第33歩 『安息の地』

「図書室に何か用事か?」

「おかしな事を聞くじゃないか」


 呆れたようにそう言って、吉田さんはいつも通りにもう一人の受付当番用の椅子に腰を下ろした。


「俺が当番変ったの、ついさっきなんだけどな」

「安息を求める私は、常にキミが当番になってくれないかと待ち望んで見張っているんだよ」

「どこで見張ってるか知らないけど、もうそこが安息地だろ」

「お、意外と目の付け所が鋭いじゃないか」


 嘘って事だろうか────分からないけど、この時間を癒しだとか安息だとか言ってくれるのは素直に嬉しいので、よしとしよう。

 きっと偶然通り掛かったらタイミングよく入れ替わるのを見たとか、そんなところだろうから。

 

「別に1人になりたいわけじゃないんだよ。ただ、普通に友達と話をしたい────それだけなんだ」

「そ、そうなんだ」


 見張ってるのは本当なんだな、なんて思う前に照れが来て、思わず吉田さんから視線を逸らしてしまう。


「そ、そういえば、美喜多さんが1人で当番してる時には来ないのか?」

「そうだね」


 明らかに話を逸らしたが、吉田さんは嫌な顔を全くせず、俺の質問に答えてくれた。


「俺と同じで吉田さんが来ても騒いだりはしないと思うぞ────ってああ、話もしないか」

「まあ、そうだね。なんて言うんだろうか、好きな料理でも、食べる場所によって味が違うみたいな。通い慣れていないラーメン屋さんより、家で食べるインスタントの方が美味しいみたいな、そんな感じかな」

「えっと、美喜多さんと居ると緊張して休まらないと?」

「そういう事だね。だから、仲が悪いとか、そういうのじゃないんだよ」

「美喜多さんはともかく、吉田さんに関してはその心配はしてないさ」


 まあ、確かに、美喜多さんに話し掛けるのって勇気が居るよなって思う。

 熱心に本読んでるし、隣に座ってても、話し掛けて来るなオーラ凄く感じるし。


「私は有難い事に周囲に人がいつもいてくれて、だから、私を特別視しない人と話している時間を心地よく感じるんだよ。キミと、美喜多さんと、冴島くんとは、もっと仲良くなりたいとそう思っている。もちろん、キミの妹さんや、美野里さんともね」


 なるほど、つまり、俺や美喜多さんと同じ────友達がいないのか。

 自分を憧れの眼差しで、特別扱いしてくれる人が周囲にいても、対等な友達が、いない。

 だから、自分を特別視しない人間と仲良くなりたいと、そう思っているのだ。


「人気者も大変だな」

「桐谷さんとも話が合うかもしれないね」

「あいつは自分からあの立場を望んでるから違うだろ」

「さあ、これからはそうじゃないかもしれないよ」

「え?」

「なんでもないさ。……ただ、きっと、峰山くんが私の事を特別扱いしてくれる────そんな時はこの先、来ないんだろうなって、それが分かっただけさ」

「ごめん、よく分からないんだけど」

「気にしないでくれ。ただ、人気者は大変だなって、そういう話さ」

「自分で言うのか、それ」


 変わらず意味が分からないままだけど、でも、気にしないでくれと言われれば、無理に聞きだす事はしたくない。

 この吉田さんと過ごす時間は、俺にとっても安らぎの時間だから。

 1人より2人、その相手が友達なら────その方が良いから。

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