第21歩 『疑問』

 紗代さよが木下先輩に告白した一部始終を見終えたオレは、紗代が自らの意思で木下先輩と付き合っている事を確信し、それと同時に新たに疑問が湧いた。


「本当は認めたくないけど、この動画を見たら紗代の意思だった事は分かった。だけど、雪はどうしてこの動画を隠してたんだ?」

「悪い事をしたとは思ってる……けど、ただ、それなりに勇気がいるんだよ。こんな明らかにお兄ちゃんを傷つけるだけの動画を見せるの」

「それは分かるけど……」


 もし、もっと早くに見せてくれていれば、紗代の事は諦めて、忘れられて、信じる事もなかった。 


「お兄ちゃんの心に余裕が出来るまで待ってたの、強くなるまで……ごめん」


 確かに、信じていたから耐えていた心も、それを否定されればどう壊れていたか分からない。

 

「それに、美野里ちゃんの事を知っちゃったから」

「なるほどな」


 俯いてしまった雪の頭を撫でる。


「雪の事だから、この後紗代の事を問い詰めたんだろ?」

「……うん。録画は止まっちゃってて証拠は残ってないけど、脅されたよ。黙ってろって、じゃないと酷い目に遭わすって」

「……そうか。辛かったな、ごめん」

「お兄ちゃんの所為じゃないよ、私が弱かっただけ」


 そんなことはない。

 ただ、相手が悪かっただけ。

 紗代がその気になれば、学校中の男子を動かすことだって不可能ではないだろう。

 そんな脅され方をされれば、雪も軽率な行動は出来ない。


「紗代さんに彼氏が出来て、デマを流していた不信感から男子からの信頼も薄れて─────だから、今ならって」

「うん」

「ねぇ、お兄ちゃんは今、どう思ってる?何を考えてるの?」


 俯いていた顔を上げ、オレとしっかりと視線を合わせてくる。

 

「紗代と話をしたい、今はそれだけだな。あと、もちろん、変わらず美野里さんの子を助けたいって思ってるよ」

 

 こちらもしっかりと視線を返し、自分の考えを伝える。


「ただオレだけじゃ力不足で何も成し遂げられない……だから雪に力を貸してほしい。助けてほしい」


 オレの頼みを聞くと、雪は一度小さな溜息を吐いて、そして、頭の上に乗ったオレの手を取り、言った。


「当たり前でしょ」


 互いに、兄妹に、そして戦友に笑顔を向け合う。


「兄妹仲が良くて、羨ましいです」

 

 美野里さんは、微笑みながらもどこか寂しそうな表情を浮かべていた。

 それに対し、雪は少しだけ真剣な表情に戻り、言った。


「美野里ちゃんがあの人と仲の良い兄妹に戻るっていうのは、本音で言っちゃえば、現状、有り得ないと思ってる。それは、美野里ちゃん自身が一番よく分かってると思うの」

「……うん」

「だけど、それでも大人に相談せずにいるのは、あの人を守ろうと─────ううん、家族を守ろうとしてるからだよね?」

「そう……そうだよ。あの人がしてることがバレれば、それだけで、お母さんはパニックになるだろうし、私を責めるかもしれない。私は、家族を、自分の居場所を失いたくないの」

「自分がどんな目に遭っても?」

「……うん」

「でもさ、ならどうして美野里ちゃんはここにいるの?どうして、私の邪魔をしないの?」


 助かりたいと思ってない、だけど、この家に避難してる。

 確かにただ友達の家に泊まりに来ただけではあるが、これだけで美野里さんの両親に木下陣の悪事を知るきっかけになるとは思えないが、だけど、逃げてきた事に変わりはない。

 現状を苦痛に感じ、そして雪の事を邪魔しないのは、変えたいと思っているから。

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