自業自得……分かってる、分かっていても、だけど、それでも────……。


「俺には────出来ない」


 返事を聞いて溜息を吐くと、雪は言った。


「お兄ちゃんが紗代さんの事を好きで、だから傷つけたく無いっていうのはよく分かったよ」


 顔を近づけ、額が合わさる距離……雪の真剣な目が直ぐ近くにある。


「紗代さんと私、どっちが大事なの?」


 言葉の意味を探り、気付き、理解した。

 オレが我慢していれば済む問題じゃない。このまま否定せずにいれば、紗代の虚言は事実になり、雪に迷惑を掛ける可能性がある。

 冴島が上手く男子をコントロールをしたとしても、やはり紗代には勝てない。

 だから、俺が行動するしかない。


「お兄ちゃんはどうしたいの?」


 その質問に対する俺の回答を彼女はわかっていて、それでも俺が言うことでそれは本当の言葉になるんだろう。


「紗代の虚言を何としてでも止めたい。例え紗代が傷つくことになっても」


 今は紗代よりも大事な人たちを守りたい。俺が傷ついていることを知り、支えようとしてくれている優しい友人と妹を。


「よく言えました」


 雪は自分のスマホの画面を俺に向けてくる。

 

「なんだ、忘れてたのかと思った」

「そんなわけないでしょ、まったく」

「ありがとう。待っててくれたんだな、俺の覚悟が決まるのを」


 俺は自分のスマホを机の上から拾い上げると、冴島にメッセージを送る。


『紗代を除いたクラスの女子をグループを作ってくれないか?』

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