第五話 『美喜多 千沙の決断』

 メッセージのやり取りは連絡先を交換して以来1度もしていなかったけど、桐谷きりたにさんとは連絡先を交換していたから、その部分は問題ないんだけど……流石に疑う。

 だってそれがメッセージでは無く、通話だったから。

 しかも、峰山みねやまくんに関しての事だったから。桐谷さんの口からその名前が出てくるとは思えなかったから。しかも名字ではなく、名前で。

 しかしその疑心は、次に彼女が発した言葉ででかき消されてしまった。  


『隠してたんだけどね、私、私と紅貴はね……付き合ってるの』

「……え」


 言葉の意味を理解する事は容易だったが、それを素直に受け入れる事は出来なかった。それにはあまりにも衝撃が大きすぎた。

 

『知らなくて当然だよ。私がお願いしたのに、紅貴くんが言い降らすはずないもん』


 隠す理由はなんとなく分かる。

 もし、どちらかが交際関係を言い降らせば、桐谷さんに対しては分からないけど、峰山くんに対して、桐谷さんに好意を抱いている人たちが危害を加える可能性は十分にあるから。

 

「桐谷さんの話を信じたわけではありませんが、仮に真実だとして話を進めましょう。それで、『助ける』とはどういう意味なんでしょうか」

『言葉通りだよ。峰山くんを助けたいの』

「いえだから、具体的に、なにから、或いは誰からという話ですよ」

『……木下きのしたじんから」

「────ッ!?」

『脅されてるの……私……』

 

 怯えて、震えた声が耳に届き、桐谷さんに対する疑心は完全に消え去った。 

 ここまでの話が全て、真実だと悟ったのだ。

 だって、ここであの人の名前を出したから。他の誰でもない、優等生ともてはやされるあの木下陣の名前を出し、そして『脅されている』と、そう、口にしたから。

 それは、彼の本当の顔を知らないと、口に出来ない事だから。


「お……脅されている?」

『うん。付き合っている彼氏と別れて、俺と付き合えって。じゃないと、私の周りの人たちを酷い目に遭わすって』


 その反吐が出るようなセリフを意気揚々と吐いているあの男の顔が嫌に鮮明に頭に浮かぶ。きっと、私が別れ話を出した時、電話口の向こうでも同じ顔をしていたに違いない。


「……話は分かりました。それで、桐谷さんはどうするつもりなんですか?助ける、というからには、何か策でも?」

『策なんてないよ。ただ、あの人の指示に従うだけ』

「それって!?」

『紅貴くんと別れて、あの人と付き合うよ』

「待ってください!教師やご両親、警察にだって相談できるじゃないですか!きっと誰かは────」

『無駄だよ。証拠も無いし、あっても注意で終わるのが目に見えてる。逮捕は難しいよ。学生だしね』

「で、でも────!」

『だったら、あなたは?あなたも誰かに相談すれば良かったじゃない。……出来なかったんだよね、あの人が怖くて』

「どうしてあなたがそのことを……まさか峰山くんが?!」


 彼にあの話をしたことはないが、一度、木下陣の名前を出したことがある。その時の私の言動から何かを察して桐谷さんに伝えた可能性が一番高い。

 しかし、それをすぐに桐谷さんは否定した。


『紅貴くんは人の嫌がる事をするような人じゃ無いよ。私は、あの人から直接聞いたの。自信満々に話しだして、驚いたわ。……それでね、言ってたの。あの時は逃がしたけど、私が断れば今度は無理矢理にでもって』

 

 全身に悪寒が走った。

 まだ……まだ私の事を忘れても、解放したわけでも無かったんだ。

 まだ────狙われてる……。


「な、なら……まさかあなたは、私の為に────」

『勘違いしないで。私が守りたいのは紅貴くんだけ。じゃなきゃ、あの人の指示になんて従わない』

「……どうしてですか。どうしてそこまで彼に拘るんですか。これはあなたに対する勝手な印象かもしれませんが、どちらかと言えば彼は、あなたにとって嘲笑う対象ではないのですか?」

『そう、だね。うん、そうだよ。最初はそのつもりだった。紅貴くんを騙す為に、その為に近づいて、付き合って……でもね、彼と一緒にいる内に気付いちゃったんだ。彼の魅力に────私の気持ちに』 


 詳細は分からないけど、とにかく、桐谷さんが峰山くんを守りたいと思うその理由と、意思だけは伝わって来た。


「話は理解しました……それが嘘であれ、真実であれ────私は真実として受け取る事にしました。ですが、私に力は無いですよ。特にあの男相手なら尚更……」

『大丈夫。あなたにして欲しいのは、あの人と戦うことじゃない。紅貴くんの事を任せたいの』

「……どういう、意味ですか」

『私を嫌うように印象操作をして欲しい。私も行動するけど、その後押しと、紅貴くんの様子を私に教えて欲しい』

「い、嫌です!人の好意を操作するなんて……そんなこと……」

『お願い!彼を危険な目に遭わせたくないし、悲しませたくもないの!』

「だったら!……だったら……」


 これ以上は何を言っても無駄だ。

 だって、私にあの男をどうにかしろ、なんて言う資格が無いから。


「……峰山くんは、そんなに簡単に人を嫌いになるような、そんな人間では無いですよ」

『分かってる。それでもやらなくちゃいけないの』

「……分かりました、協力しましょう」

『ほんとに!?』

「その代わり、条件があります」

『条件?』


                 *


「美喜多さんは今回の件、どれだけ関わってるの?」


 峰山くんの真剣な瞳を向けられ、私は誤魔化すことを諦めた。

 きっと、気付いたんだろう……桐谷さんが一緒に居る相手が、木下陣だと。

 思い出したのだろう、私が怯えていた事を。


「その質問に答える前に、1つだけ……答えてください」


 あの日提示した、私の条件────それは、彼の答え次第で、私が協力するかしないかを決めるというもの。

 

「好きです……私と、付き合っていただけませんか?」



















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