第十話 『私の人生』

 小さな頃から私、桐谷きりたに紗代さよは、桐谷しおり、即ち姉の下位互換だった。

 姉に追いつけたくて勉強や運動を頑張って結果を残したとしても、周囲の反応は変わらず「お姉ちゃんの方が優秀だ」「お姉ちゃんならもっと上手く出来た」なんて、常に姉と比較され、私は劣っていた。

 比較────なんて、されていなかったのかもしれない。

 そんな事しなくても、私が何をしても姉より劣っていると、そういう共通認識が周囲には根付いていて、だから私が何かをしたところで私の評価が姉を越えることは無い。

 そう考えれば、木下きのしたじんの妹である木下美野里みのりは、私と似たような境遇の中で生きて来たのかもしれない。 

 優秀な兄と比較され、劣等感を感じて……いや、似てるなんて言っちゃ駄目か。兄に襲われている分、私より辛い人生を歩んで来た事だろう。

 素直に同情する。

 それに決定的に違うのは、私と姉との仲が悪くは無かった事。寧ろ、仲が良かった。

 その日も姉は、落ち込む私を心配してアドバイスをくれた────人に好かれなさい、と。


「他人に好かれて、それでなんの意味があるの?」

「紗代、友達いないでしょ」

「いないけど……それとこれは関係────」

「あるよ。友達が居ないから、紗代にはずっと心に余裕が無いんだよ」

「余裕」

「そう、心の余裕」


 友達が居れば心の余裕が出来るなんて、意味が分からない。

 それに、問題はその友達。


「でも、友達なんてどうやったら......」

「友達になる必要なんてないの、好かれればいいだけ」

「......?」


 中学3年生の私には姉の言っていることがいまいち理解できなかった。 

 今思えばとても簡単なことを言っていたのだけれどね。


「分からないなら実践してみよっか。明日の朝少しだけ早起きしてみて」

「えー......」


 

 翌朝、姉に言われた通り少しだけ早起きして姉の部屋を訪れる。


「おはよぉ......」

「眠そうだね~。じゃあ、まずは顔を洗ってきて」


 眠気が残る中、命令をされるのは少し不快感があったが仕方ない、冷たい水で顔を洗って目を覚ますといつの間にか姉が背後に立っていて、化粧水を顔に塗るように言ってきた。もう、こうなったら姉の言いなりだ。


 姉の部屋に戻ると、顔が映る程度の大きさの鏡の前に座らされて、姉が私の髪を櫛で梳き始めた。


「いつも寝癖が残った状態で学校に行くから気になってたんだよねぇ」

「だってめんどくさいんだもん」

「ダメだよ、女の子だから綺麗にしないと」


 私は朝が弱い、だから寝癖をなくすという行為がめちゃくちゃめんどくさいのだ。

 姉が前から気になってもすぐに治そうとしなかったのは自分の準備の時間が必要だったのと、私が時間ギリギリまで寝てしまうことが原因だったのだ。

 

 姉は数分私の髪を櫛で梳くと次に可愛いスプレー容器に入ったいい香りのする水をかけて再び櫛で梳き、その後謎の液体(後に聞いたら洗い流さないトリートメントだった)を髪全体につけて、ドライヤーを始めた。


 数分乾かせば、もう寝癖はなくなっていた。


「せっかく綺麗な髪の毛なんだからちゃんと手入れしないと」

「お姉ちゃんは毎朝こんなことしてるの?」

「工程は違うけど、毎朝、毎晩してるよ」

「私、トリートメントはちゃんとしてるよ」

「トリートメントも使い方で結構変わるから今度教えてあげるね。というか、特に手入れもしてないのにこの質のいい髪の毛......憎いわね」

「お姉ちゃん、なんか顔が怖いよ」



 私の髪が乾くと次に姉はヘアアイロンを取り出した。


「まだやるの?」

「これが最後よ。中学生だからメイクはまだ早いし」


 姉はヘアアイロンが温まったことをランプで確認すると、私の髪にあてはじめた。


「ヘアアイロンは初めて?」

「したことあると思う?」

「全然」


 姉曰く私の髪は母親譲りで癖っ毛らしく、それが原因で寝癖ができやすいのだと言教えてくれた。だから、それを真っすぐに変わるだけで印象が結構変わるものだとも教えてくれた。


 その言葉の通り数分後には別人のような私がそこにはいた。

 それからも姉の講義は続き、話しかけてきた人には笑顔で挨拶するとか、先生になんでもいいから授業外で質問をしてみるとか、困っている人がいたら助けてあげるとかの学校生活での態度も教わった。


 そして、もう一つ


「男子と仲良くなることをおすすめするよ」

「えっ、なんで」

「いざっていうとき頼りになるし、それに好かれていることを実感しやすいから」

 

と教わった。確かに、姉の周りにはよく男子生徒がいた。姉とは2つ違いなので、同じ中学に通っていた時期があるのだが、よく告白されている現場を発見したり、姉の教室を通りかかるとその殆どが男子生徒と話している光景が私の目に映っていた。

 

「そういえばお姉ちゃん彼氏まだつくらないの?」

「彼氏はいいかなぁ。束縛されると面倒だし、彼氏がいるとブランド落ちるし」

「どういうこと?」

「彼氏ができるとモテなくなるの。勿体ないじゃん?せっかくちやほやされてるんだし」

「そんなこと言ってたら一生独身だよ?」

「心からいいと思った人がいたら、その人とは真剣に交際するから安心しなさいな」


 姉はそういうと、自分の準備を始めたので私は自分の部屋に戻って着替えを始める。時計を見るともうすぐ両親が起きる時間だった。たまには早起きして驚かしてやろうか、そんな子ども心を抱きながら私は寝間着を脱いでいた。


 

 いつもより早い時間にリビングに行くと、両親が目を丸くしていた。


「あら、早いのね......って、まぁ」

「どうしたんだ?見違えたじゃないか」


 両親に素直に褒められた、それがとても嬉しかった。まさかこんなに喜んでもらえると思ってなかったから、驚きはしたがこの時の私は心から嬉しかったと思う。


「まるで、お姉ちゃんみたいね」

「流石姉妹だ、いやぁよかったよかった。あとは勉強もお姉ちゃんみたいにもっと頑張らないとな」

「......うん」


 嬉しいはずなのになぜか胸が痛んだ。仕方ないじゃないか、姉が整えた私だ、姉妹なんだし似るに決まっている......でもなぜか嫌だった。


 私はその日の帰りに使う当てのなかった小遣いで美容グッズを揃えた。ちなみにこれは学校でのうけが良かったのも要因である。特に、男子生徒からは声をよくかけられ、姉に言われた通り笑顔で挨拶をして接した。女子生徒からは嫌悪の目を向けられたが、休み時間には男子生徒が近くにいるか、教師に質問をしていたのでちょっかいを出されることはなかった。放課後も教師に質問をして、そしてクラスの女子から嫌われていることを相談して帰路についたので先生が門まで付いてきてくれた。


 姉のアドバイスが点と点がつながって線になっていく。あとは人助けをしなければならないが、これに関しては機会が来るのを待つしかない。


 私はスマホで美容系の動画を見て勉強し、姉に頼らなくてもいいようにした。最初は慣れなくて、ヘアアイロンでやけどしそうにもなったけど頑張って練習を続けた。

 

 最終的に私は中学三年生をサイドテールで過ごしていた。やたらと男子受けがよかったのを今でも覚えている。ツインテールも試したけど、オタクチックな男子たちが横目で見てくるのが不快でやめた。


 そうして自分を磨いて3日後ぐらいかな、男子生徒から告白され始めた。

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