第25歩 『取引』

「お前は気付いて無いかもしれないけど────いや、気付いていないふりをしているだけかもしれないけど、木下陣と同じことを、俺にしてるんだぞ」

「そ、そんなことない!」


 紗代の表情が変わった。

 先程まで余裕に満ちていたのに、今は焦りが明確に見える。


「後者か……まぁ、いいや。とりあえず、俺は俺であいつには償わせなきゃいけない罪があるから、動くことにするよ」

「待ちなさい、それは私が────」

「1カ月もの間一緒に居て、弱み一つ握れてないのにか?」

「……に、握ってるわよ。当たり前じゃない……」


 俺は考える。

 先程からの明らかな紗代の態度の変化の意味を。

 強がる言葉とは裏腹に、声色に自信を含んでおらず、自分が無力で憐れな人間である事を主張するような、そんな言動を彼女がする理由……。


「弱みを握ってるならすぐにでも行動に移せるな。早くした方が良い、俺は明日にでもあいつを退学させるつもりだから」

「明日!?」

「こっちは準備が整ってたら躊躇う必要は無い。紗代もそのはずだろ」

「それは……」


 都合が悪い話を振られたのか、俯き、目を逸らす。

 その行動で、1つの仮説に辿り着いた。

 そう考えれば、先程までの不可解な行動に納得が出来る。

 だから試しに俺は、紗代が欲しがっている言葉を投げかける。


「まさかとは思うけど、復讐するとか言っておいて、木下陣の事を好きになったんじゃないよな?」

「────ッ!?」


 図星か。

 肩を跳ねさせた紗代を見て、先程立てた仮説が正しいものだと判断を下した。


「気になってたんだよ、どうして好きでもない相手と肉体関係をもつなんて、復讐する為とは言え、割の合わない事をしたのかって」


 木下陣の事が好きになった────それならおかしなことは何も無い。


「姉の仇討ちとして、あいつに惚れさせて振るってのは悪くない考えだとは思う。けど、じゃあそれであいつが社会的に終わる訳でもないし、新たに彼女を作ればそれでお終いだ。お前の復讐になんの価値もない……なのに、対価が高すぎる。そう考えればお前の好意に気付くのも難しい話じゃない、違うか?」

 

 案の定、紗代首を横に振る。

 どうやら俺の仮説は正しかったみたいだ。

 

「……違わない……私は、陣の事が────好き」


 好き、か。

 その言葉はただ、俺が下した判断が間違いでは無かったと、そう安心させる為の材料としか思えなかった。

 ここで再び思考を巡らす……次に紗代が求める言葉を見つける為に。

 すぐに答えに辿り着き、悟られないよう態度を変えずに話し出す。


「ふーん……まぁ、どうでもいいけどな。お前が誰を好こうが、その相手が木下陣だろうが、俺が計画を止める理由にならない」

「ま、待ってよ!」

「安心しろよ。お前の悪事も全部言いふらす予定だから。男たぶらかして遊んだり、二股かけたり、復讐相手に惚れて簡単に身体を差し出す尻軽淫乱女だって」

「や、やめてよ!」

「自分が蒔いた種だ、受け入れるんだな。良いじゃないか、あいつと傷を舐め合って生きてけば。好きなら本望だろ」

 

 紗代はとうとう、目に涙を溜め始めた。

 ここが引き際か。


「仕方ないな、止めてやるよ」

「ほ、本当!?やっぱり優し────」

「ただし当然条件がある。俺に対して酷い事をしたんだ、当然だろ?」

「条件?」

「あいつと別れて俺ともう1度付き合う。それが条件だ」


 紗代の計画に支障を来すどころか、良いスパイスを加えているのを当然理解しているのだろう。

 そんなに迷う事なく紗代は首を縦に振った。


「別れる……だから私の事は……」

「約束する。ただし、木下陣に情報が洩れてる事が分かったら、その時は分かるよな?」

「うん」  


 これで、紗代との取引は終わった。

 いや、こんなの取引なんかじゃない。

 ただの筋書き通りのシナリオに従わされただけ。

 最終的にはこちらの希望通りの結末を迎えたけど、本来、こんな順調に進む予定じゃなかった。

 紗代の方が一枚上手だったな。


                  *

 

冴島さえじま先輩から返信が来た。『ちゃんと教室で補習受けてる』って」

「表向きは真面目な受験生だからね。サボれないはずだよ」


 同じタイミングで美喜多さんから、お兄ちゃんが無事に紗代さんとの取引を終えたと連絡が来た。

 一番心配していた事だから、思わず安堵の溜息が漏れる。

 後は、私たちの頑張り次第。


「襲われた証拠を私は持ってないですけど、兄なら……。先日、変な気を起こさないようにと……ビデオカメラで撮影されましたので」 


 と、昨日聞かされから、私たちは今、私たち以外誰もいない美野里ちゃんの家に来ている。

 冴島先輩からの返信が合図になり、2人で木下陣の部屋へと入って行く。


「ねぇ、この鍵のかかってる引き出しにないかな?」

「あぁ、ありそう...」


 しかし、どこを探しても見つからず、行きついたのが鍵のかかった引き出しだ。

 

「鍵なんて絶対持ち歩いてるよね」

「困ったなぁ、壊したらバレるし」


 合鍵がないか、念のため二人で捜索してみるが......見当たらない。

 スマホを見ると、まだ冴島先輩からのメッセージはないのでまだ時間はあるが...。

 どうしようかな……じゃないよね。

 考えるしかないんだ。

 

「……もしかしたら────いや、でも……あの人の性格ならそれがあり得る」

「え?」

「ああいう性格悪い人は多分!」

「えっと……」


 私は、木下陣の部屋の捜索を美野里ちゃんに任せて、私は美野里ちゃんの部屋に行く。

 この部屋にビデオカメラか合鍵があるかもしれない。

 いや、可能性としてはビデオカメラの方があるだろう。

 私は本棚の上やクローゼットの中、ベットのしたなど死角なる場所を探す......が、どこにもない。

 

「絶対、あるはず!」


 最後の区画であるベッド横に綺麗に並べられたぬいぐるみをどかしてみるが、やはりなにも────あれ?


「なんか、このぬいぐるみの重さ……やっぱり!」

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