第20歩 『真実への一欠片』
「立ち聞きは感心しないな」
雪は溜息を吐きながら部屋に入ってくると、俺と美野里さんの間のベッドに腰掛ける。美野里さんは雪が部屋に入ってきてから申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「雪ちゃんごめんなさい!隠そうとしてくれたのに......」
「大丈夫。お兄ちゃんがあの人に何かするつもりなら、遅かれ早かれ美野里ちゃんに接触してたと思うから」
雪が美野里さんに自分の右隣に腰掛けるように指示すると、素直にその指示に従った。美野里さんがベッドに腰掛けると、彼女の頭を雪が撫で始めた。
「私が秘密にしたかったのは美野里ちゃんの為なの。あの人の事を忘れて、気楽に過ごしてくれればって、そう思ってたの」
「雪ちゃん……」
雪の言葉が耳に届くと美野里さんの目に涙が浮かんだ。きっと彼女の周りの環境から察するに長らく人の優しさを受けていないのだろう。雪の気遣いが心に沁みたに違いない。
今の雰囲気でこの話題を振るのは罪悪感があったが、雪まで来たんだから話をするなら今しかないだろう。
「なぁ、雪。俺に何か隠してることがあるんじゃないか?」
「......1つはもう、美野里ちゃんが話しちゃったんじゃない?」
美野里ちゃんから聞いた話と言えば、木下陣から、即ち兄から性的暴力を受けている事しかない。
「聞いたけど、俺に隠す意味が分からないんだが......」
「あぁ、そこまで頭は回らなかったか」
小馬鹿にされたことで、少し苛立ちを覚えたが今はそんなことはいい。雪の話が今最も優先されるのだから。
「美野里ちゃんは木下陣から性暴力を受けている」
「うん」
雪の言葉に肯定したのは、美野里さん。
「あの人は新しい彼女をつくるまでの間の暇つぶしとして美野里ちゃんを利用しているの」
「聞いたよ」
改めて雪の口から聞いても胸糞の悪い話だ。同じ妹がいる人間として腹立たしい。
「あの人は飽きっぽいのか、すぐに彼女と別れてしまう。だから美野里ちゃんへの性暴力が無くなることはなかった」
美野里さんが雪の話に無言で頷いている。
「それでも、彼女と付き合っている間はあの人から性暴力を受けることはなかったんだけど......今回は違った。紗代さんと付き合っても美野里ちゃんへの性暴力は続いたの」
美野里さんから聞いた時もその点は謎だった。俺は2人がホテルから出て来たところを見ていたから余計に......。
「もう、誰かと付き合っていても......私は襲われるんだって思いました」
「誰かと付き合っていても襲われてしまったら、別れた後は今まで以上に酷い目に遭うかもしれない」
「......性暴力だけじゃなくなったのが、現実味を出させるな」
美野里さんの態度が気に食わないと言って、お腹を殴るようなやつだ。これからどんどんエスカレートしていく可能性は大いにある。
「お兄ちゃんに隠してたのは、これ以上負担を増やさないようにしたかったからなの」
「......」
「美喜多さんの話を信じるなら、紗代さんを助けるためには美野里ちゃんの状況を利用するのが一番早い。でも、そうすれば美野里ちゃんが恐れる家庭崩壊が待っているかもしれない」
「......たとえ、美野里さんの助けなしに紗代を救い出したとしても、美野里さんを救うことは出来ないか......。昨日、俺が木下先輩に復讐しようとしたのを止めてきた理由が分ったよ」
何も知らない俺が、どうにかして復讐を果たしたとしてもそれは美野里さんに望まない未来を与えた上でのことになる。
「ま、私はお兄ちゃんが木下陣に無謀にも挑もうとしたら、美野里ちゃんの件を全校生徒と教師、警察にバラす気満々だったけどね」
美野里さんの方が小さく跳ねたのが分かった。
「そ、そんなことした美野里さんの家庭が......」
「崩壊するかもね。でも、私にとっては自分の家族の方が大事だから。だから、どうにかして美野里ちゃんへの性暴力の証拠を手に入れるつもりだった」
美野里さんが隣にいるにも関わらず、そう続ける雪。俺が失敗すれば、雪にまで危害が及んだ可能性を考えれば、自己防衛としてその判断は正しいのだろうけど......。
「なら......さ。紗代への復讐には賛成だったのはなんでなんだ?2人が別れれば、美野里さんへの性暴力が悪化する。なら、俺はなにもしない方が良かったんじゃないのか?」
俺は元から紗代に復讐するつもりなんてない。でも、雪は紗代への復讐をすることを促していた。そうではなく、美野里さんを助ける方法を探した方が有意義な時間だったのではないのか。
「私がお兄ちゃんに隠していたことは2つ。......ここからは自己責任だからね」
そうして雪はスマホの写真フォルダを開くと、動画を一つ選択し俺に再生ボタンを押す選択を迫ってきた。
「俺は真実が知りたい」
覚悟を決めて、再生ボタンを押すと聞き慣れた紗代の声が部屋中に響いた。
『あ、あの...木下先輩...。ずっと、ずっと好きでした!付き合ってください!!』
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