第5歩『放課後の空き教室にて』

 放課後になっても、クラスの男子から向けられる敵意とか警戒心を抱いた視線というか睨みは収まらず、居心地の悪さは変わらなかったが、隣の席の住人である美喜多みきたさんが居るおかげで、なんとか耐えきる事ができ、ようやく家に帰れる時間が訪れた。

 しかし────そうして男子の態度が変わらないから感じる違和感もあった。

 些細な違和感で、オレが警戒し過ぎなだけという可能性もあるけど、だけど、気にしてしまえば気になってしまう────今日一日美喜多さん以外から声を掛けられなかったという事実。

 絡まれる事も暴言を吐かれる事も暴力を振るわれる事もなく、視線や居心地の悪さを除けば、案外平和な一日だったと言っても良い日だった。


「では、また明日」

「ああ、また明日」

「あっ、私の後をつけるのはやめてくださいね」

「そんな事しないって!」

「訂正します。私の後をつけるのだけはやめてくださいね」

「他のやつにもしないからな!」


 それ以上なにも言わずに美喜多さんは教室を後にした。

 落ち込んでいるオレを気遣って────そんな思いが美喜多さんに少しでもある事を信じてその背中を見送り、オレも立ち上がると、いつの間にか傍に立っていたクラスの男子、冴島さえじまに声を掛けられた。


紅貴こうき、ちょっと話がある」

「話?」

「ああ、ここで話す事じゃ無いからな。ついてきてくれ」


 クラスの男子のリーダー的存在である冴島は、オレが連絡先を知る唯一のクラスの男子で、教室でもよく話し掛けてきてくれる、そういう気遣いが出来るやつで、そして、紗代と一番仲が良いんじゃないかという男子でもある。

 だから、こういう時、真っ先に冴島が話掛けてくるだろうと予想していたのが、放課後になってようやく的中した事になる。


「ここでいいか」


 連れてこられたのは初めて入る空き教室で、使われている痕跡は無いが、だけど掃除だけはされているようで清潔感は感じられる。

 

「紅貴」

「ああ」


 否定をしようにも証拠が無いのなら信じられるのは当然仲が良い紗代の方で、だから、泣きたくなるほど暴言を吐かれるか、暴力を振るわれるか、どちらかしかオレの辿る道はない。

 そう思っていたのだが、予想外にも冴島は勢いよく腰を折り、頭を下げて────言った。 


「ごめんっ!」

「……は?」


 冴島の口から発せられたのは暴言ではなく、謝罪の言葉だった。

   

                   *

 

「さすがに状況が呑み込めないから詳しく話してもらってもいいか?」


 謝罪をされ、許す許さない以前に何に対しての謝罪かが分からず、近くの椅子に腰を下ろして詳細を聞いてみる。

 すると冴島も顔を上げてから俺と向かい合える椅子に腰を下ろした。


「そうだよな……でも、謝っておいて何だけど、話をする前に聞かせてくれ。紅貴は、紗代が言っているような事、してないんだよな?」

「……してない、と言いたいところだけど、そもそも俺は紗代がみんなに言いふらしている事の内容を知らない。だから先にそれを教えてくれないか?」

「ああ、そっか。そうだよな。悪い、気が回らなかった」


 そう言って説明してくれた内容は、雪が予測していたそのままだった。

 俺が紗代のストーカーで、その対処の為に仕方なく俺と付き合う。その現状から救ってくれたのが今の彼氏。

 俺が加害者で、紗代が被害者。

 その前提があるから、紗代がそいつと付き合っても周りからの反感が薄くなる────全部、紗代の計算的な行動。


「で、どうなんだ?」

「当たり前だけどやってない。……する必要もないからな」


 一応恋人なんだから。


「そう、だよな。あ、いや、信じてたんだけど紗代がわざわざ名指しでそんな嘘を言いふらすメリットあるのかなって考えたら分かんなくなって。一応だからな、一応」

「ああ、分かってるさ」


 多分、みんなそういう事なのだろう。

 冴島と同じ考えだから俺に接触してこなかった。俺が悪かどうかを見定めていたんだろう。


「一応、クラスメイトには声かけて、俺が真偽を明確にするまで手を出すなって言ってあるから大丈夫だとは思うけど……でも、紅貴が不安に思ってる中で、それを無視するような態度を取ったのは本当にすまなかった!紗代の手前、ああするしかなかったんだ」


 どうやら予想は外れていたらしい。

 冴島がみんなを制御してたんだ。それで俺に接触してくる生徒は1人もいなかったようだ。


「クラスメイトには、って事は、他のクラスにはこの話届いてないのか?」

「ああ。紗代はクラスメイトにだけ話したみたいだな。しかも、他のクラス、学年には絶対に洩らさないとうにって」

「なんで?」

「さあ。紅貴が相談できる相手なんてどうせクラスメイトだけだろって思ったからじゃないか?」

「確かにそうだけど……考えても仕方ない事か。紗代にしか分からない」

「だな、俺も聞かされてないし。ただ、忘れない方が良いのは、女子はともかく、男子なら、紅貴より紗代の事を信じるやつの方が多い」

「……そうだな」


 そんな事言われるまでも無いが、だけど、早く何とかしないといけないという注意喚起だろう。


「取り敢えず、まずは冴島の事許すよ。というか、そもそも怒っても無いけどな」

「そう言ってくれると有難いよ」

「それで今日の夜にでも話がしたいから、時間もらえないか?」

「話?」

「紗代が言いふらしている話。全てが嘘だけど、相手は誰でも良かったってわけじゃないんだ」

「つまり、紗代と紅貴の間に、紗代が嫌がらせをする程のわだかまりがあると」

「それはそっちで判断してほしい」

「よく分からないけど分かった。今日の夜な」

「ああ、後で時間決めたら連絡するよ」

「はいよ」


 ここで全部の話を聞いても良いけど、出来れば雪を交えたい。

 俺だけじゃ気付かない部分があるかもしれないから。

 



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