第十一話 『桐谷 紗代』
「好きです!付き合ってください!」
「ごめんなさい」
一体、もう何度このやり取りをしただろうか。今まで関わってこなかった同級生の男子にやたらと呼び出されて告白される、結局顔だけが彼らの評価の基準なのだろう。別にそれを批判するつもりはない、だって私が仮に男子だったとしてもやはり付き合るなら可愛い女の子の方が良い。だから、これは仕方のないことだとは思うが......流石に疲れる。
姉はこんな行為のなにが面白いのだろうか。
土曜日の日、久しぶりに朝に支度をせず寝癖だらけの前までの私でリビングに向かう。
「おはよう」
「えぇ、おはよ」
「……おはよう」
昨日までとは違う両親の態度に私の心が痛んだ。あの初めて姉に髪型をセットしてもらった日から、両親は私に接する態度が少し明るくなっていた。少しだけ期待の目を向けていた。しかし、今の私の姿にはなにも期待がもてないのかそれとも、今の私の姿を認めたくないのか目を合わせることもしない。
結局この人たちも、学校の男子と同じなんだ。
私はその日から毎日ヘアセットをするようにした、加えて少しだけどメイクも覚え始めた。私が綺麗になると両親は少しずつ明るくなって、テストでいい点を取ると今まで以上に褒められた。
「やっと、お姉ちゃんに近づいてきたわね!」
「頑張れ!お前ならお姉ちゃんみたいになれる!」
こうやって期待されている分、美野里ちゃんよりはマシなのだろうか。それがたとえお姉ちゃんに叶わないことが確定されている声だとしても。
「紗代ったら、今日も告白されたんだって。仲のいい後輩が教えてくれた」
「まぁ、本当にお姉ちゃんと似てきたわね」
「俺も二人と同じ学校なら間違いなく告白してたな」
夕食中も私の話題で盛り上がっている、こんなの今まで殆どなかった。姉の言う通りに行動していたら、私も家族の輪に入ることが出来たのだ。あとで、姉に改めて感謝を伝えよう。
何をしても優秀な姉の所為で私は今まで息苦しい生活をしてきた。それでも姉のことを嫌いにならなかったのは姉が私のことをちゃんと見てくれていたから。誰にも褒めてもらえない時も姉だけが「凄いね」って言ってくれた、誰も認めてくれない時も姉だけは「紗代は紗代でいな。紗代にしか出来ないことがあるんだから」って私を肯定してくれた。
「ありがとう、お姉ちゃん。大変だけど、私は今幸せだよ」
そう、恥じらいながらも姉に伝えた。
それから一年後、私が高校一年生、姉が高校三年生の冬。
姉の部屋を訪れた私は驚くべき光景に出くわす......姉が部屋で一人泣いていたのだ。姉が泣いたところなんて殆ど見たことがない。だから私は何かただならぬことが起きたと思って姉に駆け寄った。
「どうしたの?!志望校落ちたとか......ってお姉ちゃんに限ってそれはないか。まさか彼氏に何かされた?!」
彼氏、そう姉には彼氏がいた。あの日言っていた『心からいいと思った人』が姉の前に現れたのだ。姉はその彼氏の話をするときいつも幸せそうにしていた、そんな彼に暴力でも振るわれたら姉がこれだけ泣いているのも納得がいく。
「紗代......私、魅力ないのかな?」
私は少しイラっとしたが、本心を言う。
「そんなことない!お姉ちゃんは優しいし綺麗だし、私の自慢のお姉ちゃんだよ!」
「ありがとう......でも、でも私」
姉の身体が震えている。まさか警察沙汰になるようなことをされたのではないかと不安になる私。姉がゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「浮気されたの......彼氏に」
「......え?」
お姉ちゃんという完璧な女性がいるのに浮気をしただって?そんなのありえない、ありえるわけがない。
「勘違いじゃないの?」
「んーん、この目で見たし、本人に確認した。そしたら―」
そう言って姉はスマホの画面を見せてくる。そこには姉と彼氏のやり取りが映っていた。
『ねぇ、誰なのあの女の人!』
『は?何急に見間違いじゃないの?』
『この写真どう見てもあんたじゃん!』
『あぁ、それ従妹だよ。昔からそうやってべたべたしてきてな』
『従妹とこんなところに行くの?!』
次に動画が流れ、彼氏とその従妹らしい人物がホテルに入っていく姿が映し出されていた。
『うざっ、そんなん撮ってたのかよ』
『何その言い方、あなた自分がなにしたか分かってるの?!』
『あぁ、はいはいそういうのいいから。まぁ、いいや。で?どうする、別れる?』
『当たり前でしょ!』
『おっけー、じゃあそういうことで』
姉は裏切られたんだ、捨てられたんだ、あの男に。私はその夜、姉のそばにずっといた。話を聞いたり、ただ隣にいてあげたり、とにかく傍にいた。
だって........。
私は嬉しかったから。姉のその姿を見ているのが嬉しかったのだ。完璧だと思っていた彼女が心の隙を見せて、失敗して、泣いているのだから。
私の中の姉を超えるという目標に一歩近づける気がしたから。
(私は、男に泣かされることなんてない。今だって男子は私に媚びてきて私に好かれようとしてくる。あいつらに心を許さない、全員私の虜にして利用してやる。もし、姉みたいに『心からいいと思った人』が目の前に現れたとしても私を裏切ろうなんて考えれないように調教してやる)
この時の私は心が病んでいたのだろうな。毎日女子からの視線は痛いし、勉強も大変だし、教師の信頼を経るために時間を削る、そんな日々を過ごしていたから。全ては姉を超えるために。
姉を超える、例えそれがどんなことでも嬉しかったんだ。姉に出来なかったことを出来るようになる、姉が失敗したことを私は成功する、姉がした後悔を私はしないようにする。それが私の生きがいだったんだ。
『あ、あの...木下先輩...。ずっと、ずっと好きでした!付き合ってください!!』
そのためにはまず、この男の気持ちをコントロールできれば私は姉を超えられると思っていたんだ。姉ですら虜に出来なかったこの男を虜に出来れば私を姉を超える魅力と技術をもっていることになるのだから。
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