第4歩『毒舌な図書委員』

 昼休み、いつもよりも早く昼食を終え、教室を後にする。

 理由は美喜多さんと話をする為。

 別に約束をした訳では無いが、彼女は昼休みになれば高確率で図書室を訪れる。この学校の図書室は人気が無く、昼休みでも利用する生徒は少ない。図書委員として働いているからその事を良く知っている。

 図書室に入り閲覧スペースの一番奥、受付から一番遠い位置にある椅子に座り、美喜多さんを待つ。

 ここなら静かな室内でも受付に居る図書委員に会話の内容が聞こえる事は無い。

 美喜多さんの到来を見逃さないように目配せをしながら、雪に無事に昼休みを迎えた事を報告しておく。


「一応財布は持ってきたから多少悪戯をされても────っと、来たか」

 

 期待通り美喜多さんが図書室に入って来たので、見える様に手を挙げ招く。

 誰が見れも不機嫌な顔をしながらも近づいてくる彼女に安心感を覚えていると、そんな彼女の第一声────


「馴れ馴れしく呼ばないでください、悪質なストーカーさん」


────俺の抱いていた希望が砕け散る音が聞こえた。

 

 遅かった。

 俺の知らないところで美喜多さんにも話が回ってきたらしい。

 なら、こちらも対抗するだけしか手は無い。


「何を見せようとスマホを取り出したかは容易に検討が付くので先に言っておきますが、桐谷さんがあなたと自らの意思に反して恋人関係にあった事は聞いていますので、何の証拠にもなりませんよ。履歴も、写真も」


 先回りされて、スマホをポケットに戻す。

 信じて貰えるかも、なんて甘い考えはもう、持ち合わせていなかった。

 話をする前に詰んでいる為、打つ手が無くなり俯く。


「はあ……」 


 そんな俺を見て哀れに思ったのか、美喜多さんが溜息を吐いた。

 そんなことより、と続ける。


「まず、峰山くんの話を聞かせてください」

「え?」

「一方的な話だけを聞き、疑いも無く信じるような事はしませんよ。両者の話を聞いた上で、私自身の考えや感覚で判断したい。……それに、全く知らない赤の他人ではなく、峰山くんは赤の他人なので」

「間違いでは無いけど微妙な言い方だよな、それ」


 でも、と話を続ける。


「ありがとう」


 今朝から美喜多さんなら信じてくれるかも、と期待はしていた。でも、それは一方的な俺が抱く彼女のイメージ像に対する期待。本物の彼女は俺の事なんかまったく信じてない、湧いて出て来た噂話の方を信じる人だったかもしれない。その可能性は十分にあった。

 だけど、信じてくれる余地があると、言ってくれた。

 話を聞いてくれると、そう言ってくれたのだ。


「なら、聞いてくれるか?」

「聞かせてください、と私が言ったんですから余計な確認しないでください。それと、手短にお願いしますね。あまり、あなたと向き合ってお話なんてしたくないので」

「えー……」


 信じて、くれるよな?


                   *


「そうですか、大変でしたね」

 

 紗代との関係とその上で昨日の夜の事を話し終えると、美喜多さんがそう言った。

 

「それは……信じてくれたって事でいいのか?」

「全てを完全に信じたという訳ではありませんが、桐谷さんよりもあなたの方が信じられる。それだけのことですよ」

 

 美喜多さんのその言葉を聞いて、自分の気分が軽く、楽になったのが分かった。

 彼女の言葉が素直に嬉しかったんだ。


「どんな理由でも良いさ。信じてくれて嬉しいよ」

「そうですか。では、話も終わったようですので、これで」


 そう言って、本を選ぶために本棚に足を向けた美喜多さんを呼び止める。


「まだ何か用が?極悪非道なストーカーさん」

「……信じてるんだよな?俺のこと」

「完全には信じたわけではない、と言ったはずですが?」


 照れ隠しのような、そんな可愛さのあるものだと思っておこう。

 じゃないと、俺の精神が保てない。


「連絡先、教えてくれないか?」

「……まさか、次は私を標的にするつもりじゃ」

「相談に乗ってもらいたいだけだから!って言うか、次ってなんだよ!」 


 どこまでが冗談か分かり辛いから止めて欲しい……。


「あなたを見ていると疑う気が薄れて、そして消えていきますね。その果て、母性が生まれそうです」

「ぼ、母性?」

「気にしないでください。それで『頼れる人が美喜多様しかいないので、どうかお助けください』と、そういう事で良いんですよね?」

「もう、それでいいです……」

「ふてぶてしい態度は気に入りませんが、まあ、そこまで言われたら仕方ありません」


 スマホを取り出してスマホを操作し、メッセージアプリのIDを見せてくれた。


「十秒だけですよ」

「そんな無茶な!」


 アルファベットと、数字で構成された十桁のIDを十秒でって……アプリ開いて検索画面を開いてたら間に合わないじゃないか!

 仕方なしに、IDを写真に収める。


「そんな嫌そうな顔するなよ!十秒なんて、こうでもしないと無理だろ」

「まぁ、いいです」


 それだけ言い残して、美喜多さんは本棚へと戻って行った。

 その背を視ながら、美喜多さんのアカウントを見つけ出し、試しに『ありがとう』とメッセージを送ってみる。すると、『いえ』と返信が送られてきた。

 

『あと、おすすめの本、ある?』

『それくらい直接頭を下げて聞きに来てください』


 言われた通りにすると、教えてくれたのは良いけど、これからも頭を下げないといけないのかと、不安になってしまった。

 そして、教えられた本……読んでいて分かったことだが、内容が、浮気された旦那の話だったのは、美喜多さんなりのジョークだったんだと────そう思っておくことにした。



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