第28歩 『呼び出し』

 同日、昼休み。

 私は幕が降ろされている、密室に近い体育館のステージで、1人、木下陣がやってくるのを待っていた。

 

「ごめんね、待たせちゃったね」


 猫を被った、優しいオーラを振りまく標的ターゲットが、気味の悪い笑みを浮かべながら姿を現した。


「ご心配なく、私もさっき来たばかりですから」

「それなら良かった」

「それに謝るのは私が先です。ごめんなさい、紗代さんっていう素敵な彼女さんが居るのにこんなところに呼び出してしまって」

「それこそ気にしないで。紗代とはもう別れたからさ」


 この人は嘘を吐き、真意を隠す才能がある────だから確証は無いけど、警戒心を抱いているようには見えなかった。

 疑ってすらいない。

 紗代さんはお兄ちゃんに真実を話し、この人には嘘を話したのは間違いが無さそうだ。

 私はお兄ちゃんと紗代さんの関係を知らない────そうこの人は思っているのだ。


「えっ、そうなんですか?私には仲が良さそうで、お似合いに見えたのに」

「僕もそう思ってたんだけどね……あはは」


 分かりやすくこちらの同情を引き出そうとしている言葉選びだが、これに気付かずに更にこの人に対して好感度を上げる女子生徒が居たんだろうな、なんて考えてしまう。


「それで、どうしたの?初めましてだと思うんだけど、僕に何か用事だったかな?」

 

 この状況において告白以外に無いだろうと思っている────そんな思考が透けて見えて、だから私は返事もせずにスマホの再生ボタンを押した。


『兄さんっ!お願いだから……もう────やめてっ』

『やめるわけないだろ!こんな最高に気持ちいいこと。兄妹って、身体の愛称最高って噂は本当なんだな』

『もう────いや……お母さん……お父さん……』

『ほら、お前も泣いてないで素直になれよ!俺を楽しませろよ!』


 私は再びスマホを操作し、録音の再生を停止させた。


「────説明してください」


 木下陣の表情は青ざめていて、明らかに予想だにしていなかった事態だと分かった。


「せ、説明って───一体何を、いや、それ以前になんだい今の音声は?」

「先輩、とぼけるのは無しにしませんか?この録音データが私の手元にある時点で全てを把握している事は分かるでしょ?映像データがある事もね」

「……」


 全てを察し、ポケットからスマホを取り出すと、少し操作して耳に当てた。

 

「どういうつもりだ」

 

 電話を掛けた相手が応答し、素の声で問う。

 その声は先程の録音音声の男性そっくりの声だった。


                    *


『どういうつもりだ』


 私と兄さんの録音音声が流れ、すると兄さんから電話が掛かってきた。

 

「私は───もう、兄さんとあんな事したくないし、されたくないの。でも私は弱いから……だから、みんなに協力してもらったの」

『馬鹿なお前でも分かるだろ。母さんも父さんも俺に期待してる。そんな俺が堕ちれば、しかも原因がお前と分かれば、お前の居場所は完全になくなるぞ』


 簡単に想像出来てしまう、お前の所為で────そんな言葉を投げかけてくる2人の姿が。

 でも、それでも────私は……私は!


「そんなこと、分かってる……でも────でも兄さんのしてる事は許される事じゃないから!私にしてきたことも、私以外にも!」


 雪ちゃんが私の言葉に合わせてくれたようにステージの幕を上げた。

 

「な────なんで」


 私たちのいるステージを見上げる様に、生徒が、そこには立っていた。 


                    *


「顔を見れば分かると思いますが、ここにいるのはみんな、あなたに傷つけられた被害者の人たちです」

「ひ、被害者」

「男子生徒がいるのに驚いているように見えますが、簡単な事ですよ。被害者の彼氏さんたちですよ」


 時には言葉巧みに、時には強引に、美野里ちゃんにしたように写真を撮られて脅されていた人もいたそうだ。

 ただ、それでも女生徒にも非がある事だから、裏切った彼女の為に、彼女を信じてここに来る、そんなお兄ちゃんみたいな人はそんなにいないだろうと予想していたんだけど────冴島先輩と吉田先輩がそこは上手く間に入ったのだろう。


「兄さん、これがあなたの罪の数ですよ」 


 被害者とその身内の生徒は思い思いの罵詈雑言を木下陣に投げ、彼はそれに耐えいきれず、立っていられず、その場に座り込んでしまった。

 ふと、一際男子生徒が集まるこの場にふさわしくない集団が目に入り、視線を向けると、その集団の中心に紗代さんが立っていた。

 それで理解した。

 男子生徒が想定より多いのは、紗代さんが自らを被害者と名乗り出てたから。

 上手い具合にこの状況を利用したか、それとも利用されたか……どちらにせよ、役に立ってくれたみたいだ。


「さて、木下先輩、あそこの入り口にいる人たちが見えますか?」

「け───警察?」

「はい。この皆さんの様子と、映像データがあれば、多少証拠が少なくても被害者の話を信じてくれるでしょう。自白ともとれる発言もいただけましたから」


 警察に連れて行かれる木下陣を見ながら、私はこの騒動を振り返った。

 正直言えば、必要のない騒動ではあった。

 だけど、私は美野里ちゃんの為に敢えて決行した。

 美野里ちゃんに勇気を与える為に────あなたの仲間はこんなにもいるよって、だから頑張れって、そう伝える為に。

 その美野里ちゃんは今、被害者の女生徒に囲まれ、励まされていた。

 私の思い描いていた最高の終わり方────それを見届けられたから、後は────。


「頑張れよ、お兄ちゃん」




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