第31歩 『俺がそうしたかった』

「さあ、今の話を聞いて、どんだけのやつが、お前を推し続けようって思うかな」


 紗代は自分の本性が露呈した事による絶望により、顔が青ざめ、だけど、すぐに立ち上がり、俺を睨んだ。



「あなたに協力したらバラさないって、そう約束したじゃない!」

「俺はただ護身用に電話を繋いでいただけで、俺がバラしたわけじゃない」

「そんな屁理屈!」

「もう、怒っても仕方がないだろ。それより、どうするんだ?」


 言い返す言葉が見つからず、弁明する気も起きないのか再び椅子に腰を下ろし、項垂れていた。

 男子に好かれる事を愉悦に感じていたのに、その男子から嫌われると思えば、それも仕方がないだろう。

 今までの苦労が台無しだとか、責められるとか、そんなのじゃなくて────嫌われる、ただその事実が、彼女には酷く、重くのしかかる残酷なものとして憑りつく。

 これでもう、男を弄ぶことも、俺の様な被害者が出る事も無くなる……美喜多さんと雪が考えた、紗代にはよく効く攻撃。 

 

「……」


 これで幕を引けば、もし復讐が目的とするならば、エンディングとして相応しい。

 これから彼女が更に落ち込んで、学校に来なくなったり、転校したり、虐められでもしたら最高のエンディングになるんだろうか……。


────冗談じゃない。


 俺は、そんなエンディング望まない。

 求めない。


「悪い紗代、嘘吐いた。この電話先には冴島しかいない」


 ビデオ通話で電話先の冴島しかいない教室を見せ、電話を切って、スマホをポケットにしまう。

 本当は、本当に電話口には何人かの男子生徒に居てもらう予定だってけど、俺は冴島に相談して、冴島だけにそこに居てもらった。

 冴島は俺の願いを聞いて、直ぐに首を縦に振って、「頑張れ」とだけ言って見送ってくれた。


「冴島は口が堅いからさ、大丈夫、言い振らすなんて事しない。もちろん俺も」

「……どうして」


 紗代が混乱しているが、無理もない。

 1度は地獄に突き落とされたと思ったら、そいつから蜘蛛の糸を垂らされ、救い上げられたんだから。

 信じる事すら出来ないだろう。

 だけど、事実だ。


「美野里ちゃんの件、紗代も協力して活躍してくれたって聞いたからな」

「そ、そんな……私は」

「紗代がどう思っていようと、俺は紗代に感謝してるんだ。それで、チャラって事で良いだろ?」


                   *


 紅貴くんは、どうして、こんな私に、こんなにも優しく出来るんだろう。

 どうして、私を許そうとしてくれるんだろう。


「自分で言う事じゃないけど、結構私、酷い事したと思うんだけど────本気で言ってるの?」

「ああ。それに、そもそも、さっきも言った通り俺は紗代を憎んでないし、嫌いになった事は一度もないんだ。だから……いいんだ」

「……本当に、お人好しなんだから」


 そんなんじゃない、と首を横に振り、否定した彼は、その後一度深呼吸をすると、今一度真剣な顔になる。


「だけど────紗代の気持ちは優先したいって思うから。だから、今日が最後だ」

「……最後」


────別れよう。


 その言葉が耳に届いた時、確かに私の心に変化があった。

 そして、気付いてしまった────自分の気持ちに、想いに。

 

 そうか、だから、だから私は、2カ月もの間、紅貴くんと過ごしたんだ。

 

 嫌だと言いたい、首を横に振りたい……その気持ちは当然のように自分自身で押し殺し、私は静かに、ゆっくりと、目から1筋の涙を流しながら────頷いた。


                    *


 静かな廊下に滑りの悪い扉を引く音を響かせながら教室を出ると、すぐに、冴島と合流した。

 電話を切ってから、隣の教室に移動していたらしい。

 

「よかったのか?本当に、あんなに簡単に許して」

「良いんだよ、これで。……紗代の悲しむ姿を見たく無いって、そう思っちゃったんだから」

「……そうか、まっ、お前がそれで良いなら良いんだ。木下陣が絡んでいれば話は別だけど、この件は、お前たち2人の話だからな。恋人と喧嘩したから別れた────ただ、それだけの事だろ?」

「そうだな、それだけの事だ」


 紗代が中々教室から出てこようとしないのは俺たちの声が聞こえているからってわけじゃないよな、隣の教室に居るし。

 もし反省し泣いているなら、放置して帰るわけにもいかないし、どうしたものか、そう思っていると、冴島が突然、扉へと手を掛けた。


「じゃっ、俺は帰るわ」

「薄情なやつめ」

「そう言うなって────……あっ、でもそうだな。確かに、その方が良いか」


 廊下の先に何かを見つけ、考える素振りを見せたと思ったら、再び俺の下へとやってきた冴島は、俺の背中を押して扉をくぐらせた。

 

「俺がここに残って紗代が帰るの見届けるからさ、だから、お前は────」

「峰山くん」

 

 声のする方に視線を向けると、そこには美喜多さんが立っていた。









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