第12歩 『たとえ後悔しても』

「好きです……私と付き合っていただけませんか?」


 美喜多みきたさんの告白に対して脳が思考を停止して、身体が固まり、声も出ないでいた。

 それくらい、俺には衝撃的な告白だった。


「戸惑う気持ちは察しますが、早く答えてください。保留、なんて選択私は許しませんので。『はい』か『いいえ』、『YES』か『NO』かで答えればそれで終わる話です!」


 告白ってもっと甘酸っぱい感じで、良いムードになるはずなんだけど……催促の圧が強すぎて、段々思考がクリアになっていくの感じる。


「さあ、早く!」

「分かった!分かったから!」 


 深呼吸をして、突然の告白に驚いた────ただ、それだけ《・・・・》で早まった鼓動を落ち着けた。


「告白、驚いたけど凄く嬉しいよ。こんな俺を好きになってくれて、ありがとう」

「……」

「でも────ごめん。俺は美喜多さんとは付き合えない」

「……。……なぜ、ですか?」

「美喜多さんなら、近くで俺を見てくれていた美喜多さんだから気付いてるんじゃないか?俺はまだ、紗代が好きだって」

「……浮気を、されたのにですか?」

「ああ、それでもだ」


 その証拠に、美喜多さんから告白されても、俺の心はまったく動かなかった。


「分かり、ました」

「ごめん」

「良いんです。あなたの言う通り、気付いてて告白したんですから、自業自得です。ですから────」


 美喜多さんは切り替え、再び真剣な表情へと戻り、言った。


「私の知っている事を全て話します」


                *


 私は桐谷さんから聞いた事を全て、峰山くんに伝えた。話を聞く彼の表情が強張り、それで、彼の桐谷さんに対する好意がどれほどのものか分かった気がした。

 だけど、彼女の行動は、その想いを裏切るもの。


「どうですか?これを聞いても、まだ桐谷さんの事を好きでいられますか?」


 私の問いかけに、何の迷いも躊躇いも、考える時間すらなく峰山くんは首を縦に振った。


「俺さ、自信無かったんだよ。紗代に相応しいかなって。好かれてるかなって。だからあの日冴島から、紗代が俺の事を嫌ってるって聞いた時は結構ショックだったんだ」

「ええ、顔に出てましたよ」

「あはは……でも、でもさ、今の話を聞いたら、その点だけは安心出来たよ」


 本当に安心したように笑顔を浮かべる峰山くん。

 だから私は釘を刺した。


「分かっているとは思いますが、あなたが下手に動いて危険な目に遭えば、今までの彼女の努力は全て無駄になりますよ?」


 自分が桐谷さんから好かれている事を自覚したからこそ、だから助けたい、その意志が強まるのは自然な事。

 そして、彼が本気になればきっと────桐谷さんを助ける事が出来る。

 だけど、彼には勇気が足りない。

 失敗を恐れず、誰かを傷つける事を恐れず、それでも立ち向かおうとする勇気が、彼には足りてないのだ。

 

「怖いでしょう?だったら、桐谷さんの事は忘れて、あなたは普────」

「忘れないよ。逃げもしない」

「え?」

「聞いてるんだろ、吉田さん」

「────ッ!」


 峰山くんの視線を追い、扉の方を向くと、隠れていた吉田さんが姿を見せた。


「よく分かったね」

「居てくれて良かったよ。恥かくところだった」

「なるほど、信頼されていて嬉しいよ」


 私たちの下まで歩いてきた吉田さんは、私の目を見て言った。


「美喜多さんは、何を怯えているんだい?」

「なっ……わ、私があなたに怯えるなんて!」

「違うよ、私にじゃない。木下先輩に対して、だよ」


 私より身長が少し高い彼女は、腰を落として視線を私に合わせてくれている。

 こういう気遣いが、彼女がモテる理由なのだろう。


「仕方ないじゃないですか。あの人を怖がるのは……」

「直接されたことと言えば脅されただけ────よくそれだけでこれほどの恐怖を与えたものだ」

「あなたには分かりませんよ、あの人の怖さは……本性は」

「ああ、分からないね。でも、ただの1人の生徒だ。私に言わせれば、峰山くんの方が怒らせれば怖いと思うけどね」

「お、俺が?」

「ああ」


 彼はお人好しで、人に暴力を振る事さえ躊躇うような人間だ。

 だから、怖いだなんて思った事は無い。

 だけど、冗談を言っているようには見えなかった。


「彼には味方が居るからね。頼れる味方が……賢い美喜多さんなら気付いているだろう?」

「……ええ」


 男子の人気者、女子の人気者、そしてどちらからも人気がある者……彼の味方は、確かにあの男に匹敵する程に強い。

 いや、遥かに上回っている。


「それで、どうするんだい?」

「さっきも言ったろ、逃げないって。……戦うよ、そして紗代を救い出す」

「ふふっ、それなら私も協力しよう」

「ありがとう」


 それから少し話し合い、下校の時間になった為、先に吉田さんは図書室を後にした。


「俺たちも帰ろうか」

「はい」


 彼の目に、迷いはない。

 怯えている様子も、不安も無い。

 私が足りないと勝手に決めていた勇気を、彼はちゃんと持ち合わせていた。


「……なんだ、心配して損した」

「え?」

「なんでもないです」


 どうやら、私も勇気を出さないといけなくなったみたいだ。

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